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ミュージカル「イリュージョニスト」

クオリティの高さについては申し分ないにもかかわらずこれがNOT FOR MEか、と奥歯を噛みしめる作品であった……好きじゃない話すぎて逆に原作がどういうものなのか気になる。

一応ネタバレ禁止といわれている作品だそうなのでこの先をお読みになる方は注意していただきたいです。(原作があるのを知らずに見たけど、なんとなくミステリーやどんでん返しを売りにしているエンタメ小説ではない気がする…)

しかしこの「トリック」があるおかげで1幕がまるまる退屈な時間になってしまっており、いつ面白くなるんだろ〜みんな歌うまいけど話に全くはいりこめんな〜と思ってるうちに半分終わってしまっていたんですよ…。なんかアンサンブルさんも含め演者に求められるスキルはめちゃくちゃ多いわりに得られるものがわたしがミュージカルに求めてるタイプの感動じゃなかったです。物語付きのショーとしてみればたしかに贅沢な時間ではあったのだが。わたしは伏線回収の瞬間のために全てのシーンが存在してるみたいな建て付けの物語が結構苦手で、逆にそういうのを面白がれる人向け、ということだったのだろうと思うことにしました。

1幕と比べると2幕はもうちょっとやりたいことがわかり、舞台が19世紀末のウィーンであることに意味があるんだろうなとは思った。近代科学と神の存在への疑念、絶対的な上からの支配による秩序と個人の権利を主張することに目覚めた群衆の葛藤により、集団ヒステリーすれすれの張り詰めた社会の空気感。そんななかで皇帝の対極としてアイゼンハイムのような人が支持されていた……という物語の意図を感じとった気がするのですが、いまいちのめりこめず。そこは単に客席が遠かったのもあるのかもしれない。

アイゼンハイムとソフィ令嬢が恋に溺れて自分を見失う描写がもっとあれば心が動いたのか? 奇術師と令嬢の関係の深まりを感じさせる描写が薄いので1幕が退屈に感じたんだろうし、そのあたりの描写があれば結末にももっと感じるものがあった気もする。しかしもしあえてそのあたりを排して昼メロ的になるのを避けているなら、もっと感情面で不安定なキャラがいて感情的にピリッと張り詰めた感じになる方が面白かったのかなあ…と思ったが、今思いかえせばそれが皇帝レオポルドの役割か。

皇帝は普通に見てたらただただ邪悪なハラスメント野郎なのだが、じつは自分の立場からくる責任感と現実に訪れるであろう帝国の未来の軋轢におしつぶされてしまっている人間だったのだ……っていうことをいいたかったはずなんだけど、それを作中で訴えてしまうと種明かしになるため言えなくて、終盤の種明かしでバタバタと語る印象を受けてしまった。

そう、最後までみるとなるほど〜となるのだけど途中の時点ではだれにどう心を寄せればいいのかよく分からず、曲がむずかしくて歌の技巧性はめちゃくちゃ感じるのにミュージカルにする意味がいまいちよく分からなかったんですよね〜〜(なのでわたしが一番楽しかったのは2幕のウール警部のシーンだった、たぶんウール警部は観客と同じ視点で騙される人間なのだということがこのあたりでやっとわかってきたので…。わたしの勘が鈍すぎといえば全くそのとおり…)。

本来共感できないはずの言動をする人間にたいする擬似的な共感をよびおこす装置としてのミュージカルをわたしは好んでいるので、なんだかずっと理性の掌のうえで踊ってるのを傍観してるみたいだなと思ってしまったのだった。




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