かつての人気芸人の落ちぶれた後の人生を描いた、晩年のチャップリン映画をもとにした音楽劇。前回(2019)はじめて見たときに胸に刺さってびっくりするほど泣いてしまい、再演すると知ってすぐにまた観に行くと決めました。石丸幹二さんの朗々とした豊かな歌声には聴きほれずにいられない一方で、彼の演じるカルヴェロという人物が老いを皮肉にみつめながらも受け入れている姿が、老いと死というものの残酷さと生の尊さを際立たせているようで。
「みんなが親切すぎて、孤独になってしまう」
この台詞が鋭利に的確に胸をえぐってきて、もう泣いてしまう。みんなカルヴェロを愛してたからこそサクラを演じてまで彼の最期を飾ってやったわけで、でもそれはやっぱり虚飾にすぎなくて、でもそれならカルヴェロが芸人として絶頂期にあったときの舞台は、虚飾じゃなかったのか? 人の「心を動かす」ことって一体なに?
カルヴェロだってみんなが愛情のために彼に嘘ついてあげたことに気づいている。こんな残酷なことあるだろうかと思うのだけど、同時にその嘘がどうしてでてきたものか考えてみれば、まだ世界に嘘じゃないものがあるんじゃないかと信じられることができる、と思うのだ。
単に老いた男が若い女に癒されて死路へ旅立つことができてよかったね、ということをこの作品はやりたいわけではなくて。むしろ老いた男のために献身したい、彼女の心の中に本心からの愛情がある、ということは観ている我々は(感情移入のあまりほとんど当事者にさせられているので)信じられることではあるんだけど、でも客観的にみてそれっておかしいよ、滑稽に見えるよ、人生の無駄遣いに見えるよ、っていうシニカルな視線が作品の中にも織り込まれてもいて。それこそが「老い」と「死」というだれにもどうすることもできない人生の苦難についての耐えがたいほどの残酷さを表現している。その批評的な眼差しこそ、コメディアンを成り立たせているもので、だからコメディアンの「老い」を描くうえでも欠くことのできないものだったのでしょう。
などと切ない話はしつつ、コミカルな場面も多いので、息をつめずに気楽にガハハと笑う気分で観に行くのがいい感じの舞台だなあと思う。人生は涙だけでできているのではないから。保坂知寿さん、吉野圭吾さん、植野純米さんという脇を固める熟練キャストがなんとも素敵に小気味よく笑わせてくれます。テリーとネヴィルの雰囲気も、記憶の中の2019版よりずいぶん「陽」に振れたなという印象。わたしは2019版のおふたりの方が好みでしたが、そこはあくまで好みかな。