バレーボールを楽しく見ています
男子はスピード感も迫力も女子とはぜんぜん違っていて、テレビで見ているだけで怖いくらいに感じるけどそこが面白いと思う
随分前にちらっと見たときに若くして代表に選ばれていた選手が実はまだ28歳だったりして、前見た時はいくつだったんだろうとか、果たして自分はいつバレーボールを見たのが最後だったのかといろいろ考える
そんでやっぱり知識があると楽しめる幅が広がるので、なんでも興味を持って探っていくっていうのは世界が広がるなあと思う
この頃考えるのは、人間ってなにを持ってそれを「楽しい」とか「好きだ」とか感じてるんだろうってことだ
どうしてそれが好きなんですか?といろんな人に聞いて回りたいくらい
まあそんなことが聞けるのは現状心理士さんくらいなもので、試しにこの前の面談のときに質問してみた
心理士さんも読書が好きで、しかもファンタジーを読む人なので貴重な知り合いで、よく情報交換をするんだけど、そもそもなぜ読書が好きなのかというのは知らなかったから聞いた
返ってきた答えは「現実以外の世界を持っておきたいからかな」というもので、自分にも共通する部分があるなと思った
読書と言っても小説を読まない人もいるし、小説の中でもジャンルは多岐にわたるし、なにがその人を「読書好き」に結び付けているのかは一言では言えないんだろうとも思うんだけどね
心理士さんとの共通項が読書だったからそのことを聞いたけど、好きとか楽しいとかなんでそうなるのかが知りたいという理由を話したら、あなたはいろんなことを深く追求していく人だからのめり込めるんじゃないかと、思いがけず自分の生態を指摘されてしまった
私の「好き」は「知りたい」というところが原点になっているのかもしれない
読書するのも世界を知りたいからだしなあ、その方法が主にファンタジー世界から知るということだ
例えばスポーツがわかりやすいけど、直感で自分が好き(ここも知りたいところだけど一旦置いておく)と思って見る競技じゃなくても、妹や心理士さんがこれが面白いよと薦めてくれたらとりあえず見てみたい
見て自分なりのとっかかりを作って、そこからルールを覚えたり作戦を知ったりして結局沼にハマるんだ
とっかかりを作れるか作れないかがハマるかハマらないかの分かれ道だと思うけど、だいたいのものにはとっかかりができる
ラグビーやアメフトは自分の直感には引っかからないものだったけど、見てみたら面白くてやってたら見るし好きだと思える選手もいる
なんでもかんでも知りたいって思えるから楽しめることがたくさんあるのかもしれなくて、そういうのってなんでなんだろうな
知ったら面白いと体感でわかっているからか?
知りたい気持ちに応える調べる力や覚える力があるのかな
楽しめることがたくさんあるのは得難いことなんだとやっと気が付いてきて、調子がいいときはきっと生きるのも楽しめるんじゃないかなあと思う
まあ調子がいいからそんなことを言えるんだけど、調子が悪いときでも楽しみを諦めずにいたいよなってことだね