プリーストの第三長編(1974/邦訳1983)。プリースト初期の長編SFとして有名な作品で以前から気になっていたが、最近、創元SF文庫で復刊したのを機に読むことにした。
ネットでレビューを眺めていると、おおむね絶賛されているが、時々ものすごくdisられていて、それもそれで気になる作品だった。
荒野の中、レールの上を動き続ける都市、を舞台にした作品で、この世界が一体どういう世界なのかということを探っていく話となる。
酷評されるような作品ではないと思いつつ、めちゃくちゃ面白い作品というわけでもないという感じもする。
プリーストは、この後クリストファー・プリースト『魔法』 - logical cypher scape2とかドリーム・アーキペラゴシリーズとか、あるいは映画化もされた『奇術師』とかを書くことになるわけだけれど、ここらへんは広い意味ではSFかもしれないけれど、狭い意味ではSFではなく、どちらかといえばスリップストリームとわれるような、SFと文学の間、少しファンタジーも含む、みたいな作風の人と認識している。
というわけで、あんまりプロパーなSF書く人というイメージがなかったのだけど、『逆転世界』は確かにそういういわゆるSFな作品となっている。
なっているわけだが、おそらくプリーストの書きたい作品というのは、上述のような作品で、この作品もおそらくそういうところに重点があったのではないだろうか、と思う。
つまり何が言いたいかというと、プロパーSF作品として期待すると、そこはやや当てが外れるんだろうな、ということ。
もっというと、SFの「S」部分の種明かしやオチにあたる部分は確かに弱い。
結構SF的な大ネタは仕込んであるんだけど、最後のどんでん返しについて、全て説明がつくようになっているかといえば、確かにできていない。
とはいえ、SF作品ってみんながみんな、ちゃんと作中の事象全てに説明つけれているんですか、といえば必ずしもそうではないのでは、とも思うし、ここの点数をどれくらい厳しめに、あるいは甘めにするかは難しい。
全部で5部構成となっている。
第4部以外は、主人公ヘルワード・マンの視点で書かれるが、第1部は「ぼく」という一人称、第2部は三人称、第3部は「私」という一人称で書かれるなどして、区別されている。
舞台となっているのは「地球市」、七層構造をした建築物(木造箇所も多い)で、1年に36.5マイルのスピードでレールの上を動いている。
都市の住民の多くは、都市から出ることを許されていないが、秘密の誓いをたてたギルド員だけは都市の外で仕事をしている。
ヘルワード・マンは、成人年齢になった時、ギルドの見習員となって都市の外へと踏み出す。(この世界では、年数をマイルで表記していたりする。)
ギルドはいくつかに分かれていて、未来測量ギルド、牽引ギルド、架橋ギルド、軌道敷設ギルド、交易ギルド、民兵ギルドがあり、さらにその上に航行委員会という組織があって、都市全体の運営を行っている。
ヘルワードは、父親が所属する未来測量ギルドを志願する。ただし、見習時代はすべてのギルドを経験することになっているので、それにより都市が置かれた状況を次第に知っていくことになる。このあたりの流れは、読者としても面白いところ。
ところで、しごくどうでもいいが、「未来測量員マンです」と名乗るの、一瞬「未来測量マン」に見える(人名のマンではなくて、営業マンとか鉄道マンとかのマンに見えてしまう)。
南北方向にレールを敷いているのだけど、資源に限りがあるので、通り過ぎたレールは外してそれを前方まで持っていて再敷設するということをやっている。これが、軌道敷設ギルドの仕事。
ある程度レールが敷設できたところで、都市を動かすのが牽引ギルドの仕事。都市には原子力機関があって、牽引ギルドはこの機関の管理を司っている。
あと、進行方向に峡谷があることがあって、そういう場合は、架橋ギルドの仕事になる。
軌道敷設や架橋は、ギルド員だけでは手が足りない。
実は、都市が移動している荒野には、原住民が住んでいて、都市は原住民を出稼ぎ労働者として雇っている。その交渉をやるのが交易ギルド。原住民には貨幣経済がないので、食料とか薬品とかで雇っている。
都市がレールの上を動く話、というのは事前に知っていたのだけど、まさか、人力でレールを取っ替え引っ替えしながら、動いたり止まったりしながら進んでいっているとは思わなかった。
で、軌道や都市を原住民から守っているのが民兵ギルド。ちなみに、民兵がもつ武器は石弓。
都市は北へと進んでいるのだが、ギルドでは北方向を未来、南方向を過去と呼んでいて、都市の進行方向に斥候しにいって測量して地図を作ってくるのが、未来測量ギルドとなる。
未来測量ギルドが作った地図を見ながら、都市が進む方向を実際に決めるのが航行委員会である。
ギルドに入ったヘルワードは、軌道敷設ギルドを皮切りに見習いを始める一方で、親が決めた婚約者と結婚する。この結婚相手というのが、ギルドの秘密主義に思うところがあって、最初、ちょっと気まずくなったりもなりつつ、まあまあなんとか結婚生活は回り始めたかなあというところで、見習いの最後の仕事として、過去へ下るようにという命令が下される。
都市は、原住民の男だけではなく女も連れてきている。まあ、子供を産ませるためなのだが。契約期間が終了して、女を元の集落に連れて帰る、というのが命令の内容である。
しかし、過去へ向かう道で、ついにヘルワードは、何故都市が北への移動を続けているのか、という理由を体感することになる。
以下、ごりごりとネタバレ
南へと移動していくうちに、次第に軌道の枕木と枕木の間が狭くなったり、以前、橋を架けてこえた谷の幅が狭くなっていたり、女性たちが都市の食べ物を受け付けなくなったりと異常な事態が続く。
そして、女性たちが次第に横に引き延ばされた異様な形態へと変化し、さらに南の方角へ落下していくような感覚が生じる。
あとで、都市に帰ってくると、ギルドの中で共有されている古い本に書かれていて、世界は双曲面になっていることがわかる。南の先は無限に広がっている。
あと、都市の外にでると、太陽や月の形も円形ではなかったのだが、それの説明もつく。
落ちていくというより、地面そのものが北から南の方向へ動いていっている。最南端まで行くと無限に引き延ばされてしまう。だから、都市はたえず動いていないといけない。
また、ヘルワードの主観時間と都市での経過時間に不一致が生じていて、ヘルワードが思っていた以上の都市では長い時間が過ぎており、帰ってみると妻からは一方的に離婚されていた。
その後、ヘルワードは正式に未来測量ギルドに加わり、今度は、都市の進行方向(未来=北)への測量任務に就くことになる。
ヘルワードはもはや、都市を常に動かし続けなければいけないというギルドの方針を絶対に正しいものとして受け入れたが、都市内部では、移動を止めるべきという考えが次第に広がり始めていた。そして、その中心人物はヘルワードの元妻であった。
未来方向へいくと、逆に、ヘルワードだけが老け込んでいくことになる。次第に、都市にかかわることをさけて、測量へいっては、趣味のスケッチに耽るようになる。
そしてヘルワードは、原住民ではないが、地球市の住民でもない女性と出会う。
彼女は、ここは双曲面世界などではなく、惑星の地球だという。
かつて(200年前くらい)、化石燃料の枯渇により人類滅亡の危機があり、とある科学者が考案・発明した新エネルギー機関を動かすと、そういう知覚異常が発生してしまうとかいう説明がなされる。都市は、ただユーラシア大陸を西進していたらしい。
人類、一部を除き全体的に文明レベルが下がったのは確からしくて、彼女はイングランドから、ヘルワードたちが原住民と呼ぶ人たちへの援助ないし近代化のために派遣されていた。
最後、都市はポルトガルの大西洋沿岸までたどり着く。ギルドは、海を谷だと言い張り、架橋ギルドが橋を架けようとするが当然うまくいくはずがない。
ヘルワードはなお都市の正しさを信じて海に向かって泳ぎ出すのだった……
地球市という謎の都市の社会や、双曲面世界の異常さが描き出される前半から中盤は非常に面白い。
南の方に行った際の描写は、一体何が起きてるんだ?! となる
スペースコロニーの中にいるのかなと思ったりもしたけど、双曲面だった、とか、マジでどういうこと? となった。
その後、都市内部での意見対立が起きていくくだりも、わりと面白い。元妻が運動の中心人物になっちゃって、元妻の父親というのが架橋ギルドの重鎮で、架橋がうまくいかないことを集会で証言させられてしまうところをみて、ヘルワードがいたたまれなくなっちゃうとか、そういうとこの描写うまいし。
で、いや実はここって地球なんですよオチは、いうなれば『猿の惑星』タイプのオチだし、アイデア的には決して悪くないものだと思う。
ただ、ギルドメンバーが体験したことは全部、知覚の歪みによる錯覚なんですよという説明ですますのは、まあ確かに超展開みがあって、この作品へのdisはみなそこを問題視しているのだと思う。
で、プリースト自身は、以降の作品で、認識のズレみたいなものをどんどんテーマにしていって、そのテーマを必ずしもSF的なギミックを用いずに書くようになっていったと思う。登場人物の間で、認識のズレがあって、出来事に矛盾が生じてしまうんだけど、まさにそのズレと矛盾こそを描きたいのであって、それをSFのギミックで整合的に説明するというところにはあまり関心がないんだろうな、と思う。だから、SFギミックを廃していったんだと思う。
プリーストの長編リスト
伝授者(1970/邦訳1980)
Fugue For a Darkening Island(1972)
逆転世界(1974/邦訳1983) ← 本書
スペース・マシン(1976/邦訳1978)
ドリーム・マシン(1977/邦訳1979)
不死の島へ(1981/邦訳2026)
魔法(1984/邦訳1995)
The Quiet Woman (1990)
奇術師(1995/邦訳2004)
The Extremes(1998)
イグジステンズ(1999/邦訳2000)
双生児(2002/邦訳2007)
夢幻諸島から(2011/邦訳2013)
隣接界(2013/邦訳2017)
The Gradual(2016)
An American Story (2018)
The Evidence(2020)
Expect Me Tomorrow (2022)
Airside (2023)
リンクされているのは、自分が既読のもののブログ記事
こうしてみると、知名度に対して意外と邦訳されていないようにも思えるが、最近立て続けに出てるから、というのもあるか。