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東山彰良『流』

1970年代の台北を舞台に、殺された祖父は何故、誰によって殺されたのかという謎を縦軸に、主人公の友情・恋や進路といったエピソードが展開する青春小説


本作の存在は都甲幸治ほか『世界の8大文学賞』 - logical cypher scape2で知った。
2015年上半期の直木賞受賞作である。
東山については、群像2020年1月号 - logical cypher scape2で「猿を焼く」という短篇を読んだことがあり、面白かったという記憶がある。
台湾文学は、これまで以下の3作品を読んだ。
甘耀明『鬼殺し』(白水紀子・訳) - logical cypher scape2
呉明益『自転車泥棒』(天野健太郎訳) - logical cypher scape2
呉明益『眠りの航路』(倉本知明・訳) - logical cypher scape2
本作は日本語で書かれており日本文学の作品ということにはなるが、台湾が舞台で、登場人物も全員台湾人ないし中国人であり、日本も少しだけ出てくるが日本人は出てこない。
また、東山彰良ペンネームであり、台湾生まれ日本育ちの台湾人である。上記の3作品ならびに本作はいずれも、作家本人をモデルにした、あるいは作家本人と出自が重なる人物が主人公となっているという点で、似たものがある。
いずれの作品も、第二次大戦のことを扱っているという点も似ている。


東山は、1968年生まれの外省人で、本作の主人公もまた外省人である(無論、東山は日本育ち、この主人公は台湾育ちという違いはある。というか、主人公のモデルは東山ではなく東山の父らしい)。
甘耀明は、1972年生まれの客家人であり、上記の作品の主人公も客家人である。甘は祖母から台湾原住民の話をよく聞いて育ったらしく、『鬼殺し』でも原住民が登場する。
呉明益は、1971年生まれで、父親が大戦中に日本の軍事工場で少年工として働いていたが、上記2作品は、呉自身をモデルにしたかのような主人公と、やはり大戦中に日本で少年工として働いていた父親が登場する。
『流』は1970年代、『鬼殺し』は1940年代、呉の2作品は現代を舞台にしているという点はそれぞれ異なる。
さて、台湾には、まず台湾原住民と呼ばれる少数民族がいる。そして、中国から漢民族が入って来ているが、彼らを本省人と呼ぶ。
日本統治時代を挟み、1945年以降に中国大陸から台湾へ移住してきた人々がおり、彼らを外省人と呼ぶ。
外省人というのは主に中国国民党で、台湾では1947年に二・ニ八事件という政府による虐殺事件があり、以降、長きにわたって戒厳令が敷かれていた。
『鬼殺し』は後半でこの二・ニ八事件が主題となっており、国民党統治の問題点が描かれていた。
一方、『流』でも、二・二八事件への言及が一カ所あって、国民党員の祖父はニ・二八事件のことを仕方がないことだと思っていた、というふうに書かれている(この書きぶりから、語り手自身は二・二八事件に対して批判的なスタンスなのだろうということは窺えるが、その点は明示的ではない)。また、『流』の主人公は兵役にいっており、その際に、台湾は今も戒厳令下にあるのだ、ということがさらっと述べられていた。
台湾は、上記のような民族状況なので、言語も多言語状況にあり、中国語、台湾語、日本語、原住民族の言語などが入り交じっている。『鬼殺し』はそうした多言語状況を色濃く反映した作品になっている。
『流』にもそうした面がある。
中国語が国語となっているので、みな中国語は話すのだが、本省人には台湾訛りがあり、本作は日本語で書かれてはいるが、訛りが反映された形で書かれている。当時、外省人本省人を見下していた、というのは作中でも説明されているのだが、この訛りの書き方は、そうした見下しを示しているように思う。
また、同じ中国語でも、主人公の祖父は山東語を話す、というのもある。主人公は、山東語は聞き取れるけど喋れない、という。
そういえば、本作では、いくつかのセリフが中国語で書かれていて、日本語訳のルビがふられている、という箇所がある。あれはもしかしたら山東語だったのかもしれない。
『鬼殺し』でも『眠りの航路』でも日本は重要なファクターだが、それは台湾がかつて日本に支配されていたからである。『流』でもやはり日本は重要な位置をしめるが、その意味づけは甘作品や呉作品とは異なっている。『流』にも日本語世代の人々は登場するが、主人公にとっての日本は、かつて台湾を支配した国としてではなく、高度経済成長を遂げた国としてであるようだ。
台北には、かつて中華商場という場所があって、呉作品はそこが舞台になっていることが多い。この中華商場は『流』でも少し出てくる。祖父による狐狸廟が建っているのである。祖父の店は迪化街というところにあり、そちらの方がよく出てくるが。


上述した通り、本書は直木賞受賞作品で、自分は都甲幸治ほか『世界の8大文学賞』 - logical cypher scape2直木賞の章で本作を知った。
自分は芥川賞なら多少は読んできたが、直木賞はほとんど読んできていなかった。直木賞受賞作だと意識して読んだのは初めてな気がする。
ちなみに、自分が読んだことのある芥川賞受賞作は22作品、直木賞作品は3作品(本作を含めると4作品)である。
受賞作は読んだことがないがそれ以外の作品なら読んだことがある芥川賞作家は26人
受賞作は読んだことがないがそれ以外の作品なら読んだことがある直木賞作家は12人
なので、やはり、数字で見ても、明らかに自分の読書傾向は芥川賞寄りである。
直木賞に興味がないわけではなくて、受賞のニュースを見て、この作品面白そうだなあと思った作品もいくつかあるにはあるんだが……。
で、直木賞だからなのかどうかは分からないけど、本作はやっぱりプロットがしっかりしている。
かなり色々なエピソードが展開していて、最初はあまり話が直線的につながっていないようにも見えるんだけど、しかし「祖父を殺したのは誰か」というミステリプロットがあるので、そこで全体が成り立っている。
ただ、本作がミステリ小説なのかといえばそういうわけではなくて、10代の少年が大人になっていく成長譚なのだ、ととりあえず言える。
この作品は、主人公=語り手が回想するような形をとっている。語り手が、いつの時点から回想しているのかは定かではないのだが、語り手としては「わたし」という一人称が使われ、物語内の主人公の台詞では「ぼく」という一人称が使われていて、ちょっと距離がある。
そして、物語自体は時間軸順に進行していくのだが、実は結構、この語り手の語りは時間をいったりきたりしているところがある。
例えば、物語のラストシーンは、主人公が妻から妊娠を告げられるシーンで終わるのだが、実はそれより以前の箇所で、その後どうなったのか(最終的に離婚している)が語られているところがある。
物語としてはハッピーエンドで終わるのだが、読者は既に、人生万事塞翁が馬というか、このハッピーがそう長くは続かないことを知っているので、ビターな読後感が残ることになる。
先ほど、プロットがしっかりしている、と書いたが、単にプロットというだけでなく、この語りの巧みさにこそ、面白さがあるのかもしれない。
そういえば、「猿を焼く」も短編ながら、回想による語りで、物語内容よりも少し先の時点の情報を開示していくところに、面白さのある作品だった。

プロローグ
第一章 偉大なる総統と祖父の死
第二章 高校を退学になる
第三章 お狐様のこと
第四章 火の鳥に乗って幽霊と遭遇する
第五章 彼女なりのメッセージ
第六章 美しい歌
第七章 受験の失敗と初恋について
第八章 十九歳的厄災
第九章 ダンスはうまく踊れない
第十章 軍魂部隊での二年間
第十一章 激しい失意
第十二章 恋も二度目なら
第十三章 風にのっても入れるけれど、牛が引っぱっても出られない場所
第十四章 大陸の土の下から
エピローグ

プロローグは、主人公・葉秋生が祖父・葉尊麟の故郷にいってみると、そこには祖父が村人を大量虐殺したということを記録する碑が建っていて、そして、その側で主人公は野糞する羽目になる、というシーンから始まる。
のっけからウンコ?! というインパクトを残して、物語は1975年から始まることになる。
蒋介石が亡くなったのと同じ年に、祖父が自分の店の浴槽で何者かによって殺される。


秋生には、祖父母と両親、それに2人の叔父、1人の叔母がいる。
祖父は国民党側で大陸で共産党と戦い、妻と子ども達とともに、台湾へと逃れてきた。
妻と子ども達とともに、と書いたが、妻と子どもを台湾行きの船に乗せたのは別の人。尊麟は尊麟で、また別の人の子どもを台湾に連れてきている。
これは、兄弟分のことをまず助ける、という彼らの価値観をあらわしていて、この兄弟分の関係というのは本作で度々描かれる。
秋生も兄弟分がいて、彼を助けたり助けられたりする。1970年代で、台湾も不良・ヤンキーが幅をきかせていた時代で、めちゃくちゃなケンカをやっているなかでの話だが。
話を戻すと、秋生には叔父が2人いるのだが、そのうちの1人宇文は実は血が繋がっていない。祖父の兄弟分である許の息子なのだが、許は死んでしまったので、祖父がそのまま引き取り、自分の息子として台湾で育てたのである。
祖父はこの義理の息子をかわいがったのだが、祖母の方はごりごりえこひいきする人で、実の子どもとの間に待遇の差があった、と
秋生の父親と叔母は大学まで行っているのだが、宇文叔父の方は、高校を出てすぐに船乗りになっている。もう1人、血の繋がっている方の明泉叔父は、とんだ法螺吹きでフラフラしている。
秋生の父親は大学出た後高校教師になっており、秋生も頭はよく、いったん進学校に入るのだが、友人が持ってきた替え玉受験の仕事を引き受け(祖父が亡くなって悪化した家計の助けにしたいという意図があったわけだが)、それがバレてしまい、退学となる。
その後、底辺高に編入し、不良に絡まれる生活が始まる。


秋生自身は不良ではないものの、秋生の幼なじみであり兄弟分である小戦は、ヤクザの舎弟になっていく奴で、秋生もケンカはできるのである。
鉄の定規を削ってつくった定規刀とかでてくる


そういうヤンキーエピソードがあったかと思うと、一方で、幽霊話もあったりする。
宝くじを当てた小戦が、中古でファイヤーバードを買って、2人で峠に走りに行くのだが、その時、煽ってきた車が事故る。
その事故現場で救助にあたった秋生は、女の幽霊に出会ってしまう。
で、この幽霊にしばしまとわりつかれて、彼女のことを助けることになる。
というわけで、この作品、幽霊とかも普通に出てくる。まあ、マジックリアリズム的といってもいいのかもしれない。
秋生の祖父は、戦争中、狐火に誘導されて命が助かったことがあり、それで台湾に来てから狐狸廟を建てたりしているのだが、秋生も同じ狐火を見ていたりする。
また、予言をする謎の婆さんがいて、時空を超えて秋生に助言してきたりする(このシーンの作りはなかなかすごい。高校で不良に囲まれて絶体絶命というさなか、突然、秋生の幼い頃の回想シーンが挟まり、その時、このピンチが予言されてたのだが、回想というより、この瞬間、秋生の意識だけタイムスリップしているかのように描かれている)
明らかな超自然現象はこの3つだけだと思うが、他に、こっくりさんやってるシーンがあったりとかもある。


幽霊に悩まされつつも、秋生は受験勉強に励む。
大学に行かないと軍官学校へ入れられてしまうからだ。
だが、幽霊が解決した後は、また祖父の件が気になり始める。台湾の警察の捜査は一向にすすまない。
祖父を恨んでいた人がいるというので、聞き込みに行く。
公園で老人達が体操したり歌ったり楽器演奏したりしていて、祖父は彼らに絡んでいた。
秋生は祖父のことが大好きではあるのだが、客観的には、わりとクソじじいではある。
また、この時代、体罰が普通なので、祖父母も父母も結構秋生を殴っている。ひどい時には鞭がでてくる
で、この祖父が絡んでいた老人達というのは、日本語世代で、日本語の歌を歌っていた。祖父が単に粗暴だからというだけでなく、ここにも本省人外省人との対立がある。
本作、大陸の話は主に国共内戦の話で、抗日戦の話はあまりでてこないが、無論、祖父は抗日戦もやってきたわけで、一方、台湾の日本語世代というのは、当時支配者だった日本人への否定的感情も持っているものの、日本語で、日本人となるような教育を受けてきたわけで、日本語がアイデンティティに食い込んでいる。相互理解は難しいだろう。
『鬼殺し』を読むと、日本語教育を受けた世代にとっての日本人アイデンティティの強さが分かるし、また、国民党支配下において、国民党への抵抗として日本語が拠り所になったことも分かる。このあたりは『流』を読むだけでは分からないところ。
この件は、秋生にとっては、日本語に興味を持つきっかけとなる。


秋生には、小戦以外にも幼なじみがおり、2歳年上の毛毛(マオマオ)という。
彼女は、幼い頃から秋生を弟のようにからかったり、守ったりしてきた
秋生は、毛毛に対する恋愛感情を意識するようになり、2人は付き合うようになる。
ところで、毛毛には、胖子という叔父がいるのだが、明泉叔父と同級生で、一緒につるんでいる。彼は、顔がいいので女たらしでもあり、また、子どもたちの天敵でもある。
この2人の叔父は、社会的には決して好ましい人物ではないのだが、しかし、キャラクターとしては憎めない連中で、時々登場してきては、秋生のことを揶揄ったり、法螺ふいたり、時に重要な情報提供者になったりする。
こういうキャラクター配置にも隙がない作品だと思う。
彼らの存在は、1970年代の台湾、という、現代の読者にとっては少し遠い世界を、想像の中で組み立てるのに一役買っていると思う。


秋生は、祖父が盗まれた靴を持っている奴がいると、小戦に、高鷹翔の元へと連れてこられる。高鷹翔はヤクザ者で小戦の兄貴分である。
確かに、そこに引き立てられているのは、祖父が殺される一ヶ月前に祖父の店にはいって靴を盗んだこそ泥だったが、秋生には、その泥棒が祖父を殺した犯人ではないことが分かった(泥棒は盗んだ日に殺したと証言したが、盗まれた日と殺された日は1ヶ月離れている)。
実のところ、高鷹翔が、彼を殺す理由を探していて、秋生と小戦はちょうどハメられた形だった。
それでも、小戦は、高鷹翔からの殺すようにという指示に従おうとするが、秋生は小戦を連れて逃げ出す。
2人は、ヤクザに狙われることになる。
秋生は、今は使われていない祖父の店に2人で隠れるが、小戦が拉致されてしまう。
秋生は、祖父が隠し持っていたモーゼル拳銃を持って、高鷹翔の元へ向かおうとするのだが、そこに宇文叔父が現れる。宇文叔父がモーゼルを持って高鷹翔と対峙する。
結局、警察が踏み込んできて、宇文叔父は逮捕される。
小戦は、宇文叔父の船で働かせてもらうことになり、秋生は、大学受験できず兵役に就くことになる。
ところで、秋生は、モーゼル拳銃を取り出した際、祖父が拳銃と共に、王克強という男の家族写真を保管していたことを知る。
王克強(ワン・コウチャン)は、大陸で日本側のスパイとして働いていたために、黒狗とさげすまされ、日本人たちからは「わんこちゃん」と呼ばれていた。そして、秋生の祖父は、この王克強のことを殺したのである。
何故殺した男の家族の写真を祖父は持っていたのだろうか。
その写真を秋生から見せられた宇文叔父は、何か動揺したようだった。そして、宇文叔父は刑期を終えると、家族の誰にも告げずに行方をくらました。
「第八章 十九歳的厄災」にあたるエピソードで、物語のターニングポイントになる。
ところで、秋生によって人殺しになることを回避し、宇文叔父によって、船乗りになることのできた小戦だが、早々に船を下りて、高鷹翔の元へと戻り、結局、ヤクザになって、ちんけな人殺しをさせられてムショに入ることになる。
この章は、アクション的にも盛り上がりがあるし、秋生や宇文叔父の色々な感情が渦巻くところなのだが、秋生や宇文叔父の活躍空しく、結局、小戦は生き方を変えられずヤクザになってしまう、というのが、この作品のドライな人生観を示しているように思う*1


兵役についた秋生は、高校時代に定規刀で相対することになった相手と再会する。
テキ屋の息子で、自身もテキ屋になっているのだが、文学に出会い自分も詩を書いているという。
本作の冒頭エピグラフにもなっている詩が、ここで紹介される。
「魚が言いまし..わたしは水のなかで暮らしているのだから/あなたにはわたしの涙が見えません」
兵役で一緒になった者たちで、こっくりさんをやって、秋生の祖父を殺した犯人を教えて貰おうという話になったり。
兵役中、秋生は毛毛と文通を続けているが、次第に毛毛の様子がおかしくなる。兵役が明けて戻ってくると、毛毛は秋生と別れようとしていた。
秋生にとっては理由がわからないまま、毛毛は別の男性と結婚して渡米してしまう。
さて、秋生にとって大学進学は、兵役を遅らせるための手段だったこともあり、兵役後、大学へ行く理由がなくなり、明泉叔父の友人がやっている会社で働くことになる。
台湾の野菜を日本の外食産業向けに輸出する仕事で、これにより、秋生は時々日本へ行くことになる。
ところで、秋生が高校生時代、日本のパンツを褒めてるシーンがあったり、消費社会として先行する国として日本をとらえているのかな、というところがある。
で、取引先で通訳をやっている夏美玲という女性と親しくなっていく。最初のきっかけとして、中森明菜の曲がでてきたりする。
二人とも、前の恋人を引きずっている者同士
毛毛がなぜ秋生と別れたのか、は少ししたら判明するのだが、まあ、メロドラマとかでありそうですねーみたいな話である。
秋生と美玲の関係が、例の魚の詩によって喩えられたり


でもって、最後、祖父を殺したのは誰かという謎にも解決が与えられる
ここまでの話の中で小出しにされてきた要素がつながっていく
そして、秋生は大陸へと渡るのである。
大陸には、祖父らを助けてくれた馬爺爺がいて、彼の伝手を頼ることになる。
馬と祖父は兄弟分であって、だから助け合っていたのだが、一方で、馬爺爺は共産党側だったりする。馬爺爺が共産党側についたのは偶然だったようで、それにより台湾と大陸とに分かれることにはなったのだが、その後も手紙のやり取りをするなどして親交は続いていた。
なお、台湾と大陸は直接郵便をやり取りできないので、日本など第三国経由でやり取りしていたらしい。
共産党のことを嫌ったり怖れたりする描写は度々あるのだが、その一方で、実際の人間関係としては、友人や親族がそれぞれに跨っていたりして、そのあたりもまたちょいと複雑そうだな、と思った。
さて、秋生の祖父は、まあ台湾でもそれなりに嫌な奴ではあったのだが、それはまあしかし、日常にいる範囲ではある(家族に対して理不尽に怒ったりとかレベル)。
しかし、山東省は青島近郊の、とある集落までやってくると、完全に極悪人の扱いであった。
秋生が聞いた話とは違う話を聞かされるわけだが、このあたりは、戦争のさなかの話なので、どっちがより悪かったのか、とかはもうわからない話ではある。えらくたくさん人が殺され、それが復讐の連鎖を生み、ついに祖父は殺されたのだ、と。
戦争中というと、日本兵が中国人を虐殺してという話もあるわけだが、国共内戦で中国人同士でもこういう虐殺があったのだな、と。
そもそも、祖父が大陸で虐殺やってて恨まれていた、ということ自体、東山の実話をもとにしているらしい
さて、話を戻して、まあ、ここまできてネタバレもくそもないのだが、一応、犯人が誰かは伏せておくとして、どうしてそういうことになったかというと、台湾へ行く際に、取り違えというか勘違いというかがあったということで、
その取り違えの現場は肥溜めだったわけだが、そういえばこの作品はそもそもウンチで始まっていたな。
秋生は犯人と対峙して、復讐の連鎖を断ち切るために、自分が相手を殺さなければならないのだ、となるわけだが、秋生が撃たれてしまうことでうやむやになる。
殺したいほどに憎み、そして実際、何十年たってもその憎しみは消えずに、殺すに至った者が、ではその相手の孫も同じように憎むかといえばそうではなく、むしろ、家族の愛をもって、その命を助けようとする、ということが起きる
復讐の連鎖を断ち切るための簡単な解決策はないのだけれど、人間と人間との関係が織りなす複雑さが、なんとなく解きほぐしていくことがある、ということなのかもしれない。

*1:エピローグで、ムショから出た後は足を洗って結婚したとは書かれているが




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