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井上弘貴『アメリカの新右翼』

2010年代以降のアメリカの右派・保守主義(本書では「第三のニューライト」と総称される)についての概論
浜由樹子『ネオ・ユーラシア主義』 - logical cypher scape2に引き続き、時事的な政治思想の本
なお、全部で6章からなるが、2章では2010年代の左派の動きにも触れられている。
正直、知らない名前のオンパレードで(知ってる名前も、せいぜい名前知ってる程度だし)、また、一口に右派といっても色々な立場に分かれており、結構複雑というか、なかなかついていくのが大変だった。


アメリカでは、1950年代に第一のニューライト、60〜70年代に第二のニューライトがあって、2010〜20年代が第三のニューライトというわけである。
第三のニューライトと言っても色々あり、オルトライト、ポストリベラル右派、ナトコン、テック右派、リフォーミコンといった流れがある。
とはいえ、本書はこれらをそれぞれ等分に解説していく構成はとっていない。
ポストリベラル右派には一章が割かれているが、それ以外に独立した章立てで解説されているのはピーター・ティールと、フランスの新右翼であるカミュである。
テック右派についての章もあるが、これはテック右派を他の右派がどう捉えているかという観点で書かれている。


アメリカの右派というと、ネオコンリバタリアンというイメージがあったが、これは完全に古いイメージだったということがよくわかった。
本書でいうと、ティールが一応リバタリアンであるが、本書で取り上げられている第三のニューライトは基本的にネオコンリバタリアンに対して批判的な立場である、と。
そして、ティールを含め、本書に出てくる人たちの多くが、キリスト教的な伝統的価値観を重視している。


ネオ・ユーラシア主義もそうだが、いわゆるアンチ・リベラルというのが世界的潮流としてあるんだなあという感じはする。また、『ネオ・ユーラシア主義』でも本書でも、(登場人物は違うものの)ヨーロッパの新右翼への言及が度々ある。本書では、環大西洋的な右傾化として取り上げられている。
今回、『ネオ・ユーラシア主義』や本書を手に取ったのは(ひいてはこれらの本が企画・出版された理由でもあると思うのだが)、ロシアのウクライナ侵攻やアメリカでのトランプ再選といったことがきっかけであったわけで、ヨーロッパの新右翼のことは全く念頭になかったが、確かにこういう右傾化はヨーロッパの方が先立ってはいたわけか。
他に、権威主義的国家の台頭という意味では、中国やインドのことも気にならないわけではないが、まあこの流れの読書はいったんここまで、とするつもり。

まえがき――アメリカは体制変革(レジーム・チェンジ)の只中か?
第一章 左右からの急進主義に揺れるアメリ
第二章 一六一九年か一七七六年か、それとも
第三章 ポストリベラル右派の躍進
第四章 テクノロジーと反中主義の背後にあるもの
第五章 大いなる置き換えとグローバル化する文化戦争
第六章 右派進歩主義の台頭?
あとがき

まえがき――アメリカは体制変革(レジーム・チェンジ)の只中か?

第一章 左右からの急進主義に揺れるアメリ

第一章は、タイトルに左右とある通り、右派だけでなく左派の動きについても触れられているが、主には右派の話である。
2010年代、左派のブラック・ライヴズ・マターと右派のオルトライトについて、である。

  • オルトライト

この背景には、ネオコンへの反感があるという。ネオコンの介入主義に対して、孤立主義
さらにそれは、反エリート主義でもあり、それが反ユダヤ主義とも結びついていった。
よく知られているように、オルトライトは、ネットでの活動によって発展した運動で、ネットミームを用いながら、白人至上主義や陰謀論が醸成されていった。

  • リチャード・スペンサー

オルトライトにおける重要人物がスペンサーで、彼がいなければ、オルトライトはネットのみで閉じて広がりはなかっただろう、と。
デューク大学の博士課程学生だった頃、デューク大学ラクロス事件に関わる。
これは、白人の男子学生のラクロス部員(いわゆる「ジョック」)が黒人の女子学生をレイプしたとされる事件だが、のちに被害者の虚偽であることが判明した。
白人側の立場にたったのがスペンサーである。のちにトランプ政権入りするスティーヴン・ミラーもこの事件がきっかけで表舞台に立ったという。
この事件をきっかけに、スペンサーは、ペイリオコンの雑誌『ジ・アメリカン・コンサーヴァティブ』からも声を掛けられる。
ペイリオコンというのは、ネオコンに対立する形で生まれてきた保守派(本書は、これが何の略なのか書いていないのだが、Paleoconservatismの略らしい)。
ただ、もっぱら白人アイデンティティ政治に関心のあるスペンサーと、同誌は必ずしも方向性が一致せず、スペンサーは、『タキズ・マガジン』へと活動の場所を移す。


2010年代
トレイボン・マーティン事件をきっかけにブラック・ライブズ・マター運動がおき、その後も、マイケル・ブラウンの射殺事件、エリック・ガーナー死亡事件、ボルティモアでの暴動が続いた。
こうした動きに対して、白人至上主義と陰謀論に染まった若者の反発
代表的なのが、チャールストン教会銃撃事件


2016年、大勢の予想を裏切り、トランプ勝利
これはオルトライトの勝利でもあったが、喜びを爆発させた彼らは、ナチス式敬礼をするといった問題行動(ハイルゲート事件)を起こし、オルトライトは、極右と「軽めのオルトライト」へと分裂する。
2017年「ユナイト・ザ・ライト・ラリー」という極右の集会開催
これはオルトライトが最高潮の盛り上がりをみせたものだったが、ここでも暴発して、自動車の衝突事故を起こし死傷者がでるにいたり、オルトライトは終焉を迎えた、と。

第二章 一六一九年か一七七六年か、それとも

本章では、左派からのアメリカのリベラリズムに対する批判である「批判的人種理論」と「1619プロジェクト」について取り上げられる。

  • 批判的人種理論

デリック・ベル(1930~2011)
代表的なのは1980年の論文
1954年のブラウン判決を白人の利益に主導されたものととらえなおす
ブラウン判決は、白人と黒人の学校を分けるのは人種差別だとして違憲判決を出したもので、普通は、人種差別解消に向けたものとして評価されるが、それを批判した。

  • 1619プロジェクトと1776年委員会

2019年 『NYタイムズマガジン』に「1619プロジェクト」という特集が組まれた。
2020年 トランプ政権は、これに反論する形で「1776年委員会」を発足させる。


1776年はアメリカ独立宣言の年だが、1619年は黒人奴隷が初めてアメリカに連れてこられた年で、この年こそ、アメリカという国の始まりだ、というのが「1619プロジェクト」
教育カリキュラムに組み込めるよう、web上に教材セットなども用意された。
特集の中心は、ニコル・ハンナ=ジョーンズの論考
アメリカは、黒人の犠牲で成り立っており、また、アメリカの理想を成し遂げているのは黒人だ、と。
合衆国の初期の大統領がみな奴隷所有者だったことから、アメリカ独立は奴隷制を維持するためになされたのだ、と主張。
民主主義(民衆の支配)ではなく奴隷所有者による支配(slavocracy)
リンカンの評価
かつての保守は否定的評価だったが、今は肯定的評価が保守の中では正統
保守としては傍流である、リバタリアンやペイリオコンの論者がリンカン批判している
1619プロジェクトもリンカンを否定的に評価しており、奇妙な一致が起きている、とも。


1619プロジェクトに対しては、その後、左右関係なく、歴史学者から様々な批判がなされている。
視点としては重要だが、歴史解釈としては誤りがある、と。
学校教育用の教材が含まれていたことが結構批判を呼んでいて、教育に用いるのはちょっと、という感じっぽい。
また、こうした批判をうけて、1619プロジェクト側も主張をトーンダウンさせている。

第三章 ポストリベラル右派の躍進

本章では「第三のニューライト」ならびにその一角をなす「ポストリベラル右派」について
ポストリベラル右派としては、第二次トランプ政権副大統領となったJ.D.ヴァンス(1984~)が有名で、以下のような論者がいる。
パトリック・J・デニーン(1964~)
ソーラブ・アーマリ(1985~)
ロッド・ドレア(1967~)

  • 第一のニューライト

ニューディールリベラリズムに反対し、リバタリアニズム、道徳主義、反共主義が融合

  • 第二のニューライト

より道徳主義を強調し、第一のニューライトや(第一のニューライトに合流した)ネオコンに対して批判的。ペイリオコンなど

  • 第三のニューライト

ナショナル・コンサーヴァテズム(ナトコン)、テック右派、ポストリベラル右派などからなる。
ナトコンの代表的論者として、ヨラム・ハゾニー(1964~)というシオニストがいる。

  • ポストリベラル右派

カトリックが多い(ただし、ドレアは正教徒)
特徴として、古典的自由主義含むリベラリズム全般から手を切るべきだと考えていることと、市場や企業への敵意があることがある。
また、オルバン政権のハンガリーを理想の国としている。

かつては民主党系だった。
プリンストン大学ジョージタウン大学→ノートルダム大学
リベラリズムはなぜ失敗したのか』(2018)で有名に。
トクヴィルに対して肯定的。
いわゆるリベラリズムだけでなく、古典的自由主義である、ロックや建国の父祖のことも批判している。
リベラリズムは、アメリカが階級社会であることを隠蔽している、と
古典的自由主義能力主義は、エリート階級を生んでいるから、と。
革新リベラリズムだけでなく、古典的自由主義も批判することで従来の右派からの決別も告げいている本


インディアナ州の信教の自由回復法
もともと「信教の自由回復法」という連邦法があったが、これは政府が個人の信教の自由を制限しないようにするためのものだった。ところが、同じ名前ながら、これとは趣旨の異なる州法が成立するようになる。こうした州法は、私人間へと適用する。
2015年、ピザ屋が同性愛者を拒否したことが問題となり、多くの大企業などが抗議を行い、州法は修正されることになった。
デニーンは、この問題をうけて、企業・経済エリート・リバタリアニズムへの批判を展開した。

  • タッカー・カールソンとオルバン

カールソンは、FOXテレビのコメンテーター
2021年にハンガリーのオルバン首相に対して独占インタビューを行っている。
ドレア(ハンガリー在住)は、カールソンのハンガリー来訪についてのエッセイの中で、アメリカを「ポリティカル・コレクトネスによるソフトな全体主義」と表している。
「タッカー・カールソン・ネットワーク」(2023)というネット番組を作り、既存メディアに対して不信感を持つ
「タッカー・カールソン・サミット2025」(ドバイ)でのオルバンとの対談→民主主義とは、民衆の参加だけでなく、「善きガバナンス」をもたらすものだ、と。

  • ソーラブ・アーマリとデヴィッド・フレンチの論争

アーマリは、孤立主義者としてアメリカによるウクライナへの介入を批判していた1人
ドラァグクイーンによる図書館での読み聞かせ会
2019年、これに対してアーマリが中傷するツイートをする。
このツイートの数日後、フレンチが発表した文章は、古典的自由主義にもとづいた原則をとくもの(自分も不快ではあるがその自由は保障されるべき)で、保守主流から傍流のアーマリへの説諭とも読めるものだった(フレンチはそもそも宗教保守)。
アーマリはこれに反論
古典的自由主義は「共通善」の推進を恐れている
また、右派と左派の間には文化戦争が起きており、もはや建設的対話は望めない、と。

第四章 テクノロジーと反中主義の背後にあるもの

この章は、ピーター・ティールについて
ヴァンスは、かつてティールの部下だった
ティールは、ナトコンの集会によく出席している。
反中主義者としても有名。

  • 『ゼロ・トゥ・ワン」(2014)

水平的進歩:1をnにすること。グローバリゼーション。中国はこれが上手い。
垂直的進歩:0を1にすること。テクノロジー
テクノロジーユートピア主義(テクノロジー自身が方向性を持っているという考え)への抵抗
政治とテクノロジーの競争関係(政治はテクノロジーを阻んでくる)
未来に対するプランをもつ「明確な楽観主義」にたつべきで、かつてのアメリカはそうだったが、今のアメリカは「不明確な楽観主義」に陥っている、と
なお、中国は「明確な悲観主義
競争を批判し、独占を評価している。
スタートアップにおいて、チームの大切さを説く一方、君主制的な組織であるべき、とも考えている。


ゲイかつ共和党
ブッシュ政権への不満(中東侵略でテクノロジーを軽視したから)
文化戦争非難
グレタ・トゥーンベリを現代のラッダイト運動だと、批判
恐れるべきはテクノロジーではなく停滞と主張
ニック・ボストロムのことも批判している(ボストロムが求めるグローバル・ガバナンスは全体主義だ、と)


ティール自身はもともと、政治的手段によってリバタリアン的自由を確保していくことを目指していたが、今は、かつてのアメリカがそうであったように、未踏のフロンティアで既存の政治からは離れて自由を確保しようと考えている。
2009年、リーマンショックへの財政的・金融的な介入は、リバタリアンにとって、政治への絶望を覚える出来事だったという。
政治によらずテクノロジーによって未知の空間をつくりそこで自由を確保する


ルネ・ジラールやカーティス・ヤーヴィンからの影響

ティールのスピーチには、聖書からの引用が度々ある。
本書では、ティールの主張・世界観が、彼の信仰に基づくものであるとして読み解く。
無神論悲観主義」(現代のテクノロジー不信)←ハリウッドがこれを煽っている、という
無神論的楽観主義」(相対的にマシな立場で、これは有神的楽観主義へつながる)
ユダヤ西洋的楽観主義」
→科学テクノロジーと信仰の一致


自由があることで、最高次の善の実現に向けて努力できる、というようなことを述べている。
リバタリアニズムと信仰が、ティールの中では結びついている。
ティールの反中主義は、反共主義ではない。
中国はテクノロジーと対立する存在なので、ティールは反中の立場をとる。
中国自体は反キリストではないが、全体主義国家という反キリストになりうる。
反キリストはハルマゲドンをもたらす
反キリストの台頭をおさえるのが「カテコーン」
かつてのアメリカの反共主義(反ソ)はカテコーン的であった。
一方、アメリカは、反キリスト的なグローバリゼーションを生み出した国でもある。
ティールのアメリカに対する態度は両義的

第五章 大いなる置き換えとグローバル化する文化戦争

この章は、フランスの極右であるルノーカミュについて
カミュは「大いなる置き換え」論を唱えており、これが、アメリカのニューライトにもよく参照されている。
「大いなる置き換え」という言葉は、複数の銃撃事件で犯人の声明に用いられている。ただし、犯人たちはカミュの文章そのものを必ずしも読んでいたわけではない。
カミュ自身は、元々はゲイの左派知識人であった。が、引退してフランスの片田舎で隠遁生活を始めた際、そこにフランス文化に馴染もうとしないイスラーム系の移民達の姿を見て、極右知識人へと転向する。
第一章にでてきた「ユナイト・ザ・ライト・ラリー」では「お前たちはわれわれを置き換えることはできない」というコールが起きた。カミュはこれをうけて『お前たちはわれわれを置き換えることはできない』という本を出している(2018)。

  • 「大いなる置き換え」「大いなる文化の剥奪」「小さな置き換え」

移民の流入により、白人が非白人に「置き換え」られてしまう、というのが「大いなる置き換え」だが、カミュは、それに先立って「大いなる文化の剥奪」「小さな置き換え」が生じてきたという。
これは、教養ある階級の文化が大衆文化になること、民主主義により平等化・平準化が生じていくこと、ブルジョワプチブルに置き換えられることをさしている。
カミュのいうプチブルは文化的なものであり、経済的なものではなく、ダボス会議に集うグローバルエリートもプチブルであり、グローバル資本や巨大テック企業、巨大ファンドなどがこうした「置き換え」を引き起こしている原因だと考えている。

カミュの「大いなる置き換え」は、非白人が意図的に白人になり替わろうとしているという陰謀論ともつながっている。
犯行声明に「大いなる置き換え」という言葉を用いた銃撃テロ犯は、そのような陰謀論に取りつかれたのだろう
カミュ自身は、こうしたテロ事件自体は批判しているし、陰謀論ではないとしている。
グローバル化が、文化の平準化をもたらしているというのは、一般的な見解だろうし、階級の高い者たちの文化を守ろうとする貴族主義的な立場は、ヨーロッパの保守にはよくみられるし、また、グローバルエリート批判から移民受け入れ反対するという論理は、ほかのフランスの新右翼であるブノワとも共通している。
しかし、カミュの主張の中には、やはり陰謀論的な要素が混じっていることを、本書は指摘している。
また、アフリカ人はヨーロッパを植民地化しようとしている、それは占領である、というかなり特異な主張を行っていて、これがカミュを特徴づけている、という。
ブリュッセルEU官僚はその意味で「占領協力」を行っていて、ヴィシー政権同然だという。

  • カミュの主張についての2つの注記

(1)アメリカの極右には反ユダヤ主義が浸透しているが、カミュ反ユダヤ主義に反対している
だからマシ、という話ではなく、ヨーロッパの右翼にとって分割線はヨーロッパ人とイスラームの間にひかれており、ユダヤ人との間にはひかれていない、ということ
(2)EU的な単位への期待
「諸国民からなるヨーロッパ」を理想としており、古都ウィーンを首都とした構想をもっているという。

極右の環大西洋的なネットワークが構築されつつある。
ポストリベラル右派のロッド・ドレアは、カミュのことを人種差別主義者だと思って敬遠していたが、ある時、カミュを読んでから高く評価するようになった。
ドレアは「大いなる文化の剥奪」に強く共感
東ヨーロッパは、「大いなる文化の剥奪」が比較的起きていないのであり、宗教保守のドレアにとってハンガリーは理想な国
そして実際、ドレアはアメリカからハンガリーへ移住している。
ドレアにとってアメリカは、キリスト教保守としての発言の自由がなく、ハンガリーの方がキリスト教の価値観が守られ、信仰と発言の自由があると感じられる、と。

第六章 右派進歩主義の台頭?

最後の章は、いわゆるテック右派について。
従来、右派と「進歩」という言葉は取り合わせの悪い物であった。「進歩」といえば左であり、右は「保守」だった。
ところが、右派進歩主義なるものが登場してくる。
これについて、他の右派がどのように反応してきたか。

  • マーク・アンドリーセン

「テクノ=オプティミスト宣言」(2023)
テクノロジーによる進歩・成長を言祝ぐ。効果的加速主義
テクノロジーの進歩を生み出す者たちの徳
自分は右派でも左派でもなくて、敵は停滞、と述べるが、SDGsや持続可能性、予防原則、存亡リスクを共産主義と否定しており、右派的。
また、総合格闘技MMAについて高く評価しているが、この中には、古代ギリシアにさかのぼる西洋の伝統への価値の表明と男らしさへの肯定がある
ナトコンのライアンズは、アンドリーセンが保守的・反動的と批判されることがあるが、アンドリーセンは保守的でも反動的でもなく進歩的であり、なおかつ右派である、と。
従来、右派は保守、左派は進歩を語ってきたが、これはもはや左右の区別の指標ではない、と。
ライアンズは代わりに、ヒエラルキーか平等か、秩序化かアナーキーか、で左右を区別
その基準でいえば、アンドリーセンは右派である、と

  • メアリー・ハリントン

イギリスの右派ジャーナリスト
もともとフェミニストであったが、転向した。その背景に、進歩への懐疑があった
しかし、エルサルバドルのブケレ大統領を知り、ブケレがライアンズの指標のもとで右派進歩主義者であると考え、右派が許容できる進歩があると考えるように
また、ドレアは、自身は右派進歩主義を受け入れられないが、ハリントンに対して理解を示している。

  • J.D.ヴァンス

アンドリーセンが率いるベンチャーキャピタルが、アメリカ産業を復活させるスタートアップ企業を選定し「アメリカン・ダイナミズ・サミット」を開催しているが、その2025年の「サミット」でヴァンスは来賓スピーチをしている。
ヴァンスは、トランプ政権内部にいるテクノ=オプティミストとポピュリストは緊張関係にあるといわれるが、そんなことはなく、共存できると主張
ヴァンス曰く、この両者の共通の敵は、移民による安価な労働力である、と。

  • ケヴィン・ロバーツ

ヴァンスが、反トランプから親トランプに変化していったことに影響したと思われる人物
ヴァンスはロバーツと境遇が近い
ロバーツは、ワイオミングのカレッジでキリスト教の伝統的価値観・道徳に基づく教育を推進してきた人で、2021年にヘリテージ財団のトップに就任
ヘリテージ財団は、多くの保守系シンクタンクが第一次トランプ政権を距離を置く中、いち早く親トランプとなったシンクタンク
ロバーツは、「ディープ・ステート」批判や、ビッグテック批判もしている
しかし、オキュラスVRの創設者で、フェイスブックを経たのちに軍事ドローン開発ベンチャーを立ち上げたパルマー・ラッキーのことを、「理想的なパイオニア」として高く評価している。
グローバルなエリートではなく、新しいタイプのエリートの登場を望むという点で、デニーンと考え方を共有している。
ロバーツはこうして、宗教保守、ナショナリズム、テクノロジーを融合させている。


あとがき

本書のサブタイトルである「トランプを生み出した思想家たち」について
これはちょっと変だという。ここで取り上げられているものはむしろ「トランプから生まれた」と言う方がいいのではないか。実際、もしこの本を第一次トランプ政権期に書いていたとしたら、そういうサブタイトルにしていた、という。
また、本書で取り上げられている政治家・知識人は、必ずしも「思想家」とは言いがたいかもしれない、とも。体系的ではなく、荒削りなこともある。しかし、概念化されたヴィジョンと一貫した論理があるので、思想家という言葉を用いた、と
本書は、第三のニューライトのすべてを網羅的に扱えているわけではなく、「リフォーミコン(改革保守)」について触れられなかった、とも。


簡単な感想

冒頭にも書いたが、知らない人・知らない思想ばかりで、ただただ「へぇ」という感じだった。
ただ、本書の中で出てくる出来事のいくつかは、「ああ、確かにそういう事件もあったねえ」と思ったりはした。
ピーター・ティールというのは、思っていた以上に、独特な思想の人だなあ。全然わからん……
MMAが、アンドリーセンによって、右派的なものとして言祝がれている(ザッカーバーグやマスクもMMAやってるらしいが)の、遠藤浩輝とかどう思っているんだろうな、とちょっと思ったりした。




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