イラク人亡命作家による14篇からなる短編集
白水社エクス・リブリス
イラクでの戦争や誘拐、自爆テロなどの暴力が主題となりつつも、それが、超現実的・SF的な設定やフレーバーとともに語られる。
版元紹介文では「幻想的に描き出す」と書かれている。海外文学で「幻想的」という時、かなりそれが指すものの範囲が広く、人によってイメージするものが結構違いそうだが、まあ、幻想的といえば幻想的か。奇想とかでもいいのかもしれない。
オチの意味がよく分からなかった作品もいくつかあるのだけれど、それら含めても、面白かった
湾岸戦争やイラク戦争、そしてその後のアメリカ占領時代なので、現代を舞台にした作品といっていいが、考えてみると、(例えばイラク戦争だと)もう20年も前の話なんだなあ、と。いっときは毎日のようにイラクのニュースが流れてたけど、最近はあんまり見てないな、と。
「アラビアン・ナイフ」「記録と現実」「イラク人キリスト」「クロスワード」「軍の機関紙」あたりが面白かった
死体展覧会
ある組織のボスが、新人の「君」に語りかける台詞のみで構成された作品
死体をいかに芸術的に展示するか、という組織
エージェントは、殺す相手が決まったら、殺し方と展示方法を提案し、委員会に認可されたらこれを実行する。
語り手が「君」に対して、〈悪魔のナイフ〉とか〈耳なし〉とか〈釘〉といったコードネームのエージェントについて、あいつは想像力がなかったとか、あいつは優秀だったとかを語って聞かせて、これがどういう仕事かを押していく。
コンパスと人殺し
暴れん坊な兄アブーが、弟マフディーを夜の街へ連れ回す。人々は、突然何をしでかすか分からない兄に怯えたり、へつらったりしている。
主人公である弟は、その兄と一緒に行動できるのが嬉しい。
で、兄が自分の友人のような手下のような人物と引き合わせ、その人物に、「パキスタン人のガキ」について話させる。
ムジャヒディンの指導者が遺したコンパスを大事に持って、密出国しようとしていた「パキスタン人のガキ(ワヒード)」の話
その話の後、兄に命じられて、人を生き埋めにさせられる。
グリーンゾーンのウサギ
グリーンゾーンというのは、バグダッドの元米軍管轄地域
暗殺ミッションのため、グリーンゾーン内の豪邸で待機している2人
1人はベテランのサルサール、もう1人は新人のハッジャール=「僕」で語り手
ウサギを飼っていて、ある日、ウサギの巣に卵が落ちている
ベテランは、文化副大臣の人柄やプライベートについて語る。
いよいよ実行の日を迎える。
結局、ウサギの卵の正体は分からぬまま、幕切れを迎える。
軍の機関紙
軍の機関誌で文化欄を担当している男が主人公
ある時、どこかの兵士から優れた短編が投稿されてくる。その兵士に返信したところ、死んでいることが分かり、主人公はその短編を自らの作品として発表する。
またたく間に名声を手に入れた主人公だったが、その後も、大量の短編小説の原稿が送られてくる。
何度確かめても、その送り主であるはずの兵士は死んでいるはずなのだが、何度も何度も、溢れるほどに大量に原稿が送られてくるのだった。
戦争における兵士の大量死が膨大な短編小説の原稿として表わされているのだなあ、と思った。
クロスワード
高校時代の親友マルワーンは、優秀なクロスワードパズル作家だったが、編集社のビルの前で起きた爆弾テロに巻き込まれる。
一命をとりとめたものの、同じテロで死んだ警察官の声が聞こえるようになってしまった(その声曰く、霊体になってその親友の頭の中に取り憑いたような状態)。
端からはテロに巻き込まれて心を病んでしまった状態。親友は主人公にだけ打ち明けている。
この作品は、主人公の一人称で語られるパートと、別の人物が主人公に対して二人称で語りかけるパートが交錯するように書かれている。
この別の人物は、主人公と親友のもう1人の高校時代の友人であると思われるのだが、最後に、この声もまた主人公の頭の中に聞こえてくる死者の声らしきことが示唆されている。
穴
主人公は突然、穴に落ちてしまう。その中には、謎の老人がいて、アッバース朝からいるという。また、その穴の奥には死体があって、それは冬戦争の時に落ちてきたロシア兵だという。
時空を超える謎の穴
老人はいなくなり、今度は主人公が、穴に落ちてくる人を待つ番になる。
これは、戦争とか暴力とかは直接でてこないけれど、不条理SFという感じか。
自由広場の狂人
自由広場には二人の若者の像がたっていて、偶像崇拝にあたるとして破壊されそうになっているが、地域の人たちが反対運動をしている。
その反対運動をしているうちの1人の息子が、祖父から聞いた話として、その謂れを語る。ただ、それはあくまで祖父が言ってた話であって、他の人たちはまた違う認識をしているっぽいのだが。
その地域はかつて、電気が通っていないので暗黒地区と言われ、治安の悪いところだった。ところがある日から、金髪の二人の若者がやってくるようになる。
その美しさに地域の人々は魅了され、女性たちは、その金髪の二人が通る時にはめかしこむようになり、また、美化活動が行われ、子どもたちの使う言葉遣いも正されるようになった。しかし、軍事クーデター後、二人は来なくなった。
地区は戦車や戦闘ヘリによる激しい攻撃を受けて、「私」も死にそうになるが、その時、金髪の二人の若者が「私」を救ってくれた。
ところが、その後、誰もがその二人について忘れ去ってしまい、「私」だけが金髪の二人を語り、狂人扱いされている。
最後、「私」の話を信じてくれるという男が現れるのだが、おそらく、その男によって「私」が自爆テロさせられそうになっているところで終わる。
イラク人キリスト
「僕」が軍隊にいたとき、同じ部隊にいたキリスト教徒のダニエルの話
彼は、レーダー部隊に勤務するのが夢であったが、自身、特殊な体質をしていて、敵の爆撃を避けることができた
戦争が終わってダニエルは除隊、「僕」は新しい軍隊に残った(ここでいう戦争は多分湾岸戦争で、ダニエルは、独裁者も好きではなかったが占領下の軍に入る気もない、といっている)
ダニエルは、母の介護をしながら生活していたのだが、ある日、母と一緒に入ったレストランに、自爆テロ犯が入ってくる。
この作品、「僕」の一人称で書かれているのだが、最後の2ページ目くらいで、僕は誤射で死んだと何気なく書かれており、その後は、死者による語りになっているっぽい。ダニエルも死んでおり、あの世でダニエルと再会して、除隊後の話を聞いた、という体っぽい。
ダニエルは、母を助けることを条件に代わりに自爆してくれと頼まれ、その頼みをきいた、という終わり方になっている。
ダニエルは、軍隊時代から世界の崩壊についての観念を抱いていて、また、戦後は姉から国外への移住を薦められていたが、断っていた。
「自分の個人的な人生と、目の前でひとつの世界が崩壊しつつあるという自覚とのあいだで、どう折り合いをつけたものか?」
「二人とも、失われた楽園を見捨てろという悪魔の誘惑を拒絶した」
「彼を麻痺させたのは恐怖だけでなく、救済への謎めいた欲望でもあった」
自爆するところで終わるわけだが、このダニエルは、いわゆる自爆テロ犯とは違うので、ここから自爆テロの心理についてわかるわけではないし、そもそも、ダニエルが一体何を考えていたのかも分からないのだが、その複雑さがあとに残る。
アラビアン・ナイフ
ナイフを消すという超能力を持っている者たちの密かなサークルの話
そのサークルは、地域で少年たちにサッカーを教えているジャアファルという男性を中心に、「僕」、スアード、アッラーウィー、肉屋のサーリフからなる。
スアード以外は、ナイフを消す能力をもっていて、スアードは消えたナイフを再び取り出すという能力を持っている。
アッラーウィーは、ナイフを消すのを見世物にしていたが、サーリフはただただナイフが消えてしまうので困っていた。
「僕」は、ナイフの謎を調べるために本を読むようになり、次第に勉強や文学が面白くなって大学に通うようになる。スアードも進学するが、他のメンバーからは、ナイフの謎の解明を求められていて、勉強が面白いという感覚は分かってもらえていない。
このサークル自体、時々集まって、ナイフの話をしたり、他の雑談をしたりという、わりと緩い集まり。
ある日、珍しいナイフを売っている女性を見つけて、彼女がスアードと同じ能力を持っていることが分かって誘うが、彼女は参加しなかったり。
とはいえ、この話、このナイフに関する超能力というのは、何というか、ある種のマクガフィンみたいなもので、メインはジャアファルについての話で
このサークルもいつの間にかみんな集まらなくなっていく(「僕」とスアードは結婚したのだが)。で、ある時、ジャアファルが過激派にさらわれて拷問されて死んでいたことが分かる。
ジャアファルはポルノ雑誌をこっそり売って生計を立てていたのだけど、それがバレてしまって殺されるのだけど、腕をナイフで切られそうになってそのナイフを消して身を守るのだけど、結局、銃で腕をとられてしまう。
「僕」とスアードは、息子にジャアファルと名づける。息子には、母親の能力が受け継がれていた。
それが良いことなのか悪いことなのかわからないけれど、ジャアファルの悲惨な最期に対して、必死に生きる「僕」となっている。
作曲家
愛国的な曲で知られる作曲家だった父親の話。
ある時からスランプになって、冒涜的な歌を歌うようになる
ヤギの歌
「記憶ラジオ」という番組で、自分の物語を語る。
子供のころ、弟を汚物処理タンクに落として、死なしてしまう。。
戦争が始まり、父親は「僕」が兵役から逃れるように、家に匿い、「僕」は夜だけ家からでる生活を送る。
記録と現実
冒頭、難民には二つの物語がある、という旨書かれている。つまり、難民申請をするために語っている話と、本当の話。
作品内容としては、主人公が難民申請するために語っている内容、ということになる。
主人公はもともと救急車の運転手で、駆けつけた現場で、大量の首切り死体と遭遇する。そして、切り取られたいくつもの頭部とともに、誘拐される。
犯人グループに脅されて、人質にとられた兵士という内容の台本を読まされて、ビデオを撮られる。
それがうまくいった結果、主人公はなんと別のグループに引き渡されてしまう。
色々なグループで、それぞれ違う設定で、人質役としてビデオを撮られる主人公(いや、人質「役」じゃなくて本当に誘拐被害者ではあるのだけど……)
あの不吉な微笑
こちらはフィンランドが舞台になっているのだけど、これは作者が現在フィンランド在住だからだろう。
主人公は、朝から顔に微笑がはりついてしまう。家族に見られたくなくて、妻に家電を見てくると偽って、映画を見に行く。
人が傷つけられたりする内容の映画なのだけど、微笑を浮かべたままになっているので、他の観客から不審がられる(あるいは、不審がられているのではないかと気まずくなる)
入ったバーが、ネオナチが屯する店で、バーテンダーから早く帰った方がいいですよと忠告されて、ちょっと虚勢を張るが結局出ていく。
出た先で、襲われる
カルロス・フエンテスの悪夢
サリームはオランダに移住してカルロスと改名する。
イラクがいやになっていて、イラクを思わせるものはなるべく払拭して、移民としては異例の速さでオランダ語を修得し、模範的なオランダ人として振る舞う。
しかし、その後、イラクの夢を見て苦しむようになる。
夢についての本を何冊も読み、どうにかして明晰夢にできないか、色々試みるようになる。
しかし、全ては失敗に終わる。
訳者あとがき
作者について解説されている。
小説家であり映像作家でもあるらしい。バグダッド出身だが、のち、亡命して、現在はフィンランド在住
アラビア語で小説を書いているが、2008年、英訳されたものがイギリスで刊行されて注目を集めるようになる。以後、英訳版がヒットしていき、本作も、英訳からの重訳となる。暴力表現が問題となって、アラビア語版での刊行は進んでいない。
イラクでは、SFとかホラーとかが書かれてこなかったよね、ということを指摘していて、イラク戦争から100年後を描く『Iraq+100』というSFアンソロジーも作ったらしい。
このあとがきには言及なかったけど、これ、『Palestine+100』の仲間だな(『Kaguya Planet vol.2 パレスチナ』 - logical cypher scape2)