サブタイトルは、「ユダヤ教は植民地支配を拒絶する」であり、ユダヤ人の立場からイスラエルを批判する本となっている。
筆者は、旧ソ連出身で現在はカナダ在住の歴史学者であり、科学史、ユダヤ教、シオニズムについて研究している。ユダヤ教徒としてシオニズム、イスラエルをユダヤ教に反するものとして批判している。
本書は、2023年10月以来の、イスラエルからガザ地区への攻勢をうけて緊急に書かれたパンフレットであり、岩波ブックレットの88ページというごく薄い本ではあるが、シオニズムの背景から今回の攻撃までの流れがまとめられている。
一応、現在は停戦が成立し、(イスラエルが細々と難癖をつけているところはあるが)今のところ順調に人質や収監者の解放が進んでいるように見えるところではある。
しかし、トランプやネタニヤフの発言から、今後のガザの命運に関しては全く予断を許さない状況であり、本書のアクチュアルな意義は失われていない、どころか、益々重要なところだと思う。
日本語版への序文
シオニストによる植民地化前夜のパレスチナ
パレスチナ人に対するシオニスト国家の態度
ユダヤ教の拒絶と新しい人間の形成
ヨーロッパの遺産――暴力と無力
一〇月七日の攻撃に至るまで
復讐とイスラエルの存続
ダビデとゴリアテ、そしてサムソン――地獄に堕ちるのか?
あとがき
参照文献/訳注/訳者あとがき
本書は、基本的にシオニズムとイスラエルを批判する本であるが、また同時に、西欧諸国のイスラエルへの加担についても批判している。
まず、シオニズムというのはもともとユダヤ教に内在していた思想ではなく、19世紀のナショナリズムに由来するものだと指摘されている。
19世紀ロシアによるポグロムにより迫害・弾圧されたユダヤ人たちが、東欧のナショナリズムの影響を受けて、ユダヤ人ナショナリズムを形成したのがシオニズムだという。
もともとユダヤ教において「約束の地」というのは、あくまでも精神的なものであって、現実にイスラエルの地に帰還することが目指されたことはなかったし、実際の帰還はむしろ戒められているらしい。
また、ユダヤ人というのは、トーラーに従うことによって規定されている集団であり、また「追放」というのがユダヤ人にとって重要なアイデンティティであり、種族的なナショナリズムとは本来相容れないのだ、とも。
イスラエルにおいてユダヤ教は世俗化し、トーラーを守ることはむしろ求められなくなり、イスラエル国家を維持すること自体が、イスラエル人のアイデンティティとなっている。
筆者は繰り返し、ユダヤ教とシオニズム、ユダヤ人とイスラエル人を区別する。
それを混同させるのが、イスラエルのプロパガンダであり、反イスラエルを反ユダヤと取り違えさせているが、それは誤りだ、と。
そしてもうひとつ、イスラエルのことを、最後の入植植民地であると指摘している。
イスラエルのやっていることは、19世紀のヨーロッパ諸国やアメリカが入植を行い、原住民を追い払い植民地を作ったことと同じことなのだ、と。
つまるところ、イスラエルのパレスチナに対する暴力というのは、かつて西欧諸国やアメリカがやっていた植民地支配による暴力と同種のものなのだ、と。
最後に筆者は、レニングラード包囲とガザの状況を類比している。
かつてナチスドイツがレニングラードを包囲し、市民を飢餓に追いやったことと、イスラエルがガザでやっていることは同じだと。
さて、ナチスドイツがユダヤ人や非アーリア人に対して行った絶滅政策というのもまた、入植により先住民を滅ぼしていった植民地支配の一種なのだと捉える。
最後にマルチニックの詩人エメ・セゼールの、ナチスドイツが罰せられたのは、人類への罪としてではなく、白人への罪のためだ、という言葉が引用される。
欧米諸国が植民地の先住民にやってきたことを、ナチスは白人に対して行ったから、断罪されたのだ、と。
これは、逆に言えば、イスラエルがパレスチナに対して行っていることが何故断罪されずにいるのか、ということを示してもいるだろう。
報道の偏りの事例として、CNNはパレスチナ問題について報道する際、全ていちどエルサレム支局のチェックを通しているらしい。
本書は、パレスチナ問題を、イスラエルとパレスチナの間におきている、宗教の絡む特殊な問題としてではなく、19世紀から20世紀にかけて起きてきた、ナショナリズムと植民地支配における問題の事例として位置づけ直している。
そうすることで、イスラエルの何が問題か、ということが明確化されている。
本書は緊急に書かれたとはいえ、さすがに最近のトランプの発言までは拾っていないが(日本語訳が出版されたのが2024年10月なので再選前である)、例えば、ここ最近のトランプのウクライナに対する言動は、彼がまるっきり19世紀的な論理で動いていることを示唆している。
シオニズムやイスラエルを、19世紀のナショナリズムや植民地支配と結びつけるとき、ともすれば、それらは古い問題系のようにも見えてしまうが、しかし、恐るべきことに、今年になって急速に、それらはアクチュアルな危険として甦ろうとしている。