『文豪ナンセンス小説選』 - logical cypher scape2を読んだら面白かった作家として、『ちくま日本文学016 稲垣足穂』 - logical cypher scape2に引き続き、今度は内田百閒を読んでみた。
内田百閒については、夏目漱石の弟子の一人ということしか知らず、作風も活動時期もよく分かっていなかった。
(明治の人かと思ってたんだけど)作家活動しはじめたのが大正以降だし、内容も幻想文学というか奇想文学というかシュールな感じというかで、面白い。
今まで全然読んでいなかったけれど、ニアミスはしていて、学生時代のサークルの先輩がまさにこの本を読んでいて、サークルの人たちも一部で、面白い面白いと言っていたような記憶がある。
あと、『IKKI』で一條裕子が『阿房列車』というマンガ化作品を連載していたのは知っているのだが、あれも流し読みしていただけだった。
掌編がかなり多く収録されていて、もともと文庫としても少々厚めではあるが、収録作品数が多い。
前半が概ね奇想系という感じで、後半は私小説ないし随筆という感じになっている。
私小説ないし随筆を書く人、というのは以前から持っていたイメージと一致する。
大正6(1916)年の作品から昭和32(1957)年の作品まで収録されている。
で、(「東京日記」を除くと)奇想系=大正に発表された作品(しかもほとんどが大正10年)
また、大正6(1916)年から昭和32(1957)年とは書いたが、多くは1930年代前後に書かれた作品。
戦後の作品は3編で、うち2編も物語は戦前・戦中の出来事を描いているもの。
面白かったのは、幻想・奇想系で「件」「短夜」「波止場」「東京日記」
私小説・随筆系で「山高帽子」「サラサーテの盤」「無恒債者無恒心」「長い堀」
花火
土手を歩いていると、向こうからやってきた女と並んで歩くことになる
大正10年
件
語り手が目を覚ましたら件になっていた話
周囲を取り囲まれて、予言を待ち望まれるけど、予言なんて言いたくないってなってる
「こんなものに生まれて、何時迄生きていても仕方がないから、三日で死ぬのは構わないけれども、予言するのは困ると思った。」
「何だか死にそうもない様な気がしてきた。」
件が主人公なのがまず面白すぎる。
大正10年
流木
十円札の入った蝦蟇口を拾って、ビクビクしながら警察へ届けに行こうとする
そんかの捨ててしまえば、と言ってくる男がいて、逆に惜しくなって逃げ出すうちに川へ入ってしまう
「私は泣き泣き又そっと蝦蟇口の中を開けて見た。」 というオチの文の何とも言えないユーモアと悲哀
大正10年
道連
山道を歩いていたら、何時の間に道連となった男がいた
その男は、生まれなかった兄だという
この道連は「栄さん」と語りかけてくるが、百閒の本名が栄造らしい。
大正10年
短夜
化け狐の正体を明かしてやろうとしたら、逆に狐に化かされた話
これは短編として話の作りが上手い
大正10年
波止場
「私」と妻は、湯治場でとある男と仲良くなるのだが、妻と男だけが船に乗って行ってしまう。「私」は俥や汽車で追いかける。
駅に着くと大勢の人がいっせいに同じ方の片足をあげ、またおろしたので、恐ろしい地響がした、という、奇妙な風景としか言いようのないイメージが最後に出てくるのが面白かった。ちなみに、その大勢の人たちの中に妻もいる。
大正10年
豹
豹に追いかけられる
大正10年
冥途
大宴会
大宴会へ行く
渋沢男爵が演説する
大正13年
流渦
女の帰りを待っていると、口の中に毛が生えてくる
ようやく女が帰ってくる
「私」は獣になっている
昭和3年
水鳥
川を泳いでいたら、水鳥が可愛くて堪らなくなって追いかける。が、追いつけない
そのうち、どんどん川幅がひろくなり、自分と水鳥しかいない
そして大浪が近づいてくる
急に、水鳥大好き大好きになってしまう主人公も訳分からないし、それで周りに水以外なにもないところ(河口なのか海なのかよく分からない。浪っていうから海か)まで連れて行かれてしまうのが何とも
昭和4年
山高帽子
これ、長めの奴で、青地という作家が主人公
教員もやっている兼任作家だが、次第に学校には出なくなっていく。
ちょっと変人で職場での人間関係がうまくない(笑えない、変な冗談を言ってしまったりする)。幻聴の症状っぽいのもあったりして、後輩で友人の野口からは、からかい半分に心配されている。
タイトルの山高帽子というのは、主人公のそういう性質の象徴で、やはり野口から、普通の人は山高帽なんてかぶらないと指摘されるのだが、そう言われると益々かぶるのはやめられない、という。
生活に困っている感じはないけれど、かといって裕福とも思えないのだが、飲み屋に行くと馴染みの芸妓がいたりするのが時代だなあと思う。
青地は、顔がむくみ始めるのだが、一方の野口は会うたびに痩せていって、最終的には野口の方が睡眠薬で自殺してしまう。
昭和4年
長春香
東京帝大の初の女性聴講生となった長野という女性のドイツ語の家庭教師をしていた
関東大震災があった後、長野は消息不明となる。
焼け跡を見に行った際、彼女の遺体ではないかと見られる黒くなった遺体を見かける
彼女を偲んでどんちゃんする
それからもう12年経つ。震災後に長野に会った様な記憶の迷い
昭和10年
東京日記
これは、その1からその23まである掌編集
その11だけ、上下にわかれている
「山高帽子」「長春香」は幻想要素なかったが、こちら再び前半の掌編群のような、幻想要素のあるちょい不思議系掌編集といった感じになっている。
日比谷の交差点に、大きな鰻が上がってくる話
夜道、多人数の足音だけが聞こえる話
丸ビルを訪れるとあったはずの場所が空き地になって水たまりができている。周囲の人に聞いても丸ビル自体を知らない様子。翌日にもう一度行くと丸ビルがちゃんとある、という話
銀座裏のトンコツ屋に行く。稲光で照らされた客の顔がみんな獣の顔だった話
夜中に富士山が噴火する(曙光の見間違いっぽいが)話
東京駅の食堂でビールを飲んでいると、相席になった学生2人が喧嘩を始め、気付いたら店中が喧嘩してる話
日比谷公会堂に聞きに行った演奏会で、ヴァイオリニストの西洋人の背丈が小さく、さらに縮んだり伸びたりする話
神田に夜、狼が現れる話
同窓会にて、泥坊をやってる奴がいたり、死んだはずの奴がいたりする話
湯島にできたトンネル、とても長くて、中にあるものはそれ自身で発光していて、トンネルの中に茶店や広場がある話
などなど
地味に動物ネタ多いかもな。
何というか、こうやって内容だけ書き出してみると怪談っぽい感じだけど、読んでいて怖い話感はあんまりなくて、奇妙、不思議、シュールって感じ
昭和13年
サラサーテの盤
亡くなった友人中砂とその後妻のおふささんの話
夫が貸していた本を返してほしい、と度々訪ねてくる。
タイトルは、やはり返してほしいと言われた、サラサーテによるツィゴイネルワイゼンのレコードのこと
中砂の前妻はスペイン風邪で亡くなっている。その間にまだ赤ちゃんの娘がいて、おふささんが育てる。そして、中砂とおふささんの関係も冷めていき、中砂も病死してしまう。
最後、レコードを聴いて、おふささんが涙する
昭和23年
琥珀
「琥珀」から「雀の塒」までは、短めかつ、おおむね子どもの頃の話っぽい
「琥珀」は、松脂から琥珀ができると聞いて、実際に松脂を地面に埋めて、少ししてから掘り返してみた話。多少固くはなったけど、松脂臭いので捨てた、と。
昭和8年
風の神
祖母に言われて、風邪をひかないように風の神を川へいくが、橋の下から物音がするのを聞いたというと、祖母からそれは小豆洗いの狸だと言われる
昭和8年
炎煙鈔
火事の話
祖母が非常に火事を怖がっている
昭和9年
雀の塒
倉の屋根の庇に雀の巣を見つける話?
発表年の記載がなかったような。
饗応
出先で酒やら飯やら出されると困るという話
この次の「百鬼園日暦」で詳しく書かれているが、一日のルーティンめいたものがあって、夕食を美味く食べるために間食しないようにしているのが理由
しかし、昼過ぎに来た客に、酒や鰻丼を出すんだな、当時の人は。
これは、鰻丼出されてペロリと食べてしまったエピソードと、なんとかうまく逃げおおせた(?)エピソードからなる
昭和10年
百鬼園日暦
一日のルーティン
午前中にこういう支度をしていて、何時頃に何をどれくらい食べて、とかそういうことを書いている。
内容的にはただそれだけなのだが、何となく面白おかしい感じがするのが、内田百閒なのだろう。
昭和10年
餓鬼道肴蔬目録
戦時中、いよいよ食べるものが減ってきた頃に、食べたいものをひたすら羅列しただけの文章
昭和19年
一本七勺
戦争末期、世話をしてくれていた中野という男が酒を持ってきてくれていた話
1合ではなく7勺の酒
当時、内田百閒は郵船で嘱託として働いていて、無給でも働いていたらしいのだが、それは郵船で働いていると、戦地へ行かなくてすんだらしい(兵役というより作家としての戦地取材を免れる、と)
本題は、中野の方も苦しいはずで、別にいいって言ってるのだけど、酒をどこからか工面してくれる、みたいな話だったはず。
昭和32年
無恒債者無恒心
月末が近付いてくると憂鬱になるという書き出しで、何の話かと思ったら、給料日になると借金を返さないといけないからという話で、借金術の話がなされている。
金を返すために借金をするのが本当の借金だとか、働いて得た金では金のありがたみはわからない、人から借りた金でこそ金のありがたみがわかるとか、金を返すために原稿を書くより金を返すために借金して回る方が自分にあっているとか、謎の理屈が次々書かれていて、時々クスリと笑ってしまう。
昭和8年
蜻蛉玉
一番最初に、この「私」は語り手の私であって、筆者ではない旨の文から始まっているのがちょっと面白い。
何でもかんでも真っ直ぐ揃っていないと気が済まない。灰皿の煙草やマッチの向きとか。給料を受け取ったら、封筒から出してすぐに向きを揃える。本当は、他人のものも揃えたい。なんなら、銀行を強盗のように襲撃して、お札の向きを全部揃えたい、と。
友人も「私」のこの気質を知っていて、遊びに行くと灰皿を揃えてくれている。
と、その友人が逆に「私」の家に遊びに来たとき、飾ってあった蜻蛉玉を見て叫び声をあげる。
今まで知らなかったのだが、彼は小さくて丸い玉が苦手なのだという。
最後、切腹羊羹を出されるが、気味悪くて食べられない。
昭和4年
大瑠璃鳥
ため息に節回しがついてしまって、それが嫌なのだけど、なんでそんな節がついてしまったのかと思ったら、飼っていた鳥の鳴き声の節回しが無意識に出てしまっていたらしい、という話
昭和10年
泥棒三昧
引っ越してきた家が、よく泥棒にあう家だという(以前の住人が3代連続で泥棒にあっている)
それで、泥棒についての落語を色々思い出したり、泥棒対策してみたり(でも途中で面倒になってやめたり)
昭和11年
素人掏摸
自分は掏摸の技術があるといって、学校に勤務していた頃、飲みの席で金時計をこれみよがしに見せていた先生から、その時計をすって、気付かれなかったという話。
翌日に返しているが、2回もやっている。
昭和13年
長い塀
立ち小便の話。
長い堀には、小便無用の貼り紙がしてあるとかなんとか
立ち小便の話から、飛行機のトイレの話に。穴があいていてそこからそのまま空中にまくタイプのトイレ。というか、内田百閒って航空機に乗ったことがあるんだなあ、と。
(飛行機の凝っていた時期があって云々というのが、別の作品にも載っていた。法政大学航空研究会会長だったらしい)
で、立ち小便の話に戻って、立ち小便する時、警察がいないか周囲を見回すといっていて、明治維新以来、周囲を気にする程度にはモラルが向上したのだが、まあこれくらいがいいよねみたいなことを書いていたり、酒飲んでたかが外れると、逆に交番にするよね、みたいなことを書いている。
昭和13年
特別阿房列車
何の用事もなく旅に出るときは一等に乗りたい。帰りは、帰るという用事があるので三等がいい。二等は一番よくない。
(戦時中は一等がなくなっていて、戦後に復活したらしい)
大阪まで列車の旅に出よう。できれば大阪に着いたらすぐに帰りたい。そうなると寝台だが、それはさすがに高いので、大阪に泊まる必要がでてくる。和風の宿は付け届けの払い方が面倒だからホテルがいい。
とかなんとか、色々と旅行の計画を練って、ヒマラヤ山系という渾名の若い友人と実際に旅に出る話
むろん、旅費の持ち合わせなんてないので、人に金を借りているが、必要があって借金するのはよくない、こういう特に必要のない用向きでの借金が一番いい、とかいう借金論をまた展開していたりする。
昭和26年