主に予測符号化理論・自由エネルギー原理を用いて、感覚、知覚、学習、発達、記憶、想像、言語獲得、好奇心、意識などの仕組みを説明していく本
同じ筆者による類書としては乾敏郎『感情とはそもそも何なのか』 - logical cypher scape2、乾敏郎・阪口豊『脳の大統一理論』 - logical cypher scape2を読んだことがあった。
内容としては重なるところが多いが、意識について1章を割いているので読んでみようかなと思って手を取った。
実のところ、意識にかんしては、以前読んだ本とそれほど変わりがなかったという印象であったが、むしろそれ以外のところで学びがあった。
また、研究史というか、上の2冊と比較して、神経科学研究史における重要人物や偉人(?)への言及が多かったようにも思う(そのあたりは新書としての読みやすさを意識したものかなとも思う)。
扱っているトピックが多く、ヒト脳の機能を網羅的に扱おうとしているともいえるが、章によってはややまとまっていない印象のものもあった。
まえがき
第1章 脳の本質に向けて
第2章 五感で世界を捉え、世界に働きかける
コラム1 感覚統合――異種感覚を統合する
第3章 感情と認知
第4章 発達する脳
コラム2 ヘブの洞察力
第5章 記憶と認知
コラム3 海馬の機能――出来事の順序を記憶し、再生する
第6章 高次脳機能――知識、言語、モチベーション
第7章 意識とは何か
終 章 脳の本質
あとがき
第1章 脳の本質に向けて
この章はさながら偉人紹介というか。
ヘルムホルツ、ウィーナー、ノイマン、シャノンらが紹介されてる
ベルタランフィやシュレディンガーについては、人間や生命を開放系とみなしたという点で紹介
あと、ナイサーの知覚循環モデルとか
ここらへんは、色々な人たちが色々と脳とか知能とかの特徴をこういう風に説明していたよ→それを全部説明できるのが、自由エネルギー原理です、という流れだった気がする。
しかし、実のところ、あんまり今後の本書全体に関わっていない章だな、という気はした。
第2章 五感で世界を捉え、世界に働きかける
知覚と運動を、自由エネルギー原理で説明する
予測最小化や自由エネルギー理論の基本的な話ではあるけれど、
注意や精度について、ドーパミンだけでなくアセチルコリンも関与しているのか、とか
あと、ガンマ波の話とかが、気になった。
「身体化された認知」の話が出てきたが、『ワードマップ心の哲学』(一部) - logical cypher scape2では、予測誤差最小化と4E認知は相性が悪いのでは、と指摘されていたんだよな。こういう他の理論との関係とかが、なかなかわからないんだよなー
- 歴史的な話
井上達二→日露戦争時に、脳部位の損傷と視覚の関係を発見
フェルスターが、実験で井上の発見を検証
→フェルスターの研究室で、ペンフィールドが「ホムンクルス」発見
外界は脳にとって隠れ状態→知覚とは推論
主観的な事前確率分布=生成モデル
生成モデルを使って近似的にベイズ推論
随伴性の学習
→2つ以上の事象の相関関係を、学習や発達の研究分野では「随伴性」と呼ぶ
(Aが起きるとBが起きやすいということを、経験を通じて学習していくことで、生成モデルが作られていく、ということだと思われる)
1990年 川人・乾 大脳視覚皮質の計算理論=予測誤差最小化
2006年 フリストン 自由エネルギー原理
フリストン
もともとPETを用いた研究から脳活動を視覚するソフトウェアを開発したことで有名
ヒントンとの交流→ヘルムホルツ・マシンをベースに自由エネルギー原理を考案
- 一つの対象に属している多くの特徴をどのようにまとめあげるのか
1989年 ウルフ・シンガーの発見
ガンマ波による同期
アセチルコリン
→予測誤差ニューロンの活動を大きくする。注意機能を担う。
興奮性ニューロンと抑制性ニューロンの回路
→互いが互いの活動を興奮させ抑制させ興奮さえるというサイクルを生む
予測誤差ニューロンも興奮性ニューロン・抑制性ニューロンの回路あるので、同様のサイクル
→活動の同期(ガンマ波)
アセチルコリンがガンマ波の振幅大きくする
- ミラーニューロン
他者の行為を自己の身体の運動を通じて把握・理解
=「身体化された認知」
予測機能も持つ
他者動作の予測をしている(軌道や意図の予測)
身体運動を担う部位が活動しているが、運動出力への精度が下がっているので、実際の模倣動作は起きない
精度をコントロールするのは、ドーパミン
コラム1 感覚統合――異種感覚を統合する
音源の位置の推定や自分の手の位置の知覚
視覚と聴覚、筋感覚と視覚とを統合している
どちらの情報を信頼するか
テレビから聞こえてくる音について、視覚の信頼度をあげているので、テレビのスピーカからではなく画面内のしゃべっている人の口元から聞こえてくるように聞こえる
第3章 感情と認知
乾敏郎『感情とはそもそも何なのか』 - logical cypher scape2とかにもあった話。
感情二要因説ってプリンツと同じでは、と思ったら、『感情とはそもそも何なのか』の感想でも同じこと書いていた。
ジェームズ・ランゲ説→キャノン・バード説
1960年代 シャクターらの感情二要因説(内臓状態の知覚と原因の理解)
ホメオスタシス
ベルナールの提案したモデルを1世紀後にキャノンが「ホメオスタシス」と命名
アロスタシス
2012年 ピーター・スターリングが提案
ホメオスタシス概念を更新
→恒常性の予測制御
未来の状態に向けて調整している。不確実性を低下させる。
不確実性の変化と感情の関係の研究もある
不確実性が下がると快、上がると不快
その上がり方・下がり方に応じて、希望とか幸福とか怖れとか失望とかを分類
これも乾敏郎『感情とはそもそも何なのか』 - logical cypher scape2にあった気がする。
内臓感覚皮質とGABA(神経抑制)
うつだと、GABA濃度が低い
内受容感度が低い人ほどとラバーハンド錯覚が起きやすい
内受容感覚と自閉症、ADHDの関係
第4章 発達する脳
ヘブ
ペンフィールドの弟子
1949年 ヘブ則
ニューロンAとBが同時に活動すると、AとBとの結合が強まる
学習理論の基礎
相関学習とも呼ばれる
随伴性の学習も相関学習の一例
ヒューベルトとウィーゼル
視覚の臨界期発見
脳の成長=シナプスの刈り込み
1982年 BCM理論
ヘブ則の欠点を補うもの。
つまり、同時の活動で常に結合が強まるなら、飽和してしまうのでは、という問題
シナプス後細胞の活動によって、結合が強くなるか弱くなるかが決まる。
シナプス後細胞の活動には基準値があって、シナプス後細胞が活動しているほど基準値が高くなる。
赤ちゃんの発達の話いくつか
マー
博士論文「小脳皮質の理論」(1969)
プルキンエ細胞からの教師あり学習
1992年 川人が、プルキンエ細胞の教師信号は予測誤差信号だと
GABAシフトの不全と発達障害
コラム2 ヘブの洞察力
ヘブの論文をよく読むと、ニューロンAとBが同時に発火した時、ではなくて、ニューロンAがBを発火させた時、という書き方をしている。
A→Bという順で刺激したあと、B→Aという順で刺激すると、A-B間の結合は逆に弱くなる
発火タイミングの違いにより、因果関係こみで学習している
(逆に発火して、原因と結果の関係じゃなさそうだったら学習されない)
第5章 記憶と認知
- 記憶研究史
ジェームズ:一次記憶と二次記憶(1891『心理学の原理』)
→いまでいうところの短期記憶と長期記憶
ヘブ:短期記憶・長期記憶を提唱(1949)
スピラー:記憶の数を数える研究(1902)
ペンフィールド:電気刺激で記憶の再経験(1933)
ミルナー:ヘブの学生でペンフィールドの研究所へ。HMの研究(1957)
→神経心理学の創始者。100歳になっても記憶研究のアドバイザー
マー:1970「大脳皮質の理論」1971「海馬の理論」
→海馬の二つの役割
(1)エピソードが混線しないよう符号化(スパースコーディング)
(2)エピソードの一部を見聞きしただけで全体を思い出せる(パターン補完)(自己連想)
海馬で一時的に記憶を保存して、それが大脳皮質へ移行する
1990年代以降
海馬が、時系列を処理することがわかってきた
海馬の損傷→時系列順序の記憶障害
記憶だけでなく、その場にないものをイメージさせると、海馬が損傷している患者は、イメージの空間的表現の一貫性が損なわれる
海馬は、時空間的な文脈を提供する機能を持つ
2003年 トノーニら「シナプスのホメオスタシス仮説」
睡眠中のシナプスの刈りこみ
概念細胞
抽象概念の符号化
場所細胞
1971年 オキーフらが海馬で発見→2014年ノーベル賞
場所の記憶そのものではなく、場所についてのインデックスの機能を持つ
シータ波の波にそって順に活動することで、道順を覚える
2010年 利根川進ら
→まだ進んだことのない場所の場所細胞も経路順に活動することを発見
→リプレイではなく予行演習(プリプレイ)
未来の想起にも海馬は関係している
神経伝達は遅い
だから、予測がある
ボールを見てバットを振ることができるのは、予測したものを知覚してるから。
コップを見るとき、脳内で仮想的に身体を動かしている
=身体化された認知
メンタルシミュレーション、と呼ぶ
- 感想
ヘブとマーはすごいなあ、と
100歳こえても研究に関わっているミルナーもすごいけど(107歳でまだ存命か!)(ちなみに、マーは35歳で急逝している)
海馬が、記憶というより時系列処理の機能をになっている、という話面白い
概念細胞って、ニューラルネットワークに出てくる特徴量? みたいなものなのだろうか。
場所細胞の話でも、脳波の話でてきたなー
コラム3 海馬の機能――出来事の順序を記憶し、再生する
脳についてカオス理論から説明している説があるのはなんとなく知ってて、ググったら出てきた名前が、ここにもでてきた
- 津田一郎
時系列の順序を学習することと出来事の記憶を再生することの両者が海馬で行われていることをカオス理論で説明
第6章 高次脳機能――知識、言語、モチベーション
章タイトルにあるとおり、ここでは知識、言語、モチベーションについて扱っているが、なんでこの3つを一つの章に? という話で。まあ、知識と言語は関係するとしても、モチベーションも同じ章になっているのはやや謎
知識と言語の話にしても、いろいろな話がでてきて、個々の話題はまあそれなりに興味深かったりもするのだが、全体的にこの章のストーリーがよくわからなかったところはある。
特にこの章は、こういう処理はこの脳部位でなされている、という話が多かった印象。
概念はカテゴリ構造をしている(ジョナゴールド<りんご<果物、のように)
で、そういう構造が脳部位にも反映されているっぽい、とか。
1992年 マンドラーの「イメージスキーマ」
乾 イメージスキーマと数学のカタストロフィー理論との対応を指摘
動きの種類というのは16種類だかあって、それで概念を認識している的な話
2011年 キルナー 二経路仮説
意図の理解には腹側経路と背側経路の両方必要
腹側経路と背側経路でてきたー、と思ったら、意図の理解に必要という意外な話でちょっと面白かった(視覚に関係する神経回路だよ、という話は当然説明された上で)
名詞やら動詞やら助詞やらが、それぞれどこの脳部位で処理されているか、という話が結構書かれている。
言語理解に、メンタルシミュレーションと予測
文法的知識(=生成モデル)によって、文の階層構造を推論している
予測しながら会話しているので、話者交替とかができる
モチベーションと期待自由エネルギー最小化
行動選択プロセスとドーパミン(精度が高められた行為が選択される)
眼窩前頭皮質で価値は符号化されているやら、大脳基底核ループで行動選択はなされているやら
あと、好奇心の話とか
第7章 意識とは何か
フリストンは、期待自由エネルギー(未来の不確実性)の最小化ができてこそ、意識が生じるということを述べているらしい。
内受容信号の精度は高い
→内受容感覚は知覚へ影響する
その日の気分とかで景色の見方が変わるとかはそのせいだろう、と。
自己意識をなす3つの要素
自己主体感 筋感覚の予測誤差0または小さいときに生じる
自己所有感 異なる種類の信号の統合が生じたとき
自己存在感 内受容感覚の予測誤差が小さいとき
神経には遅延があるので、予測処理をしないと過去の世界に生きることになる
運動の予測誤差が修正されるのは運動後。
事後に、知覚や認知が修正されることを「後付け的再構成(ポストディクション)」と呼ぶ
つまり、自己主体感なるものは錯覚、と下條は述べている。
皮膚ラビット錯覚も、ポストディクションの例
フリストンは、ポストディクションを、時系列全体の予測誤差最小化により説明(2016 年)
つまり、現在についての推論は、過去についての推論と未来についての推論の3時点の予測誤差を最小化するように行われる、というもの
自由意志(自分で選択したという感覚)もポストディクションかもしれない(下條)
最後、AIの対照学習(教師なし学習)って脳の学習と似てるねーみたいな話
感想
意識については最近渡辺正峰『意識の脳科学 「デジタル不老不死」の扉を開く』 - logical cypher scape2を読んだが、その観点からいくと、本書の7章より2章の方が近いかと思った。
これだと、アセチルコリンやドーパミンの働きは結構無視できない。
無論、これらの機能がわかっているならば、デジタル化は可能だろうけれど、BMIでちゃんと読み取れるんかな、とも思った。
渡辺本では、生成プロセスをCGのレンダリング過程に喩えて説明していたけれど、こっちの本ではそういう話はなかった
確率分布を用いた外界についての推論=知覚である、と
意識経験というのは知覚経験のことだと思うので、これ自体一つの意識理論であるし、渡辺本が、意識とは生成プロセスのことだ、といっているのはこのことだとも思う。
現象性(クオリア)がどこから生じているのかこれだけじゃわからないのでは、とも思う一方で、いや、複数の感覚を統合しながら外界の状態を出力しているならそりゃまあ現象的なものになるんでないの、という気もする。
ところで、この本の意識の章は、冒頭にチャーマーズの話をしていてクオリアの話もふっているのだけど、その後に続くのが、自己意識の話やポストディクションの話で、それはそれで大事な話なんだけど、ハードプロブレムで問題にされている話とはまた別の話だよなあとは思った。
脳波の話が結構出てきているのだけど、脳波の役割の話というのがいまいちよく分からないでいる。
結構、意識にとっても大事そうな感じがする。