メディア別リスト
書籍(2冊)
ゲームデータアナリティクス よりよい開発・運営に向けたデータ分析の教科書
測度・確率・ルベーグ積分 応用への最短コース
アニメ(5話)
わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?)(第13~17話)
映画(2本)
トワイライト・ウォリアーズ 決戦! 九龍城砦
超かぐや姫!
良かった順リスト
人生に残るコンテンツ
(特になし)
消費して良かったコンテンツ
測度・確率・ルベーグ積分 応用への最短コース
わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?)
トワイライト・ウォリアーズ 決戦! 九龍城砦
消費して損はなかったコンテンツ
(特になし)
たまに思い出すかもしれないくらいのコンテンツ
超かぐや姫!
ゲームデータアナリティクス よりよい開発・運営に向けたデータ分析の教科書
以降の人生でもう一度関わるかどうか怪しいコンテンツ
(特になし)
ピックアップ
超かぐや姫!
記事を書いたのでそちら参照。
saize-lw.hatenablog.comネットでは称賛の波が一段落したあとにブームで知って見た人がネガティブな感想を発信するフェイズになってきているが、それもわかる話でもあるし、俺も魂の評価は否寄りではある(特に響いていない)。
ただ、この映画に限らずせっかく何かやって何も残らないよりは無理をしてでも何か残した方が自分にとっても他人にとっても有益なので何かを残そうとしている。
わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?)

劇場に見に行くほどではなかったので配信が始まってからニコニコで見たが、ぼちぼち面白かった。
遂に香穂ちゃん(水色のガキ)のメイン回が来て良かった! 香穂は好きすぎるけど他のキャラは割とどうでもよくてここまでだいぶ惰性で見ていた気がする。
れな子視点だと香穂は「同じ趣味を持ち無駄に告白してこない仲良し親友枠」ということであまりにも安牌すぎるが、まだその時ではないというだけで結局この後は告白してくる流れになっていくのだろうか。どうせ二期もやるだろうから続きに期待。
第12話から引きになっていた紫陽花さんと真唯との関係が「暫定的にポリアモリーを選択し、かつ、それは別に手放しで喜ばれてはいない」というのは相当上手い落としどころだと思った!!

ここではっきり言っておきたいが、「どうせ全員美少女だから皆仲良くなった延長で皆付き合ったことにしてもいいでしょ(百合ってそういうものでしょ)」という美少女動物園的な見方はかなりナンセンスだと思っている。確かに百合ものにおいては、時には強い意図の下で恋愛と友愛の区別がなあなあにされるし、それを期待する風潮すらあるが、わたなれに限ってはその読みを明確に拒絶しておきたい。
というのも、「恋愛と友愛の区別」はタイトルから提示している作品最大のテーマであり、それ故に「恋愛と友愛の区別をなあなあにしない」という約束は読者との間で取り交わした鉄の契約だからだ。
そこが他の凡百な百合作品からわたなれを峻別する最終防衛ラインでもあり、それが決壊した瞬間に(キャラ萌えの読者は喜ぶかもしれないが)わたなれの批評的な存在意義は消滅する。
補足647:それは別によくない?
そしてアニメ最新話時点でのポリアモリー路線も、「恋愛と友愛はどう違うのか」という最大のテーマに照らせば、少なくとも当面は「ポリアモリーと日常系はどう違うのか(美少女たちが一対多の交際関係を結ぶことと、美少女たちが集まって仲良くしていることはどう違うのか)」という下位種として変奏されるものと期待せざるを得ない。
紫陽花さんと真唯がれな子の提案を手放しには喜んでいないこと(故にまだ掘り下げる余地が大いにあること)を上手い落としどころだと評価したのもその文脈においてである。
紫陽花さんと真唯は少なくとも友人関係としては非常に強い絆を持っていながらも、ポリアモリーに対しては一定の抵抗を示している。つまり二人にとって友人関係と恋愛関係は全く別物であるという前提の下、れな子の提案は完全な恋愛文脈において(一般的にはあまり推奨されない)ポリアモリーを指していると正しく理解されたため、やや引き気味の反応を返したと言える。
言い換えれば「百合だからOK」という浅薄な理由ではポリアモリーを安易に受諾しなかった適切なる両名において、次に検討されるのはポリアモリーの是非だろう。
「恋愛において一対一ではなくポリアモリーになったとき本質的に何が問題なのか、それは解消できるのか、それとも受け入れ難いのか」というテーマに今後は取り組まれることを期待したい。俺も二期までにはポリアモリーの哲学を多少は勉強しておく。
ゲームデータアナリティクス よりよい開発・運営に向けたデータ分析の教科書
ThinkingData社はアプリ会社向けのサード分析エンジンThinkingEngineをメイン商材としておりその販促という趣きもあるのだが(自社エンジンによる分析例がたびたび出てくる)、書いてあること自体は妥当なのでそこまでポジショントークに身構えなくてよい。
ソシャゲのビジネスやアナリティクスについて論じた日本語の本は昨今かなり貴重だ(テック系の本は常に一定数出続けているのだが)。
15年前くらいのイケイケだった頃は「これからはソシャゲビジネスの時代や~!」みたいな調子こいた本が何冊も出ていたのだが、2020年前後から中韓に全てをブン取られて「もう終わりだよこのレッドオーシャン」というお通夜状態になってからは語る元気も失われてしまった。
ちなみにコンシューマーに関しては国内のビジネスが概ね好調なため桜井政博を筆頭に色々なクリエイターが本や動画で語る風潮がむしろ強まっているが、そっちはソシャゲとは畑が違うお隣の業界の話くらいに思ったほうがいいと思う。コンシューマーとソシャゲはアニメとソシャゲくらい違う(と、俺は思っている)。
この本も書き出しの1ページ目1行目から既に負け戦である前提でなんとか立て直すために分析を真面目にやりましょうよというスタンスを取っているのは大いに頷ける(ちなみにこの本は運営型アプリゲームのみをスコープとしているので文中の「ゲーム」は「ソシャゲ」と読み替えてよい)。
1ページ目1行目からこれで始まるの神 それはそう pic.twitter.com/mpd2przfzL
— LW (@lw_ru) 2026年1月8日
日本のゲーム会社が海外のゲーム会社に太刀打ちできていない現状は、多くの人が感じていることかもしれません。かつての日本のゲーム会社は、世界に先駆けて技術を駆使し、世界中の人々を魅了するコンテンツを提供して、現在のエンターテインメントの礎を築いたと言えるでしょう。現在では、海外のゲーム会社の存在感が増し、さらには、日本市場においても海外にゲーム会社がそのシェアを伸ばしています。
続く内容もよくまとまっていて運営型ゲームに必要な分析観点及び手法が網羅されている。
ただ、俺自身はゲーム運営もデータ分析も両方職にしたことがあるために対象読者層ではなかったかもしれない。
この本は固有の主張があるというよりは抜け漏れがないように広く浅くさらうタイプの本で、かつゲーム特有の観点について語っているというよりはウェブ系のサービス全般で成立する話をゲームの語彙で語っているだけなので、俺にとっては「それはそう」という話が多い。
逆に言えば異議のある点も特になかったので、ゲーム分析かデータサイエンスのいずれかに詳しくない人は目を通す価値があるとは思う。
たぶん対象読者層ではなかったという前提で希望を言えば、データ分析フレームワークの一般論というよりはもっとゲームドメインに固有の事情に踏み込んだ内容だったら俺は嬉しかったかもしれない。
例えばA/Bテストが極めて困難なのは明らかにゲームに特有の顕著な特徴だが、その辺りはあまり考慮されていなかったように思う。つまり「このユーザーには武器Aを配布するが、あのユーザーには武器Bを配布する」というような施策はかなり難しい(PvPではもちろんPvEでも)。A/Bテストで確かめたいほどの性能差があるなら尚更だ。
補足648:データ分析に詳しくない人のために一応書いておくと、「二つある陣営のうちユーザーが一つを選択して陣営固有の武器を受け取る」というやり方では意味がない。A/Bテストではユーザーをランダムに割り当てることが本質的に重要なため(RCT実験条件)、「ユーザーの意志も運営の意志も介入しない運否天賦のランダムな決定」以外の手段は不可となる。一応、ルーレットか何かを回させるUIを経由すれば一定の納得感は得られるかもしれないが。
他にも分析によって導入された施策改善などの超具体的な個別事例の話がもっと読みたかったが、そこに触れにくいのも分析コンサルティングというよりは分析エンジン販売を行うThinkingData社の役割上やむを得なかったのかもしれない。白石さん、その辺りも聞きたいのでそろそろ飲みに行きません?
測度・確率・ルベーグ積分 応用への最短コース
最短コースというタイトルに偽りなく、データサイエンスに要るのか要らないのか諸説ある測度論を気持ちメインで優しく教えてくれる(脱線はぼちぼち多いが本線は短くなるように配慮されている)。
特に第一章でルイス・キャロルを引いて「測度論を導入することで解けるようになる易しい問題」を提示しているのが限りなく優しい。結局数学徒のフェチズムを満たす以上に何ができるのかがデータ系の実務家が気にしていることだ。
確率を和集合ベースで捉えることによって面積や体積と同じ数学的構造として解釈でき、「全体集合:そもそも何があるのか」「σ-加法族:測れる組み合わせのリスト」「測度:定規」を揃えれば確率概念を構成できるというのは何の違和感もなく腑に落ちる。
そしてそれらは集合と関数によって基礎付けることができるために、解析的な知見を用いた厳密な議論にも耐えるようになる。とりわけ無限や点が絡んだ状況において効力が発揮され、(確率密度関数のリーマン積分という直感的な理解以上の)説得力を伴えるようになる。
個人的には条件付き期待値に対して新しいイメージを持てたのが良かった。
測度論における条件付き期待値は具体的な条件が分かった時の値ではなく、具体的な条件の粒度に対して部分σ-加法族を用いた異なる確率変数として定義される(値ではなく確率変数であるのが重要)。
例えばサイコロの目はそのままの粒度だと確率1/6ずつだが、粗く偶奇だけわかる粒度のときは確率1/2ずつを割り当てるのが穏当だ。そう思うと、ふだん使っている全事象における確率というのも元は当初の粒度を所与として適当に決めたものであるし、逆に細かく条件を割り付け直すことも可能なはずだ。
つまり条件付き確率という状況だけが特殊なのではなくて、一般に確率とは条件すなわち取得可能な情報の粒度に依存するという描像が得られる。
全体的に厳密な証明を省き気味なのはむしろありがたいくらいだが(実務者だから)、その中でも可算無限の議論は全くよくわからなかった。
証明が省略されたから中間のロジックがわからないという話ではなくて、文中で「可算無限」の定義に用いられる「自然数と対応付けられる」という日本語が何を言っているのかがわからない。「自然数との対応」自体に厳密な定義があって対角線論法はそれを検証できるだけなのか、それとも対角線論法に引っかかることが「自然数との対応」を否定することと等価なのか?
てかこの辺の無限の濃度の議論も学生時代よくわかんなくて「まあ無限とか存在しないからいいでしょ」とか言って捨てた記憶がある。解析学をあまり真面目にやってなかったツケが回ってきたが、言うて依然としてそんなに興味ないので支払う意欲が湧かない。
トワイライト・ウォリアーズ 決戦! 九龍城砦
あまり言った記憶がないが、俺は家に写真集を買って置いているほどの九龍城ファンでもありその点からも満足だった。
ストーリー自体はそんなに深くもないというか、「親の罪を子の罰で清算する(見せしめにするならまだしも親は既に死んでいるのに)」という(儒教的な?)敵方唯一の原動力自体が全然よくわからないが、そういう恨みの意味不明さはカンフー映画らしくもある。
西部劇とかカンフーはだいたい主人公をはっきり恨んでいる明確なラスボスが一人いる立て付けのことが多いが、その恨みが妥当な理由だと主人公サイドにもそれなりに非があったことになって視聴体験があんまり気持ちよくないので、訳わからん逆恨みとかになりがちだ。
ということでストーリーではなくアクションに焦点を合わせると、そこは全編を通してちゃんと面白かった。
俺は映画の戦闘シーンにはかなり飽きやすい方で、何となくドンパチしてたり殴り合ってたりするシーンが一分くらい続くともう欠伸が出てくる。だからわかりやすく手を替え品を替えてほしいのだが、そういう質的な変化をいちいち取り入れていたのが偉い。
例えば武器を次々に持ち替えていったり、敵のラスボスが硬化(気功?)みたいな謎の技を持っていたり、あとジジイが強いのが一番良かった。ジジイが強いのがこの映画の面白さの9割だと思う。
これはカンフー映画に限らないが、引退したジジイとか事務系の非戦闘要員とか後ろに隠れてたヒロインとか、戦えそうにないやつがちゃんと戦えるし謎にクソ強いときが一番面白い現象が一般にある! 引退したジジイ連中が全員揃ってかなりの肉弾戦をこなせるし、特に小物っぽいデブが全然クソ強いのが一番盛り上がった(逆に主人公は最初から明らかに戦えるのでけっこうどうでも良かった)。
有識者によるとジジイたちが強いのは過去の有名カンフー俳優を輝かせるファンサービスという文脈もあるらしいが、そういうのを全然知らなくてもエンタメとしてよく機能しているのが両受けで良かった(一般にコアユーザーと初見ユーザーを同時に喜ばせることは難しいため、その成功ギミックは価値が高い)。
生産コンテンツ
俺の一次創作の設定をまとめて頂いている謎のありがたいファン有志サイトが更新されて『席には限りがございます!(にはりが)』の情報が追加された。ありがとうございます。
LW氏のラノベに登場する特殊能力をまとめた資料、すめうじ、ゲーマゲ、うるユニ をカバーしていましたが
— キーラ (@PlanetQ0402) 2026年1月26日
このたび にはりが に登場する能力も追加しました
例によって独自研究マシマシの内容になっていて、公式の何かではまったくないのでそのつもりでhttps://t.co/6poAoXlibP
scrapbox.ioこれでテンションが上がって、前から良い機会があったらやろうと思っていたなろうへの投稿を始めた。良い機会があったら読もうと思っていた人はこの際によろしくお願いいたします。
https://ncode.syosetu.com/n7305lr/
厳密に言うと、なろう版は読書会でのフィードバックを受けてアルファポリス版に加筆修正した版になっている。キャラ描写とか会話を細かく改善しただけで、99%以上はアルファポリス版と同じだし設定周りなどの重要な枠組みは何も変わっていない。
作品に複数版が存在する状態はどれが正なのかわからなくなるのでかなり好きではないのだが、せっかく改善した版がある状態で別サイトにもわざわざ改めて投稿するのであればそっちを使った方がいいという判断が勝った。
もし既読で差分だけ確認したい人がいたら全部読むのはダルすぎるので、修正した箇所だけまとめておく。変わったところだけ見たい人はここだけ見ればOK!
・第2話:各人の所信表明をもっとキャラの造形や目的に即したものに修正
・第24話:龍魅と小百合が協調する理由の説明をもっとわかりやすく修正
・第31話:姫裏と灯との絡みを自然にするために姫裏と撫子の婚活トークを追加
・第39話:穏乃の好感度を下げすぎないために穏乃が涼の怪我を気にする描写を追加
・第44話:ヘイトコントロールのために涼と穏乃の会話を追加
・第52話:霙のキャラをよりクリアにするために内言を追加
あとだいぶ前に書いた『死亡遊戯で飯を食う。』の二次創作『スプーキーフォレスト(15回目)』もアニメ化効果によってファン界隈でだいぶ読まれるようになったので、これもハーメルンにも投稿してみた。こっちはこっちで読んで感想をくれる人がいたりしてリーチを広げる効果を感じる。
syosetu.orgちなみにこっちはpixiv版とハーメルン版の差分は全くないので、どちらかで読んだ人がもう一方を読む必要も全くございません。