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25/1/11 2025年10~12月消費コンテンツ

人生初の引っ越しをしたりサイゼミが連続したり忙しい期間だった。

メディア別リスト

書籍(7冊)

質的アプローチの再検討
未来図と蜘蛛の巣
ユリイカ2025年8月号 特集=佐藤雅彦
平成宗教20年史
日本の10大カルト
日本赤軍派 その社会学的物語
データサイエンティストってどんな職業?

映画(1本)

果てしなきスカーレット

ゲーム(2本)

魔法少女ノ魔女裁判
ステラソラ

良かった順リスト

人生に残るコンテンツ

(特になし)

消費して良かったコンテンツ

魔法少女ノ魔女裁判
未来図と蜘蛛の巣
質的アプローチの再検討

消費して損はなかったコンテンツ

ステラソラ
平成宗教20年史
ユリイカ2025年8月号 特集=佐藤雅彦
データサイエンティストってどんな職業?
日本赤軍派 その社会学的物語

たまに思い出すかもしれないくらいのコンテンツ

日本の10大カルト
果てしなきスカーレット

以降の人生でもう一度関わるかどうか怪しいコンテンツ

(特になし)

ピックアップ

質的アプローチの再検討

記事参照。
saize-lw.hatenablog.com質的研究本の中でもこれが一番重くて面白かった。

ユリイカ2025年8月号 特集=佐藤雅彦

記事参照、サイゼミ用に読んだやつ。
saize-lw.hatenablog.com『作り方を作る』の副読本ではある。サイゼミのときに部屋に置いておいたらどっかいったのでもう手元にはない(たぶん誰かが持って帰った)。

魔法少女ノ魔女裁判

記事参照、面白かった。
saize-lw.hatenablog.com発売からもう半年近く経とうとしているが、未だに流行が衰えないどころか盛り上がる一方。次の新作が出る頃にはアニメ化してそう。

ステラソラ

記事参照。
saize-lw.hatenablog.comキャラは可愛くて好きだからフリージアのサンタコスを買ったりしたが、ストーリーとゲーム部分は面白くないので初動以降は進めていない。

果てしなきスカーレット


細田守はあまり好きではないが、一応全部見ているのでこれも見た。巷で言われているほど面白くなくはないが、まあ面白くはない。
細かい描写がことごとく変なのも気になるが、この作品が一番変なのは、復讐というテーマを扱う割には復讐そのものに対する思索が極めて浅いというかほとんどないことだと思う。

「スカーレットが復讐から解放されて自分の人生を歩き出す」というこの映画の筋自体はわかりやすい。
スカーレットが死者の国に来た経緯とキャラクターとしての強い芯は冒頭に提示されるし、その転向を巡るイベントもきちんと死者の国に散りばめられている。胡乱なキャラバンとかフラダンスとか聖くんに出会う中で復讐以外の生き方に触れたり父親の遺言を捉え直したりして、渋谷で踊る光景として別の生き方を象徴的に幻視する流れ自体は理解可能なものだ。

しかしどの要素もバックグランドを持たずに無からいきなり生じるのが異様でもある。
キャラバンも聖くんも「たまたま異世界で出会ったそういう人」でしかない。スカーレットの復讐精神と対立させる形で聖くんが持っている救命精神は最初から完成されてしまっていて、口を開けば人命の大切さを説く理由が語られることはない。父親の「許せ」という遺言も同じで、子供スカーレットの回想以上に父の生き様が描かれることはないので、遺言の真意がわかったとて「そういう思想の人間だから」以上の理由が生じない。

復讐とはその定義上で過去に受けた恨みを清算することであるから、復讐を検討するためには現在と連続した過去についての思索が必要なはずだ。
例えばキャラバンの人々が今あのような位置に甘んじているのは何故か(復讐を試みたが失敗した過去などはないのか)、聖は殺人犯に対してどのような感情を抱いているのか(復讐を試みる感情は生じなかったのか)、父親は王としてどんな課題を抱えていたのか(自他問わず王として復讐に向き合ったことはないのか)、というような過去形の問いがあれば見え方もまた違っただろう。しかし無時間的にスポーンしただけの彼らは誰も過去を持っていないように見える。

この辺りは「死者の国」というよくわからん舞台とも深く関連している。
現実世界から死者の国に転移してきているキャラクターたちは軒並み「復讐される側の敵」であり、その他は全て「復讐と無関係のNPC」だ。「(潜在的に)復讐する側」というポジションが欠落していることによってスカーレットが復讐について考える機会も失われたわけだが、だからこそスカーレットに復讐以外の視座を与えることが出来たとも言える。

いずれにせよ、結局スカーレットは復讐そのものに対して葛藤することはなかった。
スカーレットの頭にちらついていた「復讐を続行したorしなかった場合の顛末」はあくまでも間接的な影響でしかない。復讐という行為そのものはどういう意味を持っているのか、単純な報復感情に突き動かされる以上になぜ復讐という行為を遂行すべきなのか(あるいはなぜ遂行すべきでないのか)という問いが生じることはなかった。
「良さそうな他の生き方を見つけたので復讐を諦めました」というのは現実的には無難な選択だとは思うが、そのソリューションは無難さ故に復讐以外の全てに適用できてしまう。例えば「良さそうな他の生き方を見つけたので医学部受験を諦めました」でも「良さそうな他の生き方を見つけたので婚活を諦めました」でも成り立つ程度の話でしかない。当初にあれだけ強く復讐の意志を持っていた割に、強い思索ではなく単なる上書きによって素朴に抹消されていくところに腑に落ちない印象を生じる。

この歪みが噴出したのが現実に帰還した後の後始末だった。
スカーレットは死者の国で復讐を諦めるが、その復讐には「悪王を討つ」という対外的にもけっこう大きな意義が一定あったはずだ。
よってスカーレットが復讐しないということは悪王がのさばるということでもあるはずだが、そこの現実的な処理は完全に宙ぶらりんになった。スカーレットは復讐による自分の変化についてしか考えておらず、復讐そのものが持つ意義の総体については検討していないからだ。
その結果、「スカーレットが復讐しない代わりになんか毒飲んで死にました」という明らかな辻褄合わせを持ち出さざるを得なくなる。

好意的に見れば、「この物語は死者の国のみならず現実世界までもが内省的な力学に支配された神話的なものであって、世界そのものがスカーレットの選択を祝福した」という見方もできなくはない。
その場合、死者の国も「実在する超自然的な世界」というよりは「スカーレットの内面的な世界」と見做した方がスムーズだ。そしてそうだとすれば、ここまで書いてきたような「既知の敵か、無からスポーンしたNPCしかいないので、新たな思索が生じない」という死者の国の特性も理解できるようにはなる。

そのように「スカーレットの主観的な感じ方にのみフォーカスしたものとして見ることに納得できるかどうか」がこの映画の評価を分ける決定的なポイントになるのかもしれない。
俺は思考が浅くて物事をよく考えないスカーレットを魅力的だとは思わないが、スカーレットと波長が合っていて客観的な理路ではなく感情の動きに強く共鳴できる人にとっては特効がある構成だったとは言えるかもしれない。

ちなみに明確に良かったポイントとして、戦闘シーンの出来はかなり良かった。
スカーレットが雑魚相手には細身の女性らしい身軽さでしなやかに翻弄して無双するのだが、中ボス格が出てきた瞬間に全然通じなくなる流れを何回やるんだよと思った。中ボスのオッサンたちは軒並み体幹の太い重量級タンクであり、細いスカーレットがどんだけペチペチしたところで全然ダメージが通らない。余裕で全耐えされてからボコボコにされるっていうどこまで行っても逆転できない体格差の描き方がリョナ趣味のお手本すぎた。癖が漏れてますよ!

未来図と蜘蛛の巣

以前にお題箱で勧められた短編集。かなり面白かった。
イベントというよりはイメージを語るのが異常に上手い小説で、「夢の感じ」とか「なんか嫌な感じ」とか「空気変わった感じ」などをあの手この手で鮮やかに描いている。一番好きな短編は「乾燥機」で、物というよりは表象を文章でこんなに綺麗に操作できるんだという驚きがあった。どの話も具体的な内容というよりは空気感に特化しているから感想が書きにくいな。
ふわっとした短編以外にエンタメに振り切った書き下ろし中編「エンタ」も収録されており、これはライトノベル的なキャラクター小説として非常に面白い傑作だった。これもお話としての完成度がどうというよりは大量に詰め込まれたガチャガチャした設定の手触りが素晴らしいという語りにくいタイプの良さで、個別具体的に説明するのもスポイルでしかないのでまあ一旦読んでみてほしい。

平成宗教20年史

引っ越し先の大きい図書館で適当に借りた島田裕巳の新興宗教本。一章辺り一年として当時の時系列がよくまとまっていて、いい機会だしノートに整理して頭に入れた。 こうして全体像を掴むとやはりスッキリする。縦方向には宗教と景気の関係が強くあり、横方向にはオウムの影響が他に新宗教にも派生していたり、自公の連立にも宗教組織特有の時代的緊張感が走っていたりする。
平成元年から平成20年までを扱ってはいるものの、オウムが終わった平成10年あたりからは明らかに記述のトーンが下がってきて、後ろ半分はもう割と些末なトピックの羅列になってくる。それ自体が良くも悪くも平成以降の新興宗教はオウムと共に終わったという雄弁な語りでもあるかもしれない。
最近でも統一教会の二世問題などはずっと続いているが、それは社会の裏面に付着した残響でしかなく、それこそバラエティに登場した麻原のように表舞台に新興宗教が出てくることはもうないのだろう。当時の新興宗教的な機能は今は推し活とか情報商材とかもっとデジタル繋がりっぽいものに移行していそうだし、その辺を宗教的に論じたポップな書籍か論文も探せばいかにもありそうだ。

日本の10大カルト

『平成宗教20年史』と一緒に借りた同作者の本。似たようなタイトルだがこちらは2024年刊行で非常に新しいという差分があり(『平成宗教20年史』は平成20年刊)、新興宗教の最新事情が学べるのが嬉しいところ。
とはいえやはり新興宗教自体がもうオワコンなので、10大カルトを紹介している割には「近年は勢いが落ちている」みたいな締めくくりになりがちだし、後半はモブみたいな知らんカルトが並んでいたりする。『平成宗教20年史』との記述の重複も多い。落ち目の業界で島田裕巳が未だにウォッチャーをやっていること自体に感謝すべきなのかもしれない。
しかし「はじめに」「おわりに」での総括はなかなかいいことが書いてあった。宗教は常に少数から始まるし最初は誰でもカルトだろというのはたぶんそう。

日本赤軍派 その社会学的物語

変な文章をツイートしたら微妙にバズった本。引用RTで知ったのだが、『死へのイデオロギー』というタイトルで恐らく概ね同内容の書籍が刊行されており、そちらの方が有名らしい。 個人的には連合赤軍は「山小屋総括からのあさま山荘籠城」という一連の流れがあまりにも面白すぎてそれだけで語られがちなことに飽き飽きしていて、社会学的物語を標榜するからにはもっと深い思想的なものに突っ込んでくれることを期待していたのだが、冒頭では「日本におけるかつての左翼思想とその転向について扱う」みたいなことを言っていた割に、最終的には結局いつものオモシロ話になってしまった。
しかも連合赤軍が持っていた個別具体的なイデオロギーというよりはイデオロギー一般が潜在的に持ちうるアポトーシス的な挙動に注目する方向で議論が進んでしまい、それはそれでつまらなくはないが、集団圧力みたいなものが散々論じられている令和で新しく得るものはあまりなかった。
オウム真理教を振り返っても結局サリン散布の真の目的が未だによくわかっていないしそれほど深い話にならないのもそうだが、連合赤軍も(当事者の主観的には色々な思想があったとて)客観的に見たときにはやはりそこまで深いものがなくて語ろうにも語ることがあまりないのかもしれない。

データサイエンティストってどんな職業?

最近よくデータサイエンティスト志望のインターン生が来てメンターをやったりしているのでマイナビ出版のそれっぽい就活本を一応読んでおいた。
かなり良い本で、2025年に刊行されているだけあって解像度が高い。データ分析以外を含めた業務内容や考え方について全く異論なく、バチバチのML系じゃなくて半分コンサルみたいな動きをするデータサイエンティストはだいたいこんな感じだと思う。
事例集や模擬クイズも充実していて、データサイエンティスト志望者だけではなくてジュニアとかが読んでも良さそう。ただ事業に紐付いたデータ分析の細かい話は、クリエイティブ活動とかと違って個人では全く触れられないので、結局は大きめの組織に入って自分で手を動かすまではリアルな手触りはほとんど掴めなさそうでもある。




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