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25/10/11 魔法少女ノ魔女裁判(まのさば)クリア感想【追記のみネタバレあり】

ネタバレなし感想(追記部分まで)

まのさばクリア

気付けば発売から三ヶ月経っていた『魔法少女ノ魔女裁判(まのさば)』をクリア。
manosaba.com想定外にめちゃめちゃ面白かった。名作。
想定外と言っているのは、面白さの程度ではなくタイプについて。人を選びまくるような見た目をしておいて、その実多くの人が楽しめるように考え抜かれていることに驚いた

尖ってた事前プロモ

まず発売の1年以上も前からバズっていたSNSプロモーションは潔く露悪に振っており、少なくともこの時点では明らかに尖った・色物の・粗削りの見た目をしていた

一番最初にバズったツイート

この勢いのままクラファンで7000万円近く集め(→)、恐らくはその資金を投下してアートブックやグッズ販売や東京タワーコラボなど、まるでもう大ヒットしたかのようにメディア展開とプロモーションを打ちまくっていたことは記憶に新しい。

正直なところ、この発売前の時点では俺は上がりまくったハードルを越えられるとは全然思っていなかった。個人的には露悪的な美少女コンテンツが好きなだけに、発売後にSNSから期待外れの誹りを受ける姿を見るのは忍びないなどと勝手に心配していたほどだ。
というのも尖ったコンセプトの作品は合う人と合わない人が一定数いるわけで、消費ボリュームが増えれば増えるほど取りこぼされる絶対数も多くなっていくからだ。この手のコンテンツは口コミによって波長が合う人の間で高く評価されるのが最も叩かれにくいルートで、ここまでマスに向けた風呂敷を広げていくのはゲームの強みと相反する売り方ではないかとすら思っていた。

手堅すぎる本体

しかしクリアした今明らかになったのは、それはまさしく杞憂だったということだ。
実際、購入者がかなり多いにも関わらずsteamでの評価はほぼ満場一致の肯定によって「圧倒的な好評」を維持している。それも飛び道具や奇策を使わずに、ただ単に非常によく出来ているというだけの理由で絶賛を受けるポジションに収まった。
あの入りから入ってこの抜けが出来るのは凄すぎる。あの見た目のプロモーションでこの頑健さのコンテンツが出てくることあるんだ。

もともとプレイを始めた瞬間にシステムやキャラの手触りが思ったよりも遥かに硬いことに気付いてこのツイートをした。

この感覚が全てに通底している。全てがあまりにも手堅い。
キャラで言えばヘイトコントロール、シナリオ体験で言えば適度な転調、テーマで言えば一貫性、システムで言えば無駄の排除。
そういう勘所を明らかに意図して連動的に制御しており、その手腕にいちいち舌を巻きすぎてベロリンガみたいになっていた。たぶん広い意味でのUXを俯瞰した上で我を出すというよりはバランス調整に徹することができる、『アオアシ』の主人公みたいなやつが作り手にいる。

その辺りからはクリエイターというよりはマーケターの魂を感じる。つまり0を1にするというよりは、1を100にすることに特化したやつが作っている手触りがする。
実際このゲームがダンガンロンパの魔法少女版ガワ替えであることは周知の事実だが、それにすら多大な合理性を感じる。誰も全く見たことがないエーリアンを創造するというよりは誰が何を望んでいるかを察知して調整する方がバリューを出せるタイプにとっては、アクション裁判のようなシステムでさえ下地がなければチャレンジングすぎただろう。

補足598:「ガワ替え」とはシステムを温存したまま設定周りを入れ替える制作方法を指す。いまや最も有名な例はブレワイのガワ替えである原神だろう。一般的には賛否両論な気もするが、俺は単にやり方の一つとしてフラットに認識している(それはガワ替えが横行しているソシャゲ業界に昔所属していたことと無関係ではない)。ガワ替えと言ってもそのクオリティはピンキリであり、オリジナルに沿いながらも新たな付加価値を与えることに成功している換骨奪胎ケースがあれば、オリジナルの完全なる劣化だがオリジナルが面白すぎるのでまだ価値がゼロになっていないだけの絞りカスケースもある。そして後者はともかく、前者をやるのがオリジナルを作るよりも簡単ということは全くない。なまじネタ元が存在するだけに粗があればすぐに目立つし、先人が「これで完成」と思って一度はリリースしたものを、しかもガワ替えする価値があるほど成功しているものをもう一段アップグレードして先に進むのは並大抵のことではない。ちなみに、そういう意味での「成功したガワ替え」を武器にする珍しいキャラクターとして『食戟のソーマ』の美作昴がいる。

総じて良作を作ろうとして作られた良作で、このタイプのゲームだとは思っていなかったので素朴にビックリした。
今にして思えば、プロモーション展開もたまたまクリエイティブの尖りが上ブレしたというよりはマーケが上手いやつが全部コントロールしていたのだろう。続編や関連作の展開も既に始まっているし、何もなければ来年か再来年くらいには普通にアニメ化していると思う。そういうポジションを取れる強度が明確にある。

全てに逆算的な意図を持っているタイプのやつが作っていそう」という手触りを一度感じてしまうと、色々な要素がそう感じられてくる。ネタバレしない範囲で言えば、例えばキャラデザ指針にも広い受けを目指す意図が込められていそう。

どのキャラも全体的に肌の色が白く、赤みやムチムチ感を極力排除して脱臭・漂白された外見をしている。肉感と共に削られた情報量はキャラごとに明確に定義された色や衣装コンセプトで補完しており、遠目でも弁別性が高い上に象徴的なカラーや記号を用いれば派生的な描画もやりやすい。
その上で美少女らしい可愛らしさ・綺麗さははっきり与えられており、俺のようなオタク男性も女子中学生も楽しめそうな、尖っているようで受けが広い両受けの手堅いデザインをしている。そういえば、『まどマギ』が当時の感覚としては明らかな変化球として蒼樹うめを起用していたのも同じような意図だったのかもしれない。

補足599:俺は橘シェリーと夏目アンアンが好きだが、二人とも数少ないオタク男性向けキャラという感は否めない。断言するが、オタク男性の九割くらいは少なくともその二人のどちらかが好きです。

補足600:ただ、キャラへの名前の付け方だけは唯一「らしくないな」と思った。識別しにくいカタカナの名前で統一されていることまでは世界観優先としてまだ納得できるが、「ノア」「レイア」「ミリア」「ナノカ」「アリサ」あたりが、音の構成が似通っていたり(長音も拗音も促音もなくaで終わる)、「ア」「ノ」「リ」などのワード重複が多かったりして認知負荷が高い。キャラ数が多いし台詞メインの裁判パートもあることから名前の文字列からマッピング先のキャラをユニークに特定する需要は高いはずで、ここに何か意図があるのかは気になるところ。

まのさばが面白すぎたので有給を取って東京地裁で常習累犯窃盗と覚醒剤所持の裁判を聞いてきた。誰でも裁判を傍聴できる権利は憲法で保障されているので、まのさばにハマった人は成人男性ノ刑事裁判も見に行ってみてください。

追記でネタバレありの感想を書くが、普通にネタバレが致命傷になるタイプのゲームなので続きはクリアしてから読んでほしい。

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ここからネタバレあり追記

ネタバレあり感想(追記部分から)

一周目はまあふつうに面白い

実際のところ、一周目は「まあふつうの良作」くらいの印象だった。
殺人事件が起こること自体は発売前に予告されていた通りで驚くことではないし、裁判の論点に魔法を組み込んでいるのも工夫ではあるがタイトルから容易に予想されるギミックに過ぎない。

最初から胡散臭かったレイアはともかく、マスコットっぽいアンアンが割と早めに人を殺したり、トリックスターっぽいシェリーが一般犯人として処刑されたり、相棒ポジションだったメルルが黒幕だったりとぼちぼちショッキングな展開を楽しみつつも、どれも予想の範囲内の予想外くらいの感じ。特に外すところもなかったが舌を巻くほどでもない、よく出来てはいたし意外と手堅い作りのゲームだったねーという感想で一周目を終えた。

ちなみに俺が一周目で一番好きなところはエマがメルルと組んで一緒に魔女裁判の運営をするBADEND。ああいう終わってる共犯関係いいよね。

二周目からが真骨頂

しかし巻き戻し演出から入った二周目はめちゃめちゃおもしろかった!
二周目では主人公がエマからヒロに交代し、キャラの性格や信条ががらりと変わったことによって、裁判の主旨や立ち回りも一変したのが非常に良かった
単に操作キャラの見た目が変わるだけではなく、それがシステムや攻略にも反映されてシナリオ上での対立にもしっかり接続するという全方面への噛み合い方が素晴らしい。

まず一周目操作キャラのエマは(少なくとも表面的には)素朴な善人だし自らが疑われることも少ないので、外野として集めた証拠から素朴に事件の真相を見つけ出すことが目的になっていた。
しかし二周目操作キャラのヒロは常にハードモードだ。最初から嫌疑をかけられていることが多く、裁判前の拘束によって手元の証拠も乏しい。故に真相を暴く以前にまずは自分が処刑されないために少ない手札で議論を撹乱しながら状況を把握しなければならない。

そのために二周目から解禁される、ヒロを象徴するコマンドが「偽証」だ。
ヒロは「正しい結果に辿り着くためならばその過程を問わない」という強烈な信条を持っており、裁判中に嘘を吐いて議論を誘導することを躊躇わない。正しい結果だけを求めるヒロの嘘は囮として犯人にボロを出させるものですらなく(「ああ うそだぜ! だが…マヌケは見つかったようだな」)、とにかく全員の心象を操作して犯人の心を折って処刑できさえすればいい。最後まで嘘を嘘と知らせる必要すらないのだ。

名台詞

プレイヤー目線では、単に推理だけしていればよかった一周目と比べて、偽証を使いこなして議論の流れを操らなければならない二周目はワンランク上の応用編となる。『ニーアオートマタ』で操作キャラが2Bから9Sに変わった二周目からハッキングが解放されたように、主人公変更に伴ってもう一段ゲームのギアを上げていくというシステムとキャラ造形の接続がお見事。

操作キャラの裁判スタイル変化に呼応して、二周目では他のキャラクターたちも単に真相を巡って議論するのではなく、それぞれに異なる目的意識を持って議論に介入してくるようになる。
一周目では早々に処刑されたレイアがとにかく逆張りで目立ちたがったり、探偵に憧れているシェリーが必要以上に事件性を喚き立てたり、ココが千里眼という異常な魔法で暗躍したり、各キャラの活き活きとした様子も二周目の見どころだ。

特にノア戦が一番良かった。一周目では最速で死亡した埋め合わせか、二周目の敵役で最も輝いていたのはノアだ。
ヒロはノアに対してもいつものように偽証での攻撃を試みるが、ノアはそれを理解した瞬間に自らも偽証で反撃することを即決する。二周目において問われているのは真相というよりは心象であり、全てが偽証であろうがオーディエンスを味方に付ければそれで勝ちだからだ。お互いに了解の上で嘘で殴り合う、空中戦の開幕が宣言されるこのシーンが本当に良い。

このバトル一番熱い

ここで初めてノアが純真無垢なキャラを捨てるのだが、だからといっていきなり顔が悪くなるみたいな安直な表現をしないのも偉い。あくまでも裁判の中での立ち回りというロジカルな振る舞いでそれをきっちり示せているのが上品で好ましい。

補足601:というかこういうコンテンツにありがちな「変顔ギリギリの悪い表情差分」みたいなやつを誰にも作成しなかった判断がかなり偉いな。安易な制作者なら絶対に作ってたと思うが、二面性が豹変である必要は特にない。

裁判システムとヒロとエマ

二周目で操作キャラの目的や立ち回りががらりと変わるのは、裁判パートからの要請としては似たような展開でユーザーを飽きさせないようにするための工夫だが、ストーリーからの要請としてはエマとヒロの対立を描くための仕掛けでもある

最初にエマとヒロの対立を裁判パートで明示する演出として、ヒロが地の文で嘘を喋っているところにエマが一周目のカットインで割り込んでくるところは本当に良かった!

パリーン!

二周目に入ったプレイヤーはヒロに感情移入して、まるでそれが順調な進行であるかのように普通に偽証を使いながら裁判を進めてしまうが、真相を発見したいエマからすると真相を騙るヒロ及びプレイヤーこそが糾弾すべき敵なのだ。ヒロが喋る地の文をエマから見れば、きっとところどころ赤くなっている例のデカ文字なのだろう。二周目の裁判スタイルは一周目のそれとは正反対を向いていること、そしてヒロとエマがはっきり対立関係にあることを一撃で示す美しいギミックだ。
エマに攻撃されるヒロの立場に立つことによって、プレイヤーは二周目で初めてエマの強かさを認識する。一周目ではエマは操作キャラなので犯人を次々に見つけていくのも「そういう流れ」としてあまり意識されないが、よくよく考えればエマは気弱そうな割には確信さえあれば親しいシェリーだろうが優しいメルルだろうが淡々と追い詰められてしまうけっこうすごいパーソナリティをしているのだ。

裁判システムによって描かれる、「過程を重視して確実に真相を突き止めようとするエマ」と「結果を重視して偽証でもいいから勝利を目指すヒロ」というダブル主人公の対立は最大の黒幕であるユキに対する認識の違いにも繋がってくる。
つまりエマは過程を重視するのでユキへのいじめを止められなかったことを悔やんでいるが、ヒロは結果を重視するのでユキの自殺という結末を重く見ている(正確に言えば因果が逆で、きっとエマはユキのいじめを止められなかったトラウマから過程を重んじるようになり、ヒロはユキの自殺を止められなかったトラウマから結果を重んじるようになったのだろう)。
それぞれの視点の違いによってユキについて得られる情報が操作キャラごとに異なるために、プレイヤーが周回して初めてユキにまつわる過去の全貌が明らかになる自然な情報管理が可能になっている。

総決算の最終魔女裁判

三周目の最終魔女裁判は全要素の総決算として非常に良かった。
全員のトラウマを抉って心を丁寧に折っていくという露悪コンセプトの極みみたいなことをやっておきながら、様々な工夫やヘイトコントロールによってユーザーが胸糞悪さを覚えないようにしつつ、全体の巧みな設定によってむしろポジティブな過程として意味付けできているのがすごい。

まず大魔女の降臨には十三人の魔女が必要という設定上の正当化には最低限の納得感があるし、ヒロはここまでずっと心を折る裁判スタイルを貫いてきている。
最終裁判では露悪的な役割を一手に担うヒロではあるが、操作キャラであるために行動指針が明示的に一貫していること、ヒロ自身が既に魔女化という代償を支払っていること、最終的には全員を救うためであることから割を食うこともあまりない。

名台詞2

ユーザーに対する報酬として初出の魔女化立ち絵を与えているのも上手かった。きっちり心を折ることで初めて見られる魔女化立ち絵はいずれもそれなりにショッキングなものであり、「あのキャラはどうなってしまうのか」というユーザーの好奇心を掻き立てることが処刑シーンの代わりに心を折る作業に推進力を与えている。
二周目から乱闘じみていた裁判がいよいよ極限に達し、魔法も偽証も何でもありになってくるのも面白いところ。大魔女に会いたいメルルとは利害が一致しているので治癒でアシストしてくれたり、一度魔女化したキャラたちはもう取り返しがつかないのでヒロにオールインするしかなくなって魔法を使ってくれたりする歪な協力模様が良かった。
また、一人ずつ心を折る作業を十三人分やるのも飽きるので、途中でミリアの魔法を暴走させることでむしろ望まずに魔女化してしまった派閥をなだめる逆の作業を持ち込むのも上手い(そういうユーザーが飽きそうになるマンネリの気配を察知して即座にカバーしてくる対応が常に上手い)。

そしてこの最終裁判は一見すると露悪的でネガティブなものに見えて、実は各キャラが別世界線での殺人を清算するポジティブな禊の機会になっているのが最大のポイントだ。
というのも、この作品における殺人の動機は「不幸な過去に由来するトラウマ」と「魔女因子による殺人衝動」の二点に厳密に制限されているのだが(ちなみに両方とも概ねやむを得ない外的要因なのがヘイトコントロールの技でもある)、そのいずれもが最終裁判で明確にクリアされるからだ。つまり各キャラがストレスによって魔女化する代償を支払いながらトラウマを克服し、かつ、魔女因子はユキに回収される。
よって魔女裁判を経たキャラたちにはもう殺人を犯す理由がないわけで、ハッピーエンドで正しく前に進む正当性はここで得られる。言い換えると、ユーザー目線では「他の世界線とはいえ殺人を犯したキャラたちがなんとなくハッピーエンドになって大丈夫なのか」という地味なわだかまりを解消できるとも言える。
ちなみにこの辺りはラスボスであるユキが改心する流れの正当化でもある。他のキャラが全員代償を支払ってトラウマを乗り越えたのだから、況やユキをやというわけだ。

めちゃよくできた名作でした

ストーリーテリングとはまた別の切り口として、裁判というテーマの扱いが巧みだったという言い方をしてもよい。
もともと裁判には色々な側面があるものだ。最もオーソドックスには一周目でエマがやったように事件の真相を求めるものだが、二周目でヒロがやったように偽証によって敵を葬るものでもあるし、三周目のように心を動かして人生の転機を得るものでもある(ちなみにまのさばの簡単な推し活として東京地裁に行くことをオススメするのもそのあたりを体感できるからだ)。そういう様々な裁判の側面をキャラやシステムや展開のバリエーションで巧みに表現しながら、その複層性が全体のストーリーに対しても筋を通している。
ガワ替え元のダンガンロンパはタイトル通り論破の気持ちよさをメインに据えていたが、こちらは裁判をタイトルに選んだだけのことはある。推理でも論破でもなく、あくまでも裁判だからこそ描けるものがあるのだ。

総じて裁判システムを徹底的に活かしてダブル主人公の物語を描き切った、非常によく出来たゲームだった。名作。


補足602:概ね感想を書き終わってからインタビューを見つけて読んだが(→)、だいたい解釈一致だった。やはり常に意図を意図として強くワークさせるタイプの作り手であるように感じる。特にフォロワーとして改めてユーザーを刺しにいくことの正当性と価値を語っているこの一節は注目に値する。

30~40代のゲームファンからすると、この作品のコンセプトを見て「中二病っぽくて痛々しい」と感じたり、ちょっと既視感のあるものに感じたりするかもしれません。でも、それは我々がさまざまな作品に触れてきたからで、それに対していまの10代の子は『魔法少女まどか☆マギカ』、『ダンガンロンパ』、『シュタインズ・ゲート』といった名作を知らない、見たことがないという子も多いと思うんです。それぞれ世に出てから15年くらい経っているので、世代がまるっと入れ替わっているんですね。
ですから僕らがそれらの作品から受けた衝撃やリスペクトを、今度は『魔法少女ノ魔女裁判』でいまの若い子たちに伝えることができたら……と考えていました。そういった作品を初めて体験したときの衝撃って、なかなか忘れられないじゃないですか。その初めての衝撃を『魔法少女ノ魔女裁判』が与えられたら、一生心に残る作品になるのではないかと思いまして。
それは禿げ上がるほど同意だが、そして「クリエイターたちの楽園」を自称しているところ恐縮だが、やっぱりその魂の形は俺はクリエイターというよりはマーケターだと思う。




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