前回のあらすじ:仕事は辿り着くべき場所に辿り着いた。
少なくとも向こう10年くらいはこのまま働くと思うし仕事については一旦いいとして、余った人生考慮リソースによって結婚という選択肢が認識され始めている。
消極的な理由は色々あるが!
結婚を検討し始めた理由は三つある。
一つ、既婚者が多い職場に転職したこと。
データサイエンティストという職業柄もあって、部署は全員が同世代の理系男性というかなり均質性の高い空間だが、住む世界の違いを最も感じるのは皆当たり前に結婚していることだ(正確に言えば、一人だけ独身仲間がいるが)。
今まで高校の友達にせよ大学の友達にせよそれ以外の友達にせよ、結婚しない男たちとばかりつるんできた。俺が認識している限りでコミュニティの既婚者率が1/4を超えることはなかったと思うし、少なくとも独身が過半を占める環境で生きてきたことは間違いない。
ただそれは別に反結婚の思想が共有されてそうなっていたわけではなく、そうなっているからそうなっているというだけの話だ。だからただ結婚属性に囲まれただけでそれを身近に感じてくるという、オセロ盤に迷い込んだ風見鶏のような状況がある。
二つ、世間でよく言われることは大抵は大筋で正しいのだとわかってきたこと。
なんだかんだで、マジョリティがよく言うことはそれなりに正しい傾向があるということをこの年齢になってようやく痛感し始めた(ちなみにここで言う「正しい」というのは「倫理的な判断や主張として正しい」という意味ではなく、「幸福になれる蓋然性を高めるのでアドバイスとして正しい」という意味)。
学校には行った方がいいし、学校を出たら働いた方がいいし、もっと言えば学歴は高い方がいいし、大企業には入った方がいい(ここまでは理由付きで理解している)。
そして結婚もした方がいいことになっているので、多分した方がいい可能性が高いと思う。俺はその理由を理解できていないが、結婚しようがしまいが数年後に理解するタイミングが来る予感がある。
三つ、デッドラインが迫ってきたこと。
現実的にはこれが一番大きい。いまちょうど平均初婚年齢を超えたくらいの年齢になった。厄介なことに、結婚とは必要になったときには入手できない可能性があるタイプのアプリケーションだ。
俺はもう少し二十代半ば過ぎくらいの感じでいたかったが、誰にでも無慈悲に平等に過ぎていくのが時間の良いところでも悪いところでもある({TODO:ここに相対論を絡めた反語的な警句を挿入})。
積極的な理由はない
念のためにこのあたりで注釈を挟んでおくと、ここまでの話は具体的な相手がいてその人と結婚するか否かを決めかねている話ではない。
結婚可能な相手がまだ存在しない状態で一般論について考えているだけだ。量子コンピュータの高度なアルゴリズム開発に近い。
そしてその前提で、上に挙げた理由はいずれも「少なくとも結婚すべきでないことはない」程度の消極的な外堀りでしかなく、「結婚すべきである」という結論に進むパワーがない。
周りが結婚しているからといって結婚しなければならないことにはならないし、世間が結婚すべきという理由をまだ全く理解していないし、デッドラインが迫っていることは判断の内容自体には関与しない。
積極的なメリットがまだ何も発見できていない、というのはやや粗い表現だ。
正確に言えば、結婚のメリットはいくつか思い付くが、結婚相手には可能で男友達には不可能なことがまだ一つも見つかっていない。
ちなみにその中には性欲も含まれているが、それは俺がゲイセックスコミュニティに所属しているという意味ではなく、誤解を招かないように少し後で改めて書く。
全体的にたぶん順序を間違えているのだと思うが、それを解決する手段がない(リスクを払ってまでそれをやる動機がない)。
本質が普遍抽象にあるか個別具体にあるかは物事によりけりだが、人間関係は明らかに後者だと俺は思う。
少なくとも個々の人生から見る限り、人間関係の一般論とは個別経験を集約したものでしかない。最大公約数的な仮想のペルソナを一つ想定することと見知った誰か一人の顔を想起することは全く違うし、重要な決定であればあるほど自分を納得させられるのは過去の経験に裏打ちされた決断だけで、歴史上の統計的に正しい判断はあまり役に立たない。
だから一般論として結婚すべきか否かを確定してから特定の相手を見つけるのではなく、特定の相手と結婚すべきか否かを勘案してからそれを調整すべきなのだとわかっている。
しかし今まで異性と接触しない人生を送ってきたせいでその素材が本当に全くなく、だからこの話はここから先がもうない。
性欲蛾物故割れた
そんなわけで残りはチンチンの話しかしないので別に読まなくていいが、性欲という最強のエンジンが死亡して久しいことも積極要因の崩壊に寄与しているのは間違いない。
結論から言うと、もう二次元でしか勃起しなくなった。それも精神的な意味というよりは物質的な意味で(勃起マルクス主義)。
つまり「オタクならイラストでシコれ」みたいなスタンスの話をしているのではなく、ミソジニー諸兄やポップ左派のように現実の性行為の問題点について何事か物申したいのでもなく、もっとシンプルに下半身を司る報酬系が破壊されてしまった。
脳内物質のモニタリングとかをやると「こいつの哀れな脳はもう二次元でしか勃起しないようですね(CV:浅木式)」みたいな結果がふつうに出ると思う。そういう危機的な状態にある。
さっき「性欲に関しても結婚相手に可能で男友達に不可能なことはない」と言ったが、それはいずれも性欲の対象にならないのでその点での優位性も特にないという意味だ。
データサイエンティストらしく直近の射精データを分析すると、2024年の射精のうち二次元で抜いた割合は95.8%だったのに対し、2025年半期時点では98.0%にまで増加している。
つまり三次元射精率は元々4.2%しかなかったのが更に2.0%にまで半減したことになり、変化が線形であることを仮定すると2026年には全てが二次元の射精になっていると推定される。
ちなみに繁殖が難しいことで知られるジャイアントパンダは発情期が1年のうち1週間程度しかないとも言われており(諸説あり)、その発情レートは7/365≒1.9%であるから2025年時点での俺の三次元射精率とほぼ同一の水準となる。だから何だよ。
古のネットで「童貞のまま三十歳になると魔法使いになる」と言われていたのは今にして思えば冗談でも何でもなかった(最新の研究では修羅になるという説もある)。やはり多くの人が言うことは大抵は大筋で正しいのだ。
なんかギリギリ二十歳くらいまでは、美少女イラストは現実の女体の表象であって、フェイクとまでは言わないにせよ二次的な模倣品であるという認識をしていたような記憶がある。ただ二十歳を超えると少なくとも同程度のリアリティを備えるようになってきて、今となってはもはや完全に独立した別カテゴリーの存在物かつ二次元の方にしか勃起しない状態になった。
つまり三次元の女体vs二次元の女体という二項対立は、二十代までは本物vsコピーという関係にあったが、二十代からは本物vs本物となり、三十歳からは本物のスイカvs本物の女体みたいな感じになった。
ここから入れる保険あるか? 生命保険以外で。