以下の内容はhttps://saize-lw.hatenablog.comより取得しました。


99/99/99 LWのサイゼリヤにようこそ

オタクのブログです。

/* メモ
トップ記事更新:26/2/19
2020年4月以降の記事は全部載せたがそれ以前の記事は絞っている
人気記事に★マークつけた

*/

■『不・死亡遊戯の成れの果て』掲載中

デスゲームの参加者が全員不死者だった回。

www.alphapolis.co.jp

 

■アニメ・映画感想
超かぐや姫!
わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?)
ボーはおそれている
16bitセンセーション
君たちはどう生きるか
★ぼっち・ざ・ろっく
★リコリス・リコイル
ウマ娘 プリティーダービー Season2
★劇場版 少女☆歌劇 レヴュースタァライト
★シン・エヴァンゲリオン劇場版𝄇
Re:ゼロから始める異世界生活(第2期前半)
遊戯王ZEXAL
仮面ライダー555
傷物語
ウォッチメン
プリンセスコネクト!Re:Dive
遊戯王5D's
PSYCHO-PASS
アキハバラ電脳組
ソードアートオンライン
バットマンvsスーパーマン
マギアレコード
痛いのは嫌なので防御力に極振りしたいと思います。
アズールレーン
劇場版ハイスクールフリート
異種族レビュアーズ
★パラサイト 半地下の家族
ドラえもん のび太と鉄人兵団
マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)
Re:ゼロから始める異世界生活(第1期)
オーバーロード
グランベルム前
ジョーカー
トイ・ストーリー4
遊戯王ARC-V
通常攻撃が全体攻撃で二回攻撃のお母さんは好きですか?
魔法少女なのはストライカーズ
クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲
★遊戯王GX
八月のシンデレラナイン
バーチャルさんはみている
輪るピングドラム

■漫画・ラノベ・ゲーム感想
ステラソラ
魔法少女ノ魔女裁判
★秘密法人デスメイカー
ウソツキ!ゴクオーくん
★呪術廻戦
バリ山行・サンショウウオの四十九日
暗号学園のいろは
バトゥーキ・嘘喰い
★ダンジョン飯
鉄鍋のジャン
死亡遊戯で飯を食う。
★東京卍リベンジャーズ
進撃の巨人
二月の勝者
がっこうぐらし
サムライ8
進撃の巨人
ワールドトリガー前
ワンピース

■お題箱
181/182/183/184/185/186/縮小/187/188/189/190/
171/172/173/174/175/176/177/178/179/180/
161/162/163/164/165/166/167/168/169/170/
151/152/153/154/155/156/157/158/159/160/
141/142/143/144/145/146/147/148/149/150/
131/132/133/134/135/136/137/138/139/140/
121/122/123/124/125/126/127/128/129/130/
111/112/113/114/115/116/117/118/119/120/
101/102/103/104/105/106/107/108/109/110/
91/92/93/94/95/96/97/98/99/100/
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■消費コンテンツ
2026年 1/2/3/4/5/6/7/8/9/10/11/12/
2025年 1/2~3/4~6/7/8/9/10~12/
2024年 2~3/4/5~6/7/8~9/10~11/12/
2023年 1/2/3/4~6/7~9/10~翌1/
2022年 1~2/3~4/5/6~8/9~11/12/
2021年 1/2/3/4/5/6/7/8~9/10~12/売却コンテンツ12/
2020年 4/5/6/7/8/9/10/11/12/2020春アニメ12/2020秋アニメ/

■創作
不・死亡遊戯の成れの果て(のれのて)』解説
魔法少女七周忌♡うるかリユニオン(うるユニ)』あとがき
席には限りがございます!(にはりが)』解説大反省会1大反省会2
ゲーミング自殺、16連射アルマゲドン(ゲーマゲ)』解説
皇白花には蛆が憑いている(すめうじ)』解説
Vだけど、Vじゃない!(VV)』

■サイゼミ
1/2/3/4/5前/6/7/8/9/10/11/12/13/14/15/16/17/18/

■人生の現在地
1.仕事/2.結婚/3.ソシャゲ/4.一人暮らし/5.創作/6.老害//

■理系トピックス
データサイエンティストこそ質的研究を学ぶべきだ
情報処理安全確保支援士(旧セキスペ)合格体験記
岡留剛『深層学習 生成AIの基礎』感想 ニューラルネットも平成から令和へ!
スピリチュアルに負けないために学び直す量子力学
★タネンバウムの『コンピュータネットワーク』を読んでワンランク上の現代人になった
ソシャゲのデータサイエンスというのはガチャの排出率を考えることではなくて……
ひろゆきと親しむ身近な因果推論
データサイエンティスト業務用リハビリ書籍感想
★データサイエンス系資格だいたい全部取った
データサイエンスエキスパート攻略
『入門 統計的因果推論(Judea Pearl)』メモ
統計検定1級とかいうゲームに勝利した
複雑ネットワーク科学入門書籍の感想
竹村彰通『新装改訂版 現代数理統計学』の感想
ポインタと確定記述、変数名と固有名のアナロジーについて
機械学習入門書籍レビュー

■その他
センター世代も共通テストを解け2026
2025年良かった歌い手・Vsinger・Vtuberソング:6文脈+11選+α
★社会人プレデター帯では退職間際に人を褒めまくるムーブが強い
名前だけ知ってるカードゲーム体験会(ゴシドラ夏合宿レポ)
★野矢茂樹『新版 論理トレーニング』 Twitterの見るに堪えない議論を越えろ
小林哲夫『筑駒の研究』を筑駒OBが読む
観光地を完全無視して秋田~青森~函館を巡る5泊6日
★美大芸大の卒展巡りにハマったから良かった作品を紹介するぜ
2024年らへんに買ったりして良かった寄りのもの約10選
冬合宿でプレイしたカード・ボードゲーム初見レビュー
ここ最近のデスゲーム系ラノベを10冊読んだ
★東大卒無職のTwitter就活記
カードゲーム『CROSS GEAR』紹介/解説1234
★マジでカードゲーム強い人たちにマジで強くなる方法聞いてきた
2023年買って良かったもの
★「生成AIの『学習』は学術用語だ」ということをそろそろちゃんと説明した方がいい
2023俺が選ぶ歌い手ベスト10
★就活に苦しむインテリの学生に社会の真実を教える
★『粛聖!!ロリ神レクイエム☆』はロリコンソングではありません
中学生ぶりにラノベ熱が再燃したので女性主人公ラノベレビュー12
「入間人間の手口がだいぶわかってきた」って何やねん
1秒もプレイしてないNIKKEキャラデザ真剣評価
重い腰を上げて10年前に積んだ女性主人公ラノベ83冊を崩した1234
AI挿絵付きWeb小説を投稿し始めて2ヶ月経った話
★君はAI創作の最前線にして最底辺「AI拓也」を知っているか
プランナー目線の生成AI妥協論
何故AIにはイラストを発注できないのか?
★小二で全国模試一位を取った男の半生延長戦
人生で初めて歌ってみたに激ハマりしてる話
2021年買ってよかったもの
白上フブキは存在し、かつ、狐であるのか:Vtuberの存在論と意味論延長戦
ゲートルーラーは「本物」かもしれない
表紙が三枚あるノートを特注した話
ロラン・バルト『物語の構造分析』メモ 構造分析vsテクスト分析
プライムデーセールでKindle端末を買うべきか?
『Vだけど、Vじゃない!』:Vtuberはどこにいるのか?
ダブルマスターズドラフト攻略
倫理は永井均しか勝たない
ポストモダニズムから資本主義リアリズムまでの間に何があった!?
『リアリティーショーを批判しているオタクもVTuber見てんじゃん』を受けて
ハッシュタグの氾濫、メタ政治性を巡る闘争
100日後に死ぬワニはなぜ失敗したのか
オタクの中韓コンテンツ張り
『ダンベル何キロ持てる?』を見たオタクが3ヶ月筋トレした結果……
日本興行収入上位映画100本を見た感想
実用系アニメのポテンシャルを評価せよ
ガチャを叩く時代は終わった

26/3/8 2026年2月消費コンテンツ

メディア別リスト

漫画(3冊)

パペット・イン・ザ・シティ(全3巻)

アニメ(43話)

機動戦士ガンダム(全43話)

書籍(3冊)

現代レトリック事典
イマイチはなぜ生まれるのか
キャラクターの顔は「顔」なのか: キャラ顔認知の心理学的研究

ゲーム(1本)

カオスゼロナイトメア

良かった順リスト

人生に残るコンテンツ

(特になし)

消費して良かったコンテンツ

機動戦士ガンダム
現代レトリック事典

消費して損はなかったコンテンツ

キャラクターの顔は「顔」なのか

たまに思い出すかもしれないくらいのコンテンツ

イマイチはなぜ生まれるのか
パペット・イン・ザ・シティ

以降の人生でもう一度関わるかどうか怪しいコンテンツ

(特になし)

ピックアップ

カオスゼロナイトメア

記事を書いたのでそちら参照。
saize-lw.hatenablog.comこれで一旦プレイに一区切りとして、今後はめちゃ好きな美少女キャラとか再開に値する何かが出てきたら復帰する感じでいきたい。
俺はストーリーとキャラが両方良ければソシャゲを継続できる派閥だが、逆に片面だと厳しいことが最近わかってきた(スタレは両面あるので続いている)。

機動戦士ガンダム


超かぐや姫を見るためにネトフリに加入したが、元が取れたかどうか若干微妙だったのでついでに見た(でもプライムビデオにもあったので別にネトフリで見なくてもよかった)。劇場版三部作で済ませたやつに勝つために全話ちゃんと見るという謎のアニメ戦闘民族マインドがまだ残っている。
実は大学生の頃にも全話見たことがあるが、今の方が圧倒的に楽しめた。というか当時は話を何も理解していないままエアロバイクを漕ぎながら垂れ流しているだけだった、人が死ぬシーン以外は何一つ覚えてなかったからな。

ずっと連邦軍の傘下として嫌々移動しつつたまに襲ってくるジオン軍をやむを得ず撃退しているだけという極めて受動的なフォーマットは時にかなり退屈ではあるが(特に地球をウロウロしている中盤あたり)、しかしそのあたりがこの作品の良さと直結している。
ホワイトベースの人たちは(時にはジオン軍の一般兵士も)積極的に戦いたいわけでは全然ないのだが、現実問題として戦時下で生活していくためには戦わざるを得ず、かといって本当に嫌なことを無理強いされているというほどでもなく、なんとなく妥協点を見つけて戦争に参加している曖昧な温度感がすごい。
アムロだって出撃するたびに文句を言っている割にはランバラルやシャアにはどうしても勝ちたいポジティブな感情を抱いたりもするわけだし、戦う中で天性の才能を発揮して他のクルーに感謝されるのはサイド7で機械を弄っているよりはずっと善いことかもしれない。

厭戦的な雰囲気が蔓延していながらも反戦アニメという感じでもないのは、そういう「適応」という軸で戦争を描いているからだ。戦争の中に暮らしが、暮らしの中に戦争があって、その中では一定の忌避感と自己実現が並走している。
ファーストが放送された1979年はまだ戦後34年しか経っていなかったわけで、2026年の今で喩えると1992年に相当する位置までは第二次世界戦争をやっていたのだと思うと、まだ戦争と生活が地続きであるリアルな感覚も残っていたのかもしれない(まあ戦争じゃなくても仕事とか人生って割とそういうものだよな……と思うのは加齢の影響でもある)。

戦争に対して善悪とか賛否ではなく適応という軸で描かれているが故に、戦時状態が解消された先の予感には単なる平和ではなく「ニュータイプ」というスピリチュアルなイメージが現れるのも分かる話だ。
戦争にも順応して生活していくのが人間なのだとしたら、単に戦争を否定するのではなくむしろ極限まで戦争に適応した果てにしか戦争を越えたものは生まれてこない。完全に戦争に適応したそれは、ある一面では超人的な戦闘能力を持つ一方で、生命のやり取りによって善悪や派閥を越えた何かを感じ取れたりもする。
戦争という究極の否定、そして適応という究極の肯定。その対極の中にニュータイプがいるのだとしたら、後世の作品においても決して完全な定位を許されずに揺れ動く存在でいることにも納得がいく。

玩具販促のエンタメアニメとして見ると、生活から隔離された趣味の領域ではなくむしろ生活の中にそれを持ち込んでいくのはアンサーとしては率直に異常だし、その辺りに全く新しいものとして時代を築いた感性があるのだろう。

現代レトリック事典

  • 大修館書店
Twitterで見かけて良さそうだったので購入。
600ページあるけっこう厚い本だが、読み物っぽい書き口なので割と軽く読める。最近気付いたが、事典ってふつうに読書の対象として全部読んでもいい(いま他にも1000ページ以上ある哲学事典を毎日少しずつ読んでいる)。

名前に違わず様々な日本語のレトリックが非常によくまとまっている。
初めて知ったレトリックがあるというよりは、無意識に使っていたものがきちんと名前付きでチャンク化して認識できるという感じ(一度も使ったことがないレトリックはたぶん一つもない)。単に定義や用法をいくつか挙げるだけではなく、機能や効果や派生や例外について地に足の付いた論理でしっかり深堀りして解説してくれるので勉強になる。
特に冒頭に固まっているシミリー、メタファー、メトニミー、シネクドキの比喩シリーズについての論考は非常に面白かった。この四つは定義だけはどこにでも書いてある割に、「結局本質的な違いはどこにあって、いつどうやって使い分けると有効なのか」があんまり掘り下げられないので理解が上滑りしがちだ。その点、この本ではそれぞれの狙いや要素間での連携についても完全に理解することができた。

マクロな論理構造というよりはミクロな文章の上手さを扱い、それも単なる文法的な解説ではなく使い方の巧拙にまで踏み込んで底上げしてくれる本は実はあまり思い当たらない気もするので、上手い文章を書きたい人にはかなりオススメできる一冊。
分量的には頑張れば2週間もあれば読み終わる程度なので大したことはないが、入手方法がややネックだ。図書館では事典扱いで禁帯出になっていることが多く、俺はやむを得ず新品で購入した(しかし一度通読して頭に入れれば十分で、手元に置いて何度も開くイメージはあまりない)。

キャラクターの顔は「顔」なのか: キャラ顔認知の心理学的研究

ネットで僅かに話題になったが誰も読んでいない本。博論社のオンデマンド出版なのでほとんど流通しておらず製本から発注しなければならないが、言うてAmazonで普通に買えはする。

「アニメとか漫画でのキャラ顔とリアルの顔って何が違うんだろう」というテーマについて数量的な証拠を集めてコツコツと分析している認知心理学の研究論文。
主にはリアル顔でよく知られている知見がキャラ顔にどのくらい/どのように適用できるかを改めて調査している。具体的には顔面倒立時の把握、順応の影響、平均顔の評価、相貌と性格の関係など、リアル顔でよく知られた効果がキャラ顔でも再現するかどうかをアンケートによる回答サンプルで分析する。
暫定的な結論としては恐らくリアル顔とキャラ顔は概ね同じ認知方略が採用されているらしいほか、「キャラ顔の認知の仕方はオタク度とはあんまり関係ないらしい」という副次的な知見などもなかなか面白い。

ただ著者自身も弱みの一つとして言及してはいるが、素人目にも博論にしては調査リソースがかなり貧弱な印象は受ける。
(少なくとも先行研究では神経系の生理学的な知見が援用されている割には)分析対象がその辺の学生数十名という卒論レベルの質と量に留まっているのはだいぶ寂しい。一般に認知において対象への親しみ度合いが非常に重要であることは何度も言及されているのだし、いくらオタク度合いの程度に差があるとはいえ、社会的には均質な集合に対する知見がどの程度一般化できるのかにはかなり疑問がある。更なる調査として二次元キャラクターにはほとんど触れていない農村の老夫婦や、逆に第一線で活躍するクリエイターのような歴戦オタクへの調査も期待したいところだ。

とはいえ、これだけオタクが増えた昨今においても(先行研究セクションを信じるならば)ほとんど研究されていないキャラ顔の扱いに対して変な哲学やポエムではなくしっかり認知的な観点から先鞭をつけた意義は大きいと思う。
有識者の友人が「少なくとも現状では認知心理学的には興味深いトピックではない」というのもわかるのだが、俺は別に認知心理学の輩ではないため扱われているトピックに興味津々なだけで十分すぎる。「なぜ自分は美少女キャラが好きなのか、それはリアルの人と何がどう違うのか」というオタク一丁目一番地の問いに定量的にアプローチしている点で非常に好感度が高いし、これを呼び水にしてもっと研究が進むと嬉しい。
なぜか著者はまえがきで「もう満足でござる」みたいなことを言っていたが、俺は心から応援しているのでもっとリッチな研究環境で是非ともこのまま発展させていってほしいところだ。

補足657:「二次元キャラが好き」というオタク的な嗜好を学術的に扱う分野には社会学文脈でのフィクトセクシュアル界隈も存在するが、そちらはよくあるマイノリティ運動のバリエーションとして自己側の分析というよりは他者からの被害報告がメインとしているので個人的には関心がない。認知心理学方面からのアプローチへの期待が相対的に大きいのはその反動という節もある。

イマイチはなぜ生まれるのか

『Q.E.D.』の作者が書いた創作論系の本。
「こうするとよい」じゃなくて「なんでダメになるのか」という切り口が面白いと思って買ったが、薄い新書1冊なのに1500円くらいして書籍高騰の流れを感じる。

内容自体はそれなりに納得できた。作品の内容がどこかで見たようなものに収束してしまうのは一定やむを得ないことで、それを超えるためにはディテールで差を付けられるように好きなものを大事にした方がいい、というのは確かにそんな気はする。

補足658:厳密に言えば、個人的には心から本当に好きであることは十分条件であって必要条件ではない気もする。つまり好きではないものをさも好きであるかのようにディテールを磨き込むことや、めっちゃ好きというほどではないものをそれなりには好きになれるように努力することも同じくらい有効だと思っている。

ただ全体的にあまり合理的ではない推論を飛躍して繰り出す独自研究的なノイズが多すぎるのはやや気になった。
進化心理学的なロジックを筆頭に、図画とプロットのようなタイプが異なる対象に同じ認知理論を適用してみたり、「ほんまかいな」と思う箇所がかなり多い。
とはいえビジネス書くらいの水準だとこれで十分だろうし、客観的な説得力を求める文章というよりは、実績がある実務家が「私はこういう理解をしている」という宣言だと思って差っ引いて読めばそこまで気にならない。

パペット・イン・ザ・シティ

質問箱でお勧めされたので読んだ。

悪くはないが、内容に対して三巻分の紙面を読むコストが高すぎるように思えてならない。不穏な雰囲気でTwitter広告を打って流入した層を繋ぎ止めるために不穏な引きを極限まで引き伸ばしている感じで、そこまで溜めた割にはそこまで大したオチでもないあたりがたまにある低予算映画みたいだった(本当にやばい状況をちゃんと撮影するお金はないので、「何か部屋の外とかでめっちゃやばいことになっているらしい」という不穏な雰囲気だけで尺を埋めることで予算を節約している低予算映画は割とよくある)。

薄味だが話自体は嫌いではない。子供の頃にはあんまり見えないけど現実的な社会の回り方と自分の役割を知る段階っていうのはあるよね。これ読み切りにまとめることは出来なかったのでしょうか?

26/3/1 明日カオスゼロナイトメアの分析にアサインされても戦えるアナリティクス

カオゼロプレイ感想

昨年10月22日に配信開始された『カオスゼロナイトメア』をプレイ。
始めた理由は美少女キャラのビジュアルが良い、崩壊システムに気合を感じた、StS系のゲームシステムに興味があったの三点。

キャラのビジュアルが良い

セレニエルが一番好きです。

全てがでかい

ビジュアルが良い!! あとセレーナ(一番左)とナージャ(中央)も好き。

趣味が出ている

美少女キャラが中心だが、一応は男性キャラとか獣キャラも少数いる最近よくある立て付け。女性ユーザーは女性キャラも引くが、男性ユーザーは男性キャラを引かないのでそのくらいの割合が良いと言われている(諸説あり)。
ただビジュアルは全体的にかなり良い一方でキャラの内面は概してあまり魅力的ではなく、開発内部で揉めたらしいストーリーの煽りをもろに食らっている(後述)。

崩壊システム

目玉の崩壊システムも非常に魅力的。
キャラが戦闘中に攻撃を受けるたびにストレス値が溜まっていき、ストレスがMAXになると全スキル使用不能、体力ゼロ、そして精神が崩壊したビジュアルを見せてくれる(左:通常、右:精神崩壊状態)。

こういうのが好きな人向け(俺は好き)

やや露悪的であざといマーケティング用途の仕様という印象を受けないこともないし、概ねペナルティでしかないのでゲームシステムとして面白いかは微妙だが、しかしやらない偽悪よりはやる露悪である。
news.denfaminicogamer.jp制作側も明確な差別化要素として無理やり捩じ込んだと語っているのは素晴らしい。コンテンツ供給過多のこの時代、月並みで受けが広いコンテンツを作れるのはむしろ一握りの王者のみが持つ権利かもしれない。ニッチを刺していけ。

StS系のゲームシステム

ゲーム画面はこんな感じ。

見覚えのあるUI

見るからにStS系列だが、より正確に言えばStSフォロワーであるクロノアークの更にフォロワー(3人1組でチームを組んだり、敵キャラに攻撃カウントが存在したりするあたりはクロノアーク由来)。
ただしStSやクロノアークと違って売り切りではなく運営ソシャゲであることからいわゆるダンジョンランには育成的な要素もあり、それがゲームサイクルに多大な変更をもたらしている。その変更が上手くワークしているかどうかはまた後で改めて分析する。

ストーリーがつまらない!

最大の欠点として、ストーリーがかなりつまらない。
「カオス」という人類未曾有の大災害が発生しているのだが、それに対して人類側での内輪揉めを延々とやっているだけで話の本線が一向に見えてこない。
カオスに対抗するためにモブが一人死ぬの死なないのとか、カオス対策の実験が失敗したりしなかったりとか相対的にどうでもいいことばかりが起きていて、結局このストーリーを読んでいるユーザーは何にワクワクすればいいのかがわからない。

ネットによれば「開発終盤に内輪揉めして作り直して劣化した」みたいな事情があるらしいが、ユーザーとしては出されていないものは読めないので出されたものがつまらないとしか言いようがない。具体的にどこが問題であるというよりは、アドホックなイベントばかり起きてそもそも何が本質的な問題なのかイマイチよくわからないという論点がないタイプのつまらなさであるあたりに急拵えの苦しみを感じる。

ストーリー唯一の強み、全員胸がデカがち

非常にもったいないのは、ストーリーのつまらなさが他の有望な要素とも積極的に齟齬を生んでいることだ。
例えば冒頭でレイがモンスターに握り潰されるショッキングな始まり方までは良かった。それは「カオスとは蓋し恐ろしい場所なのだ」とユーザーに教えて精神崩壊システムを正当化する役割も担っていたが、しかし続くストーリーではギャグっぽくカオスに突入したベリル隊がギャグっぽく生還したことでせっかくの恐ろしい雰囲気が台無しになってしまった。ベリルに恨みはないが、無策でカオスに突っ込んだベリルはどう考えても死ぬべきだった。

また、ストーリーが貧相であるためにキャラの内面的な描写にも乏しい。
キャラ単独の設定で見れば色々な要素を巧みに組み合わせてデザインにも落とし込んだりとかなり魅力的な気配が散りばめられているのだが、肝心のメインストーリーやキャラストでのやり取りが非常に薄っぺらいため何にもならない。主人公(艦長)との関係も曖昧なままで、全員が何となく主人公に好意を抱いている以外のことはよくわからない。

とはいえ、シーズン2以降に追加されたストーリーは初期ストーリーに比べればまだかなり読めた。そこまでと違ってPUキャラのバックグラウンドやギャップのような立体感がしっかりと確保されており、それまでの薄っぺらいコーンスープみたいなキャラ描写に比べれば売ろうとする気概を感じた。
つまらなさに明確な理由(開発内部のゴタゴタ)があるということは立て直しにも明確な希望があると言い換えられるかもしれず、サービスが終わる前になんとかリカバーしてほしい。ポテンシャルは明確にあるのでもったいない。

ただ一応留保しておけば、ストーリーがつまらないとは言っても10年前のソシャゲなら誰も文句を言わなかった程度のつまらなさだとは思う。かつて一世を風靡したアズールレーンのストーリーは相当に意味不明だったし、思えばソシャゲのストーリーへの要求水準も上がってしまったものだ。

カオゼロガチ分析開始

ここからはソシャゲプランナーだったときのことを思い出しながらカオゼロの課金体系とゲームサイクルを分析していく。
まずは形式的な仕様を正しく理解した上で、意図された課金体系及びゲームサイクルを把握し、それらが機能しているかどうか分析する方法を考え、もし機能不全があったとしたらそれを塞ぐ施策にはどのようなものがあるか妄想する。

注意点は以下の通り。

  • ユーザーではなく分析担当者の目線で見る
  • サービスとしての定常的な運営状態に焦点を定める
  • 現状での良し悪しの評価は目的としていない
  • 実データは手に入らないので課題や打ち手は「もしこうだったらこう」の仮説ベースで考えてみる

より詳細な心はステラソラの記事も参照のこと。また、一般的な事柄についての記述はそちらと重複することがある。
saize-lw.hatenablog.com

課金体系について

まずはサービスにおいて最も重要な課金体系について見ていこう。
最初に換算レートを中心に基本的な仕様を理解し、課金商品の意図及び課金ユーザーの育成経路を把握したあと、分析設計から考えられる課題仮説と対応する施策を検討してみたい。

なお以下で課金の目的は全てガチャ排出と想定するが、カオゼロでは他のゲームに比べて育成に係るスタミナの需要が一定高い可能性がある。
というのもゲームパートでは量的なステータスというよりは三人パーティーで実現される質的なシナジーにかなりの力点があり、それを体験するためには育成レベルを揃えることが必須に近いからだ。実際、過去には育成コストをローンチ時の仕様から約80%引き下げる大幅な緩和が行われている(→)。
石消費によるスタミナ回復レートについては、最初は石50個で60エーテル回復だが、石を割るごとに効率が鈍っていくため1日の交換レートは最終的に石を740個割って480エーテル回復(8時間分)にしかならない。その割にはたった2日分でガチャ10連に達するというだいぶ高めのクリスタル消費を要求しており、育成需要をかなり高く見積もっている可能性がある。

石換算レート

まず全ての基本となる石について。

割引等を何も適用しないベースレートは概ね12000石/6480円≒1.85円/石。初回購入のみ2倍になるよくあるキャンペーンが適用されている。

補足649:購入金額が高い方が石あたりの単価は安くなると見せかけて、実は6100円で買ったときよりも3680円で買ったときの方が極めて僅かだがコスパが良い(6100円/3280石≒1.8598円、3680円/1980石≒1.8586円/石)。

ガチャ換算レート

1.85円/石のベースレートを用いてガチャの基本料金を確認していこう。

ガチャ画面

ガチャはキャラor武器や常設orPUの違いを問わず一律で1連160石≒300円(160石×1.85円/石≒300円)、かつガチャチケもキャラと武器で共通。10連3000円は王道の価格設定だ。
これを踏まえてキャラガチャと武器ガチャの確率周りを確認することでユニットの平均価格を割り出せる。なお、定常的にはユーザーはPUを求めてガチャを引くことが最も多いはずなので、以下ではPUの入手率に絞って期待値を掘り下げる。

キャラガチャ

キャラガチャは最高レアリティ☆5が1%(PUは更に1/2)、70連天井が基本仕様(なお天井カウントは同タイプの筐体を跨いで引き継ぐ)。

キャラガチャ確率仕様

説明文には確率上昇(途中でのべ50%近く確率が上がる)や天井周回(2天井でPU確定)などについて長々と述べられているが、要するに全部コミコミでPU総合確率は1.42895%と明記されている。

補足650:確率に関する説明文の日本語はかなり怪しい。1周目が常に70連と想定しているせいで2周目以降を71回目と書いてしまっているのだが、実際にはよくあるガチャと同じで70回未満で☆5を引いたら天井カウントはそこでリセットされるため、71回目以降の回数の記載は基本的に嘘である。必ずしも顧客側に不利とは言い切れないため優良誤認にはならないかもしれないが早く修正した方がいいと思う。

PU総合確率の逆数をとって、PU入手時の期待回転数は1/0.0142895=69.98...より約70連。1連300円であることを踏まえるとPUキャラ1体の期待費用は70連×300円/連=21000円となる。

武器ガチャ

カオゼロでは「パートナー」というサポートキャラをメイン戦闘キャラに装備できるが、要するに役割は武器なので以降は「武器」という表現も併用する。

武器ガチャは最高レアリティ☆5が1%(筐体に☆5はPUしか入らないので常にPU確定)、70連天井が基本仕様(なお天井カウントは同タイプの筐体を跨いで引き継ぐ)。

武器ガチャ確率仕様

こちらにもキャラガチャと同様の確率上昇が設定されているが、1天井なので単発の基本確率が1%の割にはPU総合確率は2.14343%と2倍以上に上がる。この逆数を取ってPU入手時の期待回転数は1/0.0214343=46.65...より約47連、1連300円であることを踏まえてPU武器1体の期待費用は47連×300円/連≒14000円くらい。武器はキャラよりは優先度が下がるため、キャラガチャと比べて約2/3まで安くなっている。

補足651:ガチャの排出被り時には補填アイテムが発生する。メインになるのは「輝く英雄の刹那」で、10個あたりガチャ1連に変換可能。輝く英雄の刹那は☆4キャラ・武器の被りに対して期待値としては1連あたり0.5個、☆5まで被れば更に追加で1連あたり0.4個補填されるため、☆4が被る状態なら概ね20連に1連、☆5が被る状態なら概ね10連に1連の還元が受けられる。

換算レートまとめ

数値を軽く丸めているが、主要アイテムの期待レートは概ね以下の通り。
 ①1石 = 1.85円
 ②10連 = 3000円
 ③PUキャラ = 21000円
 ④PU武器 = 14000円
いずれも標準的な数値になっている。

課金商品分類

以上の基本的な価値換算を踏まえ、各課金商品について考えていこう。

ショップ画面

セット商品分析では原則として石かチケットか☆5ユニットのみを換算対象とし、他の育成素材等は0円扱いで計上する。

課金商品の特徴比較

セット商品をバブルとしてプロットした図は以下(重なる商品は適当にズラしている)。
横軸が金額で、右にいけばいくほど高額であることを示す。縦軸は課金効率で、上にいけばいくほどお得であることを示す。

課金商品の特徴比較

このように図示することで、例えば「左上にある緑丸は安価かつ飛び抜けてお得だ」というように各商品の特徴が容易に把握できるようになる。

バブルの色分けは①サブスク系商品 ②限定系商品 ③定期系商品という売り手目線での課金導線役割に注目した3つの商品グループに対応している。それぞれについて詳説していこう。

①サブスク系商品

「コロノミコンマンスリーパック」と「アルキアノン補給スペシャルデータ(上位版:ゼロデータ)」がこのグループに該当する。
ここに属する商品はいずれも「ユーザーのプレイを要求する代わりに課金効率が非常に良い」という特徴を持っている。例えば「コロノミコンマンスリーパック」は毎日ログインしなければ報酬をもらえない代わり、610円で3000石(≒5556円)が貰えるので9.11倍得、「アルキアノン補給スペシャルデータ」は各種ミッションを進めなければならない代わりに☆5パートナーやクリスタルを効率良く入手できる(ゼロデータでは更に石が追加される)。

補足652:アルキアノン補給スペシャルデータで入手できる☆5パートナーはこの入手経路のみの限定なので、とりあえず(恒常☆5ではなく)PU☆5程度に高く見積もっている。

サブスク系商品はカジュアルな課金導線を作った上で長期的なプレイを促す役割を担っている。ズバ抜けて効率が良いのは運営から見てユーザーのリテンションにはそれだけの価値があるということでもある。

②限定系商品

アカウントごとに購入回数に上限が設けられており、原則として補充されないものがここに属する(「星明かりの閃光パック」の一部)。
定期購入への導線か、定期購入を行うユーザーがもっと物資が欲しいタイミングでブースト的に購入することが期待される。ゲートウェイ的な役割を担うために160円から12000円までと価格帯の裾野が広く、かつ、定期系商品よりは効率が良い商品が多い。

③定期系商品

アカウントごとに購入回数に上限が設けられており、一定周期で補充されるものがここに属する(「ファースト常時補給」と「星明かりの閃光パック」の一部)。
定期スパンで効率良くお買い物をしていきたいユーザーに訴求する商品であり、定常的にこれとサブスク系商品を買う状態に移行してもらえると運営としては嬉しいところ。定期更新の商品は買わなければ流れてしまうため、石の直接購入に比べて貯蓄目的の購入を促しやすい強みもある。

補足653:いずれにも属さない単発商品も存在するが、定常的な収支を問題としたいので今回の分析からは省いた。例えば100日記念やバレンタインなどのイベント時に一時的に購入可能になるセット商品がそこに該当する。

課金ユーザー育成経路

以上のような商品分類ごとの特徴を踏まえつつ、ユーザーを優良課金顧客(注:たくさんお金を払ってくれるユーザーのこと)に育てていくプランについて考えてみよう。

前提として、石を直接購入する顧客はかなり良い顧客だ。
石の直接購入は最も効率が悪い上に青天井であり、払ってもらえれば払ってもらえた分だけ無限に売上が上がっていく。ただ一部の異常者を除いて普通は初手からジャブジャブ課金するユーザーにはあまりならないわけで、最初は無課金や微課金から始めてステップバイステップで少しずつ課金レンジを上げていく顧客育成計画が必要になる。

LTVを考えたとき、アカウントにつき一回しか買えない②限定系商品は育成の目標というよりは育成の過程でしかないことに注意しよう。
運営型ゲームにおいては定着したユーザーが未来も安定して継続的に購入してくれることが最も望ましく、最終的には①サブスク系商品③定期系商品を毎月コンスタントに買いながら必要があれば石を買うようなユーザーに育ってくれるのが理想的。

その育成道程には色々なパターンを仮説として想定できるが、例えばとりあえずこんなユーザー育成経路が有り得る(月次でない商品は適当に毎月分あたりになるように調整している。例えばウィークリーである「クリスタル補給キット」は週あたり2個買えるため、月あたりでは8個買えることになる)。

課金ユーザー育成経路想定

まず明らかに課金効率が良いサブスク系商品を購入しつつリテンションを伸ばし、様々な価格帯から購入できて比較的効率の良い限定系商品を適宜経由しながら、サブスク系商品と定期系商品を両立てで買っていく状態に移行する想定だ。
全体的に限定系商品も定期系商品も総額がかなり高く、高い購買意欲に応えられるように商品を充実させていることが見て取れる。石割りによるスタミナ回復効率が悪めであるあたりも含めて、刺さる人には刺さるゲームという自認でミドル~ヘビーユーザーへの受け皿をかなり厚めに取っている印象を受ける。

「アルキアノン補給」施策について

課金構造を整理したところで「アルキアノン補給」を題材にもし自分が分析担当者だったらどこに目を付けるか考えてみよう。

「アルキアノン補給」概要

改めておさらいすると、アルキアノン補給はいわゆるバトルパス系の施策だった。
プレイを進めるごとに蓄積されるポイントに応じて順次アイテムを受け取れ、無料でも利用できるが課金することで受領アイテムがアップグレードされる。

「アルキアノン補給」画面

継続的なプレイを要求する代わりに他の課金商品と比べてコスパはかなり良い。これ自体でめちゃめちゃ収益を出すというよりは、課金ユーザー育成の前提となるリテンションを高めたり続く課金を後押ししたりする立ち位置の施策になる。

特にアルキアノン補給限定の目玉商品としては☆5パートナー(武器)が据えられている。

エロい限定キャラたち

露出多めのエロい美少女キャラの中から好きなキャラをシーズンあたり一人選べる。性能はガチャ限☆5PUほどではないが、汎用寄りの選択肢としてはかなり高性能なくらい。

直近の「スペシャルデータ」アップデートについて

2月25日付のアップデートでアルキアノン補給の有償支給アイテム内容が大幅にアップデートされた(→)。

しれっと大増量

育成素材も色々追加されているが、最大の改善点はやはりクリスタル900個(1667円相当)だろう。

上:改定前、下:改定後

これはかなりリーズナブルな上方修正だと思う。
確かにここでしか入手できないエロくて強い☆5パートナーは一定魅力的ではあるのだが、あくまでも汎用にしては強いというだけだ。ガチャ限☆5PUキャラの最適であるわけではないし(もしそうなら同時PUするガチャ限☆5武器が売れなくなってしまう)、併用できるキャラのジョブにも縛りがあるため、ユーザーの状況に応じて需要は大きく変動する。
そして☆5パートナーの需要が高くないユーザーから見ると、改定前のラインナップでは他にはガチャチケ3枚(889円相当)と育成素材の諸々くらいしか残っておらず、1220円を投資するかはかなり怪しくなってくる。

もちろん(需要に多少のブレがあったとしても)限定☆5パートナーを売る課金要素自体はあってもいいのだが、バトルパス系の施策でそれをやるのはやや悪手だろう。しつこいようだがバトルパス施策はユーザーのリテンションをもぎ取れるのが最大の長所なので、継続プレイさえすればまず損しない、とりあえず誰にでも買ってもらえる優しいラインナップである方が望ましい。
その点、改定後にはクリスタルが大量追加されたことによって、☆5パートナーをリターンに計上しなくても既存のガチャチケと合わせて課金効率は2.09倍となった。これは他のどのセット商品よりも効率がよい値であり、☆5パートナーを重視しないプレイヤーに対しても十分な訴求が確保できる。

ちなみにこのアップデートは必ずしも初期設計段階では考えが足りなかったことを意味しない。☆5パートナーの需要はリリースからの短期間でも流動しているはずだからだ。
具体的には、ゲームリリース初期は対応する最適パートナーを持たない初期定常☆5キャラが戦力の中心だったはずなので、そこと合わせられるアルキアノン補給限定☆5パートナーの需要も高かったはずだ。
しかし限定ガチャ筐体をリリースしていく過程でガチャ限☆5PUキャラ及び対応するPU☆5パートナーが増えていき、アルキアノン補給限定☆5パートナーの需要は相対的に下がっていく。需要が下がってきた段階で上方修正のテコ入れを加えることは蓋し適切な施策だったと言えるだろう。

補足654:ここまでのロジックと対応施策、つまり「このような理由によってスペシャルデータにはクリスタルだけでも課金効率が2倍以上になるように中身を増強した方がいいのではないか」と2月25日アップデート前から執筆中のこの記事に書いていたのだが、実際にその通りの施策が打たれることになった。

もう一歩踏み込んで、この施策を意思決定するまでに必要な分析と、施策の影響を監視するためのモニタリングも一応考えておこう。

この施策が打たれたということは、アクティブユーザーを分母としたアルキアノン補給への課金率は許容水準を下回る低下傾向にあったはずだ。かつ、恐らくそれはユーザーがアルキアノン補給限定パートナーと競合するガチャ限PUパートナーを熱心に引いていた場合に顕著だったと思われる。

今回の改修によって直接の回復が見込まれる、アクティブユーザーに対するアルキアノン補給への課金率は時系列グラフでモニタリングしておきたいところだ。
ただしかなりユーザー有利な施策を打った割には開発者レターでしれっと言及されている程度でやや周知が甘い印象もあるため、回復が鈍足であればツイートやゲーム内ポップアップでよりはっきり明示してもいいだろう。

サブモニタリング対象として、毀損に備えてアルキアノン補給に課金したユーザーの他の課金量を監視しておいてもよい。新しく900クリスタルを享受するようになったユーザーにとって他の課金要素への需要が下がることは自然な流れだ。
とはいえこのアップデートは長期的なリテンションと短期的な課金ボリュームという質の異なるトレードオフを生じさせる施策であることから、ユーザーあたりの短期的な課金への毀損はある程度許容していいだろう(平均リテンションがN%改善したのと引き換えに平均収益がM%改悪したのを許容とする)。

「ゼロデータ」にも改善の余地があるのでは?

アルキアノン補給において少し気になるのは「スペシャルデータ」の上位版である「ゼロデータ」の位置付けだ。

スペシャルデータとゼロデータ

アルキアノン補給の有償オプションには通常版のスペシャルデータ(1220円)と上位版のゼロデータ(2480円)が存在し、ゼロデータではスペシャルデータの入手アイテム全てに加えて更にいくつかの特典が上乗せされる。

ただこの二つを見比べて思うこととして、ゼロデータへの上乗せ特典はだいぶ弱い。
アルキアノン補給が即時に10レベルアップするのは元々リテンションを取れているユーザーならそこまで嬉しくないし、「神の涙」5個も1日分今日のスタミナが補充できるだけなので、わざわざ課金するほど欲しいアイテムではない。結局、本質的な報酬は840クリスタルしか残らないように感じる。
840クリスタルは価値換算で1556円でしかないため、スペシャルデータからゼロデータへのアップグレードでの1260円の上乗せに関する課金効率は1.23倍程度しかない。これは他の課金商品全てに劣るレートであり、クリスタルとガチャチケの効率だけを考えるなら他の限定系商品と買い切り系商品を買い切ってからでもない限りはゼロデータを購入する意義はないことになる。

そのような商品が存在すること自体は必ずしも問題ではないのだが、バトルパス系の施策で最低効率を叩いているのはやはり勿体なく感じる。
バトルパスはユーザーのリテンションを稼げる貴重なポイントであり、とにかくゼロデータを買ってもらうことでログイン意欲を高めてもらえる副次効果は大きい。ゼロデータはあくまでもオマケ的な位置付けであってこれがないとスタート地点に立てないような印象を与えたくない見解なのであれば、プレイ上の正味価値には乏しい代わりに代替不可能性の高いエンブレムやデコレーション系のアイテムを与えてもよいだろう。

この施策を打つ際のモニタリング対象としては、施策前後でアルキアノン補給への課金者を分母としたときのゼロデータの購入割合を見れば十分だろう(恐らくあまり高くない)。サブモニタリング対象にバトルパス購入者のリテンションを加えてもよい。

ゲームサイクルについて

ゲームサイクルの話に移ろう。

ゲームサイクルとはユーザーをゲームから離脱させずにプレイさせ続ける流れを指す。ゲームジャンルごとに流儀は色々あるが、ソシャゲの場合はたいてい育成と戦闘がサイクルするようになっている。

典型的ゲームサイクル

ユニットの育成を行うとバトルコンテンツに挑戦でき、バトルで勝つと育成素材がドロップするのでユニットの育成が進み、ユニットを育成すると新たなバトルコンテンツに挑戦でき……というように報酬と目的が連鎖し続けることでやめどきをなくしてプレイヤーをゲームから離脱させないようにする。
逆に言うと、「これで一区切り」としてユーザーが離脱できるポイントを作ってしまうのはソシャゲとしてはあまりよくない。最新分まで全てクリアしたユーザーが暇になってしまうのは一定仕方ないが、まだまだコンテンツが潤沢な開始初期はなるべく円滑にゲームサイクルを走らせてベロリンガのようにユーザーを拘束し続けたいところだ。

ちなみにユーザーのお財布事情によって色々な選択肢があった課金体系とは異なり、ゲームサイクルは基本的にはユーザーごとに異ならない。ソシャゲは何としてもガチャを回してもらわなければ収益が生じないため、売り切りのゲームほどユーザーに遊び方の自由度を与えられないからだ。

カオゼロのゲームサイクル

全体像

カオゼロのゲームサイクルはだいたい以下のような感じになっている。

ゲームサイクル

三層に分けて図示してみたが、最近よくあるセーブデータを作成するタイプのローグライトゲームと言える。
「カオス」と呼ばれるローグライトダンジョンに挑戦することでセーブデータを作成し、そのセーブデータを用いてバトルコンテンツに挑戦する流れだ(詳細は後述)。また、カオスやバトルコンテンツのクリアによって育成素材を手に入れたりプレイヤーLVを上げたりでき、それによって更にカオスやバトルコンテンツのクリアが容易になる。

つまり「カオス攻略」「バトルコンテンツ挑戦」という二つの遊び方が内包されている。まず各々について見ていこう。

「カオス」の遊び方
「カオス」のゲームサイクル

いわゆるローグライトダンジョンのパート。マスを進んで戦闘やイベントをこなしていく。

カオス登頂画面

メインとなる戦闘はStSフォロワーであるクロノアークに最も近いバトルシステムになっている。3人1チームで挑戦し、カオスを進む道中で初期デッキを強化しながら、最終的にラスボスを倒せばクリアとなる。カオスはソシャゲらしからぬボリューミーさがあり、一周に一時間以上要求することもざらにある。

ローグライトの常として豊富な選択肢を取捨しながらデッキを強化してトリッキーなシナジーを組んでいく一方、よりソシャゲらしい要素としてはユニット育成のウェイトが普通にかなり高いことがある。
既に限界まで育成を終えているヘビーユーザーを除き、カオスのクリアに失敗したときに見直すのは戦略というよりはまず(カオス登頂以前から付与されているキャラの基礎ステータスであるところの)レベリングやビルドだ。

「バトルコンテンツ」の遊び方
「バトルコンテンツ」のゲームサイクル

カオスの道中で作成したセーブデータでバトルコンテンツに挑戦するパート。
StS風に言えば「登頂を終えたデータをセーブしてもっと強力なボスとのタイマンに挑戦できるモード」だが、ソシャゲ風に「ウマ娘やステラソラみたいなやつ」と言ってもいい。このバトルコンテンツでは「キャラの育成状況」と「カオスで作ったセーブデータ」の両方が問われるため、育成構造が二重になっているとも言える。

セーブデータ選択画面

こちらは主にはカオス本編を問題なくクリアできるプレイヤーのためのワンランク上の遊び方という趣きが強い。基本的にはカオスをちゃんとクリアしたセーブデータがバトルコンテンツでも強くなるので、セーブデータ作成が捗るのはカオスを安定してクリアできるようになってからだからだ。
カオスの登頂時にはイベントやドロップに乱数が絡むため、最良のセーブデータを求めてカオスを周回するのがヘビーユーザーのよくある姿になっている。ユーザー攻略もカオス登頂というよりは最強のデータを作るためのテクニックの方が比重が大きい印象がある(最強セーブデータの青写真を定義してそれを成功させるための道中の進み方を考える)。

なぜ二つの遊び方があるのか?

カオスの遊び方に「カオス自体の攻略」と「バトルコンテンツに用いるセーブデータ作成」という二つの側面があることに言及している感想には以下のようなものがある。

 カオス探索を何度も周回する理由は,より強いセーブデータの獲得のためだ。自分だけの無敵のセーブデータを手に入れて,圧倒的な武の悦楽をもってコンテンツを攻略したい。そして頂上の景色が見たい……。
 そういう気持ちもあるが,私にとってこれは建前だ。
 ほかのファーストたちがどう思っているのかは分からないが,私は今のところ,セーブデータがただの副産物と思えるくらいに,カオスを探索すること自体が楽しい。StSをはじめとする,クリア報酬などない,更新要素はあれど引き継ぎ要素もない,純粋なデキローを愛する人間としては,高品質なデキローをプレイできる。それだけでご褒美なのだ。

(4gamer.net『なにがカオスだよと挑んだら可処分時間がゼロになってた。悪夢のように面白すぎる「カオスゼロナイトメア」で人生崩壊しそう【PR】』、注:デキローとは「デッキ構築ローグライト」の意)

さて、そもそも何故StSのようにカオスのランをエンドコンテンツとする立て付けではいけないのか、そしてその前提で(アイアンクラッドやディフェクトのような)使用可能キャラを毎回のガチャで供給していくような立て付けでは何がマズいのかを考えてみよう。

大雑把に言えばそれではソシャゲとしての運営が難しいからで、その具体的な理由は二つ考えられる。
一つはレベルデザイン調整が難しすぎるためだ。ガチャは通常の販売計画では15~20日に1体程度のペースでリリースしていく必要があるが、キャラごとに異なる特性を持たせながら度重なる試行錯誤を前提として質的に異なる攻略の深みを持つキャラたちをそれだけのハイペースで供給するのはあまり現実的ではない。
もう一つは、1キャラあたりの攻略があまりにも奥深すぎるとガチャが回転しなくなってしまうことだ。アイアンクラッドやディフェクトに匹敵する深みを持つキャラを月に2回ペースで売り続けることが可能だったとして、ユーザー側がそのペースでキャラをしゃぶり続けるのは難しく、次のガチャを回すよりは直近で引いたキャラをもっと極める方向に進んでしまうだろう。

そこでカオス自体はStSよりは簡単にクリアできるようにして、周回によるセーブデータ作成の方にウェイトを割り振ることで、レベルデザイン調整を容易にしつつガチャの回転も期待できるというソシャゲらしい立て付けが可能になる。
二つの遊び方があることでキャラ評価に「カオス攻略適性」「セーブデータ作成適性」の二軸が生じるという副次効果も見込める。

補足655:一般にガチャで売るキャラの評価軸は複数作っておくに越したことはない。なるべくインフレを抑えつつ(≒型落ちを防ぎつつ)将来に渡って大量のユニットを供給できるようになるからだ。

ゲームサイクルからの施策分析

育成の緩和について

ところで、いずれの遊び方にしてもゲームサイクル上でわざわざカオスに自己ループ矢印を書いたのは、カオスはそれ自体でプレイのモチベーションを喚起できるからだ。
つまりユーザーは「育成素材を集めたい・プレイヤーLVを上げたい」と思ってカオスをプレイするというよりは、もっとシンプルに「カオスをクリアしたい」「カオスで良いセーブデータを作りたい」と思っていると考えた方が妥当だ。カオスを走る目標は一度達成したとて減衰しない、つまりカオスに潜る行為だけでユーザーを十分に拘束し続けることができるために要素単独でサイクルを構成できると判断している。

こうした設計は売り切りのゲームに近いかなり健全なゲーム体験を提供する一方(ソシャゲはそれ自体は特に面白くもない不健全なゲーム体験を提供する方が一般的と言っている)、却ってソシャゲライクな設計との歪みを生んでいる側面もあり、それは「育成が邪魔問題」である。
ソシャゲ的な見方においては育成要素は「育成して攻略するぞ」というポジティブなブースターであってほしいのだが、カオゼロにおいてはカオスがちゃんと面白いが故にカオス単独でも遊べることがかなり早い段階から期待されてしまい、育成が単に「攻略するためにこなすべきノルマ」というネガティブな枷になってしまう側面がある。

育成の大幅な緩和施策が何度かリリースされているのはそのためだろう。
冒頭でも触れた育成コストをローンチ時の仕様から約80%引き下げる異常な緩和施策のほか(→)、直近でも育成をスキップしてキャラを一定成長させて使えるようにする機能が追加された(→)。
今後も育成とプレイの状況からユーザーがカオスの面白さを体感する前に離脱していないかをもモニタリングし、凶兆が見えた場合は別種の緩和施策を考えるような付き合い方が不可欠なはずだ。

二つの遊び方が混在するデメリット

「カオス攻略」「セーブデータ作成」の二つの遊び方が存在することについては、メリットだけではなくデメリットも存在すると思われる。

一つは、セーブデータ作成に軸足を移した分だけカオス攻略がだいぶライトになっていること。
正直なところ、ユーザーの腕前を問う実力型ローグライトとしてのカオゼロはそこまで深いゲームではない。StSの深さを100とするとクロノアークは150くらいでカオゼロは10くらいだと思う。道中の選択肢は一見すると多いように見えるが、実はキャラごとの既定選択肢を解放していくだけなのでそこまで差分が生まれないし優秀な選択肢もだいたい決まっていて、カオスのクリア自体にビルドがめちゃめちゃ問われることはない。

もう一つのより本質的な問題は、「カオス自体の攻略」と「セーブデータ作成」のゲームサイクルが噛み合っていないこと。つまりさっき二つの遊び方をサイクルとして分解して図示したが、一回のカオス登頂で両方を同時に遂行できるようにはなっていないのだ。
具体的に言えば、「カオス攻略観点では強いが、セーブデータ作成観点では強くない」行動はたくさんある(逆も然り)。
例えばストレスを下げるカードはカオス登頂には役立つがバトルコンテンツではほとんど役に立たないし、何度も戦闘を行うカオスでは耐久寄りの選択肢が肯定されやすいのに対し、バトルコンテンツは一本勝負なので攻撃寄りの選択肢が肯定されやすい。
また、3キャラ1チームで編成する割にはセーブデータは1キャラごとに独立して利用する仕様の問題もある。カオスを攻略する上では全キャラをバランス良く強化したいのだが、セーブデータ利用時にはどうせ1キャラごとにしか使わないので強化を集約させた方がいい。

ただそれ自体が常に悪いわけではなく、あくまでもユーザーとの相性ではある。
遊び方を柔軟に切り替えられるヘビーユーザーにとっては、同じカオスを全く異なる目的意識で登頂しなければならないことは遊びの幅を広げるメリットになるだろう。一方でStSフォロワー期待で入ってきてカオス攻略だけに重きを置きたいユーザーや、ローグライト自体にそれほど慣れておらず登頂だけで一苦労であるようなユーザーにとっては、求めていない目的のために求めていないプレイを強要される節がある。

補足656:俺も含めた周囲のStS好きに限って言えば、皆が消えていったウィークポイントはここである。

デメリットを解消する施策は可能か

いずれにせよ、確実な改善が必要というよりはユーザーの定着状況を見ながらターゲットを明確にする方が望ましい部分だが、二つの遊び方があるという良さ自体は消さずにデメリットを消して受けを広くするために可能な施策はいくつか考えられる。
例えば、「カオス攻略では強いが、セーブデータ作成観点では強くない行動」を「カオス攻略でも強いし、セーブデータ作成観点でも強い行動」に差し替えるような機能を実装すればよい。カオス攻略後の清算時に登頂自体の評価を(ラスボスを倒したかどうか以外にも)複数盛り込んでセーブデータに反映したり、やりようは色々あるだろう。

これに近い施策として、2月頭のアップデートで既にセーブデータを調整するアイテム「可能性の閃光」が登場している(→)。

可能性の閃光

追加時点ではキャラリワークに伴う補償という色が濃いが、今後はゲーム内アイテムとして入手可能にする旨も告知されている。告知段階では目的は厳選の緩和にあると明示されているが、厳選勢ではなく登頂勢の選択肢を広げるアイテムとして配布されるのかどうかは気になるところだ(例えばうまくカオスを登頂した場合のボーナスとしては配布されるのか?)。

ただ、こうした施策が必要かどうかや、実装後にきちんと機能しているかどうかを直接モニタリングするのはやや難しい。
二つの遊び方がカオス登頂という同じ行為に集約されているため、例えば「カオスは積極的に登頂していたが、セーブデータ作成には踏み込まずに消えていったユーザー」を定義してボリュームを見積もったり、「セーブデータ作成の作成に熱心ではなかったのは、行為自体が合わなかったのか、セーブデータを作成するつもりはあったがそこまで極めなかったのか」を区別するのは不可能に近い。

この辺りはユーザーアンケートに頼るのが一番良いのかもしれない。「カオス登頂に不満はありますか」という設問に対して「セーブデータ作成のためだけの登頂が性に合わない」ことを示す項目をいくつか盛り込めばよい。

2026/2/15 2026年1月消費コンテンツ

メディア別リスト

書籍(2冊)

ゲームデータアナリティクス よりよい開発・運営に向けたデータ分析の教科書
測度・確率・ルベーグ積分 応用への最短コース

アニメ(5話)

わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?)(第13~17話)

映画(2本)

トワイライト・ウォリアーズ 決戦! 九龍城砦
超かぐや姫!

良かった順リスト

人生に残るコンテンツ

(特になし)

消費して良かったコンテンツ

測度・確率・ルベーグ積分 応用への最短コース
わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?)
トワイライト・ウォリアーズ 決戦! 九龍城砦

消費して損はなかったコンテンツ

(特になし)

たまに思い出すかもしれないくらいのコンテンツ

超かぐや姫!
ゲームデータアナリティクス よりよい開発・運営に向けたデータ分析の教科書

以降の人生でもう一度関わるかどうか怪しいコンテンツ

(特になし)

ピックアップ

超かぐや姫!

記事を書いたのでそちら参照。
saize-lw.hatenablog.comネットでは称賛の波が一段落したあとにブームで知って見た人がネガティブな感想を発信するフェイズになってきているが、それもわかる話でもあるし、俺も魂の評価は否寄りではある(特に響いていない)。
ただ、この映画に限らずせっかく何かやって何も残らないよりは無理をしてでも何か残した方が自分にとっても他人にとっても有益なので何かを残そうとしている。

わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?)

ええやん

劇場に見に行くほどではなかったので配信が始まってからニコニコで見たが、ぼちぼち面白かった。
遂に香穂ちゃん(水色のガキ)のメイン回が来て良かった! 香穂は好きすぎるけど他のキャラは割とどうでもよくてここまでだいぶ惰性で見ていた気がする。
れな子視点だと香穂は「同じ趣味を持ち無駄に告白してこない仲良し親友枠」ということであまりにも安牌すぎるが、まだその時ではないというだけで結局この後は告白してくる流れになっていくのだろうか。どうせ二期もやるだろうから続きに期待。

第12話から引きになっていた紫陽花さんと真唯との関係が「暫定的にポリアモリーを選択し、かつ、それは別に手放しで喜ばれてはいない」というのは相当上手い落としどころだと思った!!

ちゃんと「なんだこいつ……」って反応なの良すぎる

ここではっきり言っておきたいが、「どうせ全員美少女だから皆仲良くなった延長で皆付き合ったことにしてもいいでしょ(百合ってそういうものでしょ)」という美少女動物園的な見方はかなりナンセンスだと思っている。確かに百合ものにおいては、時には強い意図の下で恋愛と友愛の区別がなあなあにされるし、それを期待する風潮すらあるが、わたなれに限ってはその読みを明確に拒絶しておきたい。

というのも、「恋愛と友愛の区別」はタイトルから提示している作品最大のテーマであり、それ故に「恋愛と友愛の区別をなあなあにしない」という約束は読者との間で取り交わした鉄の契約だからだ。
そこが他の凡百な百合作品からわたなれを峻別する最終防衛ラインでもあり、それが決壊した瞬間に(キャラ萌えの読者は喜ぶかもしれないが)わたなれの批評的な存在意義は消滅する。

補足647:それは別によくない?

そしてアニメ最新話時点でのポリアモリー路線も、「恋愛と友愛はどう違うのか」という最大のテーマに照らせば、少なくとも当面は「ポリアモリーと日常系はどう違うのか(美少女たちが一対多の交際関係を結ぶことと、美少女たちが集まって仲良くしていることはどう違うのか)」という下位種として変奏されるものと期待せざるを得ない。

紫陽花さんと真唯がれな子の提案を手放しには喜んでいないこと(故にまだ掘り下げる余地が大いにあること)を上手い落としどころだと評価したのもその文脈においてである。
紫陽花さんと真唯は少なくとも友人関係としては非常に強い絆を持っていながらも、ポリアモリーに対しては一定の抵抗を示している。つまり二人にとって友人関係と恋愛関係は全く別物であるという前提の下、れな子の提案は完全な恋愛文脈において(一般的にはあまり推奨されない)ポリアモリーを指していると正しく理解されたため、やや引き気味の反応を返したと言える。

言い換えれば「百合だからOK」という浅薄な理由ではポリアモリーを安易に受諾しなかった適切なる両名において、次に検討されるのはポリアモリーの是非だろう。
「恋愛において一対一ではなくポリアモリーになったとき本質的に何が問題なのか、それは解消できるのか、それとも受け入れ難いのか」というテーマに今後は取り組まれることを期待したい。俺も二期までにはポリアモリーの哲学を多少は勉強しておく。

ゲームデータアナリティクス よりよい開発・運営に向けたデータ分析の教科書

転職時に内定をくれたThinkingData社の運営型ゲーム分析本。
ThinkingData社はアプリ会社向けのサード分析エンジンThinkingEngineをメイン商材としておりその販促という趣きもあるのだが(自社エンジンによる分析例がたびたび出てくる)、書いてあること自体は妥当なのでそこまでポジショントークに身構えなくてよい。

ソシャゲのビジネスやアナリティクスについて論じた日本語の本は昨今かなり貴重だ(テック系の本は常に一定数出続けているのだが)。
15年前くらいのイケイケだった頃は「これからはソシャゲビジネスの時代や~!」みたいな調子こいた本が何冊も出ていたのだが、2020年前後から中韓に全てをブン取られて「もう終わりだよこのレッドオーシャン」というお通夜状態になってからは語る元気も失われてしまった。
ちなみにコンシューマーに関しては国内のビジネスが概ね好調なため桜井政博を筆頭に色々なクリエイターが本や動画で語る風潮がむしろ強まっているが、そっちはソシャゲとは畑が違うお隣の業界の話くらいに思ったほうがいいと思う。コンシューマーとソシャゲはアニメとソシャゲくらい違う(と、俺は思っている)。

この本も書き出しの1ページ目1行目から既に負け戦である前提でなんとか立て直すために分析を真面目にやりましょうよというスタンスを取っているのは大いに頷ける(ちなみにこの本は運営型アプリゲームのみをスコープとしているので文中の「ゲーム」は「ソシャゲ」と読み替えてよい)。

日本のゲーム会社が海外のゲーム会社に太刀打ちできていない現状は、多くの人が感じていることかもしれません。かつての日本のゲーム会社は、世界に先駆けて技術を駆使し、世界中の人々を魅了するコンテンツを提供して、現在のエンターテインメントの礎を築いたと言えるでしょう。現在では、海外のゲーム会社の存在感が増し、さらには、日本市場においても海外にゲーム会社がそのシェアを伸ばしています。

続く内容もよくまとまっていて運営型ゲームに必要な分析観点及び手法が網羅されている。

ただ、俺自身はゲーム運営もデータ分析も両方職にしたことがあるために対象読者層ではなかったかもしれない。
この本は固有の主張があるというよりは抜け漏れがないように広く浅くさらうタイプの本で、かつゲーム特有の観点について語っているというよりはウェブ系のサービス全般で成立する話をゲームの語彙で語っているだけなので、俺にとっては「それはそう」という話が多い。
逆に言えば異議のある点も特になかったので、ゲーム分析かデータサイエンスのいずれかに詳しくない人は目を通す価値があるとは思う。

たぶん対象読者層ではなかったという前提で希望を言えば、データ分析フレームワークの一般論というよりはもっとゲームドメインに固有の事情に踏み込んだ内容だったら俺は嬉しかったかもしれない。
例えばA/Bテストが極めて困難なのは明らかにゲームに特有の顕著な特徴だが、その辺りはあまり考慮されていなかったように思う。つまり「このユーザーには武器Aを配布するが、あのユーザーには武器Bを配布する」というような施策はかなり難しい(PvPではもちろんPvEでも)。A/Bテストで確かめたいほどの性能差があるなら尚更だ。

補足648:データ分析に詳しくない人のために一応書いておくと、「二つある陣営のうちユーザーが一つを選択して陣営固有の武器を受け取る」というやり方では意味がない。A/Bテストではユーザーをランダムに割り当てることが本質的に重要なため(RCT実験条件)、「ユーザーの意志も運営の意志も介入しない運否天賦のランダムな決定」以外の手段は不可となる。一応、ルーレットか何かを回させるUIを経由すれば一定の納得感は得られるかもしれないが。

他にも分析によって導入された施策改善などの超具体的な個別事例の話がもっと読みたかったが、そこに触れにくいのも分析コンサルティングというよりは分析エンジン販売を行うThinkingData社の役割上やむを得なかったのかもしれない。白石さん、その辺りも聞きたいのでそろそろ飲みに行きません?

測度・確率・ルベーグ積分 応用への最短コース

まあまあ面白かった。
最短コースというタイトルに偽りなく、データサイエンスに要るのか要らないのか諸説ある測度論を気持ちメインで優しく教えてくれる(脱線はぼちぼち多いが本線は短くなるように配慮されている)。
特に第一章でルイス・キャロルを引いて「測度論を導入することで解けるようになる易しい問題」を提示しているのが限りなく優しい。結局数学徒のフェチズムを満たす以上に何ができるのかがデータ系の実務家が気にしていることだ。

確率を和集合ベースで捉えることによって面積や体積と同じ数学的構造として解釈でき、「全体集合:そもそも何があるのか」「σ-加法族:測れる組み合わせのリスト」「測度:定規」を揃えれば確率概念を構成できるというのは何の違和感もなく腑に落ちる。
そしてそれらは集合と関数によって基礎付けることができるために、解析的な知見を用いた厳密な議論にも耐えるようになる。とりわけ無限や点が絡んだ状況において効力が発揮され、(確率密度関数のリーマン積分という直感的な理解以上の)説得力を伴えるようになる。

個人的には条件付き期待値に対して新しいイメージを持てたのが良かった。
測度論における条件付き期待値は具体的な条件が分かった時の値ではなく、具体的な条件の粒度に対して部分σ-加法族を用いた異なる確率変数として定義される(値ではなく確率変数であるのが重要)。
例えばサイコロの目はそのままの粒度だと確率1/6ずつだが、粗く偶奇だけわかる粒度のときは確率1/2ずつを割り当てるのが穏当だ。そう思うと、ふだん使っている全事象における確率というのも元は当初の粒度を所与として適当に決めたものであるし、逆に細かく条件を割り付け直すことも可能なはずだ。
つまり条件付き確率という状況だけが特殊なのではなくて、一般に確率とは条件すなわち取得可能な情報の粒度に依存するという描像が得られる。

全体的に厳密な証明を省き気味なのはむしろありがたいくらいだが(実務者だから)、その中でも可算無限の議論は全くよくわからなかった。
証明が省略されたから中間のロジックがわからないという話ではなくて、文中で「可算無限」の定義に用いられる「自然数と対応付けられる」という日本語が何を言っているのかがわからない。「自然数との対応」自体に厳密な定義があって対角線論法はそれを検証できるだけなのか、それとも対角線論法に引っかかることが「自然数との対応」を否定することと等価なのか?
てかこの辺の無限の濃度の議論も学生時代よくわかんなくて「まあ無限とか存在しないからいいでしょ」とか言って捨てた記憶がある。解析学をあまり真面目にやってなかったツケが回ってきたが、言うて依然としてそんなに興味ないので支払う意欲が湧かない。

トワイライト・ウォリアーズ 決戦! 九龍城砦

  • ルイス・クー
アマプラに来たので見てぼちぼち面白かった。
あまり言った記憶がないが、俺は家に写真集を買って置いているほどの九龍城ファンでもありその点からも満足だった。

ストーリー自体はそんなに深くもないというか、「親の罪を子の罰で清算する(見せしめにするならまだしも親は既に死んでいるのに)」という(儒教的な?)敵方唯一の原動力自体が全然よくわからないが、そういう恨みの意味不明さはカンフー映画らしくもある。
西部劇とかカンフーはだいたい主人公をはっきり恨んでいる明確なラスボスが一人いる立て付けのことが多いが、その恨みが妥当な理由だと主人公サイドにもそれなりに非があったことになって視聴体験があんまり気持ちよくないので、訳わからん逆恨みとかになりがちだ。

ということでストーリーではなくアクションに焦点を合わせると、そこは全編を通してちゃんと面白かった。
俺は映画の戦闘シーンにはかなり飽きやすい方で、何となくドンパチしてたり殴り合ってたりするシーンが一分くらい続くともう欠伸が出てくる。だからわかりやすく手を替え品を替えてほしいのだが、そういう質的な変化をいちいち取り入れていたのが偉い。
例えば武器を次々に持ち替えていったり、敵のラスボスが硬化(気功?)みたいな謎の技を持っていたり、あとジジイが強いのが一番良かった。ジジイが強いのがこの映画の面白さの9割だと思う。

これはカンフー映画に限らないが、引退したジジイとか事務系の非戦闘要員とか後ろに隠れてたヒロインとか、戦えそうにないやつがちゃんと戦えるし謎にクソ強いときが一番面白い現象が一般にある! 引退したジジイ連中が全員揃ってかなりの肉弾戦をこなせるし、特に小物っぽいデブが全然クソ強いのが一番盛り上がった(逆に主人公は最初から明らかに戦えるのでけっこうどうでも良かった)。
有識者によるとジジイたちが強いのは過去の有名カンフー俳優を輝かせるファンサービスという文脈もあるらしいが、そういうのを全然知らなくてもエンタメとしてよく機能しているのが両受けで良かった(一般にコアユーザーと初見ユーザーを同時に喜ばせることは難しいため、その成功ギミックは価値が高い)。

生産コンテンツ

俺の一次創作の設定をまとめて頂いている謎のありがたいファン有志サイトが更新されて『席には限りがございます!(にはりが)』の情報が追加された。ありがとうございます。


scrapbox.ioこれでテンションが上がって、前から良い機会があったらやろうと思っていたなろうへの投稿を始めた。良い機会があったら読もうと思っていた人はこの際によろしくお願いいたします。
https://ncode.syosetu.com/n7305lr/

厳密に言うと、なろう版は読書会でのフィードバックを受けてアルファポリス版に加筆修正した版になっている。キャラ描写とか会話を細かく改善しただけで、99%以上はアルファポリス版と同じだし設定周りなどの重要な枠組みは何も変わっていない。
作品に複数版が存在する状態はどれが正なのかわからなくなるのでかなり好きではないのだが、せっかく改善した版がある状態で別サイトにもわざわざ改めて投稿するのであればそっちを使った方がいいという判断が勝った。

もし既読で差分だけ確認したい人がいたら全部読むのはダルすぎるので、修正した箇所だけまとめておく。変わったところだけ見たい人はここだけ見ればOK!

・第2話:各人の所信表明をもっとキャラの造形や目的に即したものに修正
・第24話:龍魅と小百合が協調する理由の説明をもっとわかりやすく修正
・第31話:姫裏と灯との絡みを自然にするために姫裏と撫子の婚活トークを追加
・第39話:穏乃の好感度を下げすぎないために穏乃が涼の怪我を気にする描写を追加
・第44話:ヘイトコントロールのために涼と穏乃の会話を追加
・第52話:霙のキャラをよりクリアにするために内言を追加

あとだいぶ前に書いた『死亡遊戯で飯を食う。』の二次創作『スプーキーフォレスト(15回目)』もアニメ化効果によってファン界隈でだいぶ読まれるようになったので、これもハーメルンにも投稿してみた。こっちはこっちで読んで感想をくれる人がいたりしてリーチを広げる効果を感じる。
syosetu.orgちなみにこっちはpixiv版とハーメルン版の差分は全くないので、どちらかで読んだ人がもう一方を読む必要も全くございません。

26/2/7 超かぐや姫の感想(ネタバレあり) 言うほどパンケーキ食べたいか?

※この記事には『超かぐや姫』のネタバレが含まれます

ネトフリに加入して超かぐや姫を見た。
まあまあ面白かった、ヤチヨと乃依が好きです。

ハマり役

別に声オタではないが、今まで数多見てきたCV早見沙織キャラの中で一番ハマっていた気がする。安定してるけど安定しすぎて却って無機質にも聞こえる特殊な声質がAI歌姫というキャラにフィットしている。

3秒止まったら死ぬ映画

捲し立てるようなセリフ、オーバーに強調される動き、ひたすら輝き続けるエフェクト。
あの手この手で有り得ないくらい動き続けるので刺激を求め続けるドパガキにとても優しい。その割には作画が全然崩れないのも偉く、何の小細工もなく単なる質で二時間以上押し切っているのは異様ですらある。これがネトフリマネーの力なのか?

一番止まらない人

動かない会話シーンですら動きっぱなしなので、動くシーンでは動くどころではない。
ライブパートでふつうに歌って踊ることすら拒絶し、歌唱や進行にことごとくアレンジを加え、いくつあるのかもわからないカメラが視界を落ち着けることを許さない。
中盤のクライマックスとして、ポケユナ系のチームバトルゲームをモチーフにした合戦パートも圧巻だった。それまで単なる人気者でしかなかったヤチヨが初めて実力と人格を披露し、イロハとミカドの兄妹関係も明らかになってキャラ同士の関係も動き出す。
全てが見せ場のような作品なので人によって好みは大いに分かれそうだが、俺は合戦シーンが一番楽しめた。

「極めて現代的」という月並みなフレーズ

自分で言っていても陳腐な言葉だとは思うが、やはり「極めて現代的」という月並みなフレーズを使わずにこの作品を令和8年に語るのは不可能に近い。

補足639:「極めて現代的」とはその定義上いつでも使えるため常に陳腐な言葉なのだが(江戸時代でもシャポポ時代でも使える)、しかしそれが発された瞬間に限っては今ここを無前提で最も正確に語る言葉でもある。ちなみに、この両極は時間そのものの性質に由来する。

情報量が多いショート動画的な進行に加え、AIやアバターやバーチャルやライバーといった現代的なモチーフがふんだんに登場することも月並みなフレーズを用いる理由に加えてよい。
しかし真に現代的と評すべきなのは、単にそうしたモチーフが現れることというよりは、むしろそれらに大した関心を向けていないことかもしれない。

例えば、大人気ライバーであるヤチヨが「AItuber」であることは誰も気にしていない。イロハは何の衒いもなくAItuberを推していて、「中の人」がいるとかいないとかいう、AIやアバターにありがちな問題意識は最初から存在していない。
中の人が気にされないのはヤチヨ以外のキャラについても同じだ。かぐやはアバター利用と並行して顔出しでも活動しているし、ツクヨミでの友達はリアルでも友達。
強いて言えば「ミカドはイロハの兄だった」という種明かしは「中の人ギミック」に見えるかもしれないが、しかしこれもよく考えるとアバターに由来するものではない。本人たちにとって兄妹関係は最初からお互いに了解されているし、他の人たちにとってもアバターを用いなければ生じなかった事態ではないからだ(リアルでの種明かしと特に変わらないということ、ヤチヨ=カグヤについても同様)。
総じて、アバターを扱う割には「中の人問題」が等閑視されている印象がある。「中の人はいったい誰なんだろう」という関心や、「リアルとアバターのギャップが凄い」というキャラは描かれない。

もう少し大きく語るなら、「バーチャルを扱う割にはその虚構性には全く踏み込まない」と言ってもいい。
バーチャル空間ツクヨミはリアルと地続きで存在するちょっと華やかな空間でしかない。リアルのステータスとネットのステータスは概ね一致していて、VRからARへはシームレスにスライドできるし、ツクヨミに出かけるのは渋谷の繁華街に出かけるのと大差ない。バーチャル空間そのものを物珍しそうな目線で見つめる時代はもう終わったのかもしれない。

いつでもどこでもお友達ズ

まだまだある。中盤の展開を牽引したライバーのフォロワー獲得争いにおいて、アテンション・エコノミーに係る課題は全く描かれなかった。
ヤチヨとのコラボという報酬が法外に有益であることは多くの者たちに認識されていただろう。超人気ライバーとのコラボによって人生を変えたい人、莫大な富を得たい人、承認欲求を満たしたい人は無数にいただろう。そこを切り口としてライバーというテーマを掘り下げることも可能だったはずだ。少し前までのアイドルコンテンツでは、キラキラした見かけと対比させてドロドロした裏面を描くのが流行っていた。
しかしこの作品ではそういうシリアスさにカメラが向くことはない。カグヤには人気者としての天賦の才があって、イロハには裏方としての天賦の才があって、友達は二人ともインフルエンサー、それで終わり。

補足640:主人公とヒロインを両方とも女性にしてカジュアル百合の文脈に仕立てたこともここに並べていいかもしれない。協調するのが男女だったりシットリした関係の女同士だったりすると恋愛感情に係る駆け引きとかを深読みされるのが面倒臭いが、友達程度のカジュアル百合ならフラットなままでメインキャラ同士の信頼関係を把握できる、つまり「恋愛問題」を掘り下げずにいられる。ちなみにここで俺が言っているのは「少なくともマジョリティはレズビアンの真剣な恋愛を念頭に置かないだろう」という推定までで、「マジョリティはレズビアンの真剣な恋愛を念頭に置くべきではない」という規範については何も述べていない(このポリティカルな留保が必要な時代なので補足に回した)。

それはもう問題じゃないから、フラットに行こう

つまりこういうことだ。
AI、アバター、バーチャル、ライバー。そういう現代的なモチーフは扱う。
しかし、AI問題、アバター問題、バーチャル問題、ライバー問題。そういう現代的な問題は扱わない。しかしなぜ?

一つには、単にそれらのトピックが登場してからもうだいぶ時間が経ったのが令和8年という現在地だからだ。
真に浸透したものは透明化するものだ。わざわざアバターについて深く考えて穿ったことを言ってしまうのはまだアバターを見慣れない世代だからで、最初から「そういうものがある」という認識になればいちいち意識することもなくなる。

補足641:ベンヤミンの映画論とかを読んでいるとき、「何故そんな当たり前すぎることをわざわざ感慨深そうに言っているのか」と温度感に引っかかることがあるのに似ている。スローモーションという概念がまだ新しい世代はその効果を考えずにはいられないが、生まれたときからスローモーションを目にしていた世代はわざわざ意識に上げて焦点化しない。

もう一つは、種々のトピックが持つ負の側面をオミットしたかったからかもしれない。
トピックを掘り下げたとき生じるそれらしいテーマ、「問題」とか「論点」とか「葛藤」とかいうのはいずれも対立ではあって、対立であるということは考え方が分かれ得る。AIの人格をどう見るか、アバターの中の人についてどう考えるべきか、バーチャルからは何を得るのか、ライバーとの距離感はどう保つべきか。
鑑賞者が持っている一家言と作中でうっすらとでも称揚されたテーゼが噛み合わなかった場合、視聴体験に不要な軋轢を生じてしまう。

補足642:旧エヴァに精神を破壊された世代がバーチャル空間を扱う映画を見るたびに「現実に帰れ」という幻聴を聞いてヒステリー発作を起こすように。

安直な社会反映論に持ち込む気はないが、そういう礼儀の感覚を現代的と言って怒られることもないだろう。地雷が埋まっていそうな話、シリアスになりそうな話、思想がありそうな話、そういうリスク因子はお互いに不快にならないように避けて通った方がいい。

やっぱクリエイターというよりはマーケター

ところで、ここまで感じたような印象は監督自身がもうだいたい語っていることでもある。
kai-you.net例えばあの手この手で関心を引き続けることの重要性、そして闇っぽい要素の不要性については以下の通りだ。

盤外戦術の部分で知名度を上げて、この後にあのキャラクターや曲が出てくるんだって期待を持ってもらった状態で、やっと耐えてもらえるのが24分という時間。この工夫ができなかったら無理な構成ですし、いかに興味を持続してもらうかは原作の無いオリジナルなら絶対に気にしなくてはいけないポイントです。

全体の傾向として、なんとなく雰囲気が重苦しいものが多いとも思っていたので、絶対に暗い雰囲気の作品にはしないようにしました。やはり人間の闇みたいな部分を思い切り表に出すと、単純に見ていたくなくなると思うんですよね。

こういうスタンスをあっけらかんと語るところはクリエイターというよりはマーケターに近いと思う。
「面白いから見てくれるだろう」という甘えがなく「見てもらうにはどうすべきか」「見る人はどう思うか」を考え抜いていくタイプ、「やりたいこと」だけではなく「やるべきこと」を常に意識しているタイプ、商業的な成功に徹して分析的な最適解を打ち続けられるタイプ。
ちなみに直近のヒットコンテンツである『まのさば』のインタビューを読んだときも全く同じことを感じたし(→)、これはコンテンツ供給過多な現代において明確に成功パターンの王道なのだろう(マーケティングをクリアできなかったコンテンツは単に可視化されないという観測問題でもある)。

一応留保しておけば、俺はこういう商業最適なやり方を批判するつもりは全くない。確かにこれは大衆に阿った迎合的なやり方かもしれない、しかしエンタメが大衆に阿って何が悪い?
「マーケティングとクリエイティブは両立しない」というのも明らかに誤解である。もしそう思ったとすれば、質の低いクリエイティブが身の丈に合わないマーケティングによって目に付いてしまっただけだ。その二つが両取りできるということを示すには、『超かぐや姫』や『まのさば』を多くの人が面白いと思っているという事実だけで十分だろう。

補足643:しかし一応留保しておけば「世の作品が両取り作品だけになってしまっては面白くない」という数量的な問題はあると思う。確かに両立は可能だとして、それで可能なことの幅はそれなりに限られる(両立は制約ではある)。

補足644:ちなみにフォロワーが「こういう作家性で戦っていない作家の作品を批評しようとして批評がバグっているのをいくつか見た」というだいぶ面白いことを言っていて、それはいかにも有り得そうなことだと思う。批評にも無数のスタイルがあるが(批評の定義論争を今ここでやるつもりはないのでカテゴライズ周りは所与とするが)、そのうちのいくつかはマーケタータイプの制作者による作品に対しては厳しい立場に立たされるだろう。例えば、意図を鎹として作家と作品を結びつけるタイプのオーソドックスな批評はかなり機能しにくくなる。作家が「やりたいこと」よりも「やるべきこと」で作品を制作している以上、「この要素にはどんな意図があるのか」と問うたところで返ってくるのは作家の信条ではなく消費者の欲望だけかもしれない。他にも、作品から新たな概念やロジックを発掘しようとするタイプの批評もやや相性が悪い。既に広く共有された快不快への最適化を目指すことは、基本的には新たな論点を提起することの逆を向くからだ。

そうはいっても優しい世界

さて、いかに対立的な事柄が好まれない時代であるとはいえ、本当にシリアスな物事全てをオミットしてしまったら面白くないということには監督本人が言及している(マーケタータイプの監督は言語化能力が高いので自分で全部語ってしまう!)。

とはいえ、ただ単に明るくすればいいというものでもなく、たとえば物語の土台の部分にシリアスな設定があったとしても、察せる程度に表現するなど工夫できると思うんです。なので、暗い部分をなくすために嘘をつくのではなく、うまく隠すというやり方にこだわりました。

例えばイロハは親との関係が順調ではないし、ヤチヨは8000年分の巨大感情を抱えているし、カグヤもいつかは月に戻らなければならない。

しかしここでもコントロールが徹底しているのは、シリアスな要素の中でも「悪意の介在」だけは確実に排除していることだ、キャラが悪意に翻弄される展開は気持ちよくないから。「あっ、いま悪意の気配を明確に嫌ったな」と思ったシーンは二つあった。

一つは月の使者との戦闘。
「カグヤが月に帰らないといけない」というプロット上で最大の障害を実行する主体である月の使者は明確なヴィランであってもいいのだが、それが悪者に見えないように配慮され尽くしている。使者は人格のない無機的なイメージで描かれているし、カグヤ自身も帰還自体には納得しているし、直接戦闘も潤沢な作画リソースを用いてMV仕立てにすることで注目点を闘争から美術にズラしていく。

もう一つはカグヤの帰還失敗は物理的な事故でしかないこと。
8000年待機に繋がった原因もやはり人格的な主体による妨害ではない。業務のためにカグヤを拘束すると月の使者が悪意的な敵に見えてしまうのでその手段は取れず(実際、カグヤは業務を爆速で終わらせたらしい)、代わりに持ち出されるのはただの岩だ。無機物!

あとは中盤で「ここからはハードな展開になる」とヤチヨが明らかに視聴者へのメタ警告メッセージを発しているのも気が利きすぎている。
シリアスな設定を許容可能な範囲に制約した上で、それすらも匂わせる程度に留め、更にそれが描かれる前に注意喚起を配置しておくという三段仕掛けのサニタイズがある。

言うほどパンケーキ食べたいか?

そんなハードな展開の結末として、最終盤にはカグヤがタイムパラドックス的なものに巻き込まれて姿を消し、イロハが科学を頑張ってカグヤの肉体を取り戻す大団円に繋がっていく。

ただこの展開はけっこう不可解ではあり、X上でも疑問の声は散見される。

こうした「そもそも復活したカグヤって誰?(ヤチヨがカグヤなんじゃないの??)」という設定上の疑問をクリアするエクスキューズがどこかの資料で語られているのかどうかは定かではないが、幸いにもマーケターの作品であることを踏まえると商業的な判断としてやりたかったことは完全に理解できる。

「ハッピーエンドの竹取物語」というコンセプトを踏まえて月に帰ったカグヤを取り戻す展開は絶対にやりたい、あと2周目の視聴体験に向けてヤチヨのキャラを厚くするために8000年を背負っていることにしたい、しかしキャラクターIPとして3人ペアで売りたいので誰か1人を消えたままにはできない、その辺りの要請が合流したのがああいう展開だったのだろう。

パッケージ

さて、そんな終盤においてイロハがヤチヨ(≒カグヤ)に身体を与えることを決意した直接の理由は「ヤチヨは身体がなければパンケーキを食べられないから」だが、これはよく考えるとイマイチ腑に落ちない。ヤチヨに「バーチャルパンケーキは美味しいな~」と言わせてはいけない理由はないし、むしろ笑顔でそう言っている方が自然な気がする。

というのも、「ヤチヨがパンケーキを食べられない」という事態は、明らかに「リアルとバーチャルは味覚のような身体性の持ち方が異なる」とか「アバターないしAIの中の人には越えられない味覚の壁がある」とかいう攻殻機動隊のような古色蒼然としたバーチャル観やアバター観を前提としているが、それらはこの映画ではむしろ積極的に踏み越えてきたもののはずだからだ。
ヤチヨはAIと見做されていたときですら他のキャラと同じように豊かな内面を持つキャラだったはずで、「そうは言ってもバーチャルな存在は味覚のようにリアルな要素を持てないのだ」という説明には説得力がまるでない(視覚や聴覚や心情や信念は持っているのに!?)。

補足645:アバター技術がまだ味覚を再現できないことは序盤から説明されているが、それは元よりバーチャルな存在であるヤチヨが主観的に味覚を感知できるかどうかとは全く関係ない。

補足646:外野の「こうすればよかった」は基本的に戯言なので補足に回すが、せっかく冒頭でパンケーキを使った印象深いシーンがあったのにそこを回収しなかったのももったいなく感じる。イロハが貧困ゆえに作っていた水と小麦粉のクソパンケーキをカグヤがなんだかんだで気に入っていて、8000年間どうしても食べたかったけどバーチャルな世界ではどうしても再現できないとか、純粋に味覚だけの問題というよりは二人の絆を象徴するようなエモい読み方を提供しても良くなかった?

この辺りを批判的に見れば、視聴体験に負を呼び込む要素をオミットし続けた歪みが最後に表出してしまったと言うことはできる。
つまりトピックに係る論点と悪意を徹底して回避してきたためにクライマックスで乗り越えるべき課題を連続的には設定できず、今までフラットに透明化してきたはずのAIと人間の区別、ないしリアルとバーチャルの区別という手垢の付いた旧世代的な問題意識を密輸入せざるを得なかったと言ってもいい。

とはいえ、そういう軸で論点を設定してしまうこと自体が旧世代の的外れな期待なのかもしれない。最初から意識していないということは、その気になれば改めて意識できるということと必ずしも矛盾するわけではない。
何より「そうは言ってもこの映画流行ったでしょ?」で無効にできるのがマーケターの最も優れていて最も憎らしいところでもある。

26/1/31 人生の現在地6:年下と会話するとき言わなくていいこと3選

口を噤みがちな年上という立場

常人の数年遅れで適当に生きてきた俺も、いよいよ30歳を越えてくるとさすがに年上みたいな立場になることが増えてきた(今までが少なすぎた)。
会社ではメンターとしてインターン学生の指導をするようになったし、学生や新卒1年目くらいの人と会話してジェネレーションギャップを感じていることは稀によくある。

そういう状況でよく発生する事象として、なにか教訓めいた抽象的なことを言おうとして「いやこれは言わんでええわ」と思って口を噤むことがある。今これを言ったとて相手にはよくわからないだろうし、お互いに得をしないと確信しているからだ。
そして「なぜ年上は余計なことを言わない方がいいのか」みたいなことをさっきまで書いていたが、いま全部消した。「年上から余計なことを言われるのはウザいから」だけで十分だからだ。

よって「余計なことは言わんでいい」という規範はもう所与として、具体的に「余計なこと」の判定基準として使っているチェックリスト3選をこの記事に残しておく。

補足636:ちなみにこの記事は老害化対策一般について書き始められたが、それは本当に多岐に渡っていて一記事にはとても収まらなかったので、そのごく一部として年下と会話するときの対策だけ切り出された。

0. 前提:思考を保留できる相手なら何を言ってもいい

本題に入る前に一つだけ脱線しておきたい。相手がこれさえできていれば言わんでいいことを言ってもいいという条件が実は一つだけあって、それは「判断を長期的に保留できること」だ。
つまり訳わからんことを言われたときに「現状では何言ってるのかよくわからんし正直8割くらい嘘だと思ってるけど、それでも今わからないだけで将来的に意味が取れる可能性はあるので、しばらく頭の隅に置いておきます」という処理系を持つ相手には何を言ってもいいと思っている。

補足637:ちなみに「将来的に意味が取れる可能性がある」というのは、数年かけて考えなければわからないほど含蓄のある言葉という意味ではない。単に人生の段階や取得サンプル量が異なる時点では物理的に把握できないことがいくらかあるというだけだ。

補足638:ゲーム攻略で「実はここでは攻撃しなくていいというセオリーがあるらしいが、今はまだシステムの理解が浅いのでその理由がわからない」みたいな状態にやや似ている。全体的に「ゲームへの助言」は今回のテーマに関するアナロジーとして優秀だ。他人がゲームをプレイしているのを横で見ているときに言わんでいいことはたくさんある。

大抵の社会人は3年目くらいには判断を適切に保留できるようになっているが、大抵の学生はあんまり判断を保留しないし、しない方がいい。
というのも、相手の言っていることを一旦塩漬けにするということはその場で真に受けずちゃんと検討しないということでもあるからだ。最初からそういう怠惰を覚えてしまうと何にもコミットしないスカした冷笑くんになってしまう危険の方が大きい。正しくないと思ったものにはその場で正面からぶつかって否定する段階を経た方が予後が良い。

脱線した。言わなくていいこと3選に戻ろう。

1. 古い誤ったことは言わなくていい

当たり前ではある。ただ若い頃は古い誤った知識で物を語る年上は単に蒙昧で救えない存在だと思っていたが、意外ともう少し根が深いことがわかってきた。

過去の記憶だけで今を適当に語っている年上とて、全てが変わっていないと本気で信じているわけでもない。
例えば昔GBだかGBAだかでポケモンをプレイしたがそれ以降は遊んでいないオッサン同士が「ポケモンは戦闘が地味だから新作買ってないわ」「だよな」などと言っているとき、別に本気で今もポケモンの戦闘が地味だと思っているわけではない。
可処分時間に対して世界の事柄が多くなりすぎる年齢になってくると「本当のところを語るのはコストがかかりすぎるし面白くもないので手元の情報だけで出来る会話をしよう」という暗黙の了解があることは少なくなく、それはある意味でごっこ遊びに近い。
ただ、そういうごっこ遊びはヒューマンソフトウェアのサポート状況がだいたい同じバージョンで止まった連中の間でのみ有効なプロトコルでもある。最新バージョンにアップデートされた世代と喋ったときには暗黙の前提は破壊され、単なる無知として謗られる以外に道はない。

そう思うと、「古い誤ったことは言わなくてもいい」というよりは、「場によって許容される間違いの種類や水準が異なることを認識すべき」と言った方がより正確なのかもしれない。
人間誰しも全ての発言に完全な裏を取ることはできないわけで、それなりに推測やあそびが挟まるのは仕方がない。しかし年下と喋るときは許容度が大きく下がり、かつ、特に時間起因の誤りは相当許されなくなるので、その点についてのアラートレベルは上げきった方がいい。

2. 今ここで真偽が確認できないことは言わなくていい

では正しかろうことは喋ってもいいのかというと、そうとも限らない。「正しい蓋然性がかなり高いと思われるが、その正しさが今ここで確認できないこと」は言わなくていい。

未来の事柄はその典型だ(過去のみならず未来にも縛りがかかった!)。
歳を取ってくると物事のタイムスパンが長くなってくるので、二年か三年経たないと分からないような事柄について言いたくなることがある。しかしそれがその場で確認できず、かつ、現状で正しそうなことを立証できないのであれば、どうせ伝わらないので言わなくていい。

このタイプで最も鬱陶しい話題の一つが、人生における価値観の変化についてのものだ。
例えば「今は○○だと思っているかもしれないけど将来はそうは思ってないと思うよ」などと言ってウザがられる年上は今日も日本で10000人くらいは発生しただろう。○○にはジェンダー絡みの何かを入れてもいいし、夢絡みの何かを入れてもいい。
年齢が上がると考えが保守的になってくるのは一つのパターンだが、それは単なる時間の流れで一定説明できる。余命が短くなってくると早めに人生を利確しなければならなくなってくるので、時間をかけて何かを変えてから初めて利益を生じる左派的挑戦的な行動の魅力が減ってきてしまうのである。

何にせよ、人の考えは人生が進むとかなり移ろいゆくし、それは別に熟考を重ねたからではなく単に時の流れに起因しているだけのことも多い。
逆に言えば、まだ時間の流れによって考え方を変える力学を浴びたことがない相手にはそういう構造自体が理解されにくい(時間が経ったというだけの理由で考えが変わるフェイズではない)。

そんなわけで将来的な価値観の変化というのは今ここでは真偽が確認できない話題の筆頭になりがちだ。言わなくていい。

3. 相手を助けることも言わなくていい

ついでに老婆心とかいうやつも今ここで殺しておこう。
「これを言わないとのちのち人生で死ぬ確率がけっこう高まるだろうな」みたいなアドバイスを言いたくなることは往々にしてよくあるが、冷静に考えると「相手を助けるから」というのはそれを言う理由にはあまりならない。それも言わなくていい。

なぜなら、人は死にかけたとき最も強くなるからだ。人が強くなる機会を奪ってはいけない。そのまま死ぬこともけっこうあるが、強さにはリスクが伴うものなのでそれはもう仕方がない。人生は収束するには短すぎるし、そいつはそこで死ぬ乱数だった。

先に書いたゲームの比喩で言えば、「ネタバレをしてはいけない」と言ってもいいかもしれない。配信コメントに正しい攻略を書くとウザがられるのと同じで、言わなければ苦い経験と共に人生を豊かにするはずのものを自己満足で奪ってはいけない。人生のネタバレをするな。

さいごに

大人はこのような感じで言わなくていいことは言わない傾向にあるので、年下サイドからとやかく言ってほしい希望がある場合は先にそう伝えた方がいい。

26/1/24 センター世代も共通テストを解け2026

センター試験はもう終わりましたよお爺さん

平成1桁生まれガチジジイの皆様お元気でしょうか。

2021年にセンター試験が共通テストに改題されてから5年経った。それは単なる名称変更ではもちろんなく、以下のような内容の大きな変化を伴ってもいる。

大学入試センターによる公式見解としては、主に知識や記憶を問うていたセンター試験に対して、共通テストでは思考や表現について深く問う差分があることになっている。これによってパターン解法では対応できない難題が増えると共に、なんかそういうお題目とは特に関係なくシンプルな難化及び長大化が進んでいるようでもある。

そんな激変した環境をセンター世代の我々もきっちり把握し、いつ大学生と会話しても大丈夫なようにジェネレーションギャップに備えていきましょう。

共通テストを解いてみよう

大抵の若者文化には複雑なコンテクストが付き纏っていて部外者からは外延が確定し難いが、共通テストは幸いにもそのものが各新聞社サイトに掲載されている。
皆もできそうな科目だけでいいから時間を計ってやってみよう。ここでやるやつはまだ舞える!
www.nikkei.com俺は「数学Ⅰ、数学A」「数学Ⅱ、数学B、数学C」「国語(現代文のみ)」「情報」の四つを解いてみた(今でも一定解けて出題意図を味わう余裕がありそうな科目はこれらくらいしかなかった)。ちなみに仕事がデータサイエンティストなので社会に出てからも数学と情報はずっと触り続けている。

結果は以下。
科目 得点
数学Ⅰ・数学A 79 / 100
数学Ⅱ・数学B・数学C 100 / 100
国語(現代文のみ) 75 / 110
情報 97 / 100
合計 351 / 410
凹凸が大きいが、ギリギリ足切りされずに本試験に進めるくらいの得点率。
点数よりは体験が重要だ。問題の質や量がどう変わっていたか、そして受験生に要求される能力はどう変化していそうかを俺が受けた頃(2012年)のセンター試験と比較しながら科目ごとに掘り下げていく。

個別科目

数学Ⅰ、数学A

とにかく分量が多すぎる! 時間がかかりそうな問題をスキップしたら戻ってくる時間が残らなかった。

約3倍

2012年のセンター試験では僅か8ページしかなかったのに対し、2026年の共通テストでは26ページと約3倍まで爆増している。それでいてページあたりの情報密度は特に落ちていないどころか、難解な文脈がページを跨いで展開され続ける。

大問の数自体は4つで変わっていないのだが、大問1つあたり1トピックだったセンター試験に対し、共通テストでは大問1つに全く異なるトピックが2つ詰め込まれていることが多い。それによってトピックの数自体が1.5倍に増えている。
大問 センター試験 共通テスト
1 不等式 集合、図形
2 二次関数 二次関数、データ分析
3 図形 図形
4 確率 確率
更には各トピックの分量も概ね2倍ずつに増えている。トピックの数が1.5倍、トピックあたりの分量が2倍で全体としては1.5×2=3倍ということだ。

この増えたページ数によって物の聞き方がシンプルに高度化している。
例えば二次関数を扱う出題を比較してみよう。まずセンター試験の方から。

センター試験版

所与の関数に対して頂点とか交点とかを求め、最後に0≦x≦4という所与の定義域に対して最大値らへんを求めれば終わる。親の顔より見たオーソドックスな流れだ。

一方、共通テストではこうだ。ページ数はちょうど2倍の4ページになり、潤沢な紙面を使って問いのレベルがどんどん上がっていく。

共通テスト版

最初はセンター試験同様に所与の定義域における最大・最小値について問われるが、すぐに太郎さんと花子さんが登場して条件を次々に付け足していく。
まず条件1では逆に最大・最小値から関数形を求めることが要求され、更に条件2では(関数の係数ではなく)定義域の上限がパラメタとなって関数の最大・最小値を定めるトリッキーな問いに発展し、最後には定義域の範囲がフラフラ移動する中で関数が一つに定まらない前提でx軸との交点のみ求めるアクロバティックな着地が決まる。
これらに対応するには「定義域の半ばで最大値を取っているということは関数はどちらに凸なのか」「変動する定義域と関数の最大値はどう対応するのか」「関数形が定まらないのにx軸との交点だけは定まるのはどういう状況か」といった想像力を働かせなければならない。センター試験では所与のパラメタないし関数を機械的に処理していれば終わったのに対し、共通テストでは自分で適切な図を描いて考えるクリエイティビティが必須になる。

全ての問いがこうした構造を持っているが、特に大問4の確率問題は圧巻。

何何何!?

プレイヤーによって勝率が異なるリーグ戦を開催し(この時点で既に雲行きが怪しい)、勝ち数が同じ場合は抽選も行うことも考慮しながらあるプレイヤーが優勝する確率を求める問題。マーク式なので丁寧な誘導が付いてはいるが、導出過程では3階層以上に及ぶ複雑な場合分けを全てクリアして一つ一つ繋ぎ合わせる緻密な作業が6ページに渡って展開され続ける。
誘導を薄めた記述式なら早慶クラスの二次試験で出てくる水準の問題だと思う。箱の中からカードとか玉を取り出すお遊びだったセンター試験を思い出すと隔世の感がある。

補足635:これは個人的な告解なので試験の難易度そのものとは関係ないが、受験生時代と比べて図形問題の勘が死んでいることを感じた。てか大学以降で図形使うことあんまなくない? 形あるもの全般は別に幾何的に捉えなくても一般化した関数で扱えばよくなるし、具体寄りの幾何学は数学科の変なやつとか機械系で図面描いてるやつくらいしか触らなくなる印象がある。機械学習で画像を扱う場合でもまず格子かけて量子化して行列成分に変換してしまうから図形を直視することはないが、ただよくよく考えてみればもろに画像系なのに幾何を扱わないというのも変な感じがするし、探せばそういう分野もあるのだろうか?

数学Ⅱ・数学B・数学C

数学ⅠAと同様、明らかな難化・長大化の一途を辿っている。

約2倍

センター試験の18ページに対し共通テストでは39ページと単純な分量は約2倍に留まるが、実際に解かなければならないページ数は2倍どころではない。というのも数ⅡBは選択問題が含まれており、センター試験では6問中4問が必答に対して共通テストは7問中6問必答だからだ。
よって単純計算でセンター試験の実質ページ数が18×4/6=12ページに対し、共通テストは39×6/7≒33ページとなり、結局は3倍近くをこなさなければならない。トピック数自体が1.5倍、トピックあたりの分量が2倍で合わせて1.5×2=3倍という数ⅠAと同じ法則が適用されている。

そしてやはり数ⅠA同様に聞く内容がワンランク上に進化している。例えば数列の問題はセンター試験版では以下の2ページのようになっている。

センター試験版

まず等差数列{a_n}を定義してから、その逐次足し合わせである数列{S_n}を定義し、更にそれを用いて生成した{b_n}に関して誘導の{c_n}を経由して一般項を導出という手順だ。

これが共通テスト版だとまず分量自体が5ページに伸びる。

共通テスト版

そして{a_n}の階差数列として{b_n}を定義するあたりまでは同じ雰囲気なのだが、途中でいきなり太郎さんの「発想」が乱入してくる。

何何何何!?

これはここまでの計算を踏まえてより一般的な手法を推測したものだ。
よって、ここで「具体的な階差数列一つの解法」から「一般的な階差数列の利用方法」まで思考を拡張させなければならない。単に情報を処理するだけでは終わらず、仮説構築と検証にまで発展して思考力を問う共通テストらしい味が出てくる。
極めつけは最終ページに登場する花子さんだ。

ラスボス

ここではさっき太郎さんが考案して一応上手くいった「発想」を別の課題に対して自分で適用しなければならない。一事例を正確に計算できれば十分だったセンター試験と一線を画し、共通テストでは一般的なルールを頭に読み込んで類似の異なる対象にまで応用しなければならないとも言える。
このように「ここまでの話を理解した前提で、その手続きを応用して新しい問題を自分で解いてね」という構造の大問が多い。第二問でも単なる三角関数の和積を問う問題と見せかけて、それを道具として自由に運用した上で式変形に基づいた関数の分析が要求される。

なお個人的な所感としては、数ⅠAに比べると数ⅡBはだいぶやりやすかった。関数や数列は会社のホワイトボードにもよく書いているし、仮説検定は満点じゃなかったら統計検定を返上しなければならない。

情報

共通テストの情報科目は、現役世代を除く大抵の人にとって未知の科目のはずだ。
教科としての情報自体はけっこう昔からあったが、2022年から高校で必修化されたのち、それを受けて2025年から多くの大学で共通テストでの受験が求められるようになっている。つまり情報はいまや避けて通れないスタンダード科目の一つであり、現代の高校生は概ね共通テストレベルの情報リテラシーを持つという認識で問題ない。

共通テストの常として分量は相変わらず膨大で、数学よりも多い34ページを僅か60分で捌かなければならない。

1ページあたり2分未満

内容はコンピュータサイエンスとデータサイエンスなので俺はeasyだったが、一般レベルにしてはそれなりに高度なことを聞いてはいる。
例えばこの情報セキュリティ問題に自信を持って答えられる大人はそう多くはないと思う。

細かいこと聞くね

不正アクセス禁止法はあくまでもアクセス行為そのものの不正を取り締まる法律であって不正なサイトへのアクセスはスコープ外であること、ファイアウォールは領域の境界に配置されるので領域外の通信は無防備であることなどをはっきり把握していなければ正答は難しい。「パスワードに誕生日を使うのはやめよう」「怪しいメールには気をつけよう」レベルでセキュリティを語れる時代はもう終わった。

メールサーバの問題もIPAすぎてビビった。ネットワーク管理者志望?

何何何何何!?

メールアドレスの綴りを誤った際にどのサーバがどんな理由で送信に失敗するかを問う設問。これはユーザネームとドメインを働き込みで峻別した上でそれぞれどのサーバがどう処理するのか理解していなければ正答できない。
更にプロトコルを問う問題でも、ドメインからIPアドレスを特定するのはDNSであって、WWWやルーティングやパケット通信はあくまでIPアドレスを利用する仕組みに過ぎないという切り分けが必要だ。

他の設問でも、住民証明においてデータそのものではなくコードをやり取りするアクセス認可だったり、画像合成において画素と対応させたビット演算だったりと、原理を理解した上で具体的な局面に応用するというIPAで見たことがあるような問題が多い。たぶんIPAの資格体系で言えば基本情報くらいの水準の気はする(ちなみにその辺りも近いうちに再編されるので過去の遺物になるのは時間の問題だ→)。

特に問4のデータサイエンスはかなり出来が良かった。オープンデータから桜の開花日を予測する問題だが、8ページに渡って延々と繰り広げられる仮説構築と検証が極めて実務的。

何何何何何何!?

最初に欠損データを除外する前処理を加えたのち、新たな変数を加えて二つの仮説をそれぞれ定量的に検証し、採択した仮説でもまだ残っている誤差を目的変数として回帰分析での補正を試みる。
単にデータを並べて基礎統計量を求めたり漫然と回帰直線を引いたりするのではなく、次々に仮説を立てて検証していく前のめりな正しい分析姿勢がこれでもかと提示されている。現代の高校生は皆これが出来るのだとすれば、データ分析の未来は明るいだろう(しかしデータサイエンティストの未来は?)。

国語(現代文のみ)

国語はセンター試験が40ページに対して共通テストは48ページと、総量自体はそこまで増えていない。

微増

ただセンター試験では大問が4つだったところが共通テストでは5つとなって、その1問分で8ページ増えた形になっている。

その現代文と古文の間に新たに挿入された3問目が極めて特徴的で、リード文からもう見たことがない形をしている。

何何何何何何何!?

この問いで出てくる文書は論説文でも物語文でもなく調査成果物だ。Mさんが調べた資料とその成果物がセットで提示され、その妥当性が問われるのである。
要は昔やった「調べ学習」が共通テストにまで進出してきたのだろう。そう思うと国語教育において発表や資料作成自体は平成の時代からカリキュラムに含まれていたわけで、入試で問われるのは読解に限るというのもバランスが悪く、思考力を測りたい共通テストでは設問に含まれることも理解できる。
いかにも文脈を問う問題として、最後の設問でネクストアクションを問うているのが非常に印象的。

研究室のミーティングみたいな

研究行為としてはどれもあながち的外れでもないことに注目したい。文章としての真偽ではなく、問題文で指定されている目的と対応する妥当なアクションを選ぶことが必要だ。

一方、現代文(論説文と物語文)に関しては俺が見た限りではセンター試験とそこまで変わっていないように思われた。分量が増えたわけでもないし、適切な解釈や表現技法を問う問題は15年前から頻出だ。
俺の点数が落ち込んだのは、問題側というよりは俺側の変化が大きいように感じた。大学以降はテキストの読みがかなり自由になってきて、作者が意図していなかったことをあえて読んでもいいし、作品外の事情にも鑑みて自分の文脈に引きつけてしまってもいい。特に物語文ではそれが顕著で、別に何をどう読んでどう感じてもよくない?という気持ちはけっこうある。
とはいえ、自由に読むにあたっても第一義的な最大公約数の読みを踏まえておくに越したことはない。ブログとか書いてる割にはちょっと点数低すぎる気がするので、解説が予備校各社から出たら精読しようと思う。

まとめ

今の共通テストはセンター試験とは比較にならないほどめちゃめちゃ難しい!
シンプルに質と量が怪物化していることに加えて、知識はある前提で文脈を読むことが理系科目ですらかなり深く求められている。単に「A・B・Cのどれが正しいか」という問い方というよりは、「X・Yという文脈に基づいて最も適切なのはA・B・Cのどれか」という問い方をされることが多い。更には扱う分野自体も情報教育・量子力学・複素数など新たな領域を取り込んでアップデートされている。
たった10年かそこらでもジェネレーションギャップが大きく、是非自分でも問いてみることをオススメする。令和の高校生は平成の高校生より頭良いぞ!

26/1/17 人生の現在地5:創作とかいう意味不明な趣味を始めて早5年

もう5年かまだ5年か

「創作(ラノベを書く)」とかいう意味不明な趣味を始めてから5年経った。

補足633:一般に「創作」される対象にはイラストや動画も含まれるが、特に前置きなく言ったときは「小説の創作」を指すことが多い(シネクドキ)。たぶん「執筆」と言った方が意味がブレなくて良いのだが、なんか前のめりなニュアンスが乗って恥ずかしいのでもう少しニュートラルな表現として「創作」を選択している。

もう5年と言うべきか、まだ5年と言うべきかは微妙なところだ。一般的に言って大人の趣味が5年目はニュービーというには続けすぎているが、仙人面をして語るにはまだ年季が入っていなさすぎる。

幸いにも定量的な成果量が存在する趣味なので、時間より文字数を見た方が良いのかもしれない。
今まで書いた一次創作は19万字、32万字、18万字、14万字、20万字の長編5つなので、のべ100万字以上は書いていることになる(二次創作まで入れるともう少し増える)。文字数カウントだと流石にけっこう多い感じがしてくる。

消極的な趣味ではあるが!

もともと創作に対して強い目的や情熱を持っているタイプではない。
最終目標とかどうしても伝えたいものは特にないし、投稿サイトのプロフィールにはずっと「ラノベくらい俺でも書けるという熱い気持ちが原動力です」という本心が書いてある。

補足634:Xでは「文字を書くという行為はなまじ誰でもできるから安く見られがちだが、実は非常に高いスキルが必要なのだ」という言説が定期的にバズるが(ここ3年くらいは見ていない気もするが)、それはX向けに最適化された明らかな嘘だ。文字を書くのはゲームを作ったり絵を描いたり動画を動かしたりするよりもズバ抜けて簡単で準備も要らないので、何か物語チックな情報をアウトプットするに際して形式にこだわりがない場合は文字媒体を選択するのが最もリーズナブルだ。

しかし消極的に続いている行為の方が積極的に続いている行為よりもむしろ根が深いという捉え方もできるし、それは自分の現状を一定よく表している気がする。
積極的な行為が継続するのは分かる。いま継続すべき理由や将来に目指すものがはっきりあるならやらない方が難しい。対外的にも明確な動機がアクティブな限り趣味は続くだろうし、逆にそれが達成や諦念によって解消されれば気兼ねなく退出できる。
しかし消極的にやっているものはアンコントローラブルだ。自分でもいつまで続いていつ終わるのかよくわからない。なんとなく自然消滅するのかもしれないし、物理的に止まるまで続くのかもしれない。投資において目標金額を明確に決めている人はそこに達したら利確して終了できるが、それを決めていない人はずっと退場できない現象にも似ている。

目標などが特にないと「俺は何をしているんだろう」のアレが頭を掠めることもたまにはあるが、俺が書かなければ存在しなかったものが俺が書いたことで存在するという最低保証があるのは悪くない、という気持ちが毎回それを押し留める。
そろそろ自分の死期から逆算して人生の残りを考えることが増えたが、死亡時のリザルト画面に「今まで創作した数」みたいな項目は間違いなくあると思う。最終生成物が同じなら過程にはそこまでこだわりがないのだが(同じ感性の他人が書いたものを消費するのでいい気もするのだが)、自分が書こうとしているものは自分が書かないと誰も書いてくれないので、自分で書かないことには仕方がない。

読者が存在するのはいいことだ

趣味を始めた当初は考えもしなかったが、今は良かったと唯一迷いなく言えることとして、読者が存在していることがある。

気付けばネットの海に生えてきたファンアートや設定wikiは人生最大の宝物の一つだ。
人生で得たもののうちで客観的に見てpixivのイラストよりは大きなインパクトを持つ、いわゆる社会的トロフィーみたいなやつは他にいくらでも思い浮かぶが、しかし創作に紐付いたものが一際輝いて見えるのは、やはり俺が書かなければ間違いなくそれは存在しなかったし、他の何者もこの恩恵を受け得ないという必然的な認識込みの唯一性に由来していると思う。クリエイティブ系のやつってすぐ人に感謝するよなと思っていたが、その気持ちがかなりわかった。

ありがたい読者がいるおかげで一つ書き終わったあとはフィードバックを貰って改善するサイクルが回っており、それによって趣味に自己研鑽という文脈も付いてくる。研鑽できるから趣味が続いているのか、続いているから研鑽しているのかはやはり定かではないが、上達がないよりはあった方がいい。
無目的ゆえに流行りものを抑えたりマーケティングをちゃんとやったりして何としても読者を増やす必要は別にないのだが、いま面白いと思ってくれそうな人にはちゃんと面白いと思ってもらえるようなものを書きましょうという曖昧な向上心もその辺りに支えられている。

現実問題として副業が競合している

この年齢になると、現実問題として創作趣味は副業と競合してくる。

あらゆる余暇は常に全て副業と置き換え可能ではあるが、今いる会社は世の中でもトップクラスに副業しやすいし、データサイエンティストという職種はあまりにも副業に向きすぎている。専門性が高い割にはポータビリティも高く、(単なるコーダー程度の)エンジニアほどにはAIにもまだ代替されない。
かなり堅い潜在的な稼ぎをドブに捨てて時間を捻出しているという意味で、見た目はタダでも実際には相当に高額な趣味をしている実感がある。

実際、同僚はだいたいみんな副業をしてけっこう稼いでいるのだが、つい最近(たぶん)数少ない副業をしていない同僚が個人でゲームを作っていることがわかって「我々の創作時間を副業に回せば100万くらいはすぐですよねえ」と言ったら「それを言ったらおしまいですよ~」と返されて、それはそうなんですわよと思った。
文字にすると驚くほどロマンチックなことを言っていてやや気恥ずかしいが、副業と金は替えが効くが創作は替えが効かないという印象はやはりある。分析の受託がどうしても俺じゃなければダメということはあまりないだろうし、金や金によって得る便益だってどうしても副業しなければ入ってこないものでもない。
事物の唯一性をどう見るかはそれぞれの人生観によるところがかなり大きいにせよ、俺は創作による生成物にその度合いをかなり高くみるために消極的にそこから抜け出せないタイプの個体とも言える。

あと身も蓋もないことを言えば、結局は副業をするほど金に困っていないというのが現実的な判断基準でもある。金は必要ラインよりはあった方がいいのだが、逆に必要ラインを大きく越えても使い道がないので過剰に持つ意味は薄い(取得にコストを要する場合は特に)。お金で得られるものはお金で得られるものくらいしかない。
もし仮に今どうしてもお金がなくて副業をしていたとして、そのパラレルな俺が「お金を貯めて何がしたいのか」と聞かれれば「持て余した時間でなんかお話でも書きたいもんですな」とか言っているような気がしていて、今がそのときなのだろう。

趣味はまだ終わらない

今は長編の投稿が一つ終わって次の計画を練っている段階だが、まず前回の創作は不当にしんどすぎたという反省がある。
この記事にも「創作は準備期間が長いのがしんどい趣味だ」みたいなことをさっきまで書いていたが、よくよく思い返すと前々回以前はそこまではしんどいとは思っていなかったはずなので全部消した。前回に限って追い込み方を間違えたという方がたぶん真相だと思う。

次はゲームプランナーが異世界転生するやつと、殺伐としたタイプの推し活みたいなやつのどちらを書こうか迷っている。どっちにしてもたぶん20万字くらいの長丁場になるだろうが、期限に縛りを設けずにちまちま書いていくスタイルでいきたい。

そんなわけで色々なものを犠牲にしたりしなかったりしながら出力されている創作物を今後もよろしくお願いいたします。
www.alphapolis.co.jp




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