ジョン・M・チュウ監督『ウィキッド ふたりの魔女』を見てきた。
舞台の大人気ミュージカル『ウィキッド』の第一幕にあたる部分を映画化した作品である。『オズの魔法使い』の前日譚読み直しみたいな作品で、主人公は西の悪い魔女ことエルファバ(シンシア・エリヴォ)である。生まれた時から肌が緑色だったエルファバはみんなにからかわれ、親からも疎まれて不幸せな少女時代を送る。車椅子を使っている妹のネッサローズ(マリッサ・ボーディ)の付き添いでシズ大学に出向いたところ、魔法の才能を見出されて一躍、期待される学生となる。大学で同室になった人気者のガリンダ(アリアナ・グランデ、後にグリンダと呼ばれることになる)は最初はエルファバをいじめていたが、やがて仲良くなる。
今年の初めに舞台を見たばかりで正直、大変不安だったのだが、期待を上回る面白さで、むしろ台本は舞台より時間をかけてキャラクターを掘り下げている分、いいのでは…と思うくらいだった。何が不安だったかというと、『ウィキッド』は舞台だからこそ効果を発揮する感じの特殊効果と生歌の組み合わせでお客さんをあっと言わせる作品で、これをそのまま映画にしてもわざとらしいだけで盛り上がらないのでは…という不安があったのだが、そのへんを全部ちゃんとクリアしている。基本的に舞台にかなり忠実な作品で、舞台上演でお客が盛り上がるところはどことどこであり、映像で同等あるいはそれ以上の効果を出すにはこうしたらいいのではないか…というようなことをきちんと計算して作られていると思う。
始まり方からしてかなり舞台演出をきちんと研究して映像に移していると思われる。舞台では初っ端から輪っかみたいなものに入ったグリンダが降りてくる特殊効果が目の前で繰り広げられるので、「おう、真面目に集中して見ないと」と思うわけだが、映画ではアリアナ演じるグリンダがキラッキラな衣装と椅子つきでバブルに入って飛んでくるところを見せつつ、アリアナの微妙な表情をきちんと撮っていて、「なんだか妙な話が始まるぞ」という雰囲気をきちんと醸し出している。中盤のダンスナンバーである"Dancing through Life"は少し違うアプローチで映画らしい編集を駆使して盛り上げていて、これは舞台ではできないな…と思った。
そして最後に一番でかい歌である"Defying Gravity"が来るのだが、これは映画でやるにはかなりの難題である。舞台ではお客の目の前でエルファバが宙に浮いて歌うというナンバーであり、人間が空中浮遊しているのをライブで見るだけでけっこう見ているほうは興奮するし、さらに今まで虐げられていたヒロインがその状態で戦いの鬨の声みたいな大曲をかますので、ものすごく客席が盛り上がる。この「目の前で人が突然飛ぶ」解放感を映像で見せるのがなかなか大変だと思っていたのだが、想像以上にこの映画はよくやっていてビックリした。ちょっと舞台とは違って、歌に台詞を入れつつけっこう場面を引き延ばし、エルファバとグリンダの心情の移り変わりを見せながら少しずつお客の期待を高め、最後にバーンと魔女の姿になったエルファバを飛ばしてそれに周りの連中が驚く…という展開にしており、見ているほうはエルファバが飛んだところでガッツポーズしそうになった。
全体的にむしろ舞台より面白いのでは…と思うところもあった。理由はふたつで、ひとつめはフィエロ(ジョナサン・ベイリー)のキャラがかなりしっかりしているところである。舞台のフィエロはまあよくいる色男…みたいな感じなのだが、ジョナサン・ベイリーのフィエロは妖艶さが異常で、歩くだけで年齢・性別を問わずシズ大学の全員を魅了してしまうカリスマ王子である一方(グリンダの取り巻きであるボーウェン・ヤン演じるファニがフィエロにメロメロで話しかけるところはとにかく笑った)、エルファバに「あなた実は不幸でしょ?」みたいに気持ちを見透かされるところでは驚くほど傷つきやすそうな深みを見せており、ずいぶん奥行きのあるキャラクターである。"Dancing through Life"でフィエロが図書館の本を粗末にしながら色気を振りまきまくるのは司書経験者としてちょっとどうかと思ったが、そこで「こいつダメでしょ」みたいな表情のエルファバが後でフィエロの人生が実は満ち足りていないことを指摘するので、つまりこれは本(体系化された過去の知識)を軽視するのは一見楽しいけど実は幸せな人生につながらないよ?ということを示唆しているなかなか複雑な展開なのだと思う。
もうひとつは、正直『ウィキッド』は第一幕のほうが第二幕より台本の点でも大曲がある点でも盛り上がる作品なので、第一幕をじっくりやってそれで終わるこの映画は楽しく感じるというのがあるのだと思う。何しろ"Defying Gravity"で終わって、お客さんはそれを頭に入れて映画館を出て行けるというのがいい。一方で第二部の映画はどうなるのかという点ではけっこう不安もある。