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とても力の入ったクッツェーの舞台化~The Jesus Trilogy

 ダブリン演劇祭でThe Jesus Trilogyを見てきた。クッツェーのイエス三部作の舞台化である。エオガン・クィンによる翻案で、アナベル・カミンが演出をつとめている。

 55歳のサイモン(ファーガル・マケルヘロン)が5歳のデイヴィッドを連れて、難民として避難先の街にやってくるところから始まる。デイヴィッドは避難中に母親とはぐれた孤児で、サイモンが面倒をみている。サイモンはデイヴィッドの保護者になり、「母親」になってくれるイネス(エレイン・オドワイヤー)も見つける。ところが学校になじめないデイヴィッドが施設に強制的に預けられそうになり、それを逃れるためにサイモン、イネス、デイヴィッドは別の街に逃亡する。そこでデイヴィッドは特殊な教育を行うダンス学校に行くことになるが、学校で殺人事件が発生し、デイヴィッドは病気で入院してしまう。

 前面が引き戸になっている巨大な木箱みたいな装置が後ろに置かれたセットで、この扉を開けたり閉めたりしてサイモンとデイヴィッドの家や学校などを表現している。デイヴィッドはいろんな役者が声だけで表現しており、最後に亡くなって死体になるまで観客には特定の人間としては現れない。他の役者たちは空っぽの椅子とかベッドをデイヴィッドに見立てて話す。これがけっこう面白く、かなり扱いにくい悪ガキではあるのだが魅力的なところもあるデイヴィッドのとらえどころのなさがうまく表現されている。クッツェーらしい不条理でシュールな展開が多いのだが、一方で養子を育てている家庭の苦労とか、子どもが病気になってしまった時の非常につらい状況などはなんともいえない切迫した雰囲気で表現されており、終盤は役者陣の演技がいいのもあって胸を打たれるところがある。

 非常に力の入ったプロダクションで面白かったし、日本でやってもウケそうな話だと思ったのだが、一方でこれはかなり演出の巧みさによるもので、台本にはいくつか問題があるように思った。まず、小説の地の文を使いすぎだと思う。序盤では地の文の説明を役者が読み上げ、終盤では字幕で出しているのだが、たしかにクッツェーの小説は地の文に面白いところがたくさんあるとはいえ、これだとあまり舞台らしくない印象を受ける。もっと地の文をセリフに有機的に組み込む努力が要るのではという気がした。さらに長さが3時間15分もあり、もうちょっとテンポをよくして刈り込める気がした。アナベル・コミンの演出を見るのは2回目なのだが、台本の面白さを最大限に引き出す演出ができる…というか、むしろこのプロダクションでは台本の出来以上に面白いものを作っている気がする。

 

 




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