ダブリン演劇祭の一環として上演されたジャヴァード・アリプール演出・主演のThings Hidden since the Foundation of the Worldをサミュエル・ベケット劇場で見てきた。戯曲もアリプールが何人かと共作したもので、アリプールのひとり芝居に他の出演者による音楽や放送などを組み込んだ作品である。
イランの有名歌手で、ドイツで亡命生活を送っていたフェリドゥーン・ファッロフザードが1992年に殺害された事件を題材とする作品である。ファッロフザードはイランの抑圧的な体制に批判的であり、さらにこの時期に反体制的なイラン人が次々と不審死した事件があったため、イラン政府による介入が疑われているという。北イングランドに住むイラン系移民の息子であるアリプールが、この話を手がかりに、デジタル時代における知のあり方や世界に散らばるイラン系移民のアイデンティティなどを考えるというお話である。
たまたま行けなくなってしまったという方にチケットを譲ってもらって行った作品なのだが、めちゃくちゃ面白かった。アリプールによる事件解説がかなりあってドキュメンタリー演劇っぽい作りの作品なのだが、一昔前のドキュメンタリー演劇とは違って実録犯罪ポッドキャストやウィキペディアを取り入れており、しかも取り入れ方がけっこう上手…というか、お客さんを飽きさせないような形でいろいろ工夫している。ふつう観劇の時にはスマホをオフにするように言われるのだが、この作品ではwifiが提供され、お芝居の最終にウィキペディアを調べるように言われる。ファッロフザードの死因については流行りの実録犯罪ポッドキャストスタイルでいくつかの仮説が紹介される。音楽の生演奏や、ミュージシャンで同じくイラン系移民であるキング・ラームのモノローグなども盛り込まれている。
いろいろな形でたくさんの情報が観客に提供されるのだが、その中でそれぞれの情報はどの程度信頼できるのかとか、イランのことを世界に伝える時にわかりやすくしようとして削ぎ落とされてしまったりかえって誤解を招いてしまったりするような表現が使われてしまうことがあるとか、一度盛り上がって報道されたことでもすぐにバズが死んで後の経過が知られなくなってしまうことがあるとか、そもそも英語圏以外のことがらは英語圏で全然報道されなくて知にばらつきがあるといったようなことが示されていく。この知の偏りに関する問題提起は世界に散らばるイラン系移民のアイデンティティともかかわっており、アイデンティティを作るものとしての知についても考えざるを得ない内容になっている。楽しいイベントみたいなテンポのいい舞台なのだが、一方で非常に深みがあり、大変私好みだった。