『ウィル&ハーパー』を見てきた。日本ではNetflixで配信だが、アイルランドでは劇場公開である。
ウィル・フェレルが、『サタデー・ナイト・ライブ』のライターだった親友のハーパーと車でアメリカを横断する旅に出る様子をとった道中ドキュメンタリーである。ハーパーはずっと男性として暮らしていたのだが、60過ぎてからウィルなどの周りの人たちにトランス女性としてカムアウトした。ハーパーは車で旅をするのが好きなので、心機一転して女性としてウィルと一緒にいろいろな場所を訪れ、それを題材にドキュメンタリーを作ることにする。
主人公はハーパーで、焦点があてられているのはハーパーが経験する楽しいこととつらいことである。女性としてカムアウトするまでいろいろ苦労があったことはもちろん、トランス女性として旅に出ることでこれまでの男性としての暮らしとは全く違う危険にさらされるという懸念もある。ハーパーはバーで安いビールを飲んだりスポーツを見に行ったりするのが好きなのだが、そういうところは必ずしも女性にやさしい環境ではないし、トランス女性ともなるとさらに冷たい扱いを受けることがある。テキサスのステーキハウスに行った時にはネットでひどい中傷にさらされてショックを受けるのだが、一方でドナルド・トランプのバナーが飾ってあるようなバーや男性が多いレース会場では温かく歓迎されるなど、思いがけないところで安全に楽しめることもある。また、ハーパーは行く先でトランスコミュニティの人たちと会って話すということもしており、地方にもトランス女性がいますよということが可視化されている。
ハーパーにはもちろん個人的な悩みもたくさんあり、そのあたりが正直に描かれている。ハーパーは女性として自分に正直に生きられるようになって心から嬉しいと思っているのだが、一方で若い時に女性としてカムアウトしていたら『サタデー・ナイト・ライブ』で早いうちから成功することはできなかったのかもしれない…みたいな複雑で微妙な心境を吐露していたりして、コメディ界がかなり男性中心的だったことなども示唆されている。ハーパーが女性になってよくわからない…と言っていることの一部は、トランス女性に限らずたぶんいろいろなバックグラウンドの女性が幅広くわからないあるあるだったりもするので(「旅行には靴を何足持っていけばいいののか」とか私もいつも全くわからなくて困っている)、女性の暮らしには男性の暮らしとは全然違う制約があるんだということがわかりやすく示されていると思う。
有名人のウィルが一緒にいるというのはトラブルと歓迎、両方の原因になる。ウィルがいるおかげでみんなが集まってきてフレンドリーにしてくれることもある一方、写真をとられて悪意を持って拡散されたりすることもある。自分がやったことのせいでハーパーがネットいじめの対象になってしまった時は、ハーパーを危険にさらしてしまったのではないかと後悔したウィルが車の中で泣き出してしまう。もともとウィルはほとんどジェンダーアイデンティティなどについて知らない平均的なアメリカ人男性だったので、トランス女性に聞かないほうがいいような質問をしてしまったりもする。この映画はそのあたりをあまり隠さず撮っており、リアルである。
一方で何しろ『サタデー・ナイト・ライブ』のライターとスターコメディアンが出ている映画なので、ドキュメンタリーとしては作り込みすぎと思えるくらい面白おかしいことをふたりがするところもある。予告で使われている、ウィルがわざとあまりにもしょうもないバカげた性差別ジョークを言ってハーパーを失笑させるところなんかはその一例である。ラスベガスで変装して食事に行くあたりも相当にふざけていて、たぶんかなり仕込んでいる。このへんのリアルな心情表現と作り込んだコメディが入り乱れているバランスがちょっと面白い。