ヨルゴス・ランティモス監督の新作『憐れみの3章』を見てきた。
ほぼ同じ座組で3つの話をやるというオムニバス映画である。どれもめちゃくちゃヘンな不条理セックスコメディのような作品でなかなか説明しづらい…のだが、1本目はウィレム・デフォー演じるボスのレイモンドに人生のあらゆる側面をコントロールされている男ロバートをジェシー・プレモンスが演じている。2本目はジェシー・プレモンス演じる警官ダニエルが、海で遭難して帰ってきた妻リズ(エマ・ストーン)が別人のようになってしまったと疑う…というような話である。3本目はウィレム・デフォー演じるオミが率いるカルト宗教団体のメンバーとして、死者を蘇らせる救世主みたいな能力を持っている女性を探すエミリー(エマ・ストーン)の話である。
1本目はそうでもないのだが、だんだんランティモスお得意のセックスコメディっぽさが増していく。3本目の性暴力の描き方とかはなんかもう不条理すぎて逆に軽くも見えるところは若干危険かな…という気はした(やりたいことはわかるのだが)。全体的に役者の演技がすごい映画で、エマ・ストーンはたぶんランティモスの世界においては原初的と言ってもいいようなエキセントリックでエロス的な力を象徴する存在なんだろうな…と思った。ウィレム・デフォーは不条理な権力とでもいうようなものを象徴している。一方でジェシー・プレモンスは3本それぞれで非常に違う役を演じており、プレモンスが変わることで話にメリハリがつく。
とにかくへんてこりんな話ばっかりで、ここ2本の比較的わかりやすいランティモスに比べると以前に戻ったみたいな印象なのだが、相変わらず医者と病院が嫌いなんだなというのはよくわかる映画だった。ランティモスの映画ではしょっちゅう医者や病院がイヤなものとして出てくると思うのだが、この作品でも1話目ではロバートがいろいろ病院で面倒なことになるし、2話目にも病院が緊張感ある雰囲気で出てくるし、3話目では病院のかわりに死体安置所が登場する。一方で3話目では獣医がたぶんいい人なのにひどい目にあっているし、動物も虐待されている。ランティモスの映画では動物も不幸な目にあうことが多い気がする。
ランティモスの映画においては医療的な権力というのが嫌悪の対象になっていると思うのだが、『憐れみの3章』ではこの医療的な権力がけっこう直接ケアにつながっているところがあり、このケア嫌悪みたいなのは面白いと思う。ケアというのはよいことと考えられる場合が多いと思うし、自分をきちんとケアする…みたいなのは大事なことなのだが、他人にこのケアが向いた際、それこそ憐れみや親切が抑圧的な権力になり得ることがある。ランティモス映画はもともとケアに懐疑的だと思うのだが、『憐れみの3章』はたぶんケアって本当は権力の行使だし、安易に他人に対してやるのはヤバいんじゃないですか?みたいなことを探求した映画だ。3話目でかつてケアだったはずのものが悪質な性暴力になるところは、この怖さを極限まで不条理に描いていると思った。