キリル・セレブレンニコフ監督『チャイコフスキーの妻』を試写で見た。チャイコフスキー夫人で悪妻として有名なアントニーナの伝記ものである。
地方の貧乏貴族の令嬢でモスクワ音楽院で学んでいたこともあるアントニーナ(アリョーナ・ミハイロワ)はチャイコフスキー(オーディン・ランド・ビロン)に恋をし、熱烈な求愛を行う。同性愛者だったチャイコフスキーはアントニーナの求愛に負け、世間体のことも考えて結婚をするが、ふたりの関係はすぐに破綻する。アントニーナはだんだん精神のバランスを崩していく。
歴史ものだが、過去のロシアの抑圧的な社会を批判しつつ、現代もロシアの社会にはそういう要素があるということをほのめかす作品なのだろうと思う。監督のセレブレンニコフはオープンリーゲイでロシア政府に批判的なので迫害を受けており(軟禁までされている)、2012年からチャイコフスキーの映画を作りたいと思っていたのだが、その時はロシアで補助金をもらうことができなかったので作れなかったそうだ。この映画に出てくるロシアは完全に今のロシアとつながっている。
全体的には、大変悲惨な話を凝った映像で描く作品である。悪妻扱いだったアントニーナをできるだけ同情的に描こうとしている一方、チャイコフスキーも同性愛者であることを隠さねばならないという事情があるので、だいぶ利己的で無責任な人ではあるが完全な悪役というわけではなく、夫婦どちらも非常に困った人だがわかるところはある、というような感じで描いている。序盤に字幕で当時のロシアでは簡単に離婚ができなかったことが説明されていることからわかるように、この映画の本当の悪役はロシアの硬直した結婚制度である。同性愛が許されず、同性愛者が世間体のために結婚しなければいけないような世の中である上、女性も結婚しろという圧力を強くかけられる。そんな時代に生きていたせいでどんどんふたりが不幸になっていく様子を描いている。
ただ、かなり気を遣ってはいるものの、それでもアントニーナの持参金目当てだったことがほのめかされているあたり、チャイコフスキーがかなり悪く見えて、「ゲイの身勝手な夫」みたいなちょっとステレオタイプな描き方に近づいている気はする。また、ふたりの関係をこだわりのある映像を用いてちょっとセンセーショナルに味付けしすぎな気もする。アントニーナがまったくチャイコフスキーとの関係以外のものに自分の生き方を見いだせないのが非常に陰惨で、まあ大変気の滅入る作品である。