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「肉は美し」アグスティナ・バステリカ/宮崎真紀訳/河出書房新社-人肉食が法的に認められた近未来を描く驚愕のディストピア小説

 

 

読み終えてまず思ったのは、「この作品を“面白かった”と気軽に言っていいのか」というちょっとした後ろめたさのようなものだった。

アグスティナ・バステリカ「肉は美し」(“美し”と書いて“うまし”と読ませる)は、致死性ウィルスのパンデミックにより動物の肉が食べられなくなり、その代替として人肉食が合法化された社会を描いたホラーSF小説である。帯に書かれた〈究極のディストピア食人ホラーSF〉という惹句が示すとおり、その内容はかなりエグい。そして、読者の倫理観を強く揺さぶる非常に巧妙な小説でもある。

物語の舞台は近未来のアルゼンチン。その世界では、動物の肉を食べると感染する致死性の高いウイルスにより、牛・豚・鶏はもちろん魚も含めてあらゆる〈畜肉〉が禁止されている。食糧危機に陥りパニックとなった人類は、人の肉を食うという行動に走り、移民や貧困層の人々が犠牲になる。人道的に鬼畜の所業であるが、生きるためのタンパク源として〈人肉食〉は企業や政府の思惑もあり合法化される。この歴史的転換は〈移行〉と呼ばれ、人間家畜は〈頭〉と呼ばれるようになる。

主人公マルコスは、〈頭〉を解体して食用肉として出荷する食肉処理工場の幹部である。彼自身は人肉は口にせず、仕事として割り切ろうとしているが、心の奥底では強い嫌悪と抵抗を感じている。私生活でも、懸命な不妊治療の結果授かった子どもを幼くして亡くし、そのショックから妻とは別居中。父親は認知症のような状態で施設に入っており、妹は介護に一切関わろうとしない。社会も家庭も歪んでしまった世界の中で、マルコスだけがかろうじて迷う気持ちを保持する人物として描かれているように思える。

そんな彼のもとに、取引先の幹部から一頭のメスが贈り物として届く。徹底管理された最高級血統「PGP」の個体であり、解体すれば高値で売れる家畜だが、マルコスはすぐには処理できず、自宅の小屋につなぎ、身体を洗い、服を着せ、家に上げ、人間として接し始める。声帯を切除されて言葉は話せないメスに、マナーや生活のルールを教え、名を与え、家畜ではなくひとりの女性として扱うようになっていく。家畜である〈頭〉を人間扱いすることは違法である。それに加えてマルコスは、彼女を妊娠させてしまう。それは、彼自身の命にも関わるほどの重罪であり、重い禁忌であった。ここから物語はジワジワと緊張を増していく。

読んでいて顔をしかめたくなるような場面がいくつも出てくる。解体場で人間の身体をパーツごとに切り分ける描写はおぞましく、富裕層の間で行われている借金や罪を抱えた一般の人間の罪を帳消しにすることを条件に狩猟の獲物にする闇のゲーム(逃げ切れたら借金や罪は帳消し。狩られたら食用にされる)も悪趣味だ。だが、これは牛や豚、野鳥や鹿といった家畜や動物を人間に置き換えたに過ぎない。家畜や動物相手であれば当たり前の光景が人間を相手に行われるだけでこれほどに恐怖と嫌悪を感じるのだ。

動物食を奪われた人間たちが最初に狙ったのが移民や貧困層の人々であったというのも重要なポイントだと感じる。安全圏にいる側が、見えないところで誰かを犠牲にし、その犠牲の上で成り立つ社会構造は、フィクションの極端な例のようでいて、まったくの絵空事とも言い切れない。「肉は美し」という邦題は、その意味でも秀逸だと思う。“美味い”と”美しい”を重ねることで、人肉を美食として消費する社会のねじれを、実に的確な皮肉として言い表していると感じた。死体の“美”と食べ物としての“美味しさ”というふたつが、この作品ではおぞましいほどの自然さで結びついているのだということも表現しているように思う。

そして、驚愕すべきはラストシーンだ。ネタバレになるので詳しくは触れないが、最後にマルコスが放つ一言に一気に背筋が凍った。その一言こそが作品全体を象徴していると感じた。マルコスが抱える苦悩とはなんだったのか。彼は繊細な迷える人間なのか。それとも、心の奥深くに獰猛さと冷淡さを有する悪魔なのか。彼の一言は読者を驚愕と恐怖、そして困惑へと導くに違いない。

230ページほどのボリュームで海外小説としては比較的コンパクトでありながら、内容の重さはずっしりとしたヘビー級。グロテスクな描写が苦手な人や、読書に安らぎや癒やしを求める人にはオススメしない。読後しばらくは、肉が食べられなくなるかもしれない。そういう感覚こそがこの作品が残す“後味”なのだと思う。




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