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「ハリネズミ・モンテカルロ食人記・森の中の林」鄭執/関根謙訳/アストラハウス-“東北ルネサンス”を代表する中国若手作家の注目作。その不思議な魅力と読後の余韻を感じる秀作

 

 

“東北ルネサンス”という言葉があるのをご存知だろうか。

私がこの言葉を知ったのは、第11回日本翻訳大賞の授賞式でのこと。審査員の柴田元幸さんと、本書「ハリネズミモンテカルロ食人記・森の中の林」で受賞した訳者の関根謙さんとのトークセッションでのことだった。

今回、このレビューを書くにあたって“東北ルネサンス”とはどういう意味なのかを検索してみた。簡単にまとめると、2019年くらいから広がりだした言葉で、公式な定義があるというわけではないらしい。中国東北部を舞台とする文学や映画が勢いを増してきていることにも起因する言葉のようだ。

本書の著者である鄭執(ジョン・ジー)は、1987年瀋陽生まれの若手作家であり、まさにこの“東北ルネサンス”の中心的存在である。

ハリネズミモンテカルロ食人記・森の中の林」は、書籍タイトルになっている3つの短編で構成される作品集である。

ハリネズミ」は、語り手である僕が少年の頃に体験した伯父・王戦団との思い出を語るストーリーである。まず始まりからしてグッと引き込まれる。その冒頭部分を引用してみよう。長くなるので途中はところどころ略す。

王戦団との最後の出会いとなるその一回前、彼は一匹のハリネズミを指揮して、道路を渡らせようとしていた。あれは二〇〇〇年の夏だったか、いや、二〇〇一年だったかもしれない。(略)ハリネズミは身体じゅう灰色の短い毛に覆われていて、か弱そうな四本の脚で舗装されたばかりのアスファルトの路肩あたりにへばりついていた。王戦団はそいつの前にすっくと雄々しく立ち、蹴ったり追い立てたりなど決してせず、大股を開いてアスファルト道路の通行を堰き止め、右手で交通安全補導員の黄色い小旗を振り回しながら、左手では前に進めという手振りを空中に描き、ブリキの呼び子を咥えて反対方向に向かって必死に吹き鳴らしていた。(以下略)

これが、この物語の中心人物となる王戦団という男の鮮烈な登場である。彼がいったいどういう人物で、この物語がこの先どういう展開を見せるのか、この導入部分を読んだだけで私は気になって仕方がなくなった。

王戦団は、かつては軍に所属していたが精神を病み、家族からは奇人扱いされている。屋根の上でネギの束を振り回すなどの奇行があり、治療のために霊媒師が取り憑いた霊を祓ってもらおうとする様子などは、コミカルでありながらもどこか切実さが感じられる。

特に印象的なのが、王戦団がハリネズミを捕まえて食べたというエピソードだ。そもそも、中国東北部瀋陽ハリネズミなんているはずがない。そんな現実には存在しえないはずのハリネズミが、不吉なものの象徴として扱われ、それが物語を次第に幻想的な世界へと導いて。瀋陽という街を舞台にして、現実の世界に非現実的な世界を顕現させる。マジックリアリズム的な作風が魅力的であり引き込まれる。

モンテカルロ食人記」は、一転して密室劇のような作品になっている。高級レストラン〈モンテカルロ〉で語り手の僕は駆け落ちのために相手の女性を待っている。そこへ登場してくるのが魏軍という人物。彼は僕の叔母の元亭主である。物語は、ふたりの会話のやり取りを中心に展開し、その中で過去の因縁や微妙な感情の機微が描かれていく。会話中心の静かな展開ながら、登場人物たちの背景や関係性が少しずつ見えてくる構成には緊張感があり、読み進めるうちに読者自身がそのレストランで、ふたりの座る席のそばで彼らの会話に聞き耳をたてているかのような錯覚に陥る。

本書の中で最もボリュームがあるのが「森の中の林」である。全5章で構成され、それぞれの章で語り手が異なっているので、それぞれが独立した物語にも読めるが、読み進めていくと各登場人物たちがそれぞれに関わり合っていることがわかる。たとえば、ある章では主人公の祖父が警察官として登場し、また別の章ではその祖父が語り手になるなど、人物関係が織物のように重なっている。このような構成が、物語全体に奥行きと複雑さを与えていると感じた。

本書全体を通して思ったのは、現実と幻想が地続きになっているという感覚だ。幽霊や精霊が登場するというわけではないが、登場人物たちの行動や語り口のなかに、常に非現実的な、異質なものが感じられるのだ。精神を病んだ登場人物、崩壊する家族、語り手の不安定な視点。そうした要素が、どこか夢の中にいるような不思議な感覚をもたらしている。そういう印象を受けた。

中国文学は、日本ではまだまだ紹介される機会も少ない。そんな中で本書のような若い感性で書かれた作品に触れられたのは、とても新鮮だった。マジックリアリズム的な幻想感で描きながらも、家族や孤独、記憶といった普遍的なテーマを深く掘り下げれていると思うし、読後にはどこかホッとするようなじんわりとした余韻も感じられた。こういう作品がもっと翻訳されて読めるようになるといいなと思う。




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