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「別れを告げない」ハン・ガン/斎藤真理子訳/白水社-過去の忌まわしき歴史を題材に静かに刻まれる物語

 

 

2024年のノーベル文学賞は、韓国の女性作家ハン・ガン氏が受賞しました。韓国人作家として初の受賞であり、アジア人女性作家としても初の受賞です。

ハン・ガン氏の作品は、これまでに数多く日本語に翻訳されて出版されています。代表的な作品としては、国際マン・ブッカー賞を受賞した「菜食主義者」(きむふな訳/クオン/2011年)や1980年の光州事件を題材とする「少年が来る」(井出俊作訳/クオン/2016年)などがあり、多くの読者に読まれています。

「別れを告げない」は、2024年に日本で翻訳されたハン・ガン氏の最新作品です。本書の語り部である作家のキョンハは、『私があの都市で起きた虐殺に関する本を出してから二か月近く経ったころ』から何かを暗示するような悪夢をみるようになります。ちらちらと降る雪。野原から低山に連なる尾根にまるで墓標のように植えられている何千本もの黒い丸木。徐々にスピードをあげて押し寄せる海。何度となく浮かぶ光景がずっと気になりつづけていたキョンハは、良い場所を探して丸木を植えることができないかと考えるようになります。何千本も植えるのは難しくても99本の木を植えて、10人くらいの人で力を合わせてその木を黒く塗る。キョンハは、そのプロセスを短い記録映画にしたらどうかと友人のインソンに相談し、彼女も快くやろうと言ってくれたのですが、互いのスケジュールの都合などで実現しないままとなっていました。

それから4年。12月下旬のある朝、キョンハはインソンから“すぐ来てほしい”というメッセージを受け取ります。済州島木工作家として暮らしていたインソンは、作業中に指を切断する事故に遭い、病院に搬送されていました。病院へかけつけたキョンハに、インソンは済州島の自宅に残してきたインコの様子を見てほしいと頼みます。キョンハは吹雪の中、インソンの家へと向かうこととなり、その家で不思議な体験をすることになります。

「別れを告げない」には、韓国の歴史に深い傷を残した“済州島4・3事件”が影を落としています。済州島4・3事件とは、1948年に済州島で起こった島民の蜂起に対し、軍や警察が暴力的に鎮圧を行った事件です。この事件で推定25,000から30,000人が命を落としたとされています。済州島4・3事件については、斎藤真理子さんの「訳者あとがき」の中でかなりの紙数を使って解説されていますので、あらかじめ読んで知っておくのもいいかもしれません。

「別れを告げない」では、事件そのものを意識しながらも、事件から時代を経た現在に視点を置いて静謐で幻想的な設定や描写によって、さらに登場人物であるキョンハやインソンの体験や心を通じて間接的に伝えることで読者の心に事件の悲劇性を深く印象づけているように感じました。歴史的事実として存在する事件を生々しく直接的に物語の中に落とし込んで伝えることも、その悲劇を知らない読者にストレートに届けるという意味では正しい方法かと思います。どちらの表現で記されるにしても、忘れてはいけないのは悲しい過去を後世に残すという本質の部分だと思います。

ハン・ガン氏は、「あとがき」の中でこう記しています。

何年か前、どなたかに「次に何を書くのですか」と聞かれたとき、愛についての小説であればよいのですが、と答えたことを思い出す。今の私の気持ちも同じだ。この本が、究極の愛についての小説であることを願う。

愛にはいろいろな形があります。男女間の愛だけが愛の形ではありません。キョンハとインソンの間にも愛は存在するし、インソンと彼女の母との間にある親子の愛もあります。済州島4・3事件で犠牲となった人たちもそれぞれに愛を持っていたはずです。様々な愛の形が様々な経験をすることで究極の愛へと昇華していく。そこまで大仰な話ではないのかもしれませんが、ハン・ガン氏が「別れを告げない」で描いた愛とは、多様な愛の形が様々な経験によって究極の愛へと積み上がっていくのだということなのかなと感じました。

「別れを告げない」というタイトルについてもいろいろな意味があるなと思います。原著のタイトルを直訳すると「作別しない」という意味になると「訳者あとがき」に記されています。

このタイトルは、直訳すれば『作別しない』となる。「作別」という熟語には「別れる」と「別れを告げる」の両方の意味があり、それを「しない」とは、ハン・ガンによれば「別れの挨拶をしない」と「別れを実行しない」の両方を指すそうだ。それは「決して哀悼を終わらせないという決意」であり、「愛も哀悼も最後まで抱きしめていく決意」という意味なのだという。

忘れてしまいたい過去というものがあります。汚点となる歴史の事実を隠蔽して栄光をきどることは簡単なことかもしれません。ですが、忌まわしい過去とキチンと向き合い、その事実を受け入れることができてこそ成長はあるのだと思います。ハン・ガン氏が「別れを告げない」というタイトルにこめた想いは、その決意のあらわれでもあるのではないでしょうか。そのような想いで綴られてきた作品の数々があったからこそ、ノーベル文学賞受賞という結果になったのではないでしょうか。あらためて、本書をはじめとするハン・ガン氏の作品を日本語で読めることを幸せに思います。

【追記】
このレビューを書いている2025年2月1日、第76回読売文学賞の受賞者が発表され、〈研究・翻訳賞〉を斎藤真理子さんが受賞されました。本書の翻訳に対する授賞ですが、それに加えて数々の韓国文学を翻訳紹介してきた功績に対する授賞でもあると思います。おめでとうございます。




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