
躁うつ病や依存症などの精神的な疾患を総称して精神病といいます。うつ病やパニック障害、統合失調症といったメンタルの不調は、いまや現代病のひとつとして広く認知されています。メンタルヘルスに対する世間の理解も深まり、不調との付き合い方や周囲がどう対応すればよいか、治療法なども確立されています。適切な治療を受ければ、健康な人と何も変わらない普通の生活を送ることが可能ですし、病院などの施設も充実しています。
しかしながら、数十年から100年ほど前までは、家族に精神病者があった場合に患者を自宅に設置した監置場所に閉じ込めて世間から隠すということが当たり前に行われていました。〈座敷牢〉という言葉を聞いたことがあるという方もいるでしょう。横溝正史の金田一耕助シリーズなどを読んだことがあれば、より馴染み深いかもしれません。
精神病者を私宅にて監置し保護するための法律が、1900年(明治33年)に作られた「精神病者監護法」です。知事の許可を得れば精神病者を自宅に閉じ込めておくことができるという法律で、言ってしまえば「精神病者がトラブルを起こさないように家に閉じ込めておけ」というわけです。患者を家に閉じ込めたからといって、それが治療や解決になるのかといえば、面倒をみる家族の負担が増えるだけでほとんど意味のない制度だと思います。この私宅監置の制度は、1950年(昭和25年)に「精神衛生法」が作られて「精神病者監護法」が廃止されるまで続きました。その間、座敷牢は日本中に作られていたことになります。
精神病者たちが自宅でどのように監置されていたのか。東京帝国大学医科大学精神病学教室主任の呉秀三氏は、1910年(明治43年)から1916年(大正5年)にかけて教室勤務の助手、副手15名を1府14県に派遣して、私宅監置の状況、生活の実態、適切な治療を受けているかなどを調査をしました。本書「精神病者私宅監置の実況」は、調査報告書として1918年(大正7年)に発表されたものになります。
報告書の中では、私宅監置の実況を次の5つに分類して掲載しています。
甲:監置状態の良いもの
乙:監置状態が普通のもの
丙:監置状態が不良のもの
丁:監置状態がはなはだ不良のもの
戊:市区町村の監置扶養または補助を受けるもの
甲としてあげられている私宅監置の事例としては、富裕な資産を有する家庭における監置情報が掲載されています。監置されている患者は、飲酒して徘徊し、気に入らないことがあると物を投げつけるなどの暴力的な行動があるため(いわゆる酒乱、アルコール依存ということでしょう)私宅監置に及んだものです。監置室(座敷牢)は家屋内の8畳間に設置され、換気や採光にも十分に配慮された造りになっていたと記録されています。食事もきちんと配膳され、入浴もさせ、室内の清掃も定期的にされていて清潔な環境がキープされていて、私宅監置の中では理想的な環境です。
一方で、丁としてあげられている私宅監置の事例としては、家屋とは別の物置小屋の一角を区切って監置室としたケースがあり、小さい窓があるだけで衛生状態は悪く、板張りの地面にゴザを敷いて患者を閉じ込めているというものがあります。患者に対しては衣服も満足に与えられずに裸で生活させている状況でした。このケースでは、面倒をみる家族が患者の老母ひとりのため、十分な対応が難しかったのでしょう。行政などの支援があれば環境も違っていたかもしれません。
このような私宅監置の実態を数年がかりのフィールドワークとして丹念に調査し、報告書としてまとめあげられた「精神病者私宅監置の実況」は、その後の精神病者の治療や監置のあり方に関して法的な部分も含め見直されるきっかけとなりました。報告書が発表された翌年の1918年(大正8年)には「精神病院法」が制定され、国から地方自治体に対して精神病院の設置と命じることができるようになります。ただ、「精神病者監護法」が廃止されたわけではなく、その後も私宅監置は全国で継続して行われていたようです。精神病者の私宅監置が全面的に撤廃されるのは、1950年の「精神衛生法」の制定以降です。
調査を行ったことで精神病者が置かれている状況の実態を把握した呉秀三氏は、報告書の最後の「意見」(本書の第7章)の中でこう書いています。
我々は我が国における私宅監置の現状がすこぶる惨憺たるものであり、行政庁の監督にも行き届かないところがあるのがわかった。我々はここで重ねて言おう。この監置室は速やかに廃止すべきであると。
さらには、収容室(監置室)の存在は博愛道に反しており、国家の恥辱であるとまで記していて、呉秀三氏が精神科医として精神病者の不適切な治療と監置の実態に憤っていることがわかります。そのうえで「意見」の中には次のような辛辣な言葉も記されています。
我が国十何万の精神病者は、実にこの病を受けた不幸の他に、この国に生まれた不幸をも二重に背負わされていると言うべきである。
この言葉は、その後の精神医学の世界で名言として語り継がれているそうです。私は率直に、この言葉は“精神病”という観点を別の視点に変えてみれば、あらゆる事柄に共通する言葉であると感じました。別の視点とは、貧困かもしれませんし、差別かもしれません。すべての問題を国の問題とすり替えて考えてはいけないと思いますが、そういう一面も否定できないとも思います。
「精神病者私宅監置の実況」は、100年以上前に発表された報告書です。当然その内容は現在の精神病者に対する法的整備や治療等の環境と大きく乖離した時代における実態となっています。なので、本書を読んで「昔はひどかったんだな」と表面的な感想を持つ人がほとんどでしょう。一般読者や患者視点としての感想はそうですが、精神医学に携わる医療関係者にとっては、本書は貴重な記録として読まれるのではないかと思います。温故知新という言葉がありますが、本書にはそういう役割があるように思います。100年前の貴重な調査の記録が、現在まで続く精神医学の基礎となり、精神病者を取り巻く様々な環境の改善につながった。そして、この先もさらなる医学の発達と環境の改善を促していく。そういう一冊だと思います。