
嫉妬は、人を良くも悪くも成長させるものです。たとえば、会社であなたと同期入社の同僚社員が仕事で成果をあげて一足早く係長に昇進したとして、多くの人は嫉妬心をもつことでしょう。問題は、その嫉妬心がそこからどちらに向かってあなたを成長させるかです。嫉妬心をパワーに変えて、より一層努力を積み重ねて高みを目指すポジティブな方向に向かうこともあれば、嫉妬心にかられて相手の足を引っ張り貶めるネガティブな方向に向かうこともあります。
「緑の毒」の登場人物のひとり川辺康之は開業医。クリニックの開業で借金を抱えていますが、ヴィンテージ物のレアスニーカーに血道をあげ、黒のボルボを乗り回す金遣いの荒い男です。妻のカオルは勤務医として働いていて、川辺は彼女が同じ病院の玉木という医師と不倫していることを知っています。川辺は、カオルが玉木との逢瀬で愉悦に浸っているであろう姿を妄想しては嫉妬します。そして、その強烈な嫉妬心を糧にして、悪事に手を染めていくのです。妻が不倫で家をあける水曜日の夜に、彼は獲物となる女を求めて街を歩き、ターゲットに定めた女の部屋に侵入すると、抵抗する女の力をスタンガンで喪失させ、睡眠薬のセレネースを注射して意識を失わせてレイプするのです。
「緑の毒」は、川辺という鬼畜を中心に、彼の妻のカオルや不倫相手の玉木、川辺のクリニックに勤務する看護師の栗原や事務スタッフの井上、青山、そして川辺にレイプされた被害者の女性たちといった様々な登場人物の視点から描かれる群像劇です。圧倒的に川辺という男の悪行が目立ちますが、その他の人たちもなかなかに醜悪なのが印象的です。レイプの被害者である女性たちですら醜悪に感じてしまうのです。
正直な感想をいえば、かなり物足りないと思わざるを得ません。登場人物の誰もが、人間の醜さを体現したようなキャラクターであり、川辺はもとよりその他の人物の誰に対しても読者は身を委ねることはできそうにありません。読んでいて、自分はいったい誰の気持ちになればよいのかと困惑していました。夫が鬼畜なレイプ犯であると糾弾される立場に陥るカオルも、川辺がそのような所業を引き起こすに至った原因が彼女にあると考えれば同情することはできないですし、カオルに妻としての責任をとれと迫り川辺を追い詰めるレイプ被害者たちも、被害者という立場には同情はできても、その後の行動に対して同調できるかと問われれば疑問符がつきます。
嫉妬の塊で、エゴイストで、ナルシストで、そして鬼畜な犯罪者である川辺は、被害者たちの執念と彼の日頃の言動その他を苦々しく感じているクリニックのスタッフらに追い詰められ復讐されます。彼がいったいどのような形で悪行の代償を支払わされることになるのか。読者としては、胸のすくような復讐劇を期待するところです。ですが、このラストシーン。これをどう読むかは読者次第ということかもしれませんが、エンタメ小説としてみると物足りないと感じる読者も多いのではないでしょうか。もちろん、川辺が味わうであろう復讐の味を想像するという楽しみ方もあるので、この終わり方をどう評価するかは読み手それぞれで、ということなのかもしれません。私は個人的にもう少し書き込んで欲しかったという気持ちです。
とにかく、最初から最後まで嫌な奴しか出てこないし、最後も(個人的には)やや消化不良な気分になったので、作品としては物足りないかなと思います。