
これまで、ジャンルに拘らず短篇小説にフォーカスして知られざる埋もれた作家たちの作品を世に送りだしてきた文芸誌「吟醸掌篇」の最新第5号が2年ぶりに刊行されました。
第5号は、「吟醸掌篇」としては初の試みとなるジャンル特集になっています。それも、女性作家によるミステリの特集です。創作、コラム、ブックガイド、翻訳とすべて女性作家にフォーカスしています。以下は目次の引用です。
コラム
◇ミステリと女性作家
わたしの愛する短篇作家⑤
エリザベス・ボウエン-事件と生活の共犯性 空知たゆたさ
銀輪の音凛々と響かせよ ミステリの妖精(エルフ)・仁木悦子よ! 杉山志保
理想のミステリとしてのシャーリー・ジャクソン 頭木弘樹
◇女性作家のミステリ わたしの短篇ベスト3
凡人の内なる悪や恐怖をあぶり出す不穏な心理劇 寺田和代
女性がミステリを語るときに何が起こるか うた
変わり続ける女性探偵たち-激辛はイヤ、でも生ぬるいのもちょっとね 伊藤晶子翻訳
船長の話 レベッカ・ハーディング・デイヴィス/まえだようこ訳(画・八木橋幸子)創作
黒の方法 小沢真理子(画・小春あや)
eフィーバー 村木涼子(画・とどろきみゆき)
見えざる影 浅野里沙子(画・三堂懐古)
ばあちゃんは見ている 栗林佐知(画・小春あや)
本としての物理的なボリュームは130ページほどですが、掲載されている作品はどれも読み応えがあります。
創作の中で印象に残ったのは、村木涼子さんの「eフィーバー」です。
半年から1年くらい前から、自分の影が見えなくなるという「症状」が、主に十代から二十代前半の若者の間で起きるようになります。タチハラ・エレメント社の調査部に所属するシノダ(わたし:本作の語り手)とデータ部に所属するサワイは、調査依頼を受けてこの「症状」に関するデータ収集を開始します。そして、フナダと名乗る人物に会い、彼から「HIRAKU」というシステムの存在、今回の「症状」が「HIRAKU」によって引き起こされた『eフィーバー』であることを告げられます。
私たちが便利に利用しているインターネットの奥深くに超高性能なAIシステムが存在し、そのシステムによって人間に新たな症状「eフィーバー」が発症し蔓延していくというストーリーは、ここ数年で急激な進化と発展をとげたAIシステムやSNSにより様々な情報が人々の間でウイルスが蔓延するがごとく伝播し影響を与えるという現代社会のカオスさをバックグラウンドにしたSFスリラーになっています。
私が「eフィーバー」に惹かれたのは、この小説の構造にあります。この小説の構造は、再帰構造だと思います。再帰構造は、プログラミング手法のひとつで関数の中から自分自身を呼び出してループ処理を行うというものです。ネタバレになってしまうので詳しく書くことはできませんが、「eフィーバー」は作品のラストの部分に仕掛けが施されています。フナダとの出会いの後のパートでシノダとサワイは「長い夢」という案件に着手しています。このパートの部分でハタと気づくのです。あ、この小説は再帰構造だぞと。
他の3作品についてもそれぞれにバラエティに富んだミステリになっています。小沢真理子さんの「黒の方法」は、画材店に勤める男の失踪と若くして亡くなった銅版画家、そして雨宮荘の少し謎めいた未亡人の大家が絡み合うミステリですし、浅野里沙子さんの「見えざる影」は、芸能界を舞台にした人間関係が背景にあり、そこに正体不明の襲撃者が忍び寄る恐怖を描いたサスペンスです。
栗林佐知さんの「ばあちゃんは見ている」は、男に虐げられる孫娘をおばあちゃんの視点から描く作品ですが、終盤になるにつれて次第に孫娘のダークサイドが明らかとなっていくところは完全にサイコホラーです。こういう人間の持つ心の闇というかダークな側面を描くスタイルは栗林作品らしさと思います。
レベッカ・ハーディング・デイヴィス「船長の話」(まえだようこ訳)は、ある船員の謎めいた失踪事件について船長が回想する物語。1866年に発表された作品なので160年ほど前の作品です。冒頭で「降霊術という妙なものについて聞いてきた中でもこの事件は問題の核心に迫っている」との前フリがあって、失踪事件の真相が詳らかにされるラストシーンへとつながっていくストーリーラインがうまい作品にだと思いました。
今回はじめてジャンル特集として刊行されたということで、過去4号とはやはり印象が違っていましたが、短篇小説の面白さを再発見させるという意味では、これまでと変わらず魅力的なラインナップになっています。ジャンルを絞ったからこそ、これまでにはない魅力があり、これまで届かなかった読者にもアプローチしていると思います。今後、これまでのようにノンジャンルで幅広く作品を揃えるのか、ジャンルを絞って特集号としていくのかわかりませんが、いずれにせよ『知られていないけどすごい作家』を紹介するという基本ポリシーは土台としてしっかり守られていくと思いますので、次の「吟醸掌篇vol.6」にも大いに期待したいと思います。