
ほかでは読めない作家たち、集まりました(vol.1)
知る人ぞ知る作家たち集まりました!(vol.2)
知られてないけどかなりすごい作家と読書人集まりました!(vol.3)
過去vol.1からvol.3まで、他の文芸誌ではほとんど読めない、知る人ぞ知る作家たちの短編小説とブックガイドを届けてきた短篇小説を愉しむ文芸誌「吟醸掌篇」の第4号。刊行は2022年なので遅ればせながらのレビューとなります。
vol.4のラインナップはこちらです。
頭木弘樹氏によるコラム「短篇礼賛」
空知たゆたさ氏による評伝「ディーノ・ブッツアーティ」
林浩治氏、寺田和代氏、踏氏、斎藤真理子氏によるガイド「わたしの短篇ベスト3」
そして創作は、
「ひかり」武藤玲
「お水とり」なかむらあゆみ
「爆心地ランナー」志賀泉
「白化かしの村」松本薫
「ヌスット透視図」片島麦子
「鳥の餌を盗む」藤本紘士
「蟻の王様」栗林佐知
というラインナップになっています。そして、今回初めて翻訳短篇も掲載されました。
「黄昏どき」スーザン・グラスペル/まえだようこ訳
です。掲載されているすべてについて書いていくとキリがありませんので、創作の中から2作と初めての翻訳短篇について書いていきます。
ひとつめは、vol.1から毎号作品を掲載している志賀泉さんの「爆心地ランナー」です。
志賀さんはvol.1から一貫して、ご自身の故郷でもある福島浜通り、福島原発事故による避難地域となった双葉郡とその周辺を舞台にした作品を掲載してきました。今回の「爆心地ランナー」も舞台となるのは福島です。
東京オリンピックが新型コロナのパンデミックにより1年間延期された2020年。聖火リレーの国内スタート地点に設定されたJヴィレッジの最寄り駅から物語は始まります。
Jヴィレッジ駅では男だった。
という意味深なフレーズとともに始まった物語は、ひとりの少年が主人公です。彼のモノローグとして物語は進んでいきます。彼は、「爆心地ランナー」という小説を書いた元原発作業員の黒川アキラがブログに書いた「聖火リレーの日に爆心地に集まれ」という書き込みをみて、彼自身の爆心地を求めて福島に来ました。そして、彼はそこで女装をして目的地を目指します。Jヴィレッジ駅では男だった少年は、こうして女になります。なぜ彼は女装をして福島の地を行くのか。そこには、家族の複雑な事情が背景にあるのです。
過去vol.1からvol.3まで一貫してフクシマをテーマに作品を書き続けている志賀さんですが、今回は同じフクシマを舞台にしていても作品のタッチがこれまでとは違っています。過去作が、フクシマという場所が持つ悲しみや寂しさを静謐に描く作品だったのに対して、今作はアグレッシブな印象を受けました。根底にあるテーマや家族との複雑な関係、彼を取り巻く偏見に満ちた他者からの視線は過去作とも共通していますが、同じテーマでも描き方や表現によって印象が変わることを改めて思いました。
創作からもうひとつ。「吟醸掌篇」の主宰者であり版元けいこう舎の運営者でもある栗林佐知さんの「蟻の王様」です。
従兄が亡くなったという知らせを受け、母に言われてお通夜に参列することになった女性の語りで物語は進んでいきます。従兄のあっちゃんは、何かと理屈っぽく、友だちも少なくて大人からも疎ましがられる子どもです。悟りでも開いたかのような達観した姿勢で日々を過ごすような、周囲から完全に浮いた存在でした。ひょろひょろの痩せっぽちで食事もほとんど食べない。
確かにこのころのあっちゃんは、ご飯をろくろく食べなかった。一日に玄米四合とみそ汁と少しの野菜しか口にしないのだ。
あっちゃんは宮沢賢治です。唐揚げに手をつけない息子に母親が注意すると、彼は理屈で返します。この場面、面白いと感じる一方で日々肉や魚をバクバクと食べている身としては罪悪感を感じさせる部分もありました。
あっちゃんには年子の弟の恭助がいます。恭助は兄と比べるとやんちゃな子どもらしい子ども。虫眼鏡で蟻を炙ったり、身体も大きくて相撲にスカウトされたりするような闊達な少年です。が、成長するとやんちゃして警察のご厄介になったりもします。
こうした子どもの頃からの従兄との思い出を邂逅しながら、主人公はお通夜の会場へと向かっていきます。そして、その会場である事実を知ることになります。読者の心情をじっくりと引っ張ってきて、最後に意外な方向に話の落としどころを設定するのは栗林さんならではだと思いました。ちょっと古い作品ですが、歌野晶午「葉桜の季節に君を想うということ」(文春文庫)や乾くるみ「イニシエーション・ラブ」(文春文庫)を思い出しましたし、落語の人情噺の最後に意外なオチをつけたなという感じもありました。
創作や評伝、コラムなどどれも興味深く面白いですが、今回初の試みとして掲載された翻訳作品に海外文学好きとしては触れないわけにはいきません。
スーザン・グラスペル「黄昏どき」は、翻訳同人誌「ほんやく日和」をてがける〈同人倶楽部 ほんやく日和〉のメンバーまえだようこさんによる翻訳作品です。
73歳になる老教師を主人公とする物語は、老いをテーマにした作品です。年老いてなお生徒たちに向き合い教えようとする教師。ですが、学生たちは彼の期待とは裏腹に頼りにならない。ただひとり彼の期待に答えてくれるのはグレタという生徒だけです。老教師は自らの存在について苦悩し、グレタとの対話を通じて気づきを得ていきます。学校のために身を削って過ごしてした日々。老境に至り、彼は自身のこれまでを振り返って考えます。自分の引き際について。若い世代への道の譲り方について。タイトルの「黄昏どき」には、1日という時間の終わりも、働くことの終わりも、人生の終わりも、すべての終わりがその言葉に含められていると感じます。自分自身、定年という言葉がもうすぐそこまで近づいている年代になり、人生の終焉にも確実に近づいているという実感を日々感じるようになっていることもあってか、「黄昏どき」の老教師の心情に共感してしまいました。
この2編の他にも、掲載されている作品すべてを紹介したいのですが、それをしてしまうと何万文字も書いてしまいそうなので控えておきたいと思います。
本書に作品が掲載されている作家は、新人賞をとったりしてデビューしたものの、その後は作品を世に出す機会にも恵まれず、同人活動などで細々と作品を書き続けている知られざる作家たちです。大手の商業出版とはなかなか縁が繋がらないもどかしさはあるでしょうが、こうして知る機会が少しでもあれば、私たちもその作家の存在を知り、もっと読みたいという気持ちが生まれます。先行きは不透明で、道のりは長く険しいかもしれませんが、「あのとき「吟醸掌篇」で読んだあの作家がいまでは大人気ベストセラー作家になっている」なんて言える日が来ることを期待しています。