
短編小説の面白さは、読者が自由な想像力を発揮できるところではないかと思います。短くなればなるほど、その物語の世界は果てしなく広がり、そこに読者は自由な解釈をつけることができます。書き込まれている要素が少ないからこそ、読者には物語を想像し、創造する楽しみが与えられると思うのです。
「超短篇画集 丘の団欒(まどい)」は、63の“超”短篇小説が収録された作品集です。そこに18のイラストが味わいを加えています。小説の作者は栗林佐知さん、イラストの作者は小春あやさんです。
63の短篇は、ひとつひとつは1ページほどの、まさに“超”短篇です。その超短篇のひとつひとつが、読者の想像力を高めています。冒頭の1篇「大丈夫」を全文引用してみます。
お前は毛ガニだといわれ、
私もそうと思っていました。
確かに脚は八本ですし
毛深いのです。
けれどダメです。
水が怖いし
鋏もないのです。
泡もはけない。
糸は出てくるし
暗いところに巣を作ってしまう。克服せねばと努力の日々でしたが
本当は、努力に免じてなんとか許してほしかったのです。
この短い物語の中に、読者の想像と創造を広げる力がこめられています。「大丈夫」というタイトルと物語の結びつきへの想像。おそらく蜘蛛であろう語り部の私が、克服しようとしてきたものとは何か。何を許してほしいのか。いくつもの疑問がそこにあり、それに対して私たちは、果てしなく想像力を働かせ、私たちが想像する「大丈夫」な世界を創造することができるのです。
例えばこんなふうに。
蜘蛛が大嫌いな人間が、蜘蛛を毛ガニだと思うことで苦手を克服しようとしている。だけど、どう考えても相手は蜘蛛で、どんなに頑張っても苦手は克服できそうにない。でも、その努力に免じて、蜘蛛よどうかもう私の前に姿を現さないでください。
そんなストーリーを蜘蛛の視点から描いたという解釈なんて、面白いかもしれません。
63の超短篇には、様々なバリエーションがあります。思わず笑顔になってしまう作品もあれば、背筋がゾクリとする作品もあります。ヘンテコな世界観の作品もあれば、ありえないはずなのにどこかリアルにも感じてしまうような作品もあります。
「遠慮(1)」と題する作品があります。これも短いので全文引用します。
淑子おばさんから電話がきた。
そんなおばさんはいなかったけど、
日曜に会うことに。
お祝いをするわと言うのだもの。はじめて会ったおばさん
「ご祝儀に魔女にしてあげる」って。とてもうれしかったのに
気おくれして遠慮した。
おばさんは答えず、
パフェを食べた。私も分も。
淑子おばさんって何者? 知らないけど会いに行くんかい! で、なんのお祝いなのよ? ご祝儀に魔女にしてくれるって何? この短い中で胸をゾワゾワさせ、頭にいろいろな思いが渦巻いてきます。私の分までパフェを食べちゃう淑子おばさんの真意は。このあと何が起きたのだろう。そんなことが次々と湧き上がってきます。
この作品には挿絵がついています。大きなパフェの向こうにいる右手にスプーンをもったパーマヘアの女性の姿。顔は見えないけれど、存在感のあるその女性が淑子おばさんなのでしょう。挿絵から想像される淑子おばさん像を念頭におきながら、「遠慮(1)」を読んでみると、一層とゾワゾワ感が増してくるように思います。
栗林佐知さんと小春あやさんの出会いは2008年。「小説すばる3月号」に代打として栗林さんが掲載した作品に小春あやさんが挿絵イラストを描いたことがきっかけとなったと、栗林さん、小春さんのそれぞれがあとがきで書いています。小春さんのイラストに一目惚れした栗林さんは、小春さんの参加しているイラスト展などにも足を運び、またその後も「小説すばる」誌上で栗林さんの作品に小春さんが挿絵を描いたりと交流が続き、今回、小春あやさんの個展に合わせて本書「丘の団欒」を刊行することになったのだそうです。偶然がきっかけで出会った作家とイラストレーターが十数年の時を経てひとつの作品を生み出すに至る。本書は、ふたりにとってひとつの到達点であり、結晶なのだと思います。
ほのぼのとしているのにそこはかとなく物騒で、
ぞっとするんだけどなんだか笑ってしまう、
透明感あふれるイラストと、日常からずれまくった超短篇63本のコラボ!
(けいこう舎HPより引用)
この奇妙な味わいを何度も繰り返して楽しみたい。そんな作品集です。