「手放す」と聞けば「何を?」と思うよね。
仏教では「私を手放す」なんて不思議なことを言ったりする。
文字面は平易だけど、とても簡単な話ではない感は半端ない(笑)。
「自分を捨てる」とか「無我になる」とか。「自分を手放す」に近い表現として、仏教でもよく聞く言葉ではあります。
しかし、正直、雲をつかむような感じがして、日常の中でその意味を“実感”するのはなかなか難しいって思います。
まだまだ仏教徒になる遥か以前!? 大学時代にも一度だけ、これに近い言葉を強く意識したことがありました。
きっかけは、カルロス・カスタネダの本。当時は心理学と称して精神世界に片足突っ込んでいた時期でもあるので、全12巻ある今シリーズはわりと好きな本であった。
ちなみにこのブログで最多登場の心理学「アーノルド・ミンデル」も本シリーズの概説書を書いているから、まあ私がひかれるのもさもありなんです。
さて、フィクション・ノンフィクション論争のあったカスタネダシリーズだが、いずれにしても読み物としてはとても面白い。
人類学者である主人公「カスタネダ」が“呪術師ドン・ファン”に弟子入りして、二人の対話で綴られる話。そこでこんな言葉が繰り返し出てきたんです。
「戦士は、自分の重要性を手放す」
戦士とは呪術師のこと。つまり「自分にこだわるな」「自分というイメージに執着するな」──と。
そのときはぼんやり「なるほどね」とは思いつつ、まだどこか遠い話のような気がしていました。
でも最近、ふと思ったんです。
あれって、こういうことだったのかもしれない、と。
卑近な例で恐縮だけど、紹介しますね。
私は昔から「プレゼンが得意だね」とよく言われてきました。
人前で話すのは好きだし、構成を考えたり、「どう伝えれば伝わるか」を組み立てるのも苦じゃない。それは確かに、自分でも“強み”だと思っていたし、ちょっとした“誇り”でもありました。
ところがあるとき、何気ないやりとりで、こんなことを言われたんです。
「うーん、今日のプレゼン、ちょっと伝わりにくかったかも」
ただそれだけ。
批判されたわけでもないし、当然そんな日もある。
でも、心の中がざわっとした。
なんでそんなに引っかかったのか。
あとから冷静になって振り返って、気づいたんです。
それって、「プレゼンが得意なはずの自分」が否定されたように感じたからだったんだって。
事実として、うまくいかなかったことに動揺したのではなく、
「得意なプレゼンでうまくいかない=自分じゃない」
みたいに、勝手に思い込んでいた。
つまり、「プレゼンが得意」という性質を、いつの間にか“私自身=アイデンティティ”にしてしまっていた。
それが少しでも揺れると、
“自分が崩れた”ような感覚になってしまうんです。
でも、よく考えれば当たり前の話で。
プレゼンが得意でも、毎回完璧なわけじゃないし、そもそもその能力自体が、私という人間のすべてではない。
「プレゼンが得意」というのは、ただの“特性”。
たまたま得意な分野がそこにあったというだけのこと。
それ以上でも、それ以下でもない。
カスタネダの言葉が、ようやくここにつながった気がしました。
**「自分の重要性を手放す」**というのは、
“自分はこうであるべき”という像を、そんなに固く握りしめなくてもいいんだよ、ということだったのかもしれません。
仏教でいう「無我」も、“自分がいない”という話ではなくて、
“自分というイメージに囚われない”ということなんじゃないか──
そう思うようになったら、ふと気持ちが軽くなった気がします。
「プレゼンが得意な自分」であろうとしなくても、
プレゼンが得意なことには変わりない。
そんなふうに、もう少し“自分”と距離を取れるようになったら──
案外、生きるのって少しラクになるのかもしれませんね。

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