あとになって思い返すと、不思議なほど記憶に残っている風景というものがある。
毎日通っていた通勤路の並木道、何度も信号待ちをした交差点の角にあった大きな木、あるいは車の窓越しに何気なく目にしていた山の稜線。そのときはただの背景にすぎなかったのに、なぜかずっと記憶に焼きついていて、ふとしたときに脳裏に浮かぶ。そんな経験は、誰にでもあるのではないだろうか。
転勤族である私が茨城県つくば市で16年間過ごしたていた時のこと。営業職として忙しく動き回り、毎日のように車を走らせ、各地の施設を訪ねていた。筑波山の麓の町。象徴的な双耳峰はもちろんよく知っていたし、地元では馴染みのある存在だった。
だが、私の記憶に妙に残っているのは、その筑波山のすぐ隣にある、岩肌の露出した少し荒々しい山、加波山。石切場が広がっており、登山道も見当たらない。地元の人ですら「入り口が分からない」と言うその山を、私は何度も通り過ぎた。ちょうど担当していたユーザーのところへ向かう通り道に、その山があったのだ。
当時の私は、まだ仏教にも山岳信仰にも深く関わってはいなかった。ただ、あの山の姿だけは、なぜか印象に残っていた。
後になって、その山が「岩切権現」と呼ばれる霊場であり、飯縄権現を祀る場所だと知った。しかも、高尾・戸隠と並び称される“三大飯縄権現”のひとつだという。その名を初めて聞いたとき、頭の中にすぐに、あの岩山の形がよみがえった。
そしていま、私は八王子に住んでいる。すでに行者としての道を歩み始めてからこの地に来たが、ほど近い高尾山には、飯縄権現が祀られている。さらには、私の師僧の寺のご本尊も、飯縄権現さまだ。
意識していたわけではない。ただ、気づけば、飯縄権現という存在が、自分の人生のあちこちに現れていた。
山岳信仰は、山そのものを神とみなす。そう考えると、あの頃の私は、知らず知らずのうちに、ただ山の姿だけを見て、何かを受け取っていたのかもしれない。
信仰とは、自分が選んだと思っていた道が、実はずっと前から共にあったということに、あるときふと気づく——そんなものなのかもしれない。