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過激な言葉と仏教の布教

「お前らバカは分かんないんだよ」

 元ボクシング日本チャンピオンで、某格闘技系YouTuber・H・V氏は、こういった挑発的な言葉を武器に、SNSの中で強い発信力を持っている。彼は世界チャンピオンではないが、数多くいる世界チャンピオンたちの発信よりも、その言葉の鋭さによって人々の心に爪痕を残していく。

 一見すると“炎上商法”にも見えるそのスタイル。しかし彼自身が語るように「見つからない情報は、そもそも意味がない」。つまり、誰にも届かなければ、何を語っても無意味だという現実を彼は知っている。

 私は、彼の動画はわりと見る方だが、かといって彼のやり方を全面的に肯定することはない。だが、仏教の「布教」という視点に立ったとき、彼のやり方であらためて見えてくる課題があると思ったので、記事にすることにした。

 まずは言わずもがなだが、仏教において「言葉の使い方」は戒律の中でも特に重視されてきた。十善戒では「妄語・綺語・悪口・両舌」は明確に戒められているのはご存知の通りだ。つまり仏教では、粗暴な言葉、嘘、扇動、陰口といった口業の罪には非常に厳しい。

 しかし、仏教の歴史を学んだことのある人ほど、こんな疑問を持ったことはないだろうか?

「過去の高僧たちの言葉って、結構過激だよね?」

 

たとえば……

  • 空海:「真言は即身成仏の法」とし、天台の教義を「権教(仮の教え)」と評した。

  • 日蓮:「念仏無間、禅天魔、真言亡国、律国賊」と他宗派を激烈に批判。

  • 親鸞:「善人なおもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」という逆説で伝統的善悪観を覆す。

  • 道元:加持祈祷を「仏教の外道」として退け、坐禅のみに仏道の真髄を見る。

  • 覚鑁(かくばん):真言宗内部の旧派にすら噛みついた。

  • 明恵法然の専修念仏を「釈尊の本意に反する」と非難。

 これらは、現代で言えばかなり「強い言葉」での布教である。仏教の中にすら、かつてはこうした“言葉の戦”が存在した。

 仏教では「方便」という、やもするととても便利な?言葉が存在する。
 もちろん、こうした言動を「方便」だとする見方もある。相手に合わせて語り方を変える、衆生を導くための“演出”としての手段だ。

 しかし、「方便」の名のもとに、現代においてそのまま真似をしてよいかと問われれば、「話はそんな簡単ではないだろう」と思うのだ。

 仏教における方便の「根っこ」には、本来慈悲を根に持った導きのための工夫がある。怒りや激しさを表現すること自体は否定されないが、それが自己顕示や攻撃にすり替わってしまえば、それは方便の名を借りた“暴力”に過ぎない。

 ここで私たちがこの議論で直面するのは、「行儀よくしていても、その発信は誰にも届かない」という現実である。

 あくまで卑近な自身のブログでの話だが、正しく、穏便に、論理的に書く記事の閲覧数は伸びない。つまり「それが届かなければ布教とは言えない」ということが現実に起きている。極端な話、どれだけ慈悲深く語った説法でも誰も読まれず、誰の心にも響かなければ、それはこの社会に“存在しなかった”に等しい、と考えざるを得ない。

 しかし、慎重な記事を書かなければならない理由が存在する。

 長年にわたり仏教ブログを継続してきた中で、何度も苦い経験をした。

「出る杭は打たれる」

 匿名のマウント批判にさらされる。明らかに慈悲ではない。ただただマウントがとりたい「おまえは、まだたいしたことはない」「どうだ、俺の方が詳しいんだ」と言いたいだけのコメントが飛んでくる。
 その背後に慈悲は感じられず、ただただ承認欲求をぶつけられる、もらい事故でしかない。

 方便の名を借りた暴力は、仏法を穢す。

 逆に、どれだけ口が悪かろうと、一人の心に火を点すことができれば、それは仏の智慧が働いたとも言えるかもしれない。

 行儀の良さと届く力。その両立は極めて難しい。
 だからこそ、意図的に“引っかかる”言葉を使う者が現れる。冒頭のYouTuberのように。

 たとえば、不動明王をはじめとする「忿怒の相をもって衆生を導く教令輪身」。
これもあくまで『慈悲の仏でありながら』怒りの姿をとる。激しさと慈悲が両立する仏教的象徴である。ここでも、慈悲が中心にあるか否かが分水嶺だ。

 仏教に携わる者として、言葉の厳しさを学ぶと同時に、「届かせる力」をどう獲得するか。その方法を真剣に考える必要があるのかもしれない。

言葉は剣。使い方を誤れば、自らを斬る。
だが、誰かを救うために、その剣を抜く覚悟があるならば──それもまた仏道の一つなのかもしれない。

 

祈願のお申込みについて

 本院で承っている祈願につきまして、以下解説ページから。

本尊准胝仏母祈願

当院のご本尊である准胝仏母さまの祈願です。滅罪、延命、求子に強いご尊格です。

 荼枳尼天尊祈願

荼枳尼天とはお稲荷さまの仏教でも呼び名です。

商売繁盛、学業増進、立身出世など増益につよいご神さまです

人型加持

 病気平癒、健康維持にとてもよく効く祈祷で、お加持をした「お札」を毎日枕の下に入れてその札に「悪いもの」を吸い取ってもらうように機能させます。人によっては患部に当てるよう袋を作ってお守りのようにしている方もいます。不動明王による祈祷を行いますが、当院では延命に強い准胝仏母の力もお借りして祈祷致します。

 文殊菩薩祈願

「三人寄らば文殊の知恵」というように智慧を象徴する尊格です。学業増進祈祷、無明を断ち切る祈祷などでお力をいただけます。受験用のお守りもお出ししています。

先祖供養・家族の敬愛祈願

光明真言にによる供養(光明供)にて、ご先祖供養を致します。光明真言には強い滅罪の功徳がございます。祈願を叶えるには先祖供養がしっかりできているのが大前提です。

多羅菩薩(ターラー菩薩)祈願

(「どんな衆生でも救う」という使命を持って誕生した慈悲深い菩薩さまです。皆様の願いを菩薩さまにお伝えするお手伝いをします)

星祈祷

年始(旧正月)に「星祭」を行い、祈祷札をお出ししておりますが、随時「星祈祷」をお受けしています。

不動明王祈願 

不動尊華水供を修法致します。

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