「魂抜き」「お焚き上げ」の質問を受けることが多くあります。
お札や仏画、仏像など、開眼供養したものは「発遣(浄土に丁寧に送り出す)」する、という説明は特に問題がないと思う。
しかし、話はそれほど単純ではない。それは「日本には古くから「依り代(よりしろ)」という考え方があるから。
『形あるものに霊が宿る』という感覚は日本人にとってはごくごく自然なものです。とくに人の姿を模した人形は、昔からその形ゆえに魂が宿りやすいとされてきました。だからこそ、長年手元にあった人形を処分するときには、開眼供養したわけでもないのに、単なる「モノ」としてではなく、感謝とともに丁重に送り出す=発遣(魂抜き)が求められるわけです。この感覚は日本人にとっては、ごく自然に受け入れられるものだと思います。
本来「発遣」とは、神仏の力を込めたお札や仏具から力を抜き、元の浄域へお送りするためのものです。けれども民間では、「形あるものには自然と霊が宿る」という感覚が強く、「開眼していないものでも発遣をする」という習慣が根付いていったように思います。
話は少し変わりますが、最近ではオークションなどで古い仏像が売買されることも珍しくありません。しかし、それらの仏像が発遣されているのかどうか、確かめる術はありません。ただ、明らかに「禍々しい」と感じるものがあるのも事実です。感覚的なものと思われるかもしれませんが、こうした直感は決して軽んじるべきではないと私は考えます。霊的な視点から見れば「放置された器」には何が宿るかわからない、ということなのです。
参考)オークションで落札した観音像。(右)すすけています。(左)自力で補修したお像

たとえば、日本の民俗学者・柳田國男は「祀られなくなった神は妖怪になる」と語りました。敬われなくなった存在が荒ぶり、やがて祟り神となる。これは日本人独特の神仏観かもしれません。仏像もまた、しっかりと祀られ拝まれていれば、その力は増し、守護の存在となるのは間違いありません。
だからこそ私は、在家信者の方が仏像をお祀りする場合には、慎重になるし、年に一度でもよいので僧侶が密教立で拝む必要があるというルールにしています。日々手を合わせることはもちろん尊いことですが、特に天部尊などは密教の供養法で仏像が常に正しい霊的なお力を発揮できるようにしておくことは重要であると考えます。
仏像や仏画は言うまでもありませんが、依り代になりうる「モノ」への感謝と敬意を忘れずに、お焚き上げや発遣の作法を整えることは、仏教徒であればとても大切な心がけだと私は思っています。
祈願のお申込みについて
本院で承っている祈願につきまして、以下解説ページから。
当院のご本尊である准胝仏母さまの祈願です。滅罪、延命、求子に強いご尊格です。
荼枳尼天とはお稲荷さまの仏教でも呼び名です。
商売繁盛、学業増進、立身出世など増益につよいご神さまです
病気平癒、健康維持にとてもよく効く祈祷で、お加持をした「お札」を毎日枕の下に入れてその札に「悪いもの」を吸い取ってもらうように機能させます。人によっては患部に当てるよう袋を作ってお守りのようにしている方もいます。不動明王による祈祷を行いますが、当院では延命に強い准胝仏母の力もお借りして祈祷致します。
文殊菩薩祈願
「三人寄らば文殊の知恵」というように智慧を象徴する尊格です。学業増進祈祷、無明を断ち切る祈祷などでお力をいただけます。受験用のお守りもお出ししています。
光明真言にによる供養(光明供)にて、ご先祖供養を致します。光明真言には強い滅罪の功徳がございます。祈願を叶えるには先祖供養がしっかりできているのが大前提です。
(「どんな衆生でも救う」という使命を持って誕生した慈悲深い菩薩さまです。皆様の願いを菩薩さまにお伝えするお手伝いをします)
年始(旧正月)に「星祭」を行い、祈祷札をお出ししておりますが、随時「星祈祷」をお受けしています。
※不動尊華水供を修法致します。
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