さて、今回のテーマは……
「准胝尊って、元はヒンドゥー教のドゥルガー女神って聞いたんだけど、ホント?」
という内容を深堀してみたいと思います。これ聞いたことありますか?実はウィキペディアにも書いてあるネタです。
ドゥルガーと言えばヒンドゥー教でも超人気の女神さまなのでご存知の方も多いと思います。
まずどんなお姿か→
リンクで確認しましょう。
この画像を見てどう思いました?
「この女神が准胝さまの元になっただって!?いやいや、それはないでしょ!」
そう思いましたよね?(笑)
そうです!これ以外の画像も是非検索して確認してほしいのですが、ドゥルガー女神はあまりに准胝尊とはイメージが違い過ぎます。
しかしウィキペディアにはこう書いてあるんです。
『ドゥルガーは別名をヴィカラーラ(「恐るべき者」の意)といい、仏教では興福寺八部衆や二十八部衆の畢婆迦羅、十二神将の毘羯羅となっている。また、密教に於いては菩薩(天台宗では如来)とされ、六観音、七観音の一尊である准胝観音となっている』
結論を先に言ってしまいましょうか。
「ドゥルガーは、そのまんまのイコールで准胝仏母ではない」
その心は?
「准胝仏母の前身とされる女神「チュンダー女神」の姿が変化する過程で、ドゥルガーの「腕の数のみ」に影響を受けた、というのが答えになりそうです(詳しくは後で記します)。
つまり先の記事でも書いた通り准胝尊は前身がドゥルガーであることはなく、「チュンダー陀羅尼」が尊格化して「チュンダー女神」になったことはゆるぎない事実です。 仮にドゥルガーというヒンドゥー神がそのまま仏教に取り込まれるなら、護法神となって天部尊になっているはずです。それが天部ではなくいきなり仏部の尊格というのは全く理屈にあいません。
ではなんでドゥルガーと准胝が同体であるという説が唱えられるたんでしょうか?
理由は3つあると思います。2つは以下の説明の通り多くの学者が指摘している通りですが、3つ目は私が気付きました(キリッ!)いや、きっともっと調べれば学問的に指摘している方はいると思いますが(汗)。
ではその3つの理由を順に記してみましょう。
①ドゥルガーの異名が「チャンディー」「チャンディカー」なので、准胝(じゅんてい)の「チュンダー」に響きが似てる。
②容姿の共通点が多い。
1)ドゥルガーは准胝尊と同じ十八臂であることが多い
2)しかもその腕に持つ持物が准胝尊が持つ持物の多くに一致する
3)三目眼である
③ドゥルガーの血で生まれたとされるカーリー女神はチャームンダーと同体とされ、そのチャームンダーの夫がヤマである。ヤマは仏教では焔摩天とされるが、焔摩天は准胝尊の眷属である。
以上を読んでしまうと「おやおや?これは前身がドゥルガー説もありなのでは?」ってなりますよね?確かに一見するとドゥルガー、准胝同体説が出るのも分かる気がします。特に②容姿の共通点は看過できないレベルです。
ただ深く調べていくと、やっぱり准胝仏母をドゥルガーとしてしまうには無理があることが分かります。まず先の記事でも紹介した通り准胝仏母はチュンダー陀羅尼から発生した尊格であることがほぼ確定していてドゥルガー女神の起源とは全く違うこと。これが決定的です。
さらに、響きが似ているという「チュンダー」「チャンディー」は確かに日本人的な間隔としては「似てる」と感じますが、言語的見ると「似て非なる」ものでインドでは明確に「区別」されるようです。だから簡単に「混同」は起きにくいそうです(詳細は省きますが)。
そして一番の問題は「②容姿の類似性」です。
文字の説明文を読むと「似てる!」と感じますが、よくよく見ると似ているのは「腕の数」と「三目」だけ。
それ以外、特にどう見ても印象が全く違いすぎる。実際にドゥルガーは戦いの神という属性を強く持っていますから、行者を励ます仏の母という准胝尊のイメージとは違い過ぎます。
さらに突っ込んだ話をしましょうか。
チュンダー女神はもともと十八臂よりも、四臂像が主流であったということも見逃せません。それが徐々にヒンドゥー教の影響下で、十八臂という姿が定着した歴史があります。日本に准胝尊をもたらした経典(七佛倶胝佛母心准提陀羅尼法、他)の儀軌が十八臂だったので日本の准胝尊は十八臂と当たり前のように認知されていますが、インド密教の成就法儀軌である「サーダナマーラー」に記述のある准胝尊の臂数は四臂です。つまり元々四臂像だったチュンダー女神がドゥルガーの図像学的特徴の影響(あくまで姿だけの影響です)を多分に受けた十八臂系統のチュンダー女神が中国を経由して日本に伝来したと考えるが妥当だと思います。
そうなってくると……
「仏教の女神が、ヒンドゥー神の影響を受けることなんてあるの?」
なんて思った方もいると思います。
それについての解説を「変化観音」を例に紹介します。チュンダー女神(准胝尊)はインドにおいて観音ではありませんが、のちに日本で観音に発展することを考えれば大いに参考になると思います。
『仏教はヒンドゥー教とは異なる宗教であるが、一般大衆の次元においては、両者は共通の基盤を持っていたものと思われる。特に大衆とかかわりの深い観音には、すでに人々の心を捉えるために、すでに知られていたヒンドゥー神の表現方法が部分的に取り入れられていた可能性がある。
~中略~
変化観音の姿には、ヒンドゥー神の図像学的特徴の一部が、少なからず「転移」している。「転移」とは、ある尊格の図像学的特徴が、別の尊格の特徴として取り込まれることを意味する。変化観音の場合には、ヒンドゥー神の図像学的特徴は、敵対する要素としてではなく融和すべき要素として取り入れられるのが一般的である。そのような表現方法によって、仏教とヒンドゥー教との間の摩擦を緩和する役割を果たしていたと考えられる(観音菩薩 佐久間瑠璃子著 春秋社)』
さて、色々書いてきましたが、これらのことはまだまだ「仮説」の域を出ておらず断定できる内容ではありません。ですから我々としては「ドゥルガーは准胝と同体」という誤っている可能性が高い話を短絡的に鵜呑みにせず、後は自身が信仰、修行をする中で自分なりの体験を通じて自分なりの答えを持てるようになればいいと思っています。
今回は以上となります。
次回は今回の番外編として、「実はドゥルガーが元になった尊格は准胝よりも八臂弁才天だった!?」を書きたいと思います。乞うご期待!
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