レースレポ①からの続き。(自己満足のため綴る)
いよいよ号砲が鳴りスタート。
コースは荒川の河川敷(舗装路)を3.5㎞下って折り返し、同じ道を戻って7㎞を6周するコース。3.5㎞の間に土手を上って下るため、42㎞の間に上り坂12回、下り坂12回、折り返しも12回と鬼畜なコースだ。
2つの坂は、上流側が100mちょっと、下流側が150mくらいで、高低差はどちらも8mから10mくらい。2つの坂の間には、クランク状のアップダウンを伴うコーナーもあり、多くのランナーを苦しめた。
レース前日、わざわざtakawonさんがコースを試走(なんと距離までフルマラソン)してくれ、これは試走ではなくガチの実走(ペースまでサブ3ペース!)ではないかと度肝を抜かれつつ、ありがたくレポートを熟読したので慌てることはなかった。

大会HPより
サブ3集団はペーサーを先頭に100名くらいの大集団だった。道幅も狭く居場所作りに苦労したが、ペースは4'10〜4'13とそこそこの貯金も作れそうなペースだった。
さらに周回を重ねるごとに風も強まり、前から横からとゼッケンが吹き飛ぶほどの風が吹く。4周目にゼッケンピンが1つ吹き飛んだ。それ以降は、横風を受ける土手の上を走る区間で、ゼッケンと計測チップが飛ばされて計測不能は困ると、風が吹く度に手で押さえる始末だった。

↑4週目(28㎞)までのラップタイム。
安定したペースでハーフを通過し、タイムは1時間29分ちょうどだった。フル2時間58分ペースと予定より30秒ほど遅いが、スパートすれば57分台はイケると予想し、風も強かったのでこの集団で温存して終盤まで走ることに決めた。
心拍は20㎞で160付近までジワジワ上がるが、その後も打ち上がらずに160台をキープし苦しさは感じない。閾値走を頑張ってきた成果か?
この時点では、どこでスパートするかを考える余裕があったが、徐々に脹脛の疲労も感じ始めていた。フォームを乱せば一気に脚に来そうだったので集中して走った。
この集団には、
マフさん、とし姉さん、のちぼうさん、zunzuさん、ooiさん、Highさん、Ryoさん
と心強い仲間がいた。お互いに言葉を交わしながら、励まし合ってレースを進めることが出来た。ハーフまではあっと言う間に感じた。
このまま、みんなでゴールできたら最高だな!
5週目8回目の上り坂、集団の右に出てスーッと前に出た。正確には、集団が坂で遅くなり、同じペースで走る自分が前に出た。毎回、上り坂では同じ動きをしていた。
【上り坂練習】
自分の予想では東京チャレンジマラソンは上り下りがポイントになると思っていた。坂をペースダウンせずに上手く走ればサブ3達成に近づけると感じ、同じような坂を見つけて密かに練習を積んでいた。
上りでは前傾を強めて走ることで、脚力を温存してペースダウンせず走れるようになったのだ。得意満面で上りの度に人を抜かした。
Highさんからは、上りの度に謎のペースアップと言われる(笑)
が、しかしだ。下り坂はブレーキかけず脱力して下ればオッケーでしょ!と、さほどの対策も練習もしていなかった。今回は間違いなく下りで脚力を奪われた。
端的に言えば、自分は下り坂の走りが下手クソなのだ。
得意な上りで集団の前に出て、下りでリズムに乗れずに集団の後方へ下がった。結局、上り下りで脚を使っていたのだ。
【突然のピンチ】
8回目の下り坂、集団は例のごとくペースアップし410を切るペースで進むが、自分は毎回この区間で馬力を使わなければジリジリ遅れる。
出力を上げて集団のペースで巡航し、30㎞を過ぎたあたりで、いきなり脹脛が攣った。
少し前からピキピキ来ていたが、これほど唐突に来るとは想定外。
えっーー!マジで!
絶好調から、いきなりの大ピンチか?
これはまずいぞ!あと10㎞以上ある…。
あーどうしよう、コムレケアゼリーも攣り防止で既に投与済。奮発して買ったモルテンジェル3本も10㎞毎に全て摂取済、万策尽きたか?
慌てるな!諦めるな!
絶対にサブ3やるんだ!
と自分を落ち着かせるが、1㎞ほど走ると症状は更に悪化し、膝下全体が攣っしまい足首ロック状態でもう走れない。一か八かで止まるしかない。このまま走れば、転倒するかもっと攣って歩くとこすら不可能だ。
正にそのタイミングで、横にいたzunzuさんから、
zunzuさん:いよいよ、ここからですねー
私:そ、そうですねー、実は脚が攣って止まろうかと…集団も長いので後ろの方に付きまーす
熟考を重ねた結果、一度立ち止まって屈伸することに決めた。
脳裏には、箱根駅伝で屈伸するも、その後何度も止まって大ブレーキしてしまうランナーが浮かぶ。
俺もそうなるのか?
追突されないように、コース外の草むらで立ち止まる。ここから本当のマラソンが始まった。
【レースレポ③ゴール編】へ続く