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『Black Box Diaries』~とても繊細な表現力の映像日記

『ブラックボックスダイアリーズ』を観てきました。

極限まで傷ついて、なんとか再生の道を探ろうとしている人の映像日記として素晴らしい表現力でした。


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 印象が強いのは、監督であり、被写体でもあり、事件の被害者である伊藤詩織さんが、事件について把握しようとしていろんな人と話をしていく中で、表情をまったく動かさないまま、感情が消える瞬間というのがいくつも映っていることでした。

 限界以上に気持ちが傷つかないように反射的に回路が切られている瞬間なのだと思いますが、ああいう表情を、あの距離で、あの赤裸々さで捕えたのも、稀有なことだと思います。どれくらいギリギリの精神状態で人前に出てるのかが見て取れるので、見ていてとても怖いシーンでもありました。

 

 感情をオフにする表情があちこちに入っている一方で、非情に繊細な感情表現も多く、中でも麻の軽いカーテンが風に揺れるシーンが何度も入るのが印象的でした。

 たぶん客観性を優先して事件を追ったドキュメンタリー作品であれば、こんなに度々は挿入されなかったシーンであろうと思うのですが、「とにかく風を入れたい。呼吸をしたい」という表現だということが、リアルさを持って伝わってきます。なにしろ、観ているこちらですら冒頭からいきなり呼吸が浅くなってるので。

 

 民事裁判で勝っても、本を出しても、支援するチームがあっても、性被害の傷自体は癒えることはないんだ、という強い宣言として見えるところも、当事者だからこそで、どうしても自分で監督するしかなかったのだろうというのもよく伝ってきます。

 

 映画の公開にあたって、登場する人々への許諾の問題がクリアされていない、というような論争があり、日本では映画の内容よりその経緯ばかり語られる結果になってしまったのは本当にもったいないことに思います。

 映画そのものは感情的なインパクトの強いものだら、観ると絶対に伊藤詩織さんのストーリーに乗ってしまうのですが、関わった人たちにはその人達のストーリーがもちろん個別にあるのは当然のことで、いままで日本において、公益性とか、ジャーナリズムの倫理とか、性被害者の権利、などがこんなに密にからみあったところで議論がされたことがなかったところに、とつぜん一気に何歩も先に踏み込むような作品が現れてしまった、その社会の困惑を目にしてるんだろうな、と思いました。

 「被害者批難は論外」ということでさえ充分に浸透してない日本の現状では、まだかなり待たないと冷静に評価されないような気がしますが、社会の戸惑っている空気ごと、日本語版でようやく観られて良かったです。

 




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