『かくかくしかじか』観てまいりました。
なんでかって我が父・水道屋(仮)が観たいと言ったのでお付き合い。
(ちなみに水道屋は自分で何でもやるし、どこへでも一人で行く自由奔放タイプなのに、なぜか映画の上映館と上映時間の調べ方だけはどうしても理解できないため、観たいものがあると娘に連絡してくる老人)
ほとんど何の期待もしないで行ったんですが、おもしろいんですよ、これが。
鑑賞後、父が開口一番
「おもしろかったんでないか」
と実に意外そうに言ったのでこっちがびっくりしたっていうね。
「期待もしてないのに観たいとか言ったんですね、おとうさーんっ!」
という話です。フリーダム。
予告映像を観ると「はいはい。病気でお涙のやつだ」っていう感じにもみえるんですが、そこは脚本のほうががはるかにテーマがしっかりしていて、メンターから卒業していく若者のよくできた成長譚でした。
何をやっても全部軽くみえるという大泉洋の天才が、今どき”竹刀振り回すパワハラ中年”という絵面を実写で成立させてるのが本当に凄いのです。もうちょっとシリアス味の出る役者さんだったらこんなのおぞましくて観てられないな、と思いつつ大変楽しく観れてしまう、ほとんど妖精のような大泉洋の耐えられる軽さ。
何かを生み出そうとする人がほぼ全員直面するのであろう「自分には描きたいものなんてないのかもしれない問題」も、非常に興味深かったです。
実際長く描いてきた先人には「内面とか掘っても何も出ないから、別のアプローチしてみ」っていう普通の話である一方、学びの途中の人にとっては「そもそも自分の素質とは……」みたいな過剰にナイーブな思考になってしまう。そうなってくると、やっぱり生身のメンターが有無を言わさず傍らに存在しているというのは圧倒的に凄いことなのだ、と思います。
たぶん私と1,2歳くらいしか違わない漫画家さんなんですが、あの時代で社会的成功とかとは全然関係ないところで自分が信じた道を爆進した大人が身近に居たというのはすでにかなりの希少種だったのではないか。
劇場のあちこちからは笑い声やら泣き声やら聞こえてきて、みんな大変楽しんでる様子が伝わってくる良い映画でした。
そうして予想外に楽しい映画を鑑賞できてご機嫌になった我々父娘は6月の空の下、大通公園のワゴンで焼きトウキビを一本ずつ買い、ベンチに並んで食べたのでありました。なんだこれ、青春か。
面白かったのでつい原作コミックも買って読んでみましたが、やっぱり面白い。
そして、絵の訓練をみっちり受けたことはよく分かったのだけど、ドラマ作成の訓練を一切受けてなくていきなり描けていることには驚嘆するんでありました。絵も技術だけどドラマも技術だろ。