あけましておめでとうございます。
今年も代わり映えしないお節(のようなもの)を作りました。

今年は何が驚いたっていんげん豆が手にはいらなかったんですよね。正月にいんげんがないって事があるのか、と思いつつスナップエンドウですませましたが、細い豆の感覚で雑に使ったらやけに筋が残りました。一応ハレの献立としては口から豆の筋を出しつつ食べるのはだいぶ致命的。真面目にやるべし。
今や誰が観てるのかよくわからない紅白歌合戦を観て年越しです。毎年「誰が誰だかさっぱりわからんね」と言いつつ見るのが作法ですが、これも今や本当に貴重な経験になりました。
普段はインターネットのフィルターバブルに包まれて暮らしていますから、知らないものは「ない」ものとして体感されてしまう日々。年に一回、紅白歌合戦の徹底した分からなさを見ることによって、「今世の中で起こっていることのほとんど全部のことを私は知らないんだ」としみじみ実感できてありがたいことです。
そのわりには、予定調和の茶番感とか、利権で全部決まってる匂いとか、全体の構造的なところは妙に昔ながらのテレビ全盛期の残滓がそのまま回ってる感じで、この壮大なチグハグさも興味深い。
今回は曲へのつなぎのたびに変な間が空いて、場をつなぐために一言放り込んでいいのか黙ってた方がいいのか判断できないまま全員が作り笑いを浮かべて数秒間立ち尽くす緊張感が良かったですね。あまりの緊張感にこっちまで毎回「むーんっ!」って声が出ました。
年の瀬は2023年のノーベル経済学賞のクローディア・ゴールデンを買って読み始めました。2025年もうるせえ女だなと思われながら生きていく予定。
今週のお題「2024こんな年だった・2025こんな年にしたい」