映画『マミー』みてきました。
和歌山毒物カレー事件発生1998年。当時、私は新聞もとってないし、テレビももってないし、週刊誌なんか買うお金もないし、世情から疎かったはずではあるのだけど、それにしても世を挙げて「林真須美が犯人に間違いなし」という浮かれ騒ぎだったことは体感としてよく憶えています。
被害者、関係者が多く存命であるだけに難しいところの多いテーマとは思うのだけど、それでも映画なので映画としての感想を言うならば、登場人物が際立って面白い映画でした。
犯人とされた林真須美さんの配偶者の健治という人がまず、際立って「おもろいおっちゃん」です。そこにカメラがあるのだからしおらしく”冤罪被害者家族しぐさ”をすれば、もしかしたら自分の得になるのかもしれないところで、むしろちょっと得意げにヒ素を使った保険金詐欺がいかに楽勝で儲かったのか、という話をする負けん気の強さ。
それから物腰も口調も柔らかく、車椅子で生活している父に対して優しく接する息子がいます。その彼が自宅でタバコを吸うシーン。非常に短い呼吸でスパッスパッと吸うばかりで、ほとんど息を吐いていないように見えるのが特徴的です。ものすごく時間に追われているようなその吸い方は「これまでずっとリラックスすることなく生きてきた人なのではないか」ということを想像させられる、とても映画的なシーンでした。
そんな「人から後ろ指さされそうなほど勝ち気な元保険金詐欺師」と「本音をひた隠しにして生きてきたであろう物腰の優しい息子」という親子二人が、ちょっとした旅に出ます。会いにいったのは、かつて林家に居候していた子分格。”ワイワイと”保険金詐欺をやっていた仲間です。彼は検察の書いたストーリーにそって「自分は林真須美に毒を盛られた被害者」という証言をすることで自身は刑を免れ、もう還暦です。
そんな気弱な元居候のところに会いに行って、窓越しに「本当に真須美が犯人だと思う?」「もう生き残ってるの俺達だけやで」と懐かしげな声で語りかける親子の姿は、これがフィクションであればケイパーものとして間違いなく魅力的な場面なのでした。
また事件当時、ヒ素の分析鑑定を行った教授。
カレーに入っていたヒ素と、林家にあったヒ素が同一の成分である証拠として裁判に使われますが、実は「同じ地域から輸入されたヒ素である」ということを示す程度の鑑定でしかなかったということが後に指摘されています。劇中ではなにか不明瞭な言い訳をするのですが、言ってる内容はさておき、登場人物の中で群を抜いて目が虚ろであることが非常に恐ろしい印象でした。
逆方向に印象が強いのは、”カレー事件の前にも林家でヒ素中毒を起こした例がいくつもある”というスクープを飛ばして世の空気を一気に引っ張った元朝日新聞記者です。
この人は非常に明瞭で弁舌さわやかな感じで、「自分はもう取材対象に距離が近すぎるので公平に書けないからこれ以上取材はしない」と、ちょっと意味のわからないことを自信ありげに言い切ります。唖然とはしましたが、その後20年かけて順調に出世した様子を見ると、登場人物としてはよくキャラの立った悪役ジャーナリストといったところ。
そして最後の最後までびっくりしたのは撮影中に監督が関係車の車にGPSをつけようとして不法侵入で訴えられたが結局示談になった、という唐突なテロップでした。一瞬「なにやってんだ」と思ったところですが、考えるといろいろ不思議です。
事件から20年以上経過してからいまさら関係者の車にGPSをつけたところで新たに何かが明らかになる、とは普通はあんまり思わないのではないか。しかも別に駆け出しってわけでもないドキュメンタリー監督なれば、取材において「何をどこまでやるか」という線引きはすでにある程度もっているであろうところに、なぜそんなことをしたのか。なぜ示談になったのにわざわざ映画にテロップをいれたのか。そのテロップの中に何か言いたいけど語れないことが入っているのではないか。
などなど。本当に気をつけて語らなくてはならない題材である一方、しかし面白いドキュメンタリー作品なのでした。
冤罪ではないか、と言われ始めたころに読んだルポルタージュ。当時世間を覆っていたのは「あんなふてぶてしいオバハンならやりかねん」というルッキズムだったことが、今冷静に振り返るとよく分かります。
あの頃は「細かいことは私にはよくわからないけど、専門家がちゃんとやってるに違いない」と警察とか検察とか裁判所とかの権力ををずいぶん無批判に信じていたもんだな、と我ながら呆れもする。