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コーヒーの木と、うだつをあげない日々

コーヒーの木をもらう。

先日、父にあったときに「コーヒーの木が3つあるから一本持ってけ」と言って渡されたものだ。なんでも葉が大変綺麗なのでつい買ったら3本セットの販売だったらしい。たしかに美しい葉だし、コーヒーなんて面白いから喜んでもらってきたが、こんなちゃんとした植物を買ったことがないのでどう世話していいのかよくわからず、もらってきたままの格好でいつまでもテーブルの上にある。

コーヒーの木

何しろ普段は、食べ終わった果物の種とか、そこらへんで生えていた花の根っことかをベランダのプランターに埋めて「どれかうっかり芽がでるかなあ」などと遊んでいる程度だ(そうして当然ほぼ育たない)。こんなツヤツヤとかわいい木、私の手で枯らしたら罪悪感を抱いてしまうな、と思って貰ったきり放置してしまっている。行動が理屈に合ってない。

 

父が「これは葉っぱがいいだろう」とか言ってコーヒーの木を買ってくるようなタイプの人だとは知らなかったし、たぶん本人も知らなかったんじゃないかという気がするが、まじまじと見ると「なかなかいいいセンスなんじゃないの」と思う。

思えば植物を育てたり、枯らしたり、枯れたと思ったら復活するのを目撃したりするのは、どう考えたって死んでいく運命である人間を深いところで癒やす遊びだし、おまけに人間が経済活動から離れて「この世でうだつを上げる」という以外の動機からする行動は基本的にどれも独創的で面白いに決まってる。

 

そういえば、いとうせいこうの「ボタニカルライフ」というとってもすぐれたベランダ園芸エッセイの中に、たしかコーヒーの木を育てる文章があったはずで、なにか参考になるかもしれず、今度教えてあげようか。

そして明日あたり、うちのコーヒーも受け皿を敷いてベランダに出してあげよう。うだつをあげない暮らしへ、ようこそ。

今週のお題「好きな小説」




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