夏の駆け出しというのは、ダルい。
人間、ひとたび大人になってしまうと、年間ほぼ切れ目なく「季節のせいでダルい」というようなことを言い続けるため、いつなら体調が良い、というようなこともないのだが、それはさておき、身体が暑さに慣れていない季節がダルいことには嘘偽りはない。
夜中に、暑さにうんざりした猫が
「ちょっと涼んでくるからベランダを開けてくれろ」
と言いに来る。
急に暑くなってかわいそうだなとは思うのだけど、暗闇に猫をベランダに出す習慣がないのでなんとなく心配だ。
家から外に出たことがない箱入り娘のこととて、新しいことをやらせるのはだいたいなんでもまず心配が先にたつが、具体的に夜のベランダの何が心配かと言えば、別にさしせまった危険があるわけでもない。
寝ぼけて一晩中外に締め出しでもしたら申し訳ないとか、網戸がないので朝起きたら虫刺されだらけになる可能性があるとか、こちらの問題ばかりだ。
なんなら夜目は猫の方がずっと利くわけで、夜中に私が電気もつけずにトイレにいくよりは、彼女がひとりでベランダをうろうろしてるほうが、自然なことではある。
「それはお前にも、吹かれたい夜風も、眺めたい月夜も、聞きたい虫の声もあろうけど」
でもほら、まだ6月だから。7月か、8月になったら考えよう。
猫にしてみればたいへん理不尽な拒絶の理由であることはよくわかっているのだけど、愛する存在があるというということがいかに闇雲に人を保守的にするかということをはからずも体現してしまう。
不満げに部屋の隅まで行ってわざわざ遠くから不平を漏らす声を聞きながら、気の毒がったり、心配したり、寝たり、起きたり。
うすらぼんやりしていたら、夏至を過ぎたばかりの北国の空は早くも白々と明けてくる。からすカア。
「……じゃあ、まあ行っておいでよ」
カラカラとベランダを開けると真新しい空の湿った匂いがする。
「夏の朝っていいもんだよねえ」
などとつぶやいているのは実際はまだ三時を少し過ぎたくらいで、こうして眠くて仕方ない大人の夏の一日が始まるのだ。