1月13日の昼、近日点通過を目前にしたアトラス彗星(C/2024 G3)を撮影しました。この日のアトラス彗星は太陽に極めて近いため撮影には危険が伴います。
反省文
結果から言うと撮影は成功しましたが、事前の危険性の検討が不十分で危うく機材を損傷するところでした。というか、事前に検討していればこの撮影が安全に行える保証がないことに気付いて撮影を断念していたと思いますし、そうするべきだったと思います。まずこの点について説明します。
事前に計画した撮影方法は以下のようなものでした。
- 赤道儀を「極軸を合わせていない赤道儀」に設定する
- 太陽撮影用フィルターを対物レンズに付ける
- 太陽を自動導入しアライメントを取る
- 太陽でピントを合わせてテスト撮影
- 水星を自動導入する
- 太陽撮影用フィルターを外す
- 巻き付けフードを取り付ける
- 水星でアライメントを取る
- 座標値を使ってアトラス彗星を導入する
実際、概ねこの手順で撮影できたのですが、上の手順に抜けがあることがわかりますでしょうか?わからないのであれば今回のような撮影は避けるべきだと思います。
抜けというのは、軸外に収束した太陽光がカメラ本体や鏡筒の内面を加熱あるいは焼損してしまう可能性を検討して対策していないところです。
収束した太陽光が機材のどこに当たるか、その位置で太陽光がどのくらいの面積に収束するか、そしてそのエネルギーで機材が焼損する可能性があるのか、これを事前に計算したり実験したりして、安全性を検証しておくべきでした。
撮影は FSQ-85EDP と ASI290MM で行いました。事前に Stellarium のシミュレーションで太陽がカメラの写野のはるか外にあることは確認しており、長めの巻き付けフードでフードを延長することで斜めからの太陽光によるハレーションを抑制できるだろうと思っていました。
しかし、後で確認すると13日の太陽とアトラス彗星の離角は正午で5.17度、14:00で5.08度。FSQ-85EDP のイメージサークルは0.73倍のレデューサー装着時もフルサイズセンサーをカバーするので、直径8.2度程度の写野にある対象は絞り環やフードに邪魔されないはずです。
彗星を正確に導入していれば太陽はイメージサークル外ではあるものの、遮光環やフードはあまり仕事をしておらず、後で接眼側から鏡筒を覗いてみると光軸から3cm程度離れた位置からでも対物レンズは半分以上見えていました。なのでカメラの取り付け方法によってはカメラセンサー周辺や接眼部のパーツが収束した太陽光に炙られる可能性がありました。
今回は接眼アダプターの端が最終段の遮光環の役目を果たしていたようです。これは焦点から56mm離れた位置にあり、対物レンズから入った光は直径約10mmの円に収束し、対物レンズとの面積比では約1/64に収束します。
太陽光のエネルギー密度は大気圏外では1平方メートルあたり1.4kWあり、地上からだと1.0kW/m^2が目安になるそうです。*1 1.0kW/m^2 で計算すると、これが接眼アダプターの端では面積比で64倍に圧縮されるので 64kW/m^2 の、エネルギー密度になります。
収れん火災の事例を検索すると、太陽光を 175kW/m^2 のエネルギー密度で1.81秒照射するとポリプロピレンのシートが溶融して、日が傾いて113kW/m^2 になったところで溶融が止まっていたという事例がありました。*2
エネルギー密度的にはセーフのように見えますが、上の事例は水レンズが固定されていて太陽の動きに合わせて焦点位置が移動しているから溶融が止まったわけです。今回は赤道儀で1時間以上連続で追尾していたので 64kW/m^2 では全然余裕がないのでは?
実際には鏡筒内やカメラに焼損の痕跡は確認されなかったのですが、接眼アダプターはアルミニウム製で放熱性が高いため大丈夫だったのでしょうか?
ともあれ、事前に大丈夫かどうかは確認していなかったし、些細な導入ミスで軸外の太陽光がもっと焦点に近い位置で収束してしまう可能性についても考えていませんでした。たまたま事故にはなりませんでしたが、本来なら事前の実験で安全性を確認する必要があり、実験や対策が間に合わないのなら撮影すべきではありませんでした。
なので、以下は本来なら撮られるべきではなかった写真です。そんな写真は公開すべきではないのかもしれませんが、おそらく写真がなければ誰にも読まれず、ヒヤリハット事例としても活用されないのではないかと思い、敢えて掲載することにしました。
撮影
撮影は10:00頃から始めました。まずは太陽用フィルターを付けて太陽を導入して赤道儀のアライメントと鏡筒のピント合わせを行いました。ついでに撮影したのがこちら。

高橋 FSQ-85EDP (D85mm f450mm F5.3 屈折), バーダープラネタリウム アストロソーラーフィルターフィルム, ZWO UV/IR Cut Filter / Vixen SX2 / ZWO ASI290MM (Gain 128), SharpCap 4.1.11817.0, 露出 0.1ms x 500/1000コマをスタック処理 x 2 をモザイク合成 / AutoStakkert!3 4.0.11, RegiStax 6.1.0.8, Microsoft ICE 2.0.3.0, Lightroom Classic で画像処理
続いて水星を自動導入し、導入誤差を修正してアライメントを追加。そして SB-10 の赤経/赤緯の表示が Stellarium で調べたアトラス彗星の座標になるように手動導入。
迷光によるものなのか、単に太陽に近いからなのか、カブリがひどくて彗星の姿が見当たらず、ストレッチしてもダメだったので、IR-Cut フィルターではダメなのかもと思い、急遽 赤外線フィルター(ZWO IR850)に換装。
IR ピント位置がズレるかもと思って再度太陽撮影用フィルターを装着して太陽を導入。やはりピントがズレていたので再調整して再び座標で導入。でもやはり見えず。スタックして炙ったら見えるかも?と思って AutoStakkert! でスタックしようとしたのですが、AP を置く場所もなくしょうがないので Image Calibration の Create Master Frame で位置合わせなしのスタック画像を生成して、それを Photoshop でいじってみると画面の端の方に彗星の姿が!

高橋 FSQ-85EDP (D85mm f450mm F5.3 屈折), ZWO IR850 Filter / Vixen SX2 / ZWO ASI290MM (Gain 132), SharpCap 4.1.11817.0, 露出 0.5ms x 500/2000コマをスタック処理 / AutoStakkert!3 4.0.11, Lightroom Classic で画像処理
改めて SharpCap のプレビューでストレッチして彗星の姿を確認し、画面中央に導入。とりあえず撮影してはみたものの、どうもショボい気が… 太陽でピント合わせした時に IR だと IR-Cut より太陽黒点のコントラストが落ちてショボく見えたのを思い出して、IR-Cut に戻してみることにしました。
まず SB-10 の画面をスマホで撮って表示されている座標を控え、フィルターを交換して再度太陽を導入してピントを合わせ直して、控えた座標を使って彗星を再導入しました。すると IR-Cut の方が尾がよく見えるじゃないですか!ということで、これで行くことにしました。
結果

高橋 FSQ-85EDP (D85mm f450mm F5.3 屈折), ZWO IR-Cut Filter / Vixen SX2 / ZWO ASI290MM (Gain 0), SharpCap 4.1.11817.0, 露出 0.25ms x 500/2000コマをスタック処理 / AutoStakkert!3 4.0.11, Lightroom Classic で画像処理
ピクセル等倍です。尾が2つに分かれているようにも見えるのですが、正直よくわかりません。核が分裂したという話が気になって2.5倍バローで拡大したものも撮影しました。

高橋 FSQ-85EDP (D85mm f450mm F5.3 屈折), 笠井FMC3枚玉2.5倍ショートバロー(合成F15.1), ZWO IR-Cut Filter / Vixen SX2 / ZWO ASI290MM (Gain 128), SharpCap 4.1.11817.0, 露出 0.34ms x 500/2000コマをスタック処理 / AutoStakkert!3 4.0.11, Lightroom Classic で画像処理
なんかコマがいびつな形をしているような… でも3カット撮ったものを比べても一貫してそういう形をしているとも言えないようで、よくわかりません。
ともあれ、F5.3, 1/4000秒で昼間に撮れる彗星というのも驚異的です。まあ、超キツいストレッチかけてこれだけ見えるということではあるんですが、撮っていてむっちゃアガりました。それだけに実は危険な状況だったことに気付いた時にはむっちゃヘコみました…
謎の降下物
最後に動画を。撮影した SER を SER Player でストレッチして出力したものです。再生速度は等倍速です。

高橋 FSQ-85EDP (D85mm f450mm F5.3 屈折), ZWO IR-Cut Filter / Vixen SX2 / ZWO ASI290MM (Gain 0), SharpCap 4.1.11817.0, 露出 0.25ms / SER Player 1.7.2, TMPGEnc Video Mastering Works 5 で画像処理。
ストレッチで背景がザラザラになった動画をネットに上げられるビットレートまで圧縮したので背景がモヤモヤしてますが、それはともかくとして、この上から降り注ぐモノは何なんでしょう?撮影開始からちらほら見えていたのですが、時間が経つにつれだんだん増えていってこんなふうになってしまいました。
最初は鳥とか虫とかかと思っていたのですが、鳥が光りますか?おかしいと思いませんか?あなた。実際明らかに鳥と思われるものも飛び込んではきたのですが、そういうのはシルエットとして見えますし形も動きも全然違います。一貫して上から下に落ちてくるということもありません。
大気中のチリやホコリの類かとも思ったのですが、それにしてはあまりに明るく形がはっきりしており、そして大きすぎるのです。ということは光学系の内部で発生している?ここで思ったのが軸外に収束した太陽光で鏡筒の内面の塗装が炙られている可能性です。
彗星を撮っていたつもりが、鏡筒内にダストテイルを発生させてしまった!?とはいえ、異臭や煙の発生があったわけではないし、あちこち触って確かめたわけではないのですが、触ると熱い部分も特になかったと思います。
15時前に雲も出てきたので撮影を終了して鏡筒の内側やカメラや接眼部のパーツをチェックしたのですが、特に炙られたような痕跡はありませんでした。接眼アダプターの裏に四ヶ所白い点があったのですが、拭き取ると綺麗に消えてしまって塗装に異常もなかったので、過去に汗か何かを垂らしてしまった跡のような気がします。
それに太陽は彗星の南にあり、太陽光で炙られるとしたらカメラより上の部分が炙られるはずです。カメラには倒立像が写っているので、炙られて出たダストは下から上に昇っていくように見えるはずです。しかし動画に映っているモノは逆に上から下に降ってきているのです。
というわけで結局コレが何なのかわからずじまいなのですが、コレのせいで AutoStakkert! のスタックがうまくいかなかった動画もあり(Analyse で Image Stabilization がデタラメになってしまう)なんとかしたいところです。まあ、こんな撮影そうそうやらないんですけども…
*1:参照: 資源エネルギー庁 『業務用太陽熱利用システムの設計ガイドライン』第1章「太陽エネルギーの基礎知識」
*2:参照: 十日町地域消防本部(新潟県)「農業用ビニールハウスでの収れん火災に関する研究」