こんにちは!
もし自分が昔誰かをいじめていたら、くれぐれもターゲットに
近づかないことです。
反省の意があるなら、わざわざ顔を見せて相手の傷をえぐらない
ことです。
自分自身を守るためでもあります。
いじめは一生恨まれる行為です。
昔こっぴどくいじめていた相手に会ったところで
水に流してくれる確率は高くありません。
いじめは業の深いものです。
ついつい手を染めたくなるのは人間の心理ですが
やってしまったが最後です。
足を洗うのも水に流すのも難しいです。
誰かがいじめられていて心配になっている場合は
逃げる算段を一緒に考えます。
当然自分も一緒に逃げます。
いじめのターゲットがいなくなったことで誰かが逆恨みされるなら
ほぼ間違いなく逃げる原因を作った張本人です。
今は自分が生き残れるために、やれることを片っ端から考えることです。
現在進行形でいじめられる場合は、もう何が悪いとか考えることは
後回しです。
いじめられた原因が自分にあるとしても、安全地帯に逃げ切った後で
直しましょう。
自分に原因がないなら何も気にする必要はありません。
たとえ事実でも自分が悪いとは思わないことです。
反省会は無事に逃げ切った後です。
戦うにしても、逃げるにしても、結局被害者が自分から行動する
必要があります。
いじめはどこまでも理不尽です。
相手の手の届かないところまで逃げてしまえば
同じ相手からいじめられることはなくなります。
とにかく集団から距離を置くことです。
物理的にだけでなく、心理的にも交友関係的にもとにかく全部です。
どんな手を使っても自分がターゲットから外れるように仕向けます。
法的措置に出ることや協力してくれそうな人を巻き込むとか
立派な対抗手段です。
対抗といっても、強くなるとか言い返すことが全てではありません。
いじめられっ子の取れる手段は対抗するか逃げるの2つです。
いじめは一過性の嵐のようなものですが、嵐の後で生き残っている
保証はありません。
パシリにされたりお金をカツアゲされたり直接ぶん殴られたり
遊び半分に自殺を強要されたり、物理的な被害は案外馬鹿に
なりません。
飽きれば対象から外れるのがまだ救いです。
反抗すると逆ギレして仲間を連れてくることがあります。
弱ければ誰でもいいということです。
リスクの少なそうな相手を選んでいじめていたり
とりあえずいじめてもしっぺ返しがなさそうなら誰もいいという
ことがあります。
そもそもいじめが楽しい、誰かを傷つけたり支配することが
楽しくて仕方ないという欲求がある人もいます。