先日、久しぶりに神社に詣でておみくじを引き、お祈りをしました。静寂の中で手を合わせながら、適切な言葉を選んで心の中で願いを伝えていたとき、ふと思ったのです。これって普段LLMにプロンプトを投げているのと、構造が似てるところがあるんじゃないかと。
何かに裏付けされた論ではありませんが、照らし合わせてみると言葉を軸とした共通項が浮かんできたので、その考えを書き留めておきます。

急々如律令という古い呪文
昔のおまじないに「急々如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)」という表現があります。「法律の如く速やかに実行せよ」という意味の命令文で、悪魔祓いの呪文としても使われていたそうです。
これは、まさにプロンプトの原義「前に押し進める」「促す」に近いものがあるのではないでしょうか。より高次の存在に対して、明確な指示を与えて期待する結果を得ようとする—その基本的な構造が、現代のプロンプトエンジニアリングと驚くほど似ています。
共通する構造
改めて整理してみると、いくつかの共通点が見えてきます:
より高次の知性への働きかけ
神社では神様に、LLMでは大規模言語モデルに。どちらも自分より大きな力を持つ存在に語りかけています。
言語の精密な選択
神社では正しい作法や適切な言葉選びが大切ですし、LLMでも明確で具体的な指示が必要です。どちらも「相手」に対する理解と敬意が前提になっています。
反復と洗練のプロセス
祈りの作法を学ぶように、プロンプトも試行錯誤を重ねて上達していきます。「正しい形式」への信頼と依存という点でも共通しています。
パフォーマティブな側面
言うことで実現しようとする行為そのものが持つ力への信頼。言葉に現実を変える力があるという、根深い信念があります。
千年を超えて持続する理由
技術的には天と地ほどの差があるのに、なぜこんなに似ているのでしょうか?
人間の認知的限界という普遍的な条件があるからではないかと思います。個人の知識・能力・時間の制約の中で、それを超えた何かに「正しい言葉」で働きかけることで望む結果を得ようとする。これは技術や宗教の枠を超えた、人間の根本的な問題解決戦略なのかもしれません。
律令という法的権威、神の力、そしてLLMの「知能」—形は違っても、自分より上位の存在の力を借りて現実に働きかけようとする「超越的なもの」への言語的接触の欲求は変わりません。
最も重要な共通点
でも、一番大切なのはここからかもしれません。
どちらも「正しく伝えること」と「伝えた後の自分の行動」が重要という点です。
神社で祈った後は努力します。LLMの回答を得た後は検証し、自分の判断で活用します。どちらも「答えをもらっておしまい」ではなく、むしろそこからが本当の始まりです。
これは単なる「外部依存」ではなく「協働関係」のパラダイムなのだと思います。超越的な知性との対話を通じて自分の行動の質を高める。外部リソースを活用しつつ、最終責任は自分が負います。
言葉の力
千年前の呪文と最新のLLM技術。時代は全く違いますが、人間が言葉を通じて何かを実現しようとする根本的な行動パターンには重なりを覚えます。
技術が変わっても、この「正しい伝達+その後の実行」という二段構造は持続していくでしょう。それが最も現実的で持続可能な問題解決方法だからかもしれません。
今度LLMにプロンプトを投げるときは、千年前の人たちの知恵にも少し思いを馳せてみたいと思います。案外、そこにより良いプロンプトのヒントが隠れているのかもしれません。