石のスープの寓話をご存知でしょうか?兵士が村人たちに「石だけでスープを作れる」と言い、村人たちが少しずつ食材を持ち寄ることで、結果的に豊かなスープができるというお話です。
わたしは常々、自分自身をこの「石」のような存在だと捉えているのですが、この「石のスープの石」*1のような存在であるという自分の立ち位置について深く考える機会がありました。
席を譲る道筋
先日、とある複数の社内企画を、それらをわたしが管轄している組織のメンバーたちが完全に取り仕切ってくれました。わたしが進めるならばという思考実験よりも、堅実かつ素敵に。様々思い悩んだ部分もあろうですが、オーガナイザー業の部分にはわたしは全く関与しないかたちで。その様子をみて、石のスープの石の役割をひとつ果たしたんだなと思って感慨深くなりました。
わたしなりの知見を共有・伝達し、経験を重ねてもらい、委ねて、席を譲っていく。それがわたしが進めたい道筋であり、譲り切るフェーズが明確に進んだ音が聞こえたのでした。
これはわたしにとって仕事上の喜びであり、このためにその分野でわたしよりも先に進められる仲間に入ってもらっているのです。
この過程でわたしがその業務の輪から離れていくことになります。寂しさがないかというと嘘になるし、その仲間たちも喪失感を感じるところもあると思います。そういうセンチメンタルさを上回る成長・成果がお互いに得られると確信しています。
これからの展望
改めて、わたしはこれからも石のスープの石でありたいなという気持ちが強くなりました。石のスープの石は、スープ自体には溶け込みませんが、すべての材料を引き出すきっかけとなります。同様に、わたしもチームの潜在能力を最大限に引き出す触媒であり続けたいと思います。 メンバーの自律性が高まった今こそ、わたし自身も次のステージに進む時かもしれません。新たな挑戦や、より高次の問題に取り組むことで、組織全体の成長に貢献していきたいと考えています。
「石のスープの石」の役割は、一見地味かもしれません。しかし、その存在がきっかけとなって周囲の力を引き出し、全体として素晴らしい結果を生み出せることに、大きな喜びを感じています。メンバーの成長を見守りながら、自分自身も成長し続けることが、わたしの目指す姿なのだと、改めて気づかされた一日でした。

*1:この概念は https://kakutani.com/20100219.html#p02 にて"私は、石のスープの石だ。石だから、やっぱり大したことはないんだ。でも、楽しそうに石が煮られているのを見て、そこに足りない野菜とか肉をいろんな人たちが持ち寄ってくれるようになったんだ。そういう意味では私はすごい。すごいけど、でも石だからすごくないんだ。そういうことだ。"を読んでそうかそういう考えがあるんだあというのを知ったのでした