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書かれてないことを読み取ってしまう人類の業に不意打ちされた例

人類は書かれていないことを読み取ってしまう

先日このような記事を書いたのですが、わたし自身も先日書かれていないことを読み取ってしまうという、人類の業そのものの読み取りをしてしまいました。

retrospective.hatenadiary.com

自省として、そのことを事例として書き留めておきます。

事例

先日、東京の飯田橋あたりにいました。

駅の外側の広告に、都が行っている若者向け就職支援の宣伝が出ていました。

私はいわゆる就職氷河期の最後半の冷え込みの世代で、「若者」の枠よりもっと上になるので対象外ではあります。

この広告を見たときに私は、「じゃあ自分の世代は支援の外に置くのか!!!」と読み取り、憤りを感じたのでした。

まさに、「書かれていないことを読み取って」しまったわけです。

自省

自分なりの救いは、その憤りを表明しなかったことです。「あっ、書かれてない事を読み取ってしまったんだ」と考え直して止まることができました。

ただ、そのブレーキが効かないときもあろうし、書いてない事を読んでしまったのは無意識的なことでもあります。

一つのヒントとしては、システム1・システム2の思考モードの論でしょう。

uxdaystokyo.com

システム1は自動で動いて止められないものなので、そういうものと割り切る。その上で、何か具体的な行動はそのシステム1の自動的もしくは反射的な動きのままではなく、モード2の熟考に任せていくように....できればいいなと思ってます。

他にもありそうな書かれてないことを読み取る系のこと

以下のようなことも、書かれていないことを読み取るの関連のことかと思います。

  • こういう列挙や記事を見て自分のことを言われていると感じる
  • 自分の提案がその通りで通らなかったときに、自分が軽んじられているように感じる
  • 入るべきリストに自分の名前が漏れていたときに、冷遇されている、除外されているように感じる
  • 他の人が高いポジションに抜擢されてより大きなフィールドでの活躍が容易になったが、自分には何もなかったときに、その抜擢された人より軽んじられていると感じる

これらのシーンでも、自分が読み取ったまま自動的・反射的に何かを行うというのはミスコミュニケーションに繋がりがちではないでしょうか。そして、その前提のままモード2にわたしても、結局自分の中で読み取ったことの合理性を脳内で作り出してしまうことに繋がっていきます。

システム1の思考として自動的にそう捉えてしまうのはそういうものとして許容しつつ、思考・評価の俎上に上げず、それ自体を一旦置いておくことで、うまくこの人類としての書かれていない事を読み取ってしまう業とちょっとうまく付き合っていけるのではないかと考えたのでした。




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