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日本だけのシングル「レット・イット・ビー/ゲット・バック」(1981)


日本におけるシングル「レット・イット・ビー」といえば通常、1970年3月25日に発売された、B面が「ユー・ノウ・マイ・ネーム」のシングル盤のことである。
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内容は同時期のUK盤と同じで、ポール脱退前最後のシングルである。

何度も再発売されているのかもしれないが結成15周年記念でリイシューされていることは確認済みである。結成15年で77年の発売である。
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ただ今回取り上げるのは1981年9月1日発売のB面が「ゲット・バック」のシングル盤である。これはビートルズとは直接関係がない特殊な事情で日本でのみ発売されたシングル盤であった。(画像無し)

どういう事情か?
彼ら自身が出演していた作品は除いて、世界で最初にビートルズの曲を主題歌として使用した映画は「悪霊島」(角川春樹事務所・東映)である。
主題歌として使用されたのが「レット・イット・ビー」で、「ゲット・バック」が挿入歌という位置づけだった。
鹿賀丈史が金田一を演じ、篠田正浩が監督した。この頃、「鵺(ぬえ)の鳴く夜は恐ろしい」のコピーとともに「レット・イット・ビー」が流れるテレビCMがバンバン流されていた。(角川映画の広告は物量投入型だった)ビートルズの曲がCMで使われることは時折あったが、映画の主題歌というのは異例。そして、この映画のサウンドトラックとして「レット・イット・ビー/ゲット・バック」が7インチシングルで発売されたのだ。

1981年というのはまだ権利関係の意識が低かったのか、二次利用の観念があまりなかったのか、劇場公開は問題なくできたが、それ以降、楽曲の使用ができなかった。(最初のテレビ放送と公開直後のビデオでは使用できたようだ)
ドラマ「コールドケース」でも過去の楽曲を使用していてソフト化できないということがあったが、この「悪霊島」もビートルズの楽曲を使用していたためビデオ化ができなかった。(現在はビートルズの演奏部分を差し替えてソフト化されている=U-NEXTで観ることができる)


横溝正史と角川映画
ここで「角川映画の金田一耕助といえば石坂浩二じゃないの?」と違和感を感じる人は鋭い。角川映画の第一作は紛れもなく「犬神家の一族」(1976・石坂浩二主演市川崑監督作品)である。そして、その後も市川崑+石坂浩二の作品は数多く撮影されたが、それは角川映画ではなかったのである。
角川書店は(並びに角川春樹事務所)は版元として横溝正史作品の売上に貢献する、映画化は歓迎の立場だったが、「犬神家の一族」制作時にお金を巡る確執があり、東宝とは袂を分かつていたのだ。

当時角川文庫が惹起した「横溝正史ブーム」の真っただ中で、横溝作品の映画化は東宝のみならず各社で競って行っていた。実は最もヒットした作品は「八つ墓村」(1977・松竹)で渥美清が金田一を演じていた。有名な「祟りじゃ~」のセリフがCM等でバンバン流され、流行語となった。

東宝は市川崑+石坂浩二のコンビで6本(2006年のリメイク版「犬神家の一族」も含む)製作し印象が強いが、前述のように角川春樹事務所が製作に関わったのは最初の「犬神家の一族」だけである。(市川崑はもう一本「八つ墓村」を監督したが主演は豊川悦司だった)

その後、角川映画の横溝作品といえるのは、角川春樹が雇われプロデューサーとして参加した東映の「悪魔が来りて笛を吹く」(1978西田敏行が金田一)とパロディ映画として撮られた大林宣彦監督・古谷一行=金田一の「金田一耕助の冒険」(1979)と「悪霊島」(1981)だけである。


横溝正史は60年代、既に忘れ去られた作家であった。
60年代の松本清張の登場とともに始まった「社会派推理」ブームによって”古い作家“のレッテルを貼られ顧みられることが無くなっていった。40年代~50年代までは金田一が登場する映画がたくさん作られていたが61年高倉健が金田一を演じた「悪魔の手毬歌」を最後に製作されなくなる。
70年代、角川文庫で再版され、煽情的なカラーのカバーが付きだしてから売れ始めたのだという。映画化は75年の「本陣殺人事件」(金田一は中尾彬)を嚆矢として、76年角川映画の「犬神家の一族」でブレークを果たすと、その後毎年のように製作公開され、角川文庫版は恐ろしく売れたという。

当初の角川映画はCMコピー「読んでから観るか、見てから読むか」が、表しているように、「本を売るために、映画を作る」というビジネスモデルだった。横溝ブームの時代はそれがハマったと言えるだろう。(「犬神家の一族」は映画化ブームの呼び水になった)
後の角川映画は角川三人娘の登場によって、様相が変わっていくが、それはまた別の話である。


忘備録 アルバム『LET IT BE』の周辺のことども


Beatles界隈には深く、広い知識を持った先達が多数おられるので、この記事はあくまで自分の忘備録として書いています。(自明のことを扱っていますが悪しからず)

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「LET IT BE」はビートルズのオリジナルアルバムとして最後にリリースされた。(1970年5月)しかも、ポールの脱退と前後してリリースされたため解散と直接関係があるアルバムという印象が強い。その上、同時期に公開された映画「LET IT BE」に“いさかい”のシーンがあったため、『LET IT BE』の録音作業は解散に向かっていく過程ととらえられがちである。

このアルバムのリリースが、ある意味引き金を引いた(後述※)ともいえるのだが、録音されたのはリリースの1年以上前のことである。ビートルズはこのセッションの後、キャリア屈指のアルバム『アビーロード」を生み出している。


事の時系列を整理すると

1969年1月2日 「ゲットバックセッション」開始

1969年1月30日 ルーフトップコンサート実施(ビートルズ最後のライブ)

1969年1月31日「ゲットバックセッション」終了 

1969年5月 グリン・ジョンズによるアルバム『ゲットバック』ver.1完成

1969年7月1日 「アビーロードセッション」開始

1969年9月20日 ジョンの「脱退」(ビジネス上の理由で公表はされなかった)

1969年9月26日 アルバム『アビーロード』発売


1970年1月 グリン・ジョンズによるアルバム『ゲットバック』ver.2完成

1970年3月23日 ジョンが「ゲットバックセッション」のテープをフィル・スペクターに渡す。

1970年4月2日 フィル・スペクターがアルバム『LET IT BE』を完成させる

1970年4月10日 ポールが「脱退宣言」

1970年5月8日 アルバム『LET IT BE』発売

1970年5月20日 映画「LET IT BE」公開


1969年5月の段階で「ゲットバックセッション」は、ほぼ、お蔵入り状態になっていた。

そんな中ポールは再びジョージ・マーティンを招聘し「もう一枚アルバムを作りたい」と言った。それにこたえて制作されたのがアルバム『アビーロード』である。


1970年に入っても「ゲットバックセッション」はお蔵入り危機のままだったが、アップル側(アラン・クレイン?)の依頼で、その年公開される映画「LET IT BE」の内容に合わせ曲を入れ替えた「ゲットバック」ver.2がグリン・ジョンズによって作られた。映画公開にあわせてアルバムを作りたい(売りたい?)という意志がみえる。(商魂たくましい?)

ただ、これにもメンバーは納得せず、「ゲットバック」ver.2をベースにフィル・スペクターが作った「LET IT BE」がリリースされることとなった。

これは同名映画のサウンドトラックという意味合いが強かった(アートワークが映画の写真?)が、映画で使われた曲がすべて収録されているわけではない。逆に映画で使われなかった曲も収録されている。(元々アルバム制作のためのセッションだった)

※1970年4月10日のポールの脱退宣言は、元々決まっていたソロアルバム『マッカートニー』の発売日(1970年4月17日)を『LET IT BE』を優先させたいクレイン側が延期すると言い出したのが発端で、それに対抗する形で4月10日のプレスリリースに「もうビートルズとしての活動はしない」と書いたというもの。結果として『マッカートニー』の発売日はそのまま4月17日、『LET IT BE』は5月8日に発売された。

ちなみにそれより前、1969年9月20日のジョンの「脱退」について。アルバム『アビーロード』の発売前に、ビートルズの今後の活動についての会議がもたれ、その席でジョンは「もうやめる」と脱退を宣言した。これ以降ジョンはビートルズの録音に参加していないので4人のビートルズはこの時点で終わっていた。


色々問題はあるが、フィル・スペクターの『LET IT BE』がどうしようもない作品であるということではない。ポールもこのアルバムの発売を了承している。(契約でもう一枚アルバムを出さなければならなかった、という事情があった)

以後50年にわたり最後のオリジナルアルバムの地位を保ち続け、このアルバムでしか聞けない曲もある。ポールは不満だろうが「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」は派手なコーラスとストリングスが入ったこれが公式バージョンだ。(21世紀の現在様々なバージョンを聴くことができるが…)

なによりも名曲LET IT BEが収録されていることでこのアルバムの価値は揺るがない。

どんな形でもお蔵入りよりはましであろう。


それにしても、名曲「LET IT BE」を収録することを考えず(お蔵入りにして)、全く新しいアルバム『アビーロード』を作って、そっちも名盤にしてしまう、ポールの天才ぶりはどうだろう。それは、1969年の約半年間の出来事だった…



・相当前(80年代?)に日本テレビで、視聴者の投票でビートルズの曲のランキングを決めるという特番があった。結果、断トツで「イエスタディ」が1位だったのだが、徳光和夫が司会をしていて、結果に不満をぶちまけていた。(生放送だった?)曰く「1位はLET IT BEだろう?」と。

まあそうなのだろうが、一般視聴者はそこまで幅広く聴いてはいない。ごく普通にスタンダードな名曲として中学校の音楽の副読本に取り上げられるような一般的に知られた曲が1位になるに決まっている。(曲の質とはあまり関係ない?日本人は特にこの曲が好き?)企画に問題があったのだ。まあ、現代なら違うのだろうが…。


・まったく、気の毒なのは「ゲットバックセッション」のプロデュースをしたグリン・ジョンズである。彼の言い分だと「ジョージ・マーティンの補佐のつもりだったのに、彼がいなくて(逃げた?)やらされた」ということらしい。しかも、当初のコンセプトが「ライブバンドとしてのビートルズにゲットバックする」というものだったのでそれに忠実に作ったのにメンバーがOKを出さなかった。結局、出来上がったのはゴテゴテの“サウンドオブウォール”作品だった。

しかし、実に50年経って彼の仕事、アルバム『ゲットバック』ver.1が日の目を見た!「LET IT BE」50周年記念盤のスーパーデラックスエディション(5CD+1BD)にそのままCD1枚で付属している。それにしても50年とは…


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参考図書 GET BACK


翻訳家でベストセラー小説「ノルウェイの森」の作者でもある村上春樹は、ビートルズの楽曲タイトルNorwegian Wood (This Bird Has Flown)を「ノルウェーの森」と訳すのは正しくない、ということをもちろん承知で、自作の小説にそのタイトルをつけた。(wikipediaのよると発案者は奥様だったようだ)
その曲が一般的に「ノルウェーの森」とよばれているからだが、小説のタイトルとしてはこれ(「ノルウェイの森」)以外考えられない。

Norwegian Wood は「ノルウェーの森」なのか?


普通に考えてWoodと単数形なので「森」とは訳せない。ノルウェイ産の1本の木もしくは木製の何かというのが妥当だろう。(The Woodならば「森」となるそうだが)

歌詞の中でどんな風に扱われているか見てみよう。

曲の冒頭

I once had a girl
Or should I say she once had me
She showed me her room
Isn’t it good Norwegian wood?

ひとりの女性と出逢って(ひっかけて手に入れたというニュアンス)それともひっかけられたのか。
女性の部屋に行った(showed me her room)時の彼女のセリフ(これが彼女のセリフとわかるのは時制が現在形だから。それまでの地の分では過去形が使われている)

Isn’t it good Norwegian wood?

部屋を見せた彼女が、「ノルウェイの森いいでしょ?」では意味が通らない。
ノルウェイ製の木製家具または、部屋の感じがノルウェイ風と訳されることが一般的だろう。「ノルウェイ風のいい部屋でしょ?」くらいの感じか。

つまり、ノルウェイの「森」は歌の中に出てこないことになり、誤訳と言われているのだ。
ただ、タイトルは必ずしも内容を表していなければならないことはなく(変な邦題は数限りなく存在する)、曲の雰囲気とマッチしている「ノルウェーの森」というタイトルは日本において曲の価値を高めていると感じる。=誤訳上等である。


そもそもこの歌の歌詞は、ナンパした女性の部屋に入れてもらえて、ヤれると思って2時まで待っていたのに、ふろ場で寝させられ、起きたら彼女はいなくなっていた(This Bird Has Flown)。そしてその腹いせに部屋に火をつけた※という内容で、曲の感じと全くそぐわない。(こんなゲスな内容を見事に名曲に仕立上げてしまうジョンの才能…)


※部屋に火をつけたというのはポールの説明。歌詞の中では「火をつけた=So I lit a fire」と書いてあるだけで何に火をつけたかわからないが、ポールはそういう歌だと言っている。

おしゃれっぽいタイトルと曲調から、この曲が好きな人は多いと思う(カウントダウン・ザ・ビートルズ213で全213曲中25位だったそうだ)が中身はこんな感じですぜ、旦那。グッフッフ(いや、自分も好きですよ。Rubber Soulの曲は全部好き)

そもそも、日本における最初のタイトルは「ノーウェジアン・ウッド」(初出のアルバムRubber Soulの表記)だった。どうして「ノルウェーの森」になったかの論考はレコードコレクターの記事に詳しいのでそちらから抜粋しておこう。

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レコードコレクター誌2010年11月号の記事
上の画像の赤線部分は実際のアルバム(1966年3月)の曲名部分だが、「ノーウェジアン・ウッド」と原題表記となっている。

その後の変遷は

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レコードコレクター誌2010年11月号の記事より

レコードコレクターの記事では詳細に調査し、国内での「ノルウェーの森」タイトルの使用例の最初はビートルズではないことも突き止めているが、ここでは触れない。
ビートルズでの最初の使用例は1966年9月のコンパクト版(4曲入りレコード)のようだ。不思議なことにこのタイトルはこの時だけでオリジナルアルバムでは相変わらず「ノーウェジアン・ウッド」表記であった。
1976年の再発時に「ノーウェジアン・ウッド(ノルウェーの森)」の表記になり、2009年のリマスターCD発売時に「ノルウェーの森(ノーウェジアン・ウッド)」となった。まあ、一貫して「ノーウェジアン・ウッド」だったということだが、「ノルウェーの森」も一般に定着していったということらしい。
この記事の論考では「1973年出版の「ビートルズ詩集」片岡義男の影響が大きいのではないか。それで76年の再発で「ノルウェーの森」表記が併記されるようになった」という結論だった。

上の画像でもわかるようにレコード付属の対訳では「ノルウェー風の愛の家さ」「ノルウェーの森みたいなしゃれた部屋」という感じで意味が通るように訳されていたと思う。タイトルだけ訳そうと思うと間違えることもあるかもしれないが…

前出の村上春樹はNorwegian Woodは「ノルウェイの森」でも「ノルウェイ産の家具」でもなく、Norwegian Woodとしか言えないといった内容の事を語っているそうである。
それを言っちゃあ、身も蓋も…


ビートルズの曲を一度も聞いたことが無い人は稀だと思うが、意識してそれとして聞いていない場合もあるであろう。(Help!が「なんでも鑑定団」のオープニングに使われていたり、All Together Nowがバラエティ番組で使用されたり、Birthdayのイントロだけジングル的に使用されたり枚挙にいとまがない)

ビートルズを意識して聞こうとする時、最も良い入口について考えてみた。

最初に思いつくのは英米でのNo.1曲ばかり集めた「1」である。2000年にCDでリリースされたコンピレーション。ヒットシングルが網羅されていて、全27曲80分超のボリュームである。
2011年には090909の音源を利用したリマスター盤がリリースされ、2015年にはジェイルズ・マーティンによるリミックス盤も作成されている。(現在流通しているのはこのリミックス盤だと思われる)
音も良く、古い音源はモノラルで収録してあり、無理が無い。一見よさそうなのだが、お勧めできない。この曲もビートルズ?といった発見はあるかも知れないが、必ずしも(当時の)ヒットシングルがビートルズの重要な(聞くべき)曲というわけではないからだ。
(個人的な話だが自分はこのアルバムを聴くと頭が痛くなる。原因は不明)

事実上の解散状態だった1973年にリリースされ大ヒットした初めての公式ベストアルバム「赤盤」「青盤」はどうだろう?
アルバム「1」の曲をすべて含み54曲の大ボリューム。(LP、CDともに4枚組)である。「1」では漏れていたアルバムの曲も収録されている。
「赤盤」(キャリア前半26曲)はアルバムRevolverの時期までのシングル曲(英国盤)のすべてと名盤Rubber SoulからジョンのIn My LifeやNorwegian Wood (This Bird Has Flown)、Nowhere Man、Girlを収録。また、ポールじゃなければ書けないDrive My CarとMichelleも収録している。(Rubber Soulはシングル曲を収録していないので「1」には入らない)CD2枚組だが全体の時間が60分余しかなくあっという間に聞けてしまう。(CD1枚に十分入る内容)初期を中心に聴くのであれば十分に選択肢に入ると思う。この時期のビートルズは勢いがあるし、この頃こそがビートルズという人も存在するのだが、後半の充実ぶりに比べると、やや物足りない感じがする。

「青盤」(キャリア後半28曲)はアルバムで言えばSgt. Pepper's Lonely Hearts Club BandからLET IT BEまでの期間をカバーし、「赤盤」とは少々趣がことなる。シングルの数が減り、アルバム曲の比重が高くなる。曲も長くなり収録時間はCD2枚組で98分余りとなっている。(CD1枚には収まらない)
1枚目の、のっけからビートルズ史上最強のシングルと言われるStrawberry Fields ForeverとPenny Laneの両A面シングル、Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Bandからキャリア最大級(人によると思うが)の名曲A Day in the lifeを含む4曲と畳みかける。All You Need Is LoveでLP A面終了(CD1の半分)
LP B面はポールが炸裂。Magical Mystery Tour関連曲を中心に7曲中5曲がポールの曲だ。
CD1だけでお腹いっぱいという感じだが、さらにCD2でバリエーションを拡げていく。ジョージの曲が14曲中4曲を占め、Get BackやLet It Beといったポールの名曲、Come TogetherやAcross The Universe等のジョンの曲を聴くことができる。ラストはポールのLong And Winding Road。名曲の森である。
1枚だけというなら「青盤」がおすすめ。(2枚ですけと…)
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知っている曲が少なくてもアルバムとしてまとまりの良いものがよいというのであれば、オリジナルアルバムのAbbey Roadがおすすめである。(1曲、1曲のクオリティでいうとRubber Soulも捨てがたいのだが…)
最後に録音されたアルバムで、直前のゲットバックセッション(後にアルバムLet It Beとなる)の失敗を知っていると、奇跡と思えるクオリティのアルバムである。
青盤では聞くことのできないポールの曲を中心としたメドレー(LP B面)が素晴らしい。メドレー最後の曲はTHE ENDという曲である。この曲にはジョン、ポール、ジョージによるギターバトルがあり、リンゴによるドラムソロ(彼のビートルズのキャリアの中で唯一)がある。感動的である。(ジョンはこのメドレーの出来が気に入らなかったようだが…)
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あまりに有名なジャケット


他の人の意見も聞いてみよう。
中山康樹さんは講談社現代新書「これがビートルズだ」(2003)の中で、公式213曲の中でアルバムに収録できなかった曲を集めたPast masters Vol.1,Vol.2を入門時のアルバムとして推奨されている。(2009年のリマスター盤以降、Vol.1と2を統合した2枚組のPast mastersとなっている)
ビートルズは2枚目のアルバム以降シングルを収録しない方針としたために、アルバム未収録シングルというものが多数存在した。その受け皿として発売されたのがパスト・マスターズ(シリーズ)である。ドイツ語版のI Want To Hold Your Handなどのレアテイクも収録するが、基本、アルバム未収録のシングルA面、B面が収録されている。ブレイクスルー曲、I Want To Hold Your Handも通常のアルバムでは聞くことができない。I Feel Fineもそうだ。ただし、シングル曲でもアルバムに入ってしまった曲(マジカルミステリーツアーはアメリカで発売されたものを公式としたためシングル曲が多数収録されている。また、映画サントラ扱いのアルバムにはシングル曲が収録されている)は収録されていない。
それでも充実ぶり(特にVol.2)は相当なものでこれから入るのは理にかなっているような気もする。
ただ、このアルバムに収録された曲はほとんど「赤盤」「青盤」に収録されていて、そちらで事足りる気もする。例外は名曲Rain(シングルPaperback WriterのB面)で、この曲はPastmastersでしか聞くことはできない。(他のコンピレーションにも収録されていない)


入口としておすすめは「青盤」とオリジナルアルバム「Abbey Road」。中山さんのお勧めは「Past masters」と書いた。

公式にはそれでよいのだが、裏のおすすめも書いておこう。それは1999年にリリースされた企画盤「Yellow Submarine Songtrack」である。企画盤とはいえApple公式のアルバムである。

Yellow Submarine というオリジナルアルバム(11stアルバム)が存在しているじゃないかと言われる方も居られると思うが、別物である。これは映画Yellow Submarine に使用されたビートルズの曲だけ集めたコンピレーションアルバムで、オリジナル(11stアルバム)がサウンドトラックとしてジョージ・マーティンの劇伴も収録していたのと異なり、純粋にビートルズの曲だけで構成されている。そして、特記すべきはそのリリース時期である。1999年といえば1987年(最初のCD化)でも2009年(全作リマスター)とも違う時期となっている。
このアルバムは映画DVDのリリースに合わせて制作されており、映画の方は初の5.1ch収録となった(当然、制作し直しである)その過程で制作されたCDなのである。
ビートルズ物としては初めてのデジタルリミックスされた作品である。リマスターではなくリミックスである。オリジナルのテープに戻りトラックごとに素材を取り出し、ノイズを除去した後、音の配置も含めて再構成されている。(今までセンターに定位しなかったボーカルの定位を修正したり、アナログコピーの際に発生したノイズを除去したり、かなり大がかりな修正が行われている)
この時、Only a Northern Songが初めてリアルステレオ化された。全体にブラッシュアップされた品位の高いものになっている。
イエローサブマリンの映画は1968年公開。このアルバムはそれ以前の楽曲と映画用に作成された曲で構成されている。アルバムで言えばRubber Soul(2曲)、Revolver(3曲)、Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band(4曲)、Magical Mystery Tour(1曲)、Yellow Submarine(5曲)である。時代なのかサイケ色の強い作品が集まった。中期が好きな人には好適なアルバムである。音も良いので隠れた名作と言える。

ただ、現在では顧みられることがほとんどない。残念である。2009年のリマスター盤発売後すっかり影が薄くなって、件のディアゴスティーニビートルズコレクションでもLOVEやANTHOLOGYはあったのにYellow Submarine Songtrackはラインナップされなかった。
中古市場では比較的安価に(正典扱いではないから…)手に入るので一度聴いてみては…
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Yellow Submarine Songtrack

1

Yellow Submarine

2

Hey Bulldog

3

Eleanor Rigby

4

Love You To

5

All Together Now

6

Lucy In The Sky With Diamonds

7

Think For Yourself

8

Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band

9

With A Little Help From My Friends

10

Baby, You're A Rich Man

11

Only a Northern Song

12

All You Need Is Love

13

When I'm Sixty-Four

14

Nowhere Man

15

It's All Too Much


ビートルズは活動が50年前に終わっている(もはや歴史だ)伝説のグループ。誰もが知るグループだが、解明されていない謎も多い。
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今回は1973年にリリースされた公式ベスト盤、「赤盤」(正式名称はThe Beatles 1962-1966)と「青盤」(同The Beatles 1967-1970)にまつわる謎について書いてみたい。
その謎とは「誰がこのアルバムを選曲したか」ということだ。

2000年にリリースされた公式コンピレーションアルバム「1」は、米英でチャート1位になった曲をリリース順に並べたもの、選曲や並び順を考えることなく単純な機械作業だった。(=選曲者は必要ない)
「赤盤」「青盤」は機械的な部分もあるが(並び順はリリース順)シングル曲以外の選曲には恣意的な部分が多分にあったと思われる。誰が、どういう意図でこの曲を選択したのか…

ビートルズのメンバーは元々ベスト盤のリリースに否定的で、活動中は「全部のアルバムがベストだから、全部聞いてくれ」というスタンスだった。(レコード会社主導のコンピレーション等はリリースされていたが…)1970年のアルバム「LET IT BE」リリース以降活動が無く、ポールが脱退して、事実上の解散状態になっていた1973年に正式なベスト盤をリリースされたのはなぜなのか。それには理由があった。
1973年当時、大型の海賊盤が通販で流通していた。その名も「The Beatles AΩ」(アルファオメガと読む)LP4枚組58曲の大ボリューム。Part2もリリースされ、そちらもLP4枚組59曲。
合計LP8枚 117曲!ビートルズの楽曲は公式に213曲なので、その規模の大きさがわかるであろう。
実際には各メンバーのソロ曲も含まれる(ジョンの「イマジン」ジョージの「バングラデッシュ」ポールの「アンクル・アルバート」等も収録されている)さすが海賊盤、やりたい放題である。

この海賊盤の流通に危機感を持ったAppleが公式なベスト盤リリースを企画したというのが真相である。Apple社が公式なアルバムをリリースする際にはメンバー(又は権利者、例えばジョン・レノンの死後はオノヨーコ)の許可が必要。73年当時全メンバーが存命で(内容はともかく)メンバーがリリースの許可を出したものだと思われる。

選曲者については、リリース当時から「ジョージ・ハリスンが選曲した」という説がまことしやかに流布しており、本人は肯定も否定もしていなかった。状況からしてメンバーが選曲するとしたら、ジョージしかいないのだが、(ジョンとリンゴはこの時点でビートルズの活動にそれほど関心がなく、ポールはアメリカでウイングスの活動をしていた)どうなのだろうか。
Wikipediaではそれを否定し、当時のAppleのマネージャーであったアラン・クライン(企画の主導者)が選曲を行ったと記述(Badman, Keith (2002). The Beatles: Off the Record. Omnibus Press. p. 99)されている。
論拠になったこの本はメンバーや関係者のインタビューを集めたものである。原著にあたってみると、以下の部分が該当すると思われる。

「青盤」「赤盤」に関するジョン・レノンのインタビュー
John “Allen Klein knocked out the basic list for the Red and Blue albums and then we'd just look down it and say, Yes, no,' and so on. I made sure they put that picture which I got Linda (McCartney) to take of the same pose as our very first album... No one can release old Beatles product without an okay from each of us. I like packages, you know. I approve of anything I would buy myself.

意訳 「アラン・クラインが「赤盤」「青盤」の基本的な曲目リストを作成し、われわれはそれを見ながら「可否」を言った…」

これが本当ならアラン・クラインが作成したリストをジョン・レノンが確認したことになる。

ただ、たとえ本人が話していても、真実を話しているとはかぎらない。インタビューは得てしてその場のノリや雰囲気で盛ってしまったり、ウソ(又は思い違い)を混ぜてしまうことがあるのだ。
このインタビューの中で「青盤」「赤盤」ジャケット写真の話をしているが、この写真と元になった「プリーズプリーズミー」の写真の撮影者はアンガス・マクビーンで、「青盤」「赤盤」のジャケットの撮影者もリンダ・マッカートニーではない。(事実誤認)

このインタビューだけを論拠とするのは弱い感じがする。アラン・クラインが大きな役割を担っているのは確かだと思うが、選曲者と特定するのは難しいだろう。

それではジョージ選曲説はどうだろうか。
ジョージ選曲説の論拠とされるのは「青盤」の採用曲にジョージの曲が多いということ。中でもBallad Of John And Yoko(20曲目のシングル曲)のB面曲 Old Brown Shoeが収録されている(ジョージ本人以外選ばないのでは?)ということらしい。

ジョージの曲は全54曲中4曲で全て青盤に集中している。(ちなみに「1」ではSomething1曲のみ)ただそれも、ジョージの才能が開花したのが後半だったということでしかない。
選ばれているWhile My Guitar Gently Weeps、Here Comes The Sun、Somethingの3曲はいずれも名曲で選ばれて当然の曲だった。(むしろ「1」はジョージの曲が少なくて不満だった)Old Brown Shoeだってアルバム未収録のシングルB面曲だから聞きなれていないだけでなかなかの名曲である。そもそも、ジョージが利己的な理由で自分の曲を選択するだろうか?


赤盤、青盤は英国でのシングル盤22枚(うち4曲が両A面)シングルA面は26曲、B面曲が4曲でシングル関連曲だけで30曲。のこり24曲がアルバム曲なのだが、そのうち3曲は米国でシングル発売されNo.1を獲得している。すなわち「1」に収録されている。Eight Days A Week(A Hard Day's Night )Yesterday(HELP!)Long And Winding Road(Let It Be)の3曲。
純粋なアルバム収録曲は21曲となる。

アルバムタイトル
with the beatles               1曲
A Hard Day's Night             1曲
HELP!                   1曲
Rubber Soul                6曲
Sergeant Pepper's Lonely Hearts Club Band  4曲
Magical Mystery Tour            2曲
the Beatles                4曲
Abbey Road                1曲
Let It Be                   1曲


特徴的なのは赤盤のRubber Soul 6曲である。赤盤はもともと26曲入りのところ13番目のシングルまで(内2曲は両A面∔米国シングル2曲)収録しており、シングルだけで17曲、のこり9曲中6曲がRubber Soulというのはすごい比率だと思うが名曲ぞろいなので当然とも思う。Rubber Soulはジョンとポールの力関係が拮抗し始めたバンドとしての頂点に向かっていく時期にあたるが、4曲がジョン、2曲がポールという比率である。

青盤ではシングルは9曲(米国シングル1曲)うち両A面が2曲、B面曲が4曲。合計16曲。青盤は28曲なので残りは12曲。その内Sergeant Pepper's Lonely Hearts Club Bandが4曲、the Beatlesの曲が3曲と目立つ。ポールの躍進が続く一方バンドとしての体をなさなくなっていくのがこの時期だ。曲のバリエーションが増えていくがバンドっぽさは希薄になる。ただ、畢生の名盤Abbey Roadからはポールの曲は選ばれていない。

ここまで見てもジョージ選曲の証拠は見つからないが、ファンとしてはメンバーが選曲していてほしいと思うのが普通だし、それが通説ならそれでよいのではないかと思っている。
(ジョージは故人で確かめるすべがない)


レコードコレクター2010年11月号の記事「ジョージ・ハリスンは「赤盤」「青盤」にどうかかわったのか」によると、アラン・クラインと一番良好な関係だったジョージが選曲にかかわったことは間違いがないという結論だった。
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