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2025年11月。久々のアルバム「Wormhole / Yumi AraI」発売で松任谷由実のテレビ露出が増えている。わかりやすくプロモーション(宣伝)だが、ユーミンクラスが出てくれるとなると番組側も時間を取って軽々しい扱いにはしない。
どこかの番組(NHK?)で本人が言っていたことだが、「松任谷由実は荒井由実を超えたいと思っていたが、超えられなかった(もう気にしなくなった)」的な内容であった。
どちらも同一人物なのだから、それはおかしな話なのだが、実際のところこの言葉の意味はよくわかる。

実際、「好きな曲ランキング(オールタイム)」の多くの割合を荒井由実時代の曲が占めている。
「みんなのランキング」のサイト(2025年11月19日現在)のランキングによると
ベスト10までで5曲が荒井由実名義。のこり5曲は松任谷由実名義だった。
「なんだ、そんなもんか」と思ったあなた、考えても見てほしい。ユーミン50年のキャリアの中で荒井由実時代は、ほんの数年(1972年から1976年オリジナルアルバム4枚)である。全キャリアの十分の一にも満たない期間なのである。
ベスト20位までを見ても11位に「あの日にかえりたい」12位に「海を見ていた午後」13位に「ルージュの伝言」とベストテンに入ってもおかしくない曲が並んでいる。(20曲中9曲が荒井由実名義)
これはすごいことで本人が「荒井由実時代を超えられない」と考えるのも無理はない。
これほど時間が経ってもエバーグリーンの名曲となっていることは、「若き天才」という修辞では語りきれない「本当の天才」の所業だったと言えるのではないだろうか。

もちろん前に書いた通り、荒井由実と松任谷由実は同じ人格である。名前が変わったとたん天才ではなくなったということは無い。
本人があまりに加熱する「荒井由実ブーム」から脱するために結婚を機に改名したと語っている通り、「荒井由実」でいることに嫌気がさしていた。歌手を引退するつもりだったらしい。
ただ、実際はそうはならず1年休んだ後、1978年から年2枚(!)のペースでアルバムをリリースしていくことになる。
80年代に入ると本格的な再ブレーク期に入り、1981年のアルバム「昨晩お会いしましょう」(12枚目「守ってあげたい」「カンナ8号線」収録)から1997年の「Cowgirl Dreamin'」(28枚目「最後の嘘」収録)まで連続でオリコン1位を獲得した。(17作連続!)
1984年。YとMを組み合わせた『ユーミンマーク』を前面に押し出したアルバム「No Side」(18枚目「ノーサイド」「BLIZZARD」「DOWNTOWN BOY」収録)以降さらにギアが上がった。以降アルバムリリーズは年1枚のペースになるが、売れ方が尋常ではなくなる。(世はバブル期に突入する)
さらに本格的なCD時代となる1988年の「Delight Slight Light KISS」(20枚目「リフレインが叫んでる」収録)以降8作連続で100万枚を突破する。(ちなみに最多の売上枚数を記録したのはベスト盤の「Neue Musik YUMI MATSUTOYA COMPLETE BEST VOL.1」(1998)の325万枚だった)
活躍の度合いに関しては決して荒井由実時代に劣っているわけではないのである。

それでも、である。
前出のランキングによるとベスト20位まで松任谷由実名義の11曲は以下の通り
1位 DESTINY (1978) 
2位 埠頭を渡る風 (1977) 
8位 リフレインが叫んでる (1988) 
9位 守ってあげたい (1981) 
10位 青春のリグレット (1985)
14位 ノーサイド(1984)
15位 真珠のピアス(1982)
17位 カンナ8号線(1981)
18位 春よ、来い (1993)
19位 NIGHT WALKER(1983)
20位 ジャコビニ彗星の日(1979)

ベスト20のこれ以外の曲は当然70年代の曲なので70年代の曲は12/20。それと地続きの80年代前半の曲が5/20。80年代後半が2/20。90年代以降が1/20。



松任谷由実・荒井由実の区切りを気にせずに年代で考えても初期の70年代が圧倒的に人気という結果になる。CDを売りまくった80年代後半から90年代の曲は3曲だけだ。
50年前の曲が今でも愛され続けているのである。
70年代、時代に先行していたユーミンは80年代以降、時代と寄り添って、ニーズにびったりマッチしてCDを売りまくり、2000年代以降時代と乖離し始めている感があるのではないか?最新アルバムがAiボーカルとの共演というのも「今一度、最先端」への憧憬なのではないだろか?(スミマセン、自分の妄想です)

図書館のCDコーナーで「Yumi Arai SINGLES」というCDを見つけた。

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松任谷由実のディスコグラフィからは黙殺されている、alphaレコードが勝手にリリースしたシングルコレクションである。
(様々なアーティストがレコード会社移籍のタイミングでこんなことをされている。ドリカムしかり、スピッツしかり、山下達郎しかり、だ)

シングルバージョンを集めているので曲によっては貴重な音源がある。なにより全体が70年代の雰囲気が横溢している。最近のベスト盤等に収録される際にはバーニー・ゴールドマンによるリマスターが行われるので、オリジナルにより近いのはこちらの盤であろう。
曲順はCD裏面に記載(写真)の通り。英文で書かれているが日本語タイトルである。
(ユーミンはある時期から表記するしないにかかわらず英文タイトルも付けているが、それではない)
収録曲
01. Velvet Easter
02. あの日にかえりたい
03. 12月の雨
04. 何もきかないで
05. 魔法の鏡
06. きっと言える
07. 空と海の輝きに向けて
08. やさしさに包まれたなら
09. 瞳を閉じて
10. ルージュの伝言
11. 少しだけ片想い
12. 返事はいらない
13. 翳りゆく部屋
14. ひこうき雲

なかなかに貴重なものと思っていたが、ヤフオク等をみると大量に出回っているみたいで普通に安価で買える。(買う価値があるかどうかはあなた次第)


今井美樹の「PIECE OF MY WISH」がニュービーズのCMに使われ、絶賛ヘビロテ中である。1991年リリースなので、実に30年以上前の曲である。だが、耳に残る名曲なのである。

今井美樹の時代
モデル出身の今井美樹は当初、歌手より女優に軸足がかかっていたように思う。最初から2枚目のアルバムまではアイドル歌手的な制作スタイルだった。(80年代は実にアイドルの時代であった)
3枚目のアルバムから少々様相が変わっていく。このアルバム『Bewith』(1988)から上田知華、柿原朱美が参加し、今井美樹の音楽の方向性が固まっていった。このアルバムは大ヒットしオリコン1位を獲得した。(本格的に歌手への転換)
次のアルバム『MOCHA』(1989)は『Bewith』の方向性をより進めたアルバムで今井美樹の作家性の萌芽が見える。
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mocha(カセットテープ)
この4枚から最初のベストアルバム『Ivory』(1989)がつくられた。選曲は今井自身が行い、シングル曲が収録されなかったりした。初期の大ヒット曲「瞳がほほえむから」(アルバム未収録)はこれに納められている。

しかしながら、今井美樹がアーティストとして開眼したのは5枚目のアルバム『retour』(1990)だったと思う。
全12曲中、自身が作詞した曲が4曲あり、「半袖」と「輝く星になって」はライブ音源を使用している。それは相当なクオリティであり、それを収録するのは自信の表れだろう。
作曲陣ではそれまでの上田知華、柿原朱美に加えKANが参加している。
『retour』(フランス語で「蘇生」の意)の名前にふさわしい新たに生まれ変わったようなアルバムである。
ここからの3枚のアルバム(残り2つは『Lluvia』(1991)『flow into space』(1992))が“名作の森”期にあたる。
7枚目のアルバム『flow into space』でその後を変える出会いがあった。布袋寅泰の参加である。ここでは2曲の作曲のみだが、1993年のシングル「Bluebird」以降サウンドプロデュースの中心的存在になる。(布袋時代のはじまり)

『A PLACE IN THE SUN』(1994)と『Love Of My Life』(1995)ではサウンドプロデュースをそれぞれ坂本龍一、菅野よう子と共同で行うが、次のアルバム『PRIDE』(1997)ではプロデュースと全ての曲の作曲も行うようになった。
そこで生まれたのが今井美樹最大のヒット曲「PRIDE」(1996)である。CD最も売れた時代にシンクロしたともいえる。

布袋時代が好きな方も当然おられると思うが、自分的にはそれ以降はあまり聞かなくなっていった。今井美樹は90年代前半のアーティストのイメージなのである。

今井美樹のキャリアの中で『IvoryII 』が最強なワケ
前述のように『Ivory』はファーストアルバムから4番目のアルバム収録曲とその間のシングル曲からチョイスされている。『IvoryII 』は5枚目のアルバムから7枚目のアルバムの収録曲とその間のシングル(「PIECE OF MY WISH」はこれにあたる)からチョイスされている。自分が「名作の森」期と呼んでいる時期と全く被っているのである。それは最強なのである。

女友達への応援ソング
竹内まりや(薬師丸ひろ子)の「元気を出して」やドリカムの「サンキュ」や岡本真夜の「宝物」など女性同士の友情を歌った名曲は数あれど、今井美樹にもそんな曲があった。
「幸せになりたい」である。(『retour』収録)自分はこの曲が一番好きかも知れない。
「離婚した友人が東京で新生活を始める」という歌で、アッパー系である。サビの「渋滞は毎日〜」の部分でぐっと来る。
90年代初頭はまだまだ離婚が人生の汚点になり得た時代。全く違う環境に身を置く友人を気遣う歌である。友人ともども「幸せになりたい」のである…

この曲は今井美樹の作品を20作以上(しかもほとんどの主要曲を)手掛けた上田知華が作詞作曲し、今井美樹の曲で唯一レコーディングに参加(コーラス)した曲である。思い入れが感じられる。

この曲も『IvoryII に収録されている。

『IvoryII 』収録曲
1 retour
2 夢の夜
3 カ・ケ・ヒ・キ・27
4 幸せになりたい
5 雨にキッスの花束を
6 Tea For Two
7 半袖
8 PIECE OF MY WISH
9 Bluebird
10 The Days I Spent With You
11 Lluvia
12 amour au chocolat
13 雪の週末
14 Blue Moon Blue Re-Mix
15 flow into space

現在では『Ivory』と2枚組にした 今井美樹 | Ivory&IvoryII 【SHM-CD】という製品もあるようだ。
さらに30周年記念盤 今井美樹 | Premium Ivory -The Best Songs Of All Time-というものもあるらしい。
キャリアが長いので様々な形態のベストがあるようだが、自分はオリジナル『IvoryII 』が1枚あれば良いと思っている。(リマスターには懐疑的なので…)

ドイツ・オーストリア系の作曲家の作品を中心に(売れる有名曲はその限りではないが…)録音を重ねたカラヤンが例外的に何度も録音したのがロシアの作曲家チャイコフスキーの「悲愴」だ。スタジオ録音だけでも7回行っている。ロマンティックで盛り上げどころ満載の曲だが、チャイコフスキー最期の交響曲でもある。初演を本人が指揮したが、その9日後急死した。(あまりの急死だったため様々な憶測を呼んだ)

名曲なので様々な指揮者、オーケストラが演奏を行っている。自分も好きな曲で気づいたらいくつかの音源を所有していた。ちょっと整理してみよう。

①メンゲルベルク指揮 アムステルダムコンセルトヘボウ管弦楽団 1937
②カラヤン指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1956 EMI

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③カラヤン指揮 ベルリンフィルハーモニー管弦楽団 1971 EMI
④カラヤン指揮 ベルリンフィルハーモニー管弦楽団 1976 DG
⑤カラヤン指揮 ウィーンフィルハーモニー管弦楽団 1984 DG
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⑥バーンスタイン指揮 ニューヨークフィルハーモニック 1964 SONY
⑦バーンスタイン指揮 ニューヨークフィルハーモニック 1986 DG
⑧ムラヴィンスキー指揮 レニングラード管弦楽団 1960 DG
⑨マルケヴィッチ指揮 ウィーンフィルハーモニー管弦楽団 1953 DG
⑩ペトレンコ指揮 ベルリンフィルハーモニー管弦楽団 2012 BPO
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まだあるような気もするが、確実にフィジカルメディアを所有しているのはこれぐらいである。

メンゲルベルク
①は第二次大戦前の歴史的録音。メンゲルベルクは戦後、ナチ協力者として追放されるのでその録音としては後期にあたる。それゆえか録音の質は悪くない。(当然モノラルである)19世紀にルーツがあるロマン主義の指揮者でテンポを自在に動かしている。

カラヤン
カラヤンは前述にように7回録音しているがこの②~⑤に関してはそれぞれ録音する理由があった。
②50年代フルトヴェングラーから排除されていたカラヤンは、ベルリンで振ることはできず、イギリスのオーケストラ、フィルハーモニア管で録音を行っていた。EMI(ウォルター・レッグ)との蜜月時代である。(ただ、54年にフルトヴェングラーが急死すると、彼の代理でアメリカツアーに帯同し大成功をおさめ、まんまと常任に就任する)
③ベルリンフィルを掌中におさめたカラヤンが、70年代、最高の状態で録音を行ったもの。録音は「イエスキリスト教会」
④同じ70年代、同じベルリンフィルだがレコード会社がEMIからDGに変わっている。初めてチャイコフスキー交響曲全集(初期も含む)に取組みDGの録音陣で「フィルハーモニー」で録音されたもの。
⑤80年代に入り関係が冷え切っていたベルリンフィルに変わり、ウィーンフィルでデジタル録音を行ったもの。
どれが良いかは好みである。一般的には④の評価が高いようだが、自分はそれよりほんの少し若い③の方が好みである。
⑤は晩年に近い録音だが、スピードはむしろ上がっている。ウィーンフィルだから?デジタル録音ゆえか音が大きい。

バーンスタイン
いずれもニューヨークフィルハーモニックだが、中身は大きく違う。
⑥は普通の演奏だが、ニューヨークフィルハーモニックを完全に手中に収めているのがわかる。
⑦はとにかく遅い演奏で、人によってはグロテスクに感じるほど。
どれほど遅いかというと、第四楽章などはカラヤンの倍の時間かかって演奏している。
違和感はあるものの、自分的には有りだと思う。

ムラヴィンスキー
ソ連時代のロシアの指揮者。⑧は手兵のレニングラード管弦楽団と西側でのコンサートのついでにDGに残した録音。(4,5,6の後期三部作を録音した)鉄壁のアンサンブルでよく訓練された軍隊のような演奏。演奏が完璧すぎてあまり情緒的ではない。

マルケヴィッチ
ムラヴィンスキー同様に旧ソ連時代のロシア人(キエフ出身なので現在で言えばウクライナ人)指揮者。幼いころにスイスに移住し、西側での演奏活動をしていた。レコードはEMIやDGに多数残されている。
⑨はDGでリリースされたウィーンフィルとのもので50年代ということでモノラル録音である。⑧よりは情緒的である。厳しい表現もあり、これがロシア的ということか?

ペトレンコ
現在のベルリンフィルの首席指揮者。(ロシア人)
⑩は就任前(決定後)にライブレコーディングされた音源である。あまり特徴のない演奏で「安全運転なのかな」という感じである。ベルリンフィルの上手さは際立ち、音もとても良い現代の録音ではあるが…
2019年就任なので日にちが経っているがあまり話題に上らない。小粒過ぎたか?
(ハンス・フォン・ビューロー→ニキシュ→フルトヴェングラー→ボルヒャルト→チェリビダッケ→フルトヴェングラー→カラヤン→アバド→ラトルの次ではねえ…)
ロシア人が多い。ロシア音楽はロシア人でなければ共感できない的なことをライナーノート等で見かけるが、ことチャイコフスキーに関して、それは当たらないと思う。ロシア的な旋律は出てくるが、音楽のつくりは西欧的だ。
バーンスタインの86年版ライナーノートにも「バーンスタインはユダヤ人だがルーツはロシアにあり、深い共感がある」みたいなことが書かれていたと思うが、無理やり感がある。ロシア的な旋律を奏でるのはロシア人にしかできないということはないと思うが…

ベストはカラヤン?
メロディーメーカーとしてのチャイコフスキーの良さを引き出しているのはカラヤンの演奏③(71年版)だと思う。第三楽章の推進力は相当なものだ。
バーンスタインの⑦(86年版)が遅いのは指揮者のフィジカルの問題ではなく、この曲の持つ深い悲しみとか諦観を表現するためなのだろう。明らかに異様だし、まるで別の曲に聞こえるところもあるのだが、言いようのない凄みがある。バーンスタインの録音の多くはライブレコーディングなのでオーケストラの実力が試されるがニューヨークフィルハーモニックはよく粘っていると思う。第四楽章の最後、音が静寂に飲み込まれる感じでいつ終わったのかわからないくらいである。
共感されないことを承知の上でバーンスタイン⑦(86年版)をベストとしよう。



まずは次の表を見ていただきたい。
左側に10年刻みの年代、①~⑥はクラシック音楽関係の「人物」を表すが数字は上が生まれ年、下が没年を表している。
黄色い帯は技術的なブレイクスルーが起こった年代を指している。
①~⑥はそれぞれ誰でしょう?





答えは
①ベートーベン(作曲家)
②ベルリオーズ(作曲家)
③ブラームス(作曲家)
④マーラー(作曲家・指揮者)
⑤ワルター(指揮者)
⑥カラヤン(指揮者)
である。


なぜこんなことをやっているかというと、発端はベルリオーズの写真にあった…
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講談社現代新書 『ロマン派の交響曲』第二章扉

ベルリオーズの代表曲『幻想交響曲』は1830年、ベートーベンの死後わずか3年後に初演された「交響曲」である。ベートーベンの第九交響曲の初演から数えてもわずか6年後である。つまり、ベルリオーズはベートーベンとほぼ同時代に生きていたのである。しかし、ベルリオーズの写真は複数残っているのに、ベートーベンには肖像写真は無い。「間に合わなかった」のである。
写真の発明は1830年代でベートーベンはわずかに間に合っていない。それより後の作曲家すなわちロマン派の作曲家たちは写真が残っている。それゆえ、肖像画しか残っていないベートーベンは古い感じがしてしまうのは仕方がない。

録音技術が開発されたのは1850年代、フランスでのことだった。ここで「エジソン(アメリカ)じゃないの」という人は鋭い。ここで言う録音は再生できないが記録はできるという技術であった。(実に150年後に再生に成功している)
再生できる録音機械を実際に作った(1877)のはエジソンで間違いない。(こんな書き方になるのは、技術理論は既にあり実現したのがエジソンだったからである←発明したと言えるかどうかは微妙)蝋管に「メリーさんの羊」の歌を記録したというあれである。(実際は歌ではなく歌詞の朗読だった)
それはともかくブラームスは自らのピアノの演奏を録音した(1898)と言われている。「間に合った」人である。もちろん電気式録音ではなくアコースティック録音で、大規模なオーケストラ音楽を録音することはできなかった。
1911年に亡くなったマーラーは電気式録音に「間に合わず」、彼が指揮したウィーンフィルの演奏を聴くことはできない。直接マーラーの薫陶を受けたワルターの演奏は マーラー式なのかもしれないが…
ワルターは19世紀生まれの指揮者であるが長生きしたおかげでステレオ録音に「間に合って」いる。演奏会を引退した後、レコード会社が作った彼専用のオーケストラ(コロンビア交響楽団)で膨大な録音を残した。
CDの開発・発売(1982)は80年代のことだが、PCMによるデジタル録音は70年代から行われていた。
70年代はカラヤンとベルリンフィルの蜜月時代で売れる曲はほとんど録音していたが、デジタルレコーディングが本格化した80年代以降、再度録音するようになった。
より良い状態で残したいという芸術家としての欲望と売って儲けたいという商売人としての欲望を両立させていたと思う。
80年代ベルリンフィルとの間で確執があり、疎遠になったがウィーンフィルがその替わりを務め、晩年まで録音活動を続けた。
カラヤンは89年に亡くなったが、デジタルの新しい器、SACDがリリースされたのはその10年後1999年である。録音技術のほとんどの局面を経験し享受したカラヤンも間に合っていなかったのである。生きていたらハイレゾレコーディングで再録音したに違いない。
現在はさらに進み「器」は無くなった。こんな時代をカラヤンはどう思うだろうか?

SONY STARBOXとは?

日本のSONY独自のベスト盤ブランドで、自社レーベルのアーティストを広く扱っている。
元々は1988年のCBS SONY20周年限定企画だったが、その後、ブランド化され、シリーズ化した。1989年にはⅡが、1993年にⅢが発売された。元々洋楽のブランドだったが後に日本人アーティストのシリーズとその派生シリーズExtra、2003年にはオールディーズアーティストのシリーズが発売された。

その始まり

前述のようにCBSソニー設立20周年特別企画だった。本国のコロムビアからも特別な配慮があったようだ。1988年8月26日 次の6アーティストで発売された。(特別な呼称がないので本稿では「オリジナル」とする)
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・ビリー・ジョエル
・ボズ・スキャッグス
・シカゴ
・ジャーニー
・TOTO
・アース・ウインド&ファイアー

18曲~20曲入 2,500円(当時CDの価格は3,000円~3,200円、消費税はまだ無かった)通常のプラケースのCD(1枚)に48頁の冊子がついてそれらを収める薄いプラのBOX仕様(背に板あり)の箱に入っている特別仕様。

メガヒットをもつビッグネームばかりだが、当時、それぞれどのような状況であったか書いておこう。

・ビリー・ジョエル 
「ザ・ブリッジ」(1986)の後の「ストーム・フロント」(1989)を制作中。相変わらずヒットメーカーであった。
・ボズ・スキャッグス 
アルバム「アザー・ロード」(1988)をリリース、6月から7月にかけて来日公演を行った。
・シカゴ 
シカゴは1982年、コロンビアを離れ、ワーナーに移籍している。よって80年代の大ヒットアルバム「シカゴ16」(1982)以降の曲は収録されていない。当時その路線でヒット曲を連発していたので、それ目当てで買った人はがっかりしただろう。それでも収録曲があるのは、70年代のキャリアの賜物。
1988年当時「シカゴ19」(ワーナー)をリリース。「シカゴ16」からデビッド・フォスタープロデュースのAOR路線を続けていたが、バンドメンバーの不満から本作が最後となる。(迷走のはじまり)
・ジャーニー 
「エスケイプ」(1981)「フロンティアーズ」(1983)の大ヒットでアメリカトップクラスのバンドとなった。つづく『Raised On Radio〜時を駆けて』(1986)もヒットしたが、その後スティーブ・ペリーの脱退などで、しばらくの間レコードリリースが途絶える。(復活は1996年)
・TOTO
『TOTO IV ~聖なる剣』(1982)は楽曲のクオリティ、アートワーク等全てにおいて、80年代を代表するアルバムとなったが、その後、メンバーチェンジやらなんやらで、やや低迷。この年『ザ・セブンス・ワン〜第7の剣〜』(1988)をリリース。復調の兆しを見せるも、1992年のジェフ・ポーカロの急死で事実上の終わりを迎えた。現在も活動しているが往時の輝きはない。
・アース・ウインド&ファイアー(EW&F)
フロントマンのモーリス・ホワイトは唯一のソロアルバムを発表(1985)。スマッシュヒットとなるが、アース・ウインド&ファイアーの方は音楽性の変化やメンバーの脱退等で低迷期に入りつつあった。

よく見ればこの時点(1988)で現役バリバリなのはビリー・ジョエルとボズ・スキャッグスと強いてあげればTOTOくらいか?シカゴは第二期黄金期に入っていたが、コロンビア(SONY)ではなかった。ジャーニーはスティーブ・ペリーが脱退し事実上の活動停止状態。アースも80年代後半は低迷していた。TOTOも順調にアルバムリリースしていたが往時の勢いはなかった。まあ、ベスト盤なので過去の大ヒット曲があれば問題は無い。ビッグネームであることが重要だったのだ。

STARBOXは好評でCDの普及にも一役買ったといわれている。(CDとLPの出荷数が逆転したのもこの頃)

STARBOX Ⅱ
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翌1989年にはCBSソニーの営業主導で(○○周年とは関係なく)STARBOXⅡの企画が持ち上がった。コロンビアの許諾を得て、「オリジナル」以外のアーティストをリリース。シリーズ化した。
ただし、初回限定盤として通常のカタログに載らなかったため、資料がなく全容がイマイチわからない。Wikipediaにも作品リストがあるが、パッと見「抜け」があり完全なものではない。

「オリジナル」との違い
・Ⅱの方が、デザインが洗練されている。

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「オリジナル」は時間がなく相当にバタバタで制作されたようで、アートワークも今一つという感じであった。Ⅱの方はベースフォーマットをしっかり作り、アーティスト事に文字色や写真が変わるといったデザインだった。(アイテム数が増えたためそうせざるを得なかったのかも知れない)
・CDケースと冊子をまとめる為のプラケースはスリーブ状になり(「オリジナル」は奥側の背の部分は閉じられてBOX状だった)やや簡易になった。(コストダウン?)
・89年4月に消費税3%が導入されたため税込、税別表記が併記されている。よく見ると、なぜだか価格が安くなっている。「オリジナル」2,500円。Ⅱは2,348円(3%税込・端数がつく)

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・冊子以外にカレンダーが付属していた。


STARBOX Ⅲ
さらに混迷を深め、もはやどういう事情かわからないが、Ⅲが発売された。

・多頁の冊子は付属するが、これまでのようにケースの外側にプラケース(もしくはスリーブ)を付けて付属する形ではなく、ケースのライナー部分を大型化して多頁の冊子が入る仕組みとなった。結果、少々厚めのプラケースにすべて収まっている形になった。包装は大幅に簡易化した。

・「オリジナル」とⅡではプラケースの背部分にカラーのシールが貼られていたが、Ⅲではなくなった。
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・価格は税込み2,500円(この頃は税込み表示が普通になった?)


「オリジナル」は6アイテムだったがⅡ以降に関しては前述のように正確な数がわからない。ⅡとⅢについてはデザインが違うので、その違いで判別するしかない。この後にリストを掲載しているが画像検索で表示したもので判別している。(現物を見かけることは稀である)
Ⅲや2003では「オリジナル」やⅡのアーティストの再発が含まれるのでややこしい。しかも再発といっても同じ内容ではないもの※もあるようでアイテム数が確定できない。

※確実に内容が異なるのはバングルスである。バングルスⅡは17曲入り、発売時点でアルバム3枚しかリリースしておらず、その3枚からまんべんなく採られている。93年のⅢでは映画の主題歌だった「冬の散歩道」とリミックスされた2曲が追加され、全18曲となった。(曲の入れ替わりあり)

STARBOXリスト(暫定版)

1 STAR BOX / アース・ウィンド・アンド・ファイアー
1 STAR BOX / シカゴ
1 STAR BOX / ジャーニー
1 STAR BOX / TOTO
1 STAR BOX / ビリー・ジョエル
1 STAR BOX / ボズ・スキャッグス

2 STAR BOX / アンディ・ウィリアムス
2 STAR BOX / ケニー・ロギンス
2 STAR BOX / ジャニス・ジョプリン
2 STAR BOX / トニー・ベネット
2 STAR BOX / ハービー・ハンコック
2 STAR BOX / バングルス
2 STAR BOX / ブラザース・フォア
2 STAR BOX / マイルス・デイヴィス
2 STAR BOX / ローリング・ストーンズ
2 STAR BOX / ロギンス&メッシーナ
2 STAR BOX / サンタナ
2 STAR BOX / ワム!
2 STAR BOX / ボブ・ジェームス
2 STAR BOX / ウィリー・ネルソン

3 STAR BOX / アイズレー・ブラザーズ
3 STAR BOX / サイモン&ガーファンクル
3 STAR BOX / ジェフ・ベック
3 STAR BOX / チープ・トリック
3 STAR BOX / フーターズ
3 STAR BOX / ウェザー・リポート
3 STAR BOX / マンハッタンズ
3 STAR BOX / ジェイムス・テイラー
3 STAR BOX / ダン・フォーゲルバーグ
3 STAR BOX / カンサス
3 STAR BOX / ニュー・キッズ・オン・ザ・ブロック
3 STAR BOX / ハリー・コニック・ジュニア
3 STAR BOX / REOスピードワゴン
3 STAR BOX / デイヴ・メイソン
3 STAR BOX / バングルス(再)
3 STAR BOX / アース・ウィンド・アンド・ファイアー(再)
3 STAR BOX / デッド・オア・アライブ
3 STAR BOX / ボズ・スキャッグス(再)
3 STAR BOX / スリー・ディグリーズ
3 STAR BOX / スライ&ザ・ファミリー・ストーン

2003 STAR BOX / ウィリー・ネルソン(再)
2003 STAR BOX / カラベリ・グランド・オーケストラ
2003 STAR BOX / トリオ・ロス・パンチョス
2003 STAR BOX / ドリス・デイ
2003 STAR BOX / パーシー・フェイス
2003 STAR BOX / パティ・ペイジ
2003 STAR BOX / ミッチ・ミラー
2003 STAR BOX / レイ・コニフ
2003 STAR BOX / ボビー・ヴィントン
2003 STAR BOX / ジョー・スタッフォード
2003 STAR BOX / アンディ・ウィリアムス(再)




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