以下の内容はhttps://retroaudio.blog.jp/archives/cat_53283.htmlより取得しました。


新春恒例のレコード・オブ・ジ・イヤー2025をお送りする。

自分が2025年に購入したレコードの中で良かったと思うものを勝手に選出している。あくまで自分が2025年に買ったということでレコードのリリース年とは全く関係がないのも例年通り…

「保管スペースの関係でレコードの購入が怪しくなってきている」と書いたのは2025年1月の「レコード・オブ・ジ・イヤー2024」の記事だったが、2025年は目に見えてに購入数が減った。スペースファクターもさることながらジャンク(100円~300円)カゴでの掘り出し物の出現率が激減していることもその要因である。(本物のジャンク=「ゴミ」ばかりになっている)
まあ欲しいものはあらかた手に入れたということかも知れないが…


洋楽部門

サイモンとガーファンクル 『グレーテスト・ヒット』←この表記は当時のライナーノートの表記(1972)

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言わずと知れた大物アーティストS&G、現役時代のベスト盤。
とはいえ、後から見るとリリース時点で解散状態であった。70年の『明日に架ける橋』が最後のオリジナルアルバムだったのだ。
シングルヒット曲だけではなくアルバムの曲やライブバージョンも選択されており、この頃のポール・サイモンとアート・ガーファンクルの考え方が垣間見えるのが興味深い。

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ベスト盤だが、ほとんどが別音源(既発音源は4曲のみ)で、オリジナルアルバムとみなす人もいる。(「製作に1年余を費やした」とライナーノートに記載有)ただ、オリジナルアルバムとしてみると『明日に架ける橋』の方が数段上だ。
CD時代になり様々なコンピレーションがリリースされ、ほとんど網羅的に聴くことが可能になった(そもそもオリジナルアルバムが4枚しかない)が、オリジナルアルバムの価値は下がらない。
自分はポール・サイモンを同時代のマッカートニー&レノンに匹敵するコンポーザーと評価しているが、S&Gについては解散(明確な時期が不明だが)後もちょくちょく一緒にやったりやらなかったり、軽い感じが価値を低めているような気がしている。(まあ、二人なので集合離散が容易である)



邦楽部門

オフコース 『SELECTION1973-1978』(1978)
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オフコースの年代別ベストの前半分。

実は「レコード・オブ・ジ・イヤー2021」で年代別ベストの後半分『SELECTION 1978-1981』(1981)を取り上げていた。70年代後半からバンド指向になりブレイクしたと、書いていた。ちょうどその頃がニューミュージック(死語)の勃興期で、よりロックっぽい甲斐バンドやチューリップもフォーク寄りの松山千春も(もちろんユーミンも)ひとくくりにされていた。そんな中、ニューミュージックの旗手として登場したのがオフコースであった。
歌謡曲でもフォークでもない曲を歌うようになってブレイクした。(まだ日本のポップスはメジャーになり切れず、シティポップなる音楽が一般化するのはもう少し後のことだ)
そのオフコースがニューミュージックにカテゴライズされる前のベスト盤がこの、『SELECTION1973-1978』(1978)である。小田さんと鈴木さんの両方に気を使った選曲になっている。(バンド期は小田色が強まり、鈴木さんは82年に脱退する)
「眠れぬ夜」「ワインの匂い」「秋の気配」「やさしさにさよなら」等が収録されている。




クラシック部門

・ムラビンスキー指揮 レニングラード管弦楽団 チャイコフスキー『交響曲第四番』
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RESONANCE というのは独グラムフォンの廉価盤(再発盤)に付けられていたラベル。レギュラー盤との違いはよくわからない。

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これはイギリスで演奏されたもので、オーストリアで演奏された五番、六番とともにチャイコフスキー後期三大交響曲を西側のテクノロジーで録音したものである。ムラビンスキー指揮の演奏を良音で聴けるのはありがたい限り。

ちなみにCDも複数出ており自分が持っているものは3枚組で四番、五番、六番がそれぞれ1枚のCDになっている。(バラ売りのCDを3枚集めたもの?)
最初にCD化された際は2枚組で五番は2枚に分かれて収録されていた。


1980年デビューの松田聖子は、2025年で45周年である。それ故かNHKのSONGSという番組で特集が組まれていた。
人気の高い曲を中心にNHKの音楽番組「レッツゴーヤング」(または紅白歌合戦)の映像で振り返るという番組だった。

つらつら見ていたが驚いたことにブレーク曲として紹介された「青い珊瑚礁」の後、続けて紹介された4曲がすべて1981年リリースのシングル曲だった。ただ順番というだけではなくこの4曲を続けて出せるのがすごいと思った。名曲ぞろいである。

その曲は…
(SONGSでの登場順)
⑤夏の扉 三浦 徳子作詞 財津和夫作曲
④チェリーブラッサム 三浦 徳子作詞 財津和夫作曲
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④⑤収録のサードアルバム
⑥白いパラソル 松本隆作詞(シングル初)財津和夫作曲
⑦風立ちぬ 松本隆作詞 大瀧詠一作曲(はっぴいえんど人脈)

この4曲である。(横の数字はリリース順)
財津和夫の曲作りの才能と大村雅朗のアレンジ力に驚くばかりだが、松田聖子のアイドルとしての地位を確固たるものにした曲たちである。
そして、シングル「風立ちぬ」が入っていることから、2年目にアルバム『風立ちぬ』までリリースしていたこともわかる。このアルバムはA面の楽曲のすべてを大瀧詠一が作曲、楽曲プロデュースを行ったことでも有名だが、松田聖子がある種の作家性を獲得したアルバムでもあった。
SONGSのインタビューでも大瀧詠一のピアノの横で歌わされたエピソードを語っていたが、レコーディングは大変だったようだ。
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⑦はB面に収録されている

前年の80年は4月のデビューから年末までに
①裸足の季節 CMタイアップ(資生堂「エクボ」)三浦 徳子作詞 小田裕一郎作曲
②青い珊瑚礁 ブレーク曲 三浦 徳子作詞 小田裕一郎作曲P1060571

③風は秋色/Eighteen(両A面シングル)
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③収録のセカンドアルバム シングル2曲がフォーマットのようで両A面シングルが収録されている


怒涛の1981年の翌年1982年は、さらなるジャンプアップの年になった。
シングル曲は
⑧赤いスイートピー 呉田軽穂作曲
⑨渚のバルコニー 呉田軽穂作曲
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⑩小麦色のマーメイド 呉田軽穂作曲(アルバム未収録)

⑪野ばらのエチュード 財津和夫作曲
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⑧は松田聖子を代表する楽曲で呉田軽穂は言うまでもなく松任谷由実である。
SONGSのインタビューでも「この曲から女性ファンが増えた」と言っていた
⑧のB面は呉田軽穂作曲の「制服」である。松田聖子史上最強のシングルであろう。

松田聖子は”聖子ちゃんカット”のイメージが強いが、ジャケ写を見る限り1982年頃には普通のショートカットになっている。それだけ80年後半から81年の印象が強いということだろう。

松田聖子の全盛期といえばこのあたりまでと考えてもよさそうだが、SONGSで紹介されていた曲で印象的な曲をあと2曲紹介しよう。

⑭SWEET MEMORIES(1983・アルバム未収録) 正確には「ガラスの林檎」B面だったが後に両A面になった曲。サントリービールのCMにペンギンのアニメーションとともに使用され、ブレーク。名曲度で言えばトップクラスである。その証拠にこの曲は40組以上のアーティストにカバーされている。

瑠璃色の地球(アルバム収録曲)シングルカットされなかった曲の中ではダントツの知名度を持つ曲。
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1986年6月発売のアルバム『SUPREME』妊娠出産のための活動休止中にリリースされシングル曲は無かった
SONGSでは紅白歌合戦で昭和(1986)、平成(2001)、令和(2020)に歌われた楽曲と紹介されていた。
「夜明けが来ない朝はないさ…」という歌いだしがいろいろな人に勇気を与えたと言われている。
松本隆がプロデュースに名を連ねるこのアルバムは名盤である。

新春恒例のレコード・オブ・ジ・イヤー2024をお送りする。

自分が2024年に購入したレコードの中で良かったと思うものを勝手に選出している。あくまで自分が2024年に買ったということでレコードのリリース年とは全く関係がないのも例年通り…

「2023年はいよいよCDを買わなくなった年だった」と書いたのは2024年1月10日の「レコード・オブ・ジ・イヤー2023」の記事だったが、事情が変わりクラシック分野を中心にCDを割と買った。(娘からは「CDの最終集積地=墓場」と揶揄されている)
反面、保管スペースの関係でレコードの購入が怪しくなってきている。(意外と場所を食う)
 


洋楽部門

エイジア 『アストラ』(1985)

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スーパーグループ※エイジア3枚目のオリジナルアルバム。

※メンバー全員がEL&P、キング・クリムゾン、イエスなどの著名グループ出身。結成当時スーパーグループと呼ばれていた。

エイジアの最初のアルバム『詠時感~時へのロマン』(1982)はまだLP時代のリリース。GEFFEN最初期のヒット作である。相当売れたので中古市場でも割と見つかる。
セカンドアルバム『アルファ』(1983)も前作の勢いもあって、そこそこ売れたが、中古市場ではLPはあまり見かけない。ただ、ないことはない。LPを売っていた期間は短く、その後CDに切り替わったからだろう。
『アストラ』のリリースは1985年。CDの時代になりつつあり、LPを見つけることは難しくなっている。(自分は初めて見つけた)セールス的にも前二作には遠く及ばず、ジョン・ウェットンは「なぜ売れなかったのかわからない」と嘆いたそうである。←もちろん理由はある。
このアルバム内容的にはもう一つの感もあるが、アートワークは最高である。そのために買ったと言っても過言ではない。


邦楽部門

大瀧詠一 『Niagara Moon』(1976)

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大瀧詠一のナイアガラレーベルは当初エラックレコードから発売されていた(1975)
再発の際にコロムビアレコードに移った(1976)購入したのはこの盤。
LPはその後CBSソニー(1981)/ソニー 40周年記念盤(1995)からの発売になる。裏面のジャケット写真がそのたびに更新されたのは有名な話。(同じ場所同じ服装で大瀧本人だけが変化している)
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クラシック部門

・ブルーノ・ワルター指揮 コロンビア交響楽団 マーラー『交響曲第九番』

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Oddesayというのは米コロンビアの廉価盤のレーベルだそうだ。輸入盤である。
米国産の輸入盤というのは70年代や80年代にも存在していて国内盤より安いが(国内盤は書籍と同じ扱いで再販制度に守られており、価格は一定だった)質が悪いというのが定説だった。新品で買ってもキズがあり、ノイズが多いと言われていた。当たり外れがある博打みたいなものだった。ジャケットがペラペラだったり、内袋が無かったり(紙スリーブしかない←この方が良いという説もある)とにかく、あまり質が高いとは言えなかった。が、今となってはそれも味である。

ワルターは指揮者マーラーの直弟子で直接薫陶を受けている。9番目の交響曲※『大地の歌』の世界初演はワルターの指揮だった。

※この頃死に対して異様に敏感だったマーラーは第9番を作ると(ベートーベンのように)死んでしまうのではないかという恐怖にとらわれていた。(第九の呪い)そのため第九番という名前を回避して『大地の歌』というタイトルにした。しかし、その後、10番目の交響曲に第九番とつけ、それが最後の完成した交響曲(10番があるが未完)となってしまった。結局、第九の呪いから逃れられなかったのだ。第九の呪いはマーラーのみならず様々な作曲家に影響を与えたが、それを軽々と超えていった作曲家がショスタコーヴィッチである。

ワルターはマーラーの音楽の普及に努めたが、あまりに長大な交響曲は時流に合わなかった。(LP1枚には収まらない)ワルターが録音できたマーラーの交響曲は1番、2番、4番、5番、9番『大地の歌」の6曲だけだった。ワルターの弟子筋にあたるバーンスタインもマーラーをいち早く取り上げた指揮者だったが、晩年のマーラーゆかりのオーケストラを使った2度目のチクルスは8番を欠いている。
ちなみにカラヤンはユダヤ人のマーラーを忌避するところがあり積極的に録音しておらず、録音が残っているのは4番、5番、6番、9番、『大地の歌』の5曲のみである。

アイドル部門
・太田裕美『こけてぃっしゅ』

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太田裕美をアイドルと言っていいかは微妙だが、(肩書はシンガーソングライター)70年代、ブレークを果たした頃は確かにアイドルだった。テレビでは歌番組で歌唱するのみならず、いわゆるバラエティ番組にも登場していた。ルックスと舌っ足らずな喋り方が可愛いかった。
松本隆+筒美京平コンビでヒット曲を連発するなど、80年代の松田聖子の先駆けのような存在であった。
この6枚目のアルバムには名曲「9月の雨』が収録されている。

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ベルリンフィル チャイコフスキー交響曲第六番 キリル・ペトレンコ指揮

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豪華な封入物で有名なベルリンフィルの自主制作盤(ベルリンフィル・レコーディングス)。今回はLPレコードを購入した。中古で5,500円。(元々の価格7,981円)
アナログ盤に多いパターンだが数量限定(世界2019枚限定)である。半端な数なのは2019年にリリースされたからである。少々疑っていたが手書きのシリアルナンバーが入っていた。
日本ではキングレコードが発売元だった。が中身は完全に海外製でカバーオンカバー、元々のカバーの上に日本語表記のあるカバーを掛けてあり、日本語のライナーノートが封入されていた。
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オリジナル

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日本語の帯

レコードは1枚(この曲の演奏時間は45分程度)でそのものにギミック(45回転等)はなく、普通のレコード(ただし重量盤)だった。

発売当時はペトレンコが正式にベルリンフィル常任首席指揮者に就任した頃で、まだレコードリリースが無かった。ほとんど最初期のレコードリリースであった。
このLPは就任決定後だが就任前の2017年の演奏会とゲネプロで録音した音源を使用したLIVE盤である。LIVEといっても演奏会をまるまる録音したものではないので、聴衆や会場由来の雑音がない。とてもクリアな音声である。セッション盤となんら変わらないクオリティなのだが、演奏は止めずに楽章ごとに録音するのだと思われる。オーケストラの集中力と技術力が問われる録音方法だが、ベルリンフィルなら大丈夫なのだろう。(世界最高峰?少なくとも3本の指には入るオーケストラである)
晩年のバーンスタインもLIVE録音ばかりであった。演奏の瑕疵よりも音楽の流れを重視するというかライブ感を何より大事と考えていたのであろう(少なくともバーンスタインはそうであろう)

チャイコフスキーの交響曲第六番
「悲愴」の副題がついているがこれは作者自身が付与した物である。
交響曲の副題(のようなもの)の多くは後に誰かが勝手につけたものである。シューベルトの第八番「未完成」(第二楽章までしか残っていないから)ベートーベン第五番「運命」(第一楽章冒頭のダ・ダ・ダ・ダーンの主題が「運命の扉をたたく」と呼ばれていることから)ひどいものになるとドボルザークの第八番「イギリス」(楽譜の出版社がイギリスにあったから)と曲とは全く関係のない副題を付けられている。それでも機械的な「交響曲〇番〇短調作品〇番」とか言われるより親しみがわきセールスにも影響があるのであろう。特に日本でその傾向が強いようである。(マーラーの第八番に「千人の交響曲」とかつけたがる。ちなみにこれは初演の時に興行主がつけた惹句である)
この曲はチャイコフスキー本人の指揮で初演されている。
その後急死(9日後)したため死因について様々に取りざたされることになる。
ただ、この曲が(結果的にそうなったが)最後の曲だと思って「悲愴」という副題を付けたわけではないことは確実のようだ。(自殺説は否定されている)

緩徐楽章を最終楽章とした特徴ある交響曲である。
例えば、ベートーベン第九番の第四楽章の最後はスピードが上がり切って終わるが(フルトヴェングラーのバイロイト祝祭での演奏などオーケストラが追随できないほどのスピードを要求している)「悲愴」はゆっくり消え入りそうに終わる。とても趣深いのである。

曲が良いので誰が振ってもそれなりの演奏になる。ペトレンコの指揮も特別突出したところはないが、美しくまとまっている。ただ、これが「新しい」ベルリンフィルの音なのかどうかは判別し難いところである。

ブルース・スプリングスティーン(1949-)はご存じであろう。The BOSSの異名をもち、70年代の「Born to run」でブレークし、80年代の「Born in the U.S.A」でアメリカの国民的シンガーとなった大御所である。日本のアーティストにも多大な影響を与えている。
一方のリック・スプリングフィールド(1949-)はオーストラリア出身のロック歌手でアイドル的なルックスで人気があった。ただ、今となっては憶えている人も少ないのではないだろうか。80年代に確かにブレークしていたのだが…
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リック・スプリングフィールドに、「ブルース・スプリングスティーンに間違えられた」という内容の曲があったと思う。欧米人でも間違えるような名前なのだ。日本人が勘違いしても仕方が無いかも知れない。よく見れば全然違うのだが、紛らわしいのは間違いない。

スプリングスティーンの方は大物過ぎて何も言うことはない。(“ハングリーハート”が好き)
スプリングフィールドでは“Love Somebody”という曲が好きだ。(YouTubeで聴けます)が、今、検索すると織田裕二ばかりヒットする。(←この曲とて過去の曲)スプリングスティーンの方は、調べると1984年5月の曲だった。(1980年~85年あたりが、自分が洋楽をよく聞いていた時期)
この曲、キャッチーなロックンロールなのだが全米ビルボードチャートで最高位5位だそうだ。(大ヒットですな)
ただこの人、これが最高位というわけではなく全米No.1ヒットも持っている。“Jessie's Girl”(1981)という曲。この曲を含むアルバムが“Working Class Dog”
これである。
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このアルバム脂が乗り切った感があり、勢いがすごい。
Working Class Dog / Rick Springfield (1981 RCA)

01. Love Is Alright Tonite
02. Jessie's Girl
03. Hole In My Heart 
04. Carry Me Away
05. I've Done Everything For You
06. The Light Of Love 
07. Everybody's Girl
08. Daddy's Pearl
09. Red Hot & Blue Love
10. Inside Silvia

80年代前半は、産業ロックと揶揄されたバンド群と彼のようなシンガーがわっと出た時代。勢いだけとみなされがちだが今聞いても十分に聴ける。(エバーグリーンとまではいかないが…)
徐々に何度目かのブリティッシュ・インヴェイジョン(=ユーロビートブーム)が席巻し百花繚乱の様相を呈するのが80年代の音楽シーンである。
その頂点は1984年の英「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス」(バンドエイド)と1985年の米「ウィ・アー・ザ・ワールド」(USA for Africa) という二つのチャリティだった。
ブルース・スプリングスティーンはUSA for Africaに参加していた。(あ、戻ってきた)




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