大河ドラマ「べらぼう」“写楽”の完璧な処理(NOT AUDIO)
(NHK大河ドラマ「べらぼう」のネタバレを含みます)
東洲斎写楽は謎の多い絵師である。
・写楽は突然現れ、短い期間(10カ月程度)でいなくなった。
・短い活動期間の間で、絵が変化している。(大首絵から姿絵)
そして、その最大の謎は写楽が「一体誰なのか?」だと思っていた。
しかし、現在の美術史家の間では写楽が「誰か」は謎ではないらしい。
1980年代ころまでは「写楽がだれか」論争は大層盛んで、美術史家のみならず画家、実業家、思想家など様々な人がそれぞれ論陣を張っていた。ありとあらゆる同時代の人物(蔦屋重三郎説さえあった)が「写楽」候補とされていた。
ただ、現在では写楽が「誰か」は学問的には特定されている。それは阿波の能役者 斎藤十郎兵衛という人である。
実は江戸末期(写楽の時代から100年後)の書物に「写楽(斎)は八丁堀居住の阿波の能役者 斎藤十郎兵衛」との記載があった。
この書があったのにこの説が無視されていた理由は、斎藤十郎兵衛の「実在」が証明できなかったからである。が、ここ三十年の研究で斎藤十郎兵衛の実在が確認され、「写楽は斎藤十郎兵衛」と特定されたということらしい。
翻って、大河ドラマ「べらぼう」でどう描かれたかというと…
平賀源内の存在を世に喧伝するいわゆる「しゃらくさい」プロジェクトが蔦屋重三郎を中心に立ち上がり、「チーム写楽」をつくって絵を制作した。その中心には喜多川歌麿がいた…
という「写楽=チーム説」であった。
「ふーん。面白いけど、斎藤十郎兵衛は無視かいな」と思っていたら、出ました!斎藤十郎兵衛。生田斗真が徳川治済との二役を演じるというウルトラCでの登場であった。
さらに斎藤十郎兵衛が写楽の絵を描いている!というシーンがあった。
一期(大首絵)と二期(姿絵)で絵の感じが違うということに関して、絵師が別なのではないか?とこれまでも言われていたが、べらぼうでは、一期は「チーム写楽」、二期以降は斎藤十郎兵衛が描いたと示唆されていたのだ。
さらに蔦屋重三郎が「写楽は斎藤十郎兵衛」ということを世間に流布しようとする描写もあり、現在の学説に鮮やかに繋がっている。
この辺りはこの時代に造詣が深い森下佳子の脚本の上手さだと思う。
以前、NHKで制作された『大奥』(よしながふみ原作森下佳子脚本)も非常に良いドラマになっていた。(まあ、これは原作マンガが名作だったからだが…)「大奥」でも男女逆転の歴史が自然な形で現在のわれわれの歴史に接続する「仕組み」が組み込まれていて単なる「ifの世界」物ではない、骨太な歴史物になっていた。
「写楽」の扱いについても「史実がどうか」は本当のところわからないが、最も矛盾のない形に収まったのではないだろうか。(写楽は「一人の絵師」派の人には納得できない話かも知れないが…)
大河ドラマ「べらぼう」は大名でも将軍でも貴族でもない市井の人(蔦屋重三郎)を主人公に、江戸の町人の暮らしを丹念に描いた点で特筆すべき作品であった。








